第二十四節 休日は遊びに
「――蔭水!」
授業終わり。掛けられる声に、俺とフィアは振り返る。
「カタストさんも。今終わりか?」
「ああ」
「一緒に昼飯でも食べないか? よかったら――」
「よう! 黄泉示、フィア――!」
反対側から掛けられた威勢良い声。振り向くと同時に顕になった姿に、リゲルがゲッという顔をする。歩いて近づいて来つつ。
「……今日は早えじゃねえか」
「この間と同じ轍は踏まないさ。人間は学習するものだからな」
「――屋上で良いか?」
訊いた台詞に、ああ、おう! と同時に答え、睨み合う二人。……あのごたごたが済んで以来は、これが日常の光景だ。
「大体てめえ、勉強はどうしたよ。友達と遊んでる暇なんてないんじゃなかったのか?」
「神父たちのアドバイスを受け入れることにしてな。今でしかできない事柄も多い。学業を疎かにするつもりはないが、もう少し柔軟に――」
「行きましょう、黄泉示さん」
「そうだな」
こうしている間にも昼休みは過ぎていく。屋上に向けて歩き出した俺たちの背中に、なおも言い合っている二人の声が続いた――。
――
「――それで」
広々と晴れ渡る空。食事のために一時争いは収まって、俺とフィアがサンドイッチ、リゲルがバーガーを食べる中、弁当を作ってきているジェインが言う。
「二人はあの時間、なんの講義を受けてるんだ?」
「私たちは、数学を……」
「数学か。あの時間は僕も、もう一つの方の数学を取っているんだ」
「……上級の方か」
ああ、と頷くジェイン。俺たちが取っているのは中級数学。説明を見た感じでは上級の方はかなり難しそうな内容だったため、避けてカリキュラムを組んだのだが。
「凄いですね……私なんて、今の授業でも一杯一杯で」
「そんなことはないさ。上級の内容は正直趣味みたいなものだしな。学者の道にでも進まない限り、実用的な道は――」
「――俺は今の時間なら、法律学の授業を取ってるぜ」
やはりジェインはかなりできる方らしい。そのことを確かめたつもりでいる最中に、ややぶっこみ気味にリゲルが話題を振ってくる。
「法律ですか……」
「似合わないことこの上ないな。法の抜け道でも探しているのか?」
「んだとコラ。法律ってのは、社会で今んとこ採用されてるルールだろ」
意外そうなフィアと半分馬鹿にしたような言い振りのジェインに、リゲルが即座に返した言葉。
「なら、少なくともある程度はそれを知っといた方が色々と良いじゃねえか。なんでこんな決まりがあるんだとか、知らなきゃ考えることも出来ねえだろ」
――おお。
「……珍しくまともな事を言うな。傘を持ってこなかったから、雪に降られると困るんだがな」
「おーおー困れ困れ。なんなら雪なんて軟弱なもんじゃなく、槍でも振らせてやるよ」
軽口を言い合いつつ過ごす時間。校舎の壁に見える大時計の針が進み、各自がある程度飯も食べ終えた頃。
「――一つ提案なんだが」
それまでの話の流れを切り、一つ、改めるような咳払い。
「今週末、遊びにでも行かないか?」
ジェインが切り出したのは意外な提案。――遊び。
「駅の辺りに新しく総合レジャー施設ができたらしい。ダーツ、ビリヤード、ゲーム、映画、カラオケなど、何でもありだそうだ」
「ほう。テメエの案にしちゃ、面白そうじゃねえか」
その言葉をジェインの口から聞くことになるとは。リゲルが好感を示したこの時点で、まず問題の七割は解決したと思って良い。だが……。
「時間は大丈夫なのか?」
「ああ。――バイトを減らしたんだ」
実を言うと、と言うような口調で。ジェインが明かしたのはそのこと。
「神父が大口のパトロンを見付けてきてくれたらしくてな。子どもたちが自分たちで遊ぶようになったことで、余裕もできた。問題はない」
「……そうか」
フィアもどこか喜ばし気な表情をしている。
「――へっ。お勉強が大事だっつってたのは、どこのどいつだったっけな」
「勉強の重要性を翻したつもりはない。ただ、その他にも意義のあることを認めただけだ」
「ま、まあまあ二人とも」
フィアの仲裁を境にガンを飛ばし合う。その光景も、今ではどこか微笑ましいものに映る気がして。
「……そうだな」
青空を見上げて、雲から雲へ渡る鳥を視界に収めつつ、声を零した。
「たまには気晴らしに、パッと遊ぶか」
……で。
「――うおおしゃあッ!」
……どうしてこうなった。
「くっ……」
