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第六節 激闘 終息

 

 ――来た。


 リゲルの攻撃が今までになく大きく空振る。千載一遇のチャンスに向け、男が瞳と刃を閃かせる。


「――下がれッッ‼」


 瞬間、声を上げて走り出す。とても好機とは言い難い。だがリゲルが危機的な状況に陥った以上、今このタイミングで出るしかない。手足と傷口の悲鳴を無視し、ただ身体を前へ運ぶ――‼


「ッ――!」


 応じて斜め後方へと跳び退いたリゲル。無理な跳躍で姿勢は歪み、急な挙動のせいでバランスを崩してもいる。追い討たれれば死は必至。間に合うか――⁉


「――」


 ――緊張の支配する刹那の時間。男の視線が、リゲルから俺へと移し変えられる。――よし。狙いは変わった。後はジェインの援護を受けて一撃を叩き込むだけだ。リゲルとの戦闘で男も消耗しているはず――。


「ッ⁉」


 意気込みと共に速度を上げた直後、短剣を構えた男が矢の如く跳び出す。――まだそんな動作を熟す余力があるのか⁉ 咄嗟に対応を試みるが限界まで加速していた脚は止まれず、充分な姿勢が取れないうちに男の間合いへと入り込まされる。マズイ‼ 本能が警鐘を鳴らした、その時。


「――」


 視界に移る全てが不意にその速度を落とす。早送りの映像をいきなりスローへと変えたような変化に戸惑い――すぐに気付いた。ジェインの言う援護が、間一髪で間に合ったのだと。


「――ッッ!」


 全てが遅く映る中でも男の動きはなお一定の速さを保っている。予断は許されない。状況に促されるままに整えたのは先と同じ居合の姿勢。――大丈夫だ。このタイミングなら――‼


「ガハッ……⁉」


 振り抜いた一刀に伝わる重い衝撃。肺腑から息を吐き出す音と、真芯を捉えた確かな手応えを感じ取る。至近で見る男の脇腹に食い込むのは漆黒の刀身。込めた全ての力を伝え切るよう、掌を固く握り締めた。


「……」


 反応は、ない。引き剥がした刀身が、唯一の支えであったかのように。


 男の身体は傾き、ゆっくりと、地面へ崩れ落ちていった。


「……は……っ」


 ――終わった。止まっていた息を吐き出していく。……もう手足に力が入っていない。意識まで失ってくれたのは幸運だった。長い戦いだったが、漸く……。


「――黄泉示!」


 掛けられた声に振り返る。映る二人の姿――。


「やったじゃねえかこの野郎! キレッキレの一撃だったな!」

「……いや、リゲルこそ……」


 駆け寄って来るリゲルにバシバシと背中を叩かれる。あれだけの戦いを繰り広げておいて、よくこれだけの元気があるものだ。


「……腕は大丈夫なのか?」

「ん、まあ大丈夫だろ。動かさなけりゃもうそんな痛くはねえし」


 血の流れていない傷口を見るリゲル。もしやそれは、感覚がなくなってきてるんじゃないか……?


「つうか黄泉示こそ大丈夫なのかよ? 血ぃ出てんぞ。脚から」

「っ、本当だ……」

「――二人とも!」


 会話を遮る声。ジェインから。


「来てくれ。カタストさんを――」

「――」


 ――フィア。


「……どうだ?」


 鈍い痛みに堪えつつ二人のところまで戻る。立ち尽くすジェインの前で、変わらず蹲ったままのフィア。


「何回か声を掛けたんだが無駄だった。……呼吸も安定してるし、発汗もない。重いものじゃないと思うんだが」

「なにがどうしたってんだよ」

「……分からない。ジェインが来たときからこの状態なんだ」

「――おぅいフィア? 聞こえてるか?」


 目の前でリゲルがヒラヒラと手を振ってみせるが、やはり然したる反応はない。地面に固定された視線はなにも見ていないままだ。


「こりゃ重症だな……」

「……フィア」


 変わらない状況に不安が叢雲のように湧き起こってくる。――なにかされていたのか? 本当に大丈夫だったのか? 広がっていく懸念を抑えきれない……。


 沸き上がる情動に耐えきれず、その細い肩に手を当てて揺さ振ったとき。


「……」

「おっ?」


 徐にフィアの顔が上げられる。……此方を向いた視線はどことなく虚ろ。焦点が定まっていない感じだ。言葉を返すこともなく、やはり同じことかと――。


「……黄泉示、さん?」

「――っ」


 硬い声。虚ろだった瞳に、意識の水底から浮かび上がるようにして光が戻る。まだ少し胡乱さが残る表情ではある。だがその瞳は確かに、俺のことを映していて。


「ああ。……大丈夫か? 怪我がなくて良かっ――」

「――黄泉示さんっっ‼」


 ――⁉


 飛び付くように抱き付いてきたフィア。突然のことに避ける間もなく、ふわりとした服が、やわらかな身体が、なめらかな髪が俺の全身に当たり、香りと共に触れていく。


「――怪我は――!」

「あ、ああ。大丈夫だ」


 肩を掴みながら訊いてくる表情。密着という近過ぎる距離から伝わる力と、浮かべている真剣そのものの眼の色に気圧される。……よくよく考えれば脚にはまだ刃物が刺さったままだ。果たして何が大丈夫なのか。血は止まっているから、フィアの服を汚すことにはならないな――。そんな取り留めのない想像が一瞬、脳裏に過って消えて行った。


