第十三節 共同生活二日目
――予定通り。
「あー! お兄ちゃんだ!」
学園を終えてから教会を訪れた俺たち。姿を見るや、早速と言った感じで子どもたちが集まってくる。……相変わらず、此方が圧倒されるほどの元気良さ。
「お姉ちゃん! 遊んでー!」
「はい。――何して遊びましょうか」
「ひげのおっさんだー!」
「誰がおっさんだ!」
「わーっ!」
思い思いに気に入った相手にぶつかっていく子どもたちの中で、リゲルが叫ぶと蜘蛛の子を散らすように逃げていく一群。……流石、前回大人気だっただけはある。完全に馴染んでいるなと思いつつ、花冠つくろー? 教えてあげるわ、との手と声に引かれ、子どもたちに引っ張られていく俺。促されるまま材料となる草花のある一角にしゃがみ込み。
「ジェイン兄ちゃん、ここ、分かんなくて……」
「――ああ。ここはだな――」
「助かります。遊んでいただいて」
いない間に溜まったらしい勉強の質問を受け付けているジェインを視界の端に見ながら、近付いてきたエアリーさんと挨拶を交わす。一見した様子に変わりはない。息災なようだ。
「子どもたちも皆さんを気に入っているようでして。けれど、無理はしないでくださいね?」
「いえ、このくらいは……」
「でね、ここはこうするの」
受け答えしながら、前で実演してくれている少女の手元を目で追っていく。見た動きに従って、自身の手の中にある草花を動かしながら……。
「……」
こうして集中して作業をしていると、あの感覚が次第に思い返されてくる気がする。……学園のとき。
フィアやリゲルたちといるときには、どうにか誤魔化せてはいたが。……夢に見たあの恐怖。現実に、あの老人がまた現われるとしたら。
そのとき、俺は――。
「――お兄ちゃん」
「――え?」
間近から掛けられた声。上げた瞳に合う視線に、少女が俺を見つめていることを理解する。……しまった。
「できた?」
「あ、ああ」
今は子どもたちと遊んでいる最中だ。狼狽えをなるべく見抜かれないように視線を逸らす。教えてもらって花冠を作っていたのだと、そう思い返し……。
「……」
改めて見た俺の手の中にあったのは、可憐な草花を集めて作ったはずの不格好で歪なカタマリ。……冠? 冠なのかこれは。
「……うわぁ」
「……まぁ」
見ているとなんだか呪われそうな気さえしてくる。意識を余所にやった上で手を動かしていたせいか。丁寧に教わったはずなのに全くその甲斐が出ていない。……綺麗な円形をした少女のそれとは酷い違い。覗き込んできたもう一人の少女と、エアリーさんの反応が端的な印象を表している……。
「慣れないと案外難しいですからね。花冠は」
「ぶきっちょなのね、お兄ちゃん」
「ああ……」
エアリーさんのフォローに続いて少女から注がれる憐憫の眼差し。……この齢でよくこんな眼が。……いや。
幾ら不器用な俺でも、真面目にやっていればもう少し上手くは作れるはずだ。自分が集中できていなかった事実に内心で息を吐く。――ここで俺が悩んでいても仕方がない。今は子どもたちと遊ぶために来ているのだと、そう言い聞かせ――。
「――ねえねえ」
「? どうした?」
「下向いて? お兄ちゃん」
「……ああ」
花冠の作り方を教えてくれていた少女が、なぜかそんなことを頼んでくる。じっと見つめて離さない瞳に、後ろ手に隠された両掌。何をされるのかとやや不安に思いながらも、言われたように頭を下げた。視界が地面に生えた草花で埋まり。
「――んしょ」
「――」
矢先。髪に感じたのは、そっと気を付けて置かれたような優しげな感触。……触れている形状は円形。これは。
「あげるー」
「……」
ゆっくりと上げた視線。その小さな掌から消えているのは、先ほど少女が一生懸命に作っていたはずの綺麗な花冠。少し照れたように、えへへーと笑うその姿に。
「――ありがとう」
――感謝を告げた。視界の端で見つめるエアリーさんが、少し微笑んで。
「おーい!」
踵を返したところで、遠くから声が掛かってくる。ジェインたちの方。上げた瞳に映り込んだのは、威勢よく向こうから駆けてきた少年の姿。
「今からジェイン兄ちゃんとかくれんぼするんだけどな、お前らと兄ちゃんもやんね?」
「かくれんぼ? するー!」
「いいわよ。ほら、お兄ちゃんも」
「あ、ああ」
俺の手を取って引っ張っていく子どもたち。……行動力が凄い。ぶつからないよう歩幅に注意しつつ、冠が落ちないように歩いていく。そう言えば、この少年とは余り話したことがなかった。
「――ジェインも参加するのか?」
「うん。前みたいに、ジェイン兄ちゃんを皆で見付けるんだ」