リゲルから高らかに上げられる雄叫び。その横には、敗北の姿勢で膝を突いているジェインがいる。特別問題もなく迎えた当日――。
予定通り集合してから施設に行き、始めに俺たちが挑んだのは、ダーツだった。俺とフィアとリゲルの三人は初めて。経験者らしいジェインからカウントアップという、単純な得点積み上げ式のルールを教えてもらってそれぞれ適当に投げていたのだが……。
途中からなぜか二人の勝負が始まっていたのだ。リゲルが〝コツはもう掴んだぜ。どうだ? 勝負するか?〟とか言い出して、それにジェインが二つ返事で乗っかったのが原因だったような気もするが。
「へっ、どうだジェイン?」
勝ち誇るリゲルのあからさまな挑発。俺は既に投げ終わっていたので途中から観戦に入っている。傍から見ているとそこまで威張れるような大差ではなく、一、二回のミスで代わっていたような僅差だったが。
「……貴様、本当に初心者か?」
「モチのロンだぜ。ま、俺は運動神経がバツグンに良いからな。ざっとこんなもんよ」
「人間にそんな名前の神経はない……!」
……凄まじく悔しそうに歯を食い縛っている。ジェインも充分高得点なところを見ると、恐らく勝算があって勝負に臨んだのだろう。説明のときの話し振りからするとそれなりにやり込んでいたのかもしれない。
「……ゴリラは力を制御できないと思っていたが、考え違いだったか」
「おい待て。今なんつった?」
「あ、どうでした? 黄泉示さん」
喧騒の気配を察して、丁度良く近付いてきたフィアの方に目を向ける。フィアは普通に投げると的まで届かなかったので、歩幅二歩分。俺たちより少しだけ近くからにしてもらっていた。
「まあまあかな。フィアは?」
「私も……似たような感じです」
見ればスコアは240点。俺が310点なので確かにそこまで変わらない。初心者同士……と言った感じだ。
「まあ……そんなもんだよな」
そう自分を納得させる。隣にある的の上。電光掲示板に赤文字で見えるのは810の数字。リゲルがおかしいのだと思いたい。ジェインじゃないが、おかしいだろ。初めてであれって。条件的には同じはずなのに俺と倍以上の差……。
「――ま、負け犬の遠吠えは置いといて」
一頻り騒いだらしいリゲルが、それでも勝者の余裕を見せるように言う。
「次はお前が決めて良いぜ。負けたときに、見苦しく言い訳させる気はねえからな」
鷹揚な――油断とも取れるその発言にギラリと、伏せたまま眼鏡の奥のジェインの眼が光ったような気がした。
「――あれにしよう」
立ち上がり。辺りを見回したあとでジェインが指し示したのは、離れた箇所にある一角。
……ビリヤードか。
既に何組かの人たちが台について打ち合っているが、意外と空いてる。台二つを使って良いとの了承もあっさりもらえた。下のゲームセンターの方が人気なのかもしれないな……。
「へっ、何かと思えば、玉突きかよ」
棒を持ったリゲルは早くも余裕綽々と言った面持ち。キューと言うらしい。一メートル半ほどはあるかなり長い木の棒だ。
「楽勝だぜこんなん。突いて入れるだけじゃねえか。こりゃあっさり二連勝で貰ったな」
フラグにしか聞こえない台詞を呟きながら構える。一瞬の溜めののち――
「ウラッ‼」
凄まじい速度でキューが手玉の中心を突く。ラシャを焦がし、微塵に砕け散る手玉。そんな光景を幻視する勢いで突かれた手玉は球と壁とに幾回もぶつかり、勢いよく進んだが。
「ああッ⁉」
強過ぎたのか、弾かれた球はポケットから飛び出るようにして一つも穴に入らない。やがて全ての玉の動きが留まり、加減すりゃ良かったぜと、舌を打って外れたリゲルの後ろから現われたジェイン。
「次は僕の番だな」
悠々と台に付き、構えた。その姿が。
「――」
堂に入っている。リゲルとは雰囲気からしてまず違う、構えから繰り出される突き。予想に違わぬ、いや、予想を上回る正確無比なショットは、一分の狂いもなく手玉を転がし――。
「――ッ」
「お――」
弾き飛ばして。続け様に二つを落とした。……上手い。
「角度、入り方、当てる箇所……」
リゲルより遥かに。流石に衝撃的だったらしい、動きを止めたリゲルに対し、実力に裏打ちされた余裕を湛えるジェインの声が響く。
「全てを計算して漸く入れられる。力と運動神経だけではな」
「――っ、上等じゃねえか」
意気を入れるようにして台へと向かうリゲルを横目に、離れたジェインへ近付いた。