「~~っ‼」


 暫く真剣な目で俺を見詰めていたフィアの瞳が。不意に崩れたかと思うと、そこから涙が溢れ出してくる。止めどなく――。


「――⁉」

「――良かった――良かった、です」


 零れ落ちる雫の珠。胸に縋り付くようにして、涙交じりの声が響く。……思えば。


 リゲルやジェインが来たときには既にフィアは放心状態だったわけで。状況の理解など及びもつかず、彼女からすれば正に俺が男の攻撃に倒れた場面で時間が止まっていたのだろう。……この調子では脚の怪我の事は黙っていた方が良さそうだ。先ほど流れでつい〝大丈夫〟と言ってしまったこともあって、実に言い出し辛いし。


 ――何よりここまで目一杯の反応を見せているフィアに、これ以上の心配を掛けたくはなかった。


「……フィア」

「……あー、ごほん」


 どうにか落ち着かせようとした直後。――不意に、後ろからわざとらしい咳払いが聞こえてくる。


「あっ……ッ⁉」


 その声を受けて我に返ったのか、密着していたフィアが反射的とも言える機敏な所作で俺から離れた。


「……(あっち)いな今日は。夜だってのにやけに蒸すぜ」

「全くだ。その点ばかりはお前に同意だな」

「リ、リゲルさん⁉ それに、ジェインさんも……⁉」


 ――ご丁寧に仰ぐ真似までしているリゲルに、素知らぬ振りで視線を逸らしているジェイン。二人がいることにフィアは状況が上手く飲み込めていないようだったが、自分の行動が見られていたことに気付いて両手をパタパタさせている。


「ち、違うんです! さっきのは倒れた黄泉示さんが心配で、その! というか、どうしてお二人が此処に――」


 混乱しているらしい。マシンガンのように連射される言葉の奔流が、その中途ではたと止まる。気が付いたように。


「……リゲルさん、その肩」

「……おお! ちょっと刺されちまってな。心配すんな。んな大した傷じゃねえよ」

「重傷も重傷だ。腕が使い物にならなくなる目に遭いたくなければ、精々念入りに治療した方が良い」


 気丈に笑って見せたリゲルの気遣いを、直後のジェインの台詞があっさりぶち壊した。


「うっせえな! 人が気ぃ遣ってるってのに何様のつもりだてめえは⁉」

「あからさまな嘘で誤魔化す方がどうかと思うがな。見ろ。カタストさんは君の嘘なんてこれっぽっちも信じていないぞ」

「え、そ、その……」


 二人の視線を受けて戸惑う。ええと――と。


「……ち、治療はちゃんとした方が良いと思います! 私も!」

「お、おう。そうだな」


 迷った挙句の台詞に流れた微妙な空気。どことなくぎこちない雰囲気の中、そこで思い出したように。


「……そう言えば、あの人は?」

「蔭水が蹴りを付けた」

「えっ」

「おう! 黄泉示がこう、刀でズバーンとやってな!」

「ズ、ズバーンとですか⁉」

「……やってない」


 ほら、と指差した方角をフィアが向く。倒れている男の姿に、息を呑む音。


「その……あの人は」

「そういやどうしたんだあれ。気絶してんのか?」

「だと思う。倒れたときも動きがなかった」

「上手い具合に気絶してくれて助かったな」

「気絶……ですか」


 ほっとしたように息を吐く。あんな風に竦まされてなおその様子が、フィアらしい。


「あっちも流石に限界だったんだろ。動きは化け物並みだったが、爺さんだしな」

「後処理をどうするかだな。放置するか、縛って警察に突き出すか」

「……」


 野放しにしておくのはまた襲われそうで不安だ。警察に突き出すとなると事情の説明がややこしくなる。とはいえ危険性を考えれば――。


「け――」

「――ぶねえッッ‼」


 言葉を紡ぎ出したその瞬間。


 ――劈くような叫びと衝撃が、胴を打った。


「――っ⁉」


 ――何が起きたのか。


 衝撃に耐え切れず着いた膝。目の前の光景から事後的に答えが組み上がっていく。……耳に届いたのは風切り音。夜の冷気を切り裂く独特の音。俺を突き飛ばしたのはリゲル。位置を入れ替えた眼前で静止しているのは。


「黄泉示さんッ‼」


 月明かりに光る刃。……いつの間にか前に出たジェインの指が、しっかりとその柄を捕えていた。


「……悪足掻きだな」


 宣告するように指を離す。力なく転がった凶器が、石畳の上に軽く乾いた音を立てる。――投げられたのか?


