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第二十五節 白熱する勝負

 

「――そういやさっき、やたらと上手い奴がいたよな」


 注文した特盛のラーメンを啜りながら、リゲルが言う。濃厚な豚骨のスープ。鼻孔をくすぐる香りが食欲をそそる。……あれだけの量だと、少ししつこそうだが。


「ビリヤードのときですか?」

「そうそう。しかもめっちゃ美人。ちょいとキツイ感じだったけどな」

「ああ、いたな」


 頷きを返すジェイン。スプーンを動かす手の前に置かれているのはカレー。ルーを掛けるタイプではなく、さっぱりとした雰囲気のドライカレーだ。鮮やかな黄色に染まったライスから顔を出す種々の野菜たちが、良い色合いを醸し出している。


「かなりの綺麗所ではあったな。絡んできていた男たちを、勝負で軽くあしらっていたが」

「す、凄いですね……」


 ――そんな人物がいたのか。二人の勝負やフィアとのやり取りに集中していたせいか、全く気付かなかったが。


「そんなに強かったのか?」

「ああ。僕が見たところではプロ級だった」


 折角なので普段余り食べないもの……ということで注文したフォーを食べる中の応答。サラリというジェインだが、その内容に驚かされる。……プロ並みとは。


「かなり難度の高いショットを易々と決めていたからな。勝負に対する、ある種の凄みのようなものも感じた」

「正に男どもを手玉に取ってたってわけか。……つうかお前、んなとこまで見てるとは結構な余裕じゃねえか」

「実際余裕だったからな。問題はない」

「――あれ?」


 剣呑とした雰囲気を漂わせ始める二人を余所に。両手でトマトソースのパスタをくるくると巻き取っていたフォークを止めて。声を上げたフィアに目を遣る。


「黄泉示さん、あの人……」


 言われて見た視線の先。トレイに乗せられた食器を店に戻しているのは、一見すると子どもかと見紛うような小柄な女性。あれは……。


「――知り合いか?」

「いや……」


 間違いない。体躯に似合わない大人びた眼差し。振り返り歩いて行く姿を目端に口にする。


「以前、学園の屋上で鉢合わせたことがあるんだ。特に知ってるわけじゃないんだが……」

「あー、あの先輩な」


 背もたれ越しに振り返りつつ去っていく後姿を追った、リゲルが意外な反応を示す。


「やけにちっさいんだよな。初めて見たとき、なんで中学生がんなとこにいるのかと思っちまったぜ」

「知ってるのか?」

「まあ、元はクラスメイトだったからな」


 チャーシューと煮玉子を続け様に食い。スープを飲みつつ言うリゲル。……俺たちが入学する、一年前の話か。


「留年してなきゃ先輩のはずだぜ。もしかしたら同級生かもな!」

「安心しろ。お前以外に留年する馬鹿はいない」

「流石にそれは……」

「……」


 まあ、これだけの人数だ。


 俺たちと同じ学園の人間が来ていても何も不思議ではないだろう。リゲルに続きジェインも食べ終わりそうなのを目にして、米の麺を口へ運ぶ速度を上げた。




「次はどうするか……」

「――あの」


 フードコートを出。歩いている最中に切り出したのは、フィア。


「映画とかはどうでしょうか? 良かったら……」

「映画?」

「ああ、別館の方でやってるって書いてあった奴か?」

「はい」


 リゲルの言葉に頷くフィア。そこまでは見ていなかった。他に案も無いようなので取り敢えず行ってみるかと向かった先。


「ここか」


 連絡通路から別館に移り、映画館の前にまで来る。幸いというか、そこまで人は多くない感じだ。


「学生は割引になるらしいな。加えてオープン記念でドリンクが半額らしい」

「えーとっ? この時間にやってる奴で言うと」

「この三本ですね」


『迷探偵コノンVSワトスン ~曽祖父の名と涙の宝石に誓って~』

『ラストタイタニックⅫ』

『五つの故郷を持つ少年たち』


 ……物凄く極端な三択だな。


「これはもうコノンで決まりだな」

「あ? なんでだよ。こっちだってよさそうじゃねえか」


 示し合せたかのように割れる二者。俺としては正直どれでもいいような気がするが。


「……フィアに決めてもらえばいいんじゃないか?」


 そもそも、見たいと言っていたのはフィアなのだし。


