第二十七.五節 通告
「――何だと?」
――静かな声。だがその内にいつものような穏やかさは微塵もない。
「で、ですから、これが……今朝、総本山の方に……」
普段は温和な彼の見慣れぬ声色に気圧されたのか、連絡員の女性はやや震え声でそう返す。――自分もまだまだだな。
女性の怯えるさまを見て多少、冷静さを取り戻した秋光。悟られぬよう心の中でそう嘆息し、圧の込められていた声を努めて緩める。
「その封書か?」
「は、はい。内容は、未確認ですが……」
連絡員の手から封書を受け取り、裏表を一瞥する。差出人の名前はないが、魔力によってなされた封は心得のある者なら一見して強力だと分かるものだ。相当の力を持った術師に施された封。これでは支部長クラスでも開封は難しい。
「……」
幾つかの呪文を掛け、罠の類ではない事を確認したあと。秋光は無いものの如く自然な所作で封を破り、その中身を慎重に取り出していく。
「――」
――入っていたのは、数行の文言が書かれた一枚の文書。一見しただけでも、大した量の内容は盛り込めないことが分かる、簡易な書面。
だがそこに記されていた数行に秋光は今、彼が協会に引き抜かれて以来最大とも言える衝撃を感じていた。
――〝以下の事実を此処に示す〟という簡潔な前文のあとに流れるような筆跡で書かれていたのは、〝王の名を冠す四者、並びに九鬼永仙が協約を結ぶ〟という一文。その余りの簡潔さに、読み返しや異なる解釈を疑う余地はなく。
そして極めつけは、その文言が書かれている用紙その物。――『ミトラの契約書』。
特別な手順と希少な材料から作り出される上級魔具の一つで、協会でも作成に手間がかかることから滅多に扱われることの無い文書。
契約神であるミトラ名を冠したこの書面は、虚偽を否定するという特性を持つ。つまりこの用紙には、嘘が書けない。
作製に掛かる手間の割に施された効力自体は簡易なものであり、多少腕の立つ術者がその気になれば簡単に破ることができる。しかし逆に言って、その簡易な術式が破られることなくこの書面が用いられていることは、記された文言がこれ以上ない真実であることを示していると言っていい。
――恐れていたことが、現実になった――。
そこまで考えたところで、秋光は自身の様子を不安そうな表情で窺っている連絡員の存在に気付く。咳払いをし。
「……ご苦労だった。下がって構わない」
退出を促すその言葉を受けて、連絡員は一礼すると、速やかに部屋を出て行った。
「……」
暫しの沈黙のあと、秋光は机の上に置かれている、古びた電話。その受話器を取る。
「私だ。リア、葵に、緊急の用件だと伝えてくれ」
椅子に腰をおろし、秋光は深いため息を吐く。
「……儘ならないものだな」
そう、一人内心を吐露した。
――幾ら三大組織の力が落ちているとは言え、組織力とその中枢は概して健在。凶王派とて無傷で済むはずがない。
両者の争いは特殊技能社会全体の均衡を揺り動かし、保たれていた秩序を容易く崩壊させてしまうだろう。戦いにて両者が疲弊し切ったあと、これ幸いと他の特殊技能者たちが表に出てくる光景が秋光の目には見えるようだった。
危惧するところはそれだけではない。何よりも秋光は四賢者就任以後、永仙と共に凶王派との共存路線を掲げてきた人物でもある。永仙が離反し、ただでさえその路線からは人が離れている今、それでも三大組織と凶王派の間で小康状態が保たれているのは、偏に永仙の齎した混乱に三大組織が掛かりきりになっていたという現状と、前述の弱体化があってのことに他ならない。本心から凶王派を快く思っている者など、この魔術協会の内でもどれだけいることだろうか。
……今しかないのだ。三大組織が再び以前の力を取り戻せば、今度こそ協調路線に耳を貸す者などいなくなる。それまでに何としても、新たな時代の風を起こしておかなければ――。
それが秋光のたっての悲願であった。しかし、今回凶王派がこのような強硬策に出たことは秋光の唱える協調路線にとってこれ以上ないほどの向かい風となる。そこに永仙が加わっていたとすれば尚更のことだ。協調派はこれ以上ないほどの打撃を受け、どちらに転んでも二度と立ち直れることは無いかもしれない。……仮にも王の名を冠す実力者。上に立つ者として、そのことは弁えていて欲しいと思っていたが……。
「……」
頭を振って秋光はそれらの思考を感情と共に外へ押し出す。……今は自身の物思いに耽っているときではない。仮とは言え魔術協会の長を務める身として、然るべき対処を為さなければ。
――来るべき、戦いのときの為に。