 俺目掛けて。ならばその持ち主は――。


「あ、あの人……!」

「なっ……!」


 震える声。俺以外の全員の眼が向けられた先に。


 立っている。あの男が。口元は血で汚れ、背中を軽く曲げたその立ち姿は明らかにダメージが残るもの。……だが射抜くような視線と殺気とは健在だ。


「おいおい、マジかよ……」


 内心の俺と全く同じ感想を呟きつつも右腕で構えを取ったリゲル。……男はそちらを向かない。ただ一瞬、俺ではないどこかへ目線を動かしたように見え。


「――」


 直後、痩躯を翻して走り去る。驚異的な跳躍力で街路樹に跳び移ると、屋根から屋根へ見えなくなるその姿。残された闇夜を支配するのは、痛いほどの静寂だけ。


「……ふーー……」


 ――終わった。

「だ、大丈夫ですか」

「……ああ」


 安堵を覚えて漸く吐き出した息。転がる短剣が目に入る。……一歩間違えていれば、今頃は。


「……済まないジェイン。助かった」

「謝ることじゃないさ。蔭水を突き飛ばすのはリゲルの方が早かったしな」

「嫌味かよ。悪いな黄泉示。ジェインが動くのがもうちょい早けりゃ突き飛ばさずに済んだんだが――」

「……リゲルもジェインも、ありがとう」


 力の戻ってきた足で立ち上がる。……本当に。


「……気絶は演技だったのか」

「倒れてから奇襲のチャンスは何度もあった。単に意識を取り戻すのが異様に早かっただけだろう」

「つうかお前、あんな芸当ができるんなら自分で奴の相手しろよ。いっそその方が早かったんじゃねえのか」

「ナイフをキャッチするなんて、凄いですよね……」

「……そんな単純な話じゃない」


 二人からの言葉を受け、軽く疲れたように言ったジェイン。


「さっきのは不意打ちを警戒していたからできただけだ。僕は蔭水やリゲルと違って体力がないし、近寄ったとしてもすぐ息切れして刺されるのが落ちだろう」

「……警戒してたのか」

「一応な。それに、君たちに掛けた援護も使った」


 ――。


「援護ってなんですか?」

「なんつうかな。こう、すげえ早く動けるようになんだよ。敵はノロくなるし、やり易いったらないぜ」

「ジェイン、あれは――」

「――その話は後にしよう」


 勢い込んだ言葉を遮られる。


「今日は色々なことがありすぎた。お互い整理することもあるだろうし、それに」

「――ッ黄泉示さんっ」

「……っ」


 ぐらつき。身体が崩れたところをフィアに支えられる。……重い。


今まで抑え込んでいた疲労や痛みが、緊張の糸が切れたことでまた圧し掛かってきたようだ。済まないとは思いつつも辛さから、フィアに幾分か身体の重さを預けてしまう。想像以上にしっかりとした支え。


「おいおいなんだ黄泉示、だらしねえな――……っと?」


 視線の先でリゲルが少しよろめき、踏み止まる。


「……リゲルこそ、ふらついてるぞ」

「……ちっ。流石に少し血を流し過ぎたみてえだな」


 激しい攻防を動き通しだったリゲル。体力はまだあるみたいだが、出血量は俺より多い。……無事とは言い難いだろう。


「二人とも満身創痍だ。正直な話、僕も疲れた。今日は開きにしてまた明日話し合わないか」

「そ、そうです。黄泉示さんもリゲルさんも、早く病院に行かないと……!」

「……そうだな」


 目前の危機が去ったことで、傷の方が気に掛かってくる。……治るまでどれくらいかかるのだろうか。日常生活に支障は出ないのだろうか。果たして刃物は、どれほどの深さまで達しているのだろうか――。


「診てもらう場所が問題だな。事情に煩くなくて腕の良い場所があればいいんだが」

「――俺にツテがあるぜ」


 ジェインの発言を受けてリゲルが言い出す。


「親父の知り合いの医者でよ。小さいころから俺も何度も世話になってるし、今日ならこの時間帯でもやってるはずだ」

「――ならそこに行こう。僕も一応付いて行く」

「こっからなら歩いて十分ってとこだ。案内するぜ」

「行きましょう。黄泉示さん」

「……ああ」


 各々に消耗し傷付いた身で。俺たちは歩き始めた……。



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