「――やってたことがあるのか?」
「昔、清掃のバイトをしてた頃にな。休み時間に付き合いでやることがあった」
道理でだ。あの打ち方はとても一朝一夕で仕上げてきたものとは思えない。――なら。
「ダーツもそれで?」
「いや、あっちは未経験だ。今日遊ぶかもしれなかったから、昨日本を読んだくらいで――」
「おい、てめえの番だぞ」
掛けられた声。見れば球数が減っていることから、どうやらどうにかして一つを入れたらしい。
「外野と話し込んでるとは随分と余裕じゃねえか。そのすかした面、直ぐ真っ青にしてやるよ」
「面白い。やれるものならやってみるんだな」
漂い始めた殺伐の空気を置いて、フィアの方へと戻る。
「結構これ、難しいですね……」
まだ打っていなかった。思いのほか棒が長くて、狙いを合わせるのに苦労しているようだ。一応自分の身長に合わせて、各人打ち易い棒を選んでもらってはいるのだが。
「短く持つといいんじゃないか? もう少し」
「そうですね……あっ」
持ち方を変えようと棒を動かした瞬間、先端が触れ、斜めに二センチほど転がる手玉。
「……えっと」
「いいさ。もう一回で」
お互い初心者だし、勝ち負けなど気にしたところで仕方ない。というか正直あと何回打てば入れ終わるのかといった感じだ。力加減があれなのか、最初に打った球は少しの差で外してしまった。
「よっしゃ! 見たか、こいつで三連続だぜ!」
「ほう、少しは足掻くな。だがその手玉で入れられるかな? 外せば一気に窮地だが」
「えいっ! ――あっ、入りました黄泉示さん!」
左右で素晴らしい温度差を感じながら。次こそ入れようと、俺は棒を以て台へと向かった。
――結局。
「――まあ当然だな」
競技の性質と経験の差で分があったのか、ビリヤードでの勝負はジェインが勝ち――。
「ちっ……あの当たりで入らねえとか嘘だろ」
未だに納得がいかないらしく呟いているリゲルを置いて。二人の戦績はひとまず、一対一のイーブンとなった。
「敗者が何か吠えているのは気にせず次……と言いたいところだが」
ポケットから古びた懐中時計を取り出したジェインが、示されているだろう時刻を目にする。
「一旦昼飯にするか。皆、何か希望はあるか?」
「俺は特には」
「私も……あんまり、脂っこいものとかでなければ」
「ここで良いんじゃねえの?」
最初に取っていた館内地図。広げたその上でリゲルが指差したのは、フードコート。
「色々ありそうだし、それぞれ好きなもんを取って食うってことで」
「いいんじゃないでしょうか」
「良さそうだな」
「……まあ良いんじゃないか? ひとまず行ってみるか」
「なんだか含みがありそうだな……」
そう言いながらも移動する俺たち。エスカレーターで下って行き、着いたフロアは――。
「……!」
――凄い人だ。
店舗に囲まれるようにしてあるスペースは、人、人、人。どこを見ても人でごった返している。その光景を目に――。
「やはりな」
眼鏡を押し上げるジェイン。
「今日は週末の休日だ。誰でも来るのに手軽なフードコートは、僕らのような集団や家族連れなんかでも埋まり易い」
先ほどは話さなかった分析を語る。……確認のために降りて来たのか。言われてみれば確かにという気がするが。
「この時間なら今から食事を始める人間が多数で、席も空き辛いだろうからな。――上に戻って別の店を探そう。さっき見た地図で――」
「お、空いたぜ席」
「なに?」
言いつつ踵を返したジェインが振り向いた先で――丁度三人連れの家族が退いた四人席を、素早く確保しているリゲル。
「……」
「おーい、こっち来いよ」
「……ドンマイ」
何も言えないでいるジェインに一言。リゲルの待つ席に移動し、荷物を置いた。
「荷物は見てるから、先に行って来てくれ」
「おう。早目に戻るぜ」
「ありがとう」
「……ありがとうございます」
店の看板を眺めながら思い思いの方向に散っていく三人。……フィアの分の財布を用意していて、良かったと思う。リゲルと行動するようになってから気が付いたこと。
一緒に住んでいるということまでは告げられても、流石に生活費の全てを負担しているとは言い辛い。どう説明したものかも分からないしな。
「……」
周囲の喧騒に意識を引き戻す。三人が戻って来る前にある程度の目星でも付けておくかと、周囲に並ぶ店店を見渡していく。目ぼしいところは……。




