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第二十三.五節 大人たちの思惑

 

 部下の運転する車内。


「良かったんですかい? ボス――」

「いいさいいさ」


 葉巻に火を付けながらビアッジョはその疑問に答える。傍から見れば、必要のない施しをしたことは確かだろう。


「適当に吹っ掛けた台詞だってのに、中々良い返しをしやがった。機転の見返りが要るってもんだろう」


 ビアッジョとて、たかが息子にあのレイルが殺せるなどとは思っていない。次代のファミリーを担うだろう人間の器と力量を確かめ、下手を見せたならそこを潰すための足掛かりにする。そう考えていたのだが。


 ――十年。その頃にはレイルのファミリーとビアッジョのファミリーの力の差は著しく広がっていることだろう。その頃になってレイルを殺せたとしてもビアッジョたちにとっては何の益もない。虎の尾を踏み、自滅を招くだけに終わる。そのことを――。


「それにうちにとっても悪い話じゃねえ。あれはどうせ義理で聞いた話だったし、どの道消える」


 あの青年は理解している。窓の外で移り変わっていく景色を見ながら、ビアッジョは火を消した。


「今朝方うちの方に取り止めの連絡が入ったって話だったからな。あの面見るに、レイルの野郎もそのことは知ってたんだろうさ。まあ……」


 僅かに上げられた口の端は、果たして誰へ向けたものだっただろうか。


「それでも多少の貸しが作れたなら御の字だ。あのボウズへの貸しも、ま、期待はできる」


 あの眼、あの語調、あの気迫。


 アルバーノのドンとして。長年に渡り人を見続けてきたビアッジョの勘と確信が言っている。あのとき口にされた十年という言葉は、決してハッタリではない。


 ――十年で超えると言っているのだ。あの青年は、あのレイル・G・ガウスを。


「レイルの野郎のお蔭で近頃はどうせ暇だしな。偶には投資も悪くねえさ。将来を見越した……な」


 ――あれとうちの後継ぎとがやり合う時代が楽しみだぜ。


 まだ遠い将来の想像に思いを馳せつつ。ビアッジョを乗せた車は、夜の町の中へと消えていく。煙を吐き、緩やかな音を立てながら。








「……ふふっ」


 翻弄されるジェインたち四人。子どもたちと戯れているその光景を見ながら、エアリーは少し離れた木陰で静かに笑みを零す。


「どうやら一段落ついたようですね、良かったです。それにしても、こういったものの使い方はよく分かりませんね……」


 ポケットから取り出した小型の録音機を握り潰す。う~んという所作と共に、肩を回し。


「――大丈夫ですよ。今なら子どもたちの意識は、向こうに向いていますから」


 小さく。しかし有無を言わせない響きで掛けられた声。その発言に応えるようにして、誰もいないと思われた木陰から一人の人物が姿を顕にする。


「――心遣い痛み入ります、バーネット殿」


 丁寧に一つ会釈をしたのは純白のローブ。畏まった態度は決して慇懃ではなく、目の前の人物へ払う敬意が汲み取れるもの。


「流石の感知技術です、こちらから声をおかけしようと思っていたのですが」

「お世辞はいいですよ。私はもう、とうに引退した身ですから。あとはここでゆっくり時が過ぎるのを待つだけの、ただのおばちゃんです」

「そんなことはありません。一線を退いた今でも、《怒りの使徒》殿は極めて高い力量を保持しておられます」


 至極丁寧にエアリーの言葉を否定するのは、それまでとは違うやや熱の込められた語り口。


「教皇猊下や使徒様方も同じ思いです。だからこそ私がこうして――」

「――さっきも言いました通り、私はもうとうに引退した身ですから」


 冷や水を撃つように。エアリーの声色が、僅かに変わる。


「その名で呼ぶのは止めて下さるよう、度々お願い申し上げているはずですが」

「し、失礼しました」


 今一度姿勢を正した使者に向けた視線。子どもたちの注目がないことを確かめつつ、小さく目を眇めた。


「それで、何の用ですか? 手短にお願いします」

「はい。――用件は以前と変わりません。再所属の要請、なにとぞ御一考頂ければと」

「またですか。それについても、はっきり断らせていただいたはずですが……」

「……お言葉ですが」


 そこで使者は気圧されがちの空気を変えるように一つ咳払いして。


「エアリー殿は教会に多大な恩恵をお受けです。所属していた時代は言わずもがな、今現在も」


 含みを持たせるように力を込める。


「聖戦の義の方で働きかけをさせていただきました。今回の我々の力添えがなければ、この孤児院は」

「結構です」

「閉鎖――は?」


 淀みなく続けようとした台詞の中途。叩き切られた口から、間抜けな音声が漏れる。


「皆まで言わなくて。気付いているつもりですから。今回の件についても、ある程度は」


 流すように向けられた視線。言葉を受けた使者の頬を、一筋の汗が伝う。


「よっぽど人手不足なんでしょうね。引退した私の様なおばちゃんにまで、まだちょっかいを掛けてくるなんて。元使徒としてその点には同情します。でも……」


 使者が目にしたのは、エアリーの変わらぬ穏やかな笑み。


「次はありませんと、そう伝えておいてくれませんか?」

「……わ、分かりました。伝えておきます」


 静かな剣幕に押され頷いた使者を、エアリーは溜め息交じりに優しく見た。


「全く、余り手を煩わせないで下さいね? この齢になると、昔の知り合いに会うのだって結構億劫なんですから」


 遠く。子どもたちと遊んでいるジェインたちの方へ振り返ったエアリーの眼が、細められた。


「それにしても……偶然って怖いですね」

「は?」

「いえ。こちらの話です。さて……」


 エアリーは携帯を取り出す。同時に取り出したメモを見ながら、ゆっくりと押されていくダイヤルの番号。


「あの……」

「ああ、済みませんね」


 唐突な所作に戸惑を面に浮かべた使者。記された文字列を押し終わり、エアリーは耳に押し当てる。


「今回の絵を描いた人間に、一言挨拶しておこうと思いまして。――ああ、もしもし」


 動きを固めた使者の前で、にこやかな笑みを浮かべてエアリーは言った。


「初めまして。私、エアリー・バーネットと申します。今回の一件について是非御挨拶をと――」



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