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第七節 帰り来て


「……」


 ドアの閉まる重い音が響く。――二人での帰宅。


 狙われれば今度こそ死は免れないという恐怖と緊張のせいか、まるで気が休まることがなかった。……自宅とて絶対安全なのかと問われれば答えに窮するところではあるが、今はひとまずそう思うしかない。習慣になっているはずのただいまを言う気力もなく、二人して無言で靴を脱ぎ、リビングへと向かう。


 ――幸いにして。俺の負っていた刺し傷は然程深いものではなく、主要な血管を通ってもいなかったらしい。見るからにこうしたことに慣れていそうな医者は一通りそれを確かめてからナイフを抜くと、素早い手付きで止血と消毒と一通りの手当てをしてくれた。今までこの手の怪我で医者に行ったことがないので分からないが。


 かなり良い腕なんじゃないだろうか。運動には差し支えなく、一週間もすれば風呂に入っても大丈夫になるだろうとのこと。念のためと言うことで他の切り傷や打撲の方もチェックしてくれたが、そちらも軽傷ばかりで特に問題はなかった。それについては僥倖だったと言う他ない。――対して。


 一問題あったのはリゲルの方だった。……投擲と直接の突き刺し。方法による力の掛かり具合に差があったからか、リゲルの方は俺に比べて深い刺し傷になっていたらしい。無理を押して酷使したせいで出血量もそれなりであり、慣れている様子の医者もこちらにはある程度の時間を掛けていた。〝もう少し筋肉が丈夫でなかったら、ヤバい部位まで達していただろう〟とは、そのまま医者の台詞である。


〝何をしてきたのかは敢えて訊かないが。若いからと言って無茶はしないように。いいね?〟


 掛けられた言葉を思い出す。……若さゆえの過ち。そんなものが理由であるなら、どれだけ良かったことか。


〝――危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございました〟


 別れ際、律儀に頭を下げるフィアに、二人が見せる反応はそれぞれ。


〝良いってことよ〟

〝改まってそう言われると、多少気恥ずかしいな〟


 照れるように頭を掻くリゲル。ジェインも珍しく歯切れの悪い反応だ。……そう言えば、さっき礼を言おうとして途中で言葉が止まっていた。


〝俺からも。――二人とも、今夜は来てくれて有り難う。助かった〟

〝なに。謙遜すんなよ。最後にあいつを仕留めたのはお前だぜ、黄泉示〟

〝ああ。――今夜は全員が全員を助け合った。それでいいはずだ〟

〝……〟


 無言でいる俺とフィア。ジェインの言葉を受けて、リゲルはこれ見よがしに舌打ちをしたあと。


〝……はっ。まあ俺もちっとは助けられたからな。今回は感謝しといてやるぜ、ジェイン〟

〝感謝を示すには態度が足りないな。そこに土下座してもらおうか。良いと言うまで頭を上げずに――〟

〝調子乗ってんじゃねえぞテメエ!〟

〝いつまで騒いでるんだ君たちは‼〟


 医者に怒られたそのあとで解散した。……とにかく全員、無事でよかった。安堵が過ぎたあとで襲ってくるのは。


「……」


 落ち着き、熱が冷め、冷えた思考。


 戦いの渦中にあるという熱が冷め、傷や疲労の痛みが顕著になってくると、次第に俺たちが直面した事の深刻さというものが分かってくる。……一歩間違えていれば。


「……っ!」

「っ、大丈夫ですか?」

「……ああ」


 痛みと疲労とでよろめいた身体。支えられながらソファーに座り込む。――手を借りているくせに、なにがああ、だ。思いに比例して口元に皮肉気な笑みが浮かんでくる。自分の不甲斐なさに思いを遣っていた。


「……ごめんなさい」


 そのときだから、唐突に頭を下げてきたフィアに、一瞬意表を突かれることになったのだ。


「……なにが?」

「私、あの人に睨まれたとき、怖くて。……足が震えて、蹲ってしまって、それで……」


 言葉を聞いて合点がいく。フィアは、自分が逃げられなかったせいで俺が傷を負ったと思っているのか。


「……謝ることじゃない」

「……私、黄泉示さんが戦ってるときに、なにもできなくて」


 ポツリと。内心に溜まったものを吐露するように、フィアは話す。


「見ているだけの自分が情けなくて。……だから、せめて立って逃げられたら……」


 ――確かに。


 仮にフィアがあの男から逃げ切れるだけの身体能力を持っていたならば。あの場からすぐに離脱できたとするならば、後のリゲルやジェインも踏まえてもっと楽にあの男を撃退できたのかもしれない。


 だが、そんなことは益体のない期待に過ぎない。現にフィアはそれだけの身体能力を持っていない。そのことはただの事実であって、それ以上どうこうという話でもないのだ。


「……フィアのせいじゃない。悪いのは全部、いきなり襲ってきたあいつだ」

「……」

「逆に蹲ってくれたから、俺も覚悟が決まった。下手に逃げようとしてたら、二人とも後ろから刺されてたかもしれない」

「……っ」


 ビクリとフィアが身を震わせる。ことに罪悪感を覚えながらも、それ以上気に掛けている余裕はなかった。


「……済まない。今日はもう、寝たい」


 風呂は厳禁だと言われているし、医者に行った時点で傷の洗浄や消毒は済ませてある。寝てしまっても問題はない。なにより一刻も早く眠りたかった。


「あ、じゃあ――」

「大丈夫だ。座ってたから、少し楽になった」


 伸ばし掛けられたフィアの手を借りずに立ち上がる。


「明日も学園だ。フィアも、早く寝た方が良い」

「……そうですね」

「風呂は好きに入ってくれて構わないから」

「……ありがとうございます」


 ……もう、喋ることが思い付かない。


「……じゃあ、おやすみ」

「はい。――おやすみなさい。黄泉示さん」


 閉まり際に見えたその笑顔。いつもと変わらないはずなのに、どこか印象的だった。


「……」


 ドアを閉め切る。……もう限界だ。全身からの訴えに瞼が屈しかけている。――ふらつく足で、何とかベッドまで辿り着き。


 重力に任せるまま身体を投げ出して。俺は、泥のような眠りについた。




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