第二十一節 作戦
「――それで、なんの用だ?」
神父や子どもたちの手前、取り敢えずと言った体で中に招かれはしたが、歓迎されていないことはジェインの視線や雰囲気からでも伝わってくる。
「その……」
「エアリーさんから、地上げの話を聞いた」
だが来た以上は。フィアに先んじて俺から言う。
「それで……力になれることがないかと思って」
「……それだけか?」
はい、とフィアと共に頷く。俺たち二人を見ていたジェインの眼が一瞬、呆れるように丸くされ。
「あれだけ言ってまだ他人事に首を突っ込む余裕があるとは、君たちも大概暇人だな」
「……まあな」
やや皮肉気にも聞こえる、しかし嫌味や拒絶の強さまでは含んでいない台詞にただ首肯する。予想通りジェインはそれ以上事の次第を追及する様子もなく、視線を俺たち二人へと戻した。
「その、どうしてあんな人たちが……」
「分からない」
先に実際に目にした光景。尋ねたフィアに対し、ジェインは静かに首を振る。
「あの二人組が現われるようになったのはここ最近なんだ。教会の経営は苦しいが、借金はしたことがない。権利書などの書類も神父の側で押さえてあるし、開発の話が持ち上がってるとも聞かない」
俺の目から見てもこの辺りの土地に価値があるようには思えなかった。都市部からはやや離れているし、周囲には特別目を惹くような何かもない。……とはいえ。
それでも現にあの二人組が来ている以上、考えても仕方がないことかも知れなかった。マフィアにしか分からないような動機があるのかもしれない。
「まともなやり口でこの土地を奪うのは無理だ。……だからこそ、まともじゃないやり方が恐いんだがな」
「警察には?」
「勿論行ったさ」
俺の問い掛けに答えた、口元に浮かぶのは皮肉気な表情。
「だが、頼りにはならないな。連中のボスはこの辺りでもそこそこ大物らしい。報復を恐れているのかどうかは知らないが、まともに取り合ってはくれなかった。土地の所有が問題なら、法律家の仕事だろうとさえ言われたよ」
息を吐きつつ、だから、と続けるジェイン。――例えもしそうだったのだとしても。
「気持ちは有り難いが、君たちにできることは正直に言って無い」
そこに一片の弱さを見出すことは、少なくとも俺にはできなかった。言葉の受け止めから僅かに遅れて、話したのがその為であっただろうことに気付かされる。
「これは僕らの問題だ。余計な手出しは――」
「――ジェイン」
遮る声は廊下から。お茶をお盆に、扉から現われたエアリーさん。
「お二人とも折角来てくれたんですから、そう冷たい態度をしてはいけませんよ」
「神父。しかし……」
「話だけでも聞いてみたらいいじゃありませんか。なにか、良いアイディアが見付かるかもしれませんし」
俺たちに軽く目配せしつつのエアリーさんの台詞になおもジェインは何か言い掛けたようだったが、思い直したように飲み込んで、息を吐くと。
「……なら訊いてみるか。二人とも――」
再び俺たちの方を向く。眼鏡の奥できらりと光る眼。
「何か考えはあるか? 状況は、さっき話した通りだ」
「……」
……これは。
「……警備の人間を雇う、とか」
「生憎だがうちにはそれだけの余裕がない。根本的な解決にもならない以上、余り良い手だとは言えないな」
ジェインの返答はまるで用意されていたかのように素早く鋭い。……エアリーさんが見守っている以上、正面から追い返すつもりか。
らしくないことだが、俺もフィアも今回は気持ちが先行する状態で此処に来てしまっている。具体的な考えは事情を聴き、話し合いながらと思っていた故に――。
「……話してみるっていうのはどうでしょうか。あの人たちと――」
「――話?」
具体的な案を持ち合わせてはいない状態。フィアの出した言葉に、ジェインの眼が僅かに細くなる。
「奴らとか? 無理だな。堂々と脅しを掛けてくるような連中だ。話になるはずがない」
「でも……」
フィアは引き下がらない。当然と思える反対を受けても、最後まで自分の考えを話そうとする。
「話をしてみないと、分からないことも多いと思うんです。その、お互いに……」
「……時間の無駄だ。悪いが――」
「面白そうじゃないですか」
――流石に難しい。そう思っていた最中、賛同は意外なところから。
「え――」
「これまでは大した話も出来ていませんからね。一度腰を据えて話してみるのも、手かもしれません」
「しかし神父――」
「――実はですね」
俺とジェインとが懸念の色を面に浮かべる中で。その成熟した面立ちからは想像しづらい、悪戯っぽい――企みごとのある少女のような笑みを瞳に浮かべて、エアリーさんが口にした。
「少し面白い話を聞いてきたんですよ。あの、リーダーらしい人について」
「――おう」
吐く息と共に付けられるガン。手を出せば届くほど近い距離から掛けられるのは、意識して荒々しさを醸し出しているような太い声。