何気なしに振った台詞に返された言の葉は、思いのほか強い意気を纏っている。……逆なんじゃないか? 普通、子どもの方が隠れたがるのかと……。
「お兄ちゃんを鬼にすると、直ぐ皆捕まっちゃうから」
「逆の形にしたの。それでも結構見付からないのよね」
……なるほど。左右二人の少女に手を引かれて行く先に立っているジェイン。周囲にいる子どもたちは一人、二人――。
「――蔭水もか」
「ああ」
三人だ。合流する俺たちの側を含めた人数は計八人。全員が集まったところでジェインが子どもたちを見回す。
「ならこれで全員だな。いつも通り、隠れ場所は教会の敷地内。目を瞑って、一分が経ったらスタートだ。禁止の場所は――」
「――さあ、勉強会だ」
教会から帰ってきて。小休憩をはさみ、机を取り囲んだ俺たちに響くのはジェインのその一声。気のせいか意気を入れているような表情に。
「お待ちかねのな。学生たるもの本文は勉学。非常時とはいえ、疎かにしてはいけない」
「誰も待ってねえよ、別に」
「……そうですね」
見るからにやる気のなさそうなリゲルとは対照的に、真面目なフィアがよし、と気合を入れている。俺としても、正直そこまでのやる気はないが。
「蔭水たちは、普段から二人で勉強をしているということだったな」
「はい」
「ならまあ、その延長線のようなものになるかもしれない。基本的には各人が自分の取っている講義の復習や予習、課題をこなし、分からないことや相談したことがあれば相談する」
必要な時間と言えば時間だろう。――そんな感じで良いか? と訊いてきたジェインに頷きを返す。なににつけても初めてである以上、ひとまずはやってみるしかない。それではと――。
「……」
「……」
始まって。まず訪れるのは沈黙。……各自が自分のやる事の内容に集中するその時間。次に。
「……黄泉示さん、その……」
「ああ」
フィアが声を掛けてくる。いつもは二人でやっているわけだから、これはある程度予想できた。訊かれた俺もいつものような感じでフィアのノートを見て答えていく。フィアと俺とは取っている講義が完全に同じであるため、これができるが……。
「……」
「……」
被っている部分もあるとはいえ、それぞれカリキュラムの違う二人は黙々と自分自身の勉強に取り組んでいるのみだ。……これなら正直一人で勉強をしているのと変わらない。この時間の意義が余りないのではないかと、フィアとのいつも通りが続く中でそんな風にさえ思えてくる。そのままの時間がしばらく続き。
「――よし、終わった」
上がった声に思わず顔を上げた。……終わった?
「……ジェイン、その」
「ああ、大丈夫だ。予習復習から課題まで、今日やるべき部分はもう終わったからな」
「……」
なにが? 聞き間違えかと思ったことを更に予想の上を通す形で伝えられ、言葉を失う。……早い。
勉強会を始めてからまだ三十分も経っていない。普通なら本当かと疑わしくなるところだが、ジェインがそんな嘘を吐くとは思えない。唯々驚いている中で……。
「どれ……問題児の勉強風景でも見てみるか」
「……」
フリーの身になったジェインがリゲルの方角に向けて身を乗り出す。釣られて目を遣った先のリゲルは、腕組みを組んだまま動いていない。先ほどまで手にしていたはずのペンは、ノートの横に力なく転がっている。どう見ても捗ってはいない様子。
「……なんだこれは。進んでいるのか?」
「……煩えな」
ジェインに返すのも鬱陶し気な声。サボっているわけではない。目線は確かに机の上の課題と思しきプリント、その一点に集中している。……しかし。
「分からないなら分からないと言え。勉強会の意味がないだろうが」
「横からうっせえな! 今考えてるっつってんだろうが!」
「なら訊くが、この課題のなにに付いてどこまで考えた?」
正直この中で最も意味がなさそうなジェインだが。問いをぶつけられたリゲルが詰まる。目を机の上に伏せて。
「……それを今考えてんだよ」
「それを考えていないと言うんだ。下手の考え休むに似たり。悩んでいるだけが考えていると言えるか」
「ッ、んじゃ教えてみろよ。勉強会らしく。特待生サマなら楽勝だろ」
「――知るか」
……おいおい。余りに投げやりなその物言いを――。
「僕は超能力者じゃない。教える為にはまず、お前がどこが分かっていないのかを知る必要がある。――そこから話してもらおうか。お前の言葉でな」
「……」
聞き咎めたところで継がれた言葉。ジェインの言い分にリゲルは苛立ち混じりに口元を歪めると、それでも黙考に入る。暫しの間を置いてから。