「私はその、皆さんの意見で決めればと……」

「それもそうだな」

「決めちゃってくれよ。好きなので良いからよ」


 無難そうな意見を推そうとしたフィアだが、押し切られる。自分が選ぶことになった事態にやや戸惑いを見せながらも。


「じゃあ、えっと……」


 ――


「……」

「……」

「……微妙だったな」


 百二十分を見終わっての感想。そこまで悪くはなかったが、どこかスッキリしない。


「そう……ですか? 私は結構、面白かったですけど……」

「意外と悪くなかったじゃねえか。映像も綺麗だし、音楽も良かったぜ」

「効果や演出は良かったが、シナリオはまずまずだったな」


 俺たちの間でも見事に意見が分かれる。各々の好みもあるのだろうが……。


「そういやなんか、マジ泣きしてる奴がいたな。後ろの方で」

「……いたな」


〝うう……〟


 後ろの方の席。恐らく二、三列後ろの最後列に近い位置から、女性の泣き声が聞こえてきたのだ。特別感動するようなシーンでもないと思っていたので、驚いたが……。


「映画で泣くってのは正直よく分かんねえな。作り物だしよ」

「感情移入の度合いに寄るんだろう。泣くことに抵抗のある人間とそうでない人間とでは、泣き易さにも違いがある」


〝涙腺が緩すぎです。友佳里さん〟


 連れらしい人間が取り成していた。若い、俺たちよりはやや年下、高校生くらいの学生だろう。ああいう光景を目にする度、涙脆い人もいるものだということを実感する。俺がリゲルと同じで、映画などで泣いたことがないからかもしれないが。


「さて――」


 映画館から充分に離れたところ。空気の変わったところで気を取り直してとばかり、ジェインが眼鏡を上げる。


「忘れてはいないだろうな。脳筋ゴリラ」

「当たりめえだろうが眼鏡モヤシ」

「モヤシを馬鹿にするな。次は君が決めるといい。敗者の証としてな」

「ははっ。――後悔すんなよ?」


 目が笑っていない。ハラハラするような遣り取りを重ねつつ、店内の案内図を見る。一通りを見回し、吟味したあと――。


「よし。こいつにするぜ」


 最後の勝負としてリゲルが選んだのは、――卓球だった。


 ――


「……」


 エスカレーターで上へと上がり。二人で一台、隣同士の台に着く。……卓球。


 テーブルテニスとも呼ばれる、動体視力と反射神経が肝になる競技だ。パッと考えた限りではリゲルの方が有利そうに思えるが……。


「――言っておくが、僕は運動ができないわけじゃない」


 リゲルの体面――ペンラケットを握ったジェインが言う。


「身体を動かすよりも本を読む方が好きなだけだ。甘く見ていると痛い目に遭うぞ」 

「はっ、上等だぜ。そっちのがガチでやれるからな。直ぐに沈めてやるよ」


 反対側でシェイクハンドを握っているリゲル。勝負の前にコイントスで手番を決める。


「僕がサービスだな」


 裏表はジェインが当てた。サーブは一本交代。サーブミスはそのまま一点ロスのルールだ。……空気に満ちていく緊張。手玉を上げる構えを取ったまま動かないジェインと、同じく構えたリゲルとの間でそれが張り詰めるように錯覚し――。


「――ふッッ!」

「――はっ‼」


 一瞬の際を突いたように。ジェインから矢の如く放たれたサービスを、反射とも言える動きでリゲルが返した。


「さぁッ‼」

「うらッ!」


 そのまま息吐く間もなく激しいラリーへと移行する。――前、奥、左右の振り。最初のサーブから変化球と思しき球を使い、殆んどの返球で際どいコースを突いていくジェイン。


「――‼」


 だがリゲルは持ち前の運動能力と反射神経で、普通なら追い付けないような揺さ振りの球にも食い付いている。一見力業にも見えるが――。


 変化球を返せていることから球の回転をきっちり見極めて打ち返しているのだろう。殆んどがスマッシュと思しきその剛速球にミスなく応じていくジェインも凄い。恐らくはコースの打ち分けで優位に立ち、逆にリゲルが返してくるコースは見越して一歩先に動いているのだろうが……。


「凄いですね……二人とも」

「ああ」


 その隣で。俺とフィアは軽いラリーをしながら勝負の様子を眺めている。フィアが運動には向かない動き辛そうな格好ということもあり、ボールは全て山なり。ゆったりとした素人ラリーだが。