「そっちから呼び出しとは感心じゃねえか、婆さん」
始めに受け取っていたという彼らの連絡先。そこからエアリーさんが電話を掛け、例の二人組を呼び出す。……その段取りが上手く進められた結果。この件の優先順位が高いのか、予想以上にスムーズに現れてくれたが……。
「んで、今日こそ明け渡してくれるんだろうなぁ?」
「その件ですが――」
荒げられた語尾。その脅しにもエアリーさんは些かも動じた素振りを見せず、笑顔で応対をしてみせる。
「偶には外ばかりでなく、中でお話などどうですか?」
「あ?」
「有意義な話ができるかもしれませんよ? お互いにとって」
「――ほう」
エアリーさんの提案に、部下に任せ煙草を吸っていたリーダー格の男が反応する。……よし、食いついてきた。
「なら入れてもらおうじゃねえか。遠慮なくな」
「ちょ、ちょっと兄貴!」
「どの道あちらさんには退いてもらうんだ」
あからさまな相手のペースに乗ろうという所作に焦ったのか――仲間に男が説明するのは、一切の動揺から程遠い声調子。
「更地にするのにカネもかかるしな。今の内から見積もりを立てとくのも悪くねえ。――邪魔するぜ」
エアリーさんの見守る中で男たちが敷地の中に入る。……迎え撃つように待つのは、ジェインと俺たち。それに――。
「……」
遠巻きに見ているる年長の子どもたち。それを見た男は、ニヒルな笑みを頬に浮かべ――。
「――わー! 黒ひげだ――‼」
振り向いた視線の先。部下の男が、群がる年少の子どもたちに取り囲まれている惨状を目にした。
「凄いお腹ー! ねえねえ、何が入ってるの?」
「パンパンー! あははっ!」
「う、うるっせえガキども! 捻り潰すぞ!」
「あー、怒った!」
「タコみたいー」
威嚇もまるで役に立たない。男の怒鳴り声に子どもたちはキャッキャと笑って周囲を駆け回るだけで、全く離れようとしない。怖いもの知らずというか……。
「――叩くな! 突つくな‼ 俺はタコじゃ――!」
「いーやタコだ。真っ赤に茹で上がった茹蛸だな」
「誰だ今の⁉」
完全に嘗められている感じだ。右往左往する様に過るデジャヴ。始めの凄みはどこへやら、子どもたちの洗礼にすっかり翻弄されている――。
「随分とボロな建物だな」
そんな部下の苦労などまるで知ったことではないように。喧騒から身を離している男は教会、年月を経たその建物の外観を見回す。
「孤児院をやってるらしいが、こんなんじゃ子どもたちの将来にも良くないんじゃねえのか?」
「衛生管理はきちんとしている」
試すような男の疑問に素早く応じたのはジェイン。
「当番を決めて毎日掃除をしているからな。建物の修理や補強も済ませた。食費へは栄養バランスを整える為に優先して資金を回しているし、高校程度までの勉強なら全て僕が教えられる」
「ほう。そいつは大したもんだ」
穿った見方をするならば小馬鹿にしたような、しかし恐らく他意はないのだろうと思える口調で言った、男が口元を軽く上げる。
「だが病気になったらどうする? カネがないんじゃ、医者にかかることすら――」
「病気なら、大抵のものは私が診れますよ」
「――っ」
――そうなのか?
弱点を突かれたと思った俺の前で、驚きの発言をしてくるエアリーさん。リーダーの男もそれは同じだったようで。
「……医者なのか? あんた」
「ええ。まあそんなようなものです」
「――なるほど」
直ぐには飲み込めない俺とは別に、男はそれだけで納得したようにエアリーさんから目を逸らし。
「見かけには寄らないよな、人ってのは。――そろそろ中を案内してくれ」
「――食事は基本的には私が作っています」
入ってまず男たちが通されたのは、食堂。それなりに広く、大窓から入る光、天井から釣り下がる裸の電球が辺りを照らしている。
「時にはジェインや、年長の子どもたちが手伝ってくれることもありますが。この広間で全員一緒に食べるんです」
「洗い物なんかも共同でやってるのか?」
「ええ。小さい子たちの分は私が請け負いますがね」
「……」
見慣れないのかきょろきょろしている部下の男を余所に見回し、不意にテーブルに近付く。指で上を撫で、次いで壁、天井に遣られる目。
「見た目はあれだが、中々に綺麗なもんだな」
足元。設置物をずらし、テーブルや椅子の下までもを確認する。
「ゴミ一つ落ちてない。この為に敢えて掃除したってわけでもなさそうだ」
「……」
一つ一つがこちらを試し、発言の内容を確かめるような素振り。……この様子なら、あの話も本当なのかもしれない――。
〝あのリーダー格の男の人、自分の所属してる組織の方針に逆らったことがあるらしいんですよ〟
先日。エアリーさんから聞いた話の中身が、見つめる俺の脳裏に蘇る。
〝何でも同じような地上げの話らしいんですが、結局その反対でその話は無しになったとか。もしあの人を説得できれば――〟
「――見学はもう良い」