「……幾つかあるってっちゃああるが、中心なのはここと、この部分だな。なんでこうなってんのかさっぱり分かんねえ」
「それが疑問になるということは恐らく見落としていることがあるな。前の条項を見てみろ。必ずそこで範囲が設定されているはずだ。つまり――」
「……」
始められた相互の会話。……意外とスムーズにいっている。リゲルは声を荒げることなくジェインの話す内容を聴いているし、ジェインはジェインで説明に皮肉や憎まれ口を挟むことがない。予想外の上手さで歩調を合わせている二人に、どこか舌を巻くような思いがしてくる。……なんだ。リゲルもジェインも、やればできるじゃ――。
「――だから何度も言っているだろうが! いい加減に理解しろこの脳筋が!」
「その説明じゃ分かんねえつってんだろうが! テメエこそ一人で勉強し過ぎて、意思伝達の仕方が分かってねえんじゃねえのか⁉」
――三分も持たなかった。例に漏れず烈火の如く言い合いを始める二者。……勉強会はどうした? と言いたくなって頭を抱えた俺の隣から。
「……あの」
おずおずとフィアが切り込んでいく。手を上げて、なるべく場を刺激しないよう、遠慮がちな仕草で以て。しかし――。
「多分ですけど、その部分なら、こんな――」
堅実に例えを交えて説明していく。……分かり易い。傍から聞いている俺でも、なにが問題になっていたのかを理解できる。
「――なるほどな、そういうことか」
「優しいなカタストさん。そこまで噛み砕いて説明してやる必要は、こいつにはないと思ったが――」
「――って、分かってたんなら最初から言やあ良いだろうが!」
「そこまでしないと分からないのではこの先厳しいと思ってな。お前が自力で理解できるようになるのを待っていただけだ」
「……取り敢えずそこの部分は分かったんだから、次に行けばいいんじゃないか」
やいのやいの。加わった俺も交えて四人で話し合う。いつの間にか――。
「あ、私もそこは分からない部分があって――」
「なんつうか、多分こういうことなんじゃねえかな?」
「でもこっちにこう書いてあるんだよな。別の解釈もできると思うんだが、今一つ……」
「そういうときは見方を変えてみるんだ。一旦そのことは置いて、違う筋が通せないか試してみる。その上でさっきの視点を回復すれば」
リゲルの分からない点だけではなく、各人の意見やら疑問やらなにやらを混ぜ込んだごちゃ混ぜの坩堝のようになっている。考え、思い付いたことを口に。遠慮なくぶつけ合うような会話がしばらく続き……。
「――ふぃー……」
大きく息を吐くリゲル。ジェインが手洗いに立ったことで、一旦中断という形になった。
「頭使って疲れたぜ。やっぱ、一人でやってんのとは違えな」
「そうですね……」
フィアとリゲルは互いに疲弊している様子が見て取れる。かくいう俺もかなり疲れた。フィアとのように互いの意見と理解が都度噛み合っていくのではなく、ほぼ常に斜め左右から予想外や想定外が飛んでくる会話――。
その中で答えを出していく。今は学園の講義と課題が中心であるためにある程度纏まりがあるが、これが全く自由な話題ならどれだけ大変なのだろうと思わされる。収束せず、広がる一方になることも――。
「――待たせた」
「いよし。もうちょい踏ん張るとすっか」
取り留めのない思惟の中、戻ってきたジェインを加えて再開する勉強会。……賑やかだ。
そうは思う。忙しく、疲れるが、この空気は嫌いではない。刺激的な喧騒に身を浸し――。
――こんなことをしていて良いのか?
「……」
いつ生命を狙われるか分からない状況下なら。……もっと他に、やるべきことがあるのではないか? ふと浮かんだそんな考え。思い起こされてくるのは、あの夢に見た不安と恐怖。
「――どう思うよ? 黄泉示」
不意。掛けられた声に、即座に反応することができない。
「……悪い、今丁度、違うことを考えてて」
「おっとマジか。――分かんねえとこがあるなら、遠慮なく訊いてくれよ」
「ああ……」
「例え分からずともお前に訊く馬鹿はいない。蔭水なら尚更だ」
ジェインの売り言葉に、んだと――⁉ と続けられる買い言葉。……いつも通り。もうとっくに慣れているはずの、その遣り取りが。
「大体てめえは――!」
「――なあ」
なぜか少しだけ障り気に響いて。つい、いつもとは違う言葉を口にした。
「言い合いは止めないか? ……勉強に集中しづらくなる」
「おっ――」
「――そうだな」
不意を突かれたようなリゲルに、即座に執り成したジェイン。二人の反応の意味に気を遣う余裕もなく。
「……」
こちらを見つめるフィアの気遣わしげな視線を意識から外して、俺は、目の前の課題へと没頭した。