「……っ」

「やっ」


 これはこれでなんだか楽しい。ボールをお互いに追い、返し易いところに返す。相手の挙動を見て、どこが取り辛く取り易いのかを考えるのは意外と面白いものだ。


 どちらかが誤って強打や返し辛いコースに球を返してしまったとき、どうフォローするのかも問われることになると、ラリーが崩れてから気付く。互いに失敗を重ねつつ、次は少しでも長く繋げられるように。


「あっ」


 フィアが外す。台を外れ、落ちた床に弾みつつ転がったボールをキャッチ。


「ごめんなさい」

「いや、――でも、今のは結構続いたな」

「はい。……二十二回、ですね。次はもっと長く続けられるように」

「ああ。頑張ろう」


 再開。……一回、二回。互いに先ほどよりも慎重に、相手のブレをフォローしつつラリーを続け……。


「くっ――」

「――おっしゃああああ‼」


 雄叫びが上がる。その咆哮に思わず、手元に来ていた球を打ち損ねた。


「――っ、悪い」

「い、いえ。今のはちょっとびっくりしましたから」


 二人して横を見る。……どうやら卓球勝負は、リゲルの勝利に終わったらしい――。


「おお! スーツが勝ったぞ!」

「やるね彼……うちの部活に欲しいくらいだ」

「眼鏡も頑張ってたけどなー。あの(なり)で動けるもんだから、思わず応援しちまったぜ」


 ――なんかギャラリーができてる。観戦しているのは学生と思しき何人かの若者に、家族連れ、小母小父老人など計十数名。やたらと白熱した二人の試合に、当てられたのか……。


「どうだジェイン!」

「……」


 その声をジェインは肩で息をしながら聞いている。……予想はしていた。ジェインは確かに頭脳プレーという点ではリゲルより上で、運動神経もリゲルに劣らず高い。短時間なら身体能力の不利を充分に補って戦うことができるだろう。


 だが、身体能力の差にはスタミナ……体力も含まれている。また幾ら頭脳プレーが得意だとは言っても、狭い卓球台の上で優れた反射神経と動物的な勘を持つリゲルの裏を毎回かくというのは至難の業だ。


 繰り返しによる慣れもある。序盤は互角でも、続けるにつれて次第に差が開くという俺の見立ては、今回は正しかったようだった。


「はっ! 息切れで声も出せねえか⁉ 悔しかったら何か言ってみろってんだ!」

「……」


 ジェインは肩で息をしたまま答えない。普段しないような激しい運動をしたせいか、中々に苦しそうだ。二人がまたヒートアップする前に、そろそろこの辺りで止めておこうかと思い。


「リゲル、その辺で――」

「――……何を勘違いしてる?」


 声を掛けた瞬間。ゾンビのようにゆらりとした所作でジェインが立ち上がる。 


「勝負が一回で終わりだなどと、誰が口にした――?」


 まるでジャンケンに負けた小学生のような台詞。だがそのある種の執念がウケたのか、おお、とギャラリーが湧く。


「ほお。往生際が(わり)いな。まだやる気があるってんなら、幾らでも相手になってやるぜ」

「……ああ。無論そのつもりだ」


 ジェインの目が一瞬、ちらりとこちらを向く。その意味ありげな目線に、走る不吉な予感。まさか――。


「――但し次からはタッグマッチだ。蔭水とカタストさん、どちらか早い者勝ちでチームに加えられる!」


 予想通りの展開にも逃れる暇はなく。言うが早いか、勝利に燃える狼の如き視線が、射抜くように俺を捉えた。


「蔭水! こっちに来てくれ」

「……」

「はあ⁉ てめえズリいぞ‼」

「始める前から負けたときの言い訳か? リゲル。保身を第一に考えるとは、余程自分の能力に自信がないと見える」

「……言うじゃねえか。いいぜ。買ってやるよその喧嘩」

「……えっと……」


 いや、卓球はあくまで健全なスポーツであって、喧嘩するためのものじゃないと思うんだが。フィアも半分呆れたような、どう反応すればいいのか分からないような顔をしてるし……。


「来いよフィア! 俺らのタッグであいつらをぶっ倒すぞ‼」

「え、ええ⁉」


 無論表情の機微を読むというそんな繊細な所作が求められる行為を今のリゲルたちが為せるはずもなく。ボールを渡されるフィア。なし崩し的に、二回戦が始まった。


「お、今度はダブルスか?」

「儂も若い頃なら参戦するんじゃがの~」

「ひょろっとした兄ちゃんだが大丈夫か?」

「白いお姉ちゃん! 頑張れ~!」


 ……本当に止めて欲しい。



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