寝室に案内しようとしていたエアリーさんに対し、男が言う。
「話がしたいんだろ? 連れも退屈なようなんでな。相応しい場所に通してもらおうか」
「……」
「そもそも明確化しておきたいのですが」
俺たちを交え、古びた丸テーブルのある一室で全員が席に着く。男たちの対面に座るのは、エアリーさんとジェイン。
「貴方たちはなぜ、この教会の地上げを?」
「人聞きが悪いな。うちはただ、この土地から出て行ってくれるようお願いしてるだけだ」
室内を見回すようにしていた男が前へと視線を合わせる。懐から取り出した煙草に火をつけて吸ってから、フーと煙を吐き。
「理由についてあんたたちに話せることはない。それは、あくまでうちの問題だ」
「……」
「理由が分からなければ、妥協点を見つけられない」
一旦黙ったエアリーさんに続いて、話し掛けるのはジェイン。
「話し合いに応じた以上、歩み寄る努力はすべきだと思うがな」
「それはそっちの都合だ。妥協が欲しいのはそっち側。歩み寄りなんぞ、端から俺たちには必要ない」
そうだそうだ、と言った部下の男にチラリと目をやりつつ、取り出した携帯式の灰皿に灰を落とす。……むやみやたらと叫んだりしないだけ、やはり凄みがある。凍て付くようなレイルさんのそれとは少し違うが。
「俺が聞きたいのは、そっちの出て行く用意がいつできるのかだ。丁寧に案内してもらって悪いが――」
「――どうにもならないんですか?」
一方的に押し付けられるような会話。このままでは意味がないと、そう感じたところで言葉を発したのはフィア。
「……本当に、他の方法は……」
「……」
静かに向いた視線。タバコの火を燻らせたまま、男の唇が吸い口から離れ。
「そういや訊きたかったんだ。――あんたら、一体なんなんだ?」
男の目がフィアと――その隣に座った俺を見据える。
「協会の関係者じゃないようだが。そこのボウズのお友達か?」
「……俺たちは――」
「うちのやり方じゃ、関係者じゃない奴に手は出さないことになってる」
考えながらの話し出しを遮る、男の言。
「だがそっちから首を突っ込んでくるってことは当然、あんたらも不慮の事故に遭う可能性が生まれてくるってことだ。無論、承知の上だとは思うがな」
「……」
――試されている。
一線を越える覚悟があるかどうか。ただの野次馬でなく、当事者として、その身に傷を負う覚悟があるのかを。想像できる恐怖に一瞬舌先が詰まるが。
「……ああ」
フィアを見る。返されたのは確かな頷き。ジェインやエアリーさんの立場、この教会にいる子どもたちのことを思い浮かべたなら。
「――承知の上だ」
此処で退くわけにはいかない。力を込めた眼で、見据え返した――。
「……なるほどな」
張り詰めた気を抜くように。一つ息を吐いて椅子に背を預け、男がジェインとエアリーさんを含めた俺たちの側を一瞥する。
「話す覚悟ができてるってのは悪くない。頭っから喧嘩腰の連中や、下手な接待や愛想笑い、贈り物で誤魔化そうって連中よりは、よっぽど好感が持てる。あんたらが偽善者でも放漫経営者でもないってことは、よく分かったしな」
――好感触だ。思いの外こちらを認めているような台詞に、予断は早いと言い聞かせながらも唾を飲み。
「ここがあんたらにとって大切な居場所だってことも理解した。――だが、だから手を引けってのは無理な話だ」
「……!」
「大方、例の工場の話を聞いて狙ったんだろうが……」
次の瞬間に否定される。エアリーさんに向けられるのは、こちらの思惑までもをそのまま見透かしているような鋭い眼差し。
「あの件は元から上の本意に不都合なところがあった。今回の一件とじゃわけが違う。下手な態度を取れば、ケジメを付けなきゃならなくなるのは俺たちの方だ」
チラリと向いた視線。先にいるのは弟分と思しきあの男。
「俺にはそいつや自分の命を脅かしてまであんたらを助けようとする義理や動機はない。これがこっちの理屈だ」
……筋は通っている。
例えこの男が内心どう思っていたとしても。それで自分たちの命が危険にさらされるなら、助けるような真似はしないだろう。立場が逆だとすれば、俺たちも――。
「なら、上の方たちと――」
「そいつも無理だ」
残された選択肢に手を伸ばそうとするエアリーさんの発言を、強く力のこもった言葉が遮る。
「穏便に行くのは今日がリミットってことでな。俺たちも、上から発破を掛けられてる」
男の面に浮かぶのは凄みある双眸。場の雰囲気が、変わる――。
「今ここで返事を寄越せ。明け渡しの段取りも決めてもらう」
「な――」
「……そんな要求が通ると思うか?」
机の上に置いた手を握り拳にして言うジェイン。……そうだ。
「それならそれまでだ。人知れず消える輩なんざごまんといる。孤児の数が一人くらい足りなくなったくらいで、あんたたち以外に誰が気にするかな」
「……そんな」
フィアの声。テーブルの下で拳を握りしめる。