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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第一章 新しい日々の始まり
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第三.五節 賢者たちの憂鬱

 



「――報告は以上です」


 とある一室の中。


 ローブを羽織った男がそう言葉の終わりを閉じる。彼の視線の先――。


「……そうか」


 重厚な作りの木机に肘を下ろした、老齢の男性。深く刻まれた皴はそれまでの人生において当たってきたであろう数々の艱難を、落ち着いた基調ながらも威厳を備えた服装はそれを纏う者の立場が極めて高いものであることを示している。


 男の言葉を聞いて何かを考える素振りを見せたあと。


「――ご苦労だった。引き続き調査を頼む」

「はっ!」


 そう男に向けて告げる。気合いのこもった返答と共に男は深々と一礼し、回れ右をして部屋をあとにした。


「……」


 静かに閉じられる扉を目で見送って、その人物は再び思案顔へと変わる。……背の厚い書籍で埋められた壁を覆う幾つもの本棚が、その表情と相俟って一つの厳格な空間を作り出していた。


「――こりゃまた、随分と辛気臭い顔だね」


 そんな重苦しささえ感じさせる空間に平然と割り込んだ、一つの声。……机に座る人物の斜め前。


 今の今まで部屋の景観に溶け込んでいたかの如く、一人の人物がするりとその姿を露わにする。……年老いた声の音色。しわがれた響きは刻まれた否応もない年輪を感じさせるが、内に秘められた不釣り合いなまでの生気が声の主に常人とは異なる印象を醸し出していた。


「……リアか」


 まるでビデオのコマ送りの様に一切の変化を伴わない出現。常識的な人間であれば自らの目と正気を疑ったであろうその光景に対し、男は眉一つ動かさないままにその来訪者を迎え入れる。


「十四支部から報告があった。昨日(さくじつ)の夜、また反秩序者(アウトオーダー)による襲撃があったらしい」


 声の主に尋ねられるまでもなく、長い年月を付き合せた者たち特有の慣習で、男はただ淡々と事実だけを述べていく。


「幸い死者は出なかったようだが、重軽傷合わせて負傷者が何名か。それと支部の建物自体が損害を負った」

「……破られたのかい? どこの誰だか知らないが、そりゃあ大したもんだね」


 リアと呼ばれた女性の言葉に、男は頭を振って否定の意を示す。


「襲撃当時、結界の一部が十全に機能していなかったらしい。その後の調べで地脈に乱れのある部分が見付かった。現在そちらの修復も併せて急がせているところだ」

「弛んでるねぇ。支部の連中もそうだが、奇襲を仕掛けときながら死人の一人も出せないだなんて、血気盛んな反秩序者にもこれまた情けない連中がいたもんだ」

「……リア」


 肩を竦めつつそう言ってのけたリアに、多少咎めるような声色で口を開いた男。


「軽いジョークさ。死者が出てないってのは勿論喜ばしいことだし、着任して間もない支部長がきちんと防衛の役目を果たせたってのも幸先がいい。ま、何はともあれ今後の伸び次第さね」


 気楽な口調で男の視線を躱した、リアの纏う雰囲気が僅かに変わる。


「――それで? 負傷者が出ちまったとはいえ、その充分に悪くない報告を受けて、あんたがそんな辛気臭い顔してるってのはどうしてだい?」

「……」


 その問いに男は一瞬躊躇うような表情を覗かせる。が、リアと長い付き合いである彼からすればここで口を閉ざしても何一つ利益に繋がることなどないことは分かり切っている。沈黙を置いた次の瞬間には、その顔は元の疲れたような表情へと戻っていた。


「……支部を襲撃した者の中に複数名、覇王派の中でもそれなりに名の知れた者たちがいたそうだ」


 感情を押し殺したような声で紡がれる男の言葉。単語に目を細めたリアに対し続く内容を口にしようとしたとき、男のその落ち着き払った声色が僅かに乱れたような気がした。


「永仙だったらしい」


 ――苦悩、当惑、哀愁……。それらが綯い交ぜになったような男の声には、どこか諦めを伴った自嘲気な響きさえ感じられた。


「支部長が姿を確認したそうだ。戦闘には参加していなかったが、後方で彼らに指示を出していたのを目撃した……と」


 二人の間に暫し沈黙が流れる。そのまま十数秒ほどの時が過ぎ、初めに口を開けたのはリアの方だった。


「ここんとこしばらく、まるで尻尾を掴めてなかったっていうのに……」


 再び肩を竦めながら彼女は言う。


「なんだってまたそんな簡単に姿を見せたんだろうね。ばれないと思ってたわけじゃあるまいし。あいつの考えてることはさっぱりだよ、全く」

「……その理由については、私にも分からない」


 リアの疑問に追従する形で、男が重い口を開く。声に纏わりついた感情は未だ拭い去れてはいないものの、どこか彼なりに平静を取り戻そうとする努力が垣間見える。


「だが今気になるのは、支部長が彼を見たというその状況だ。……もし仮に、覇王派と手を組んでいるとするならば」

「そんな事態は考えてみたくもないね。あたしが経験してきた中でも、間違いなく最悪の部類に入る」

「……全くだ」


 重い表情のまま、言葉を交わしていく二人。


「今度の定例協議、どうするつもりだい?」

「支部長に直接話を訊いてみるが、そこで疑いようがないようならありのままを伝えるしかあるまい。もし事実なら、三大組織が総出で事に当たらねばならない事態だ」

「だろうね。やれやれ、忙しくなりそうなこった」


 そう言ってリアは男に背を向けると、話は終わったというように戸口に向けて歩み去っていく。


 ――扉が閉じ足音が聞こえなくなったあとも、男は暫くの間その重い表情を崩さなかった。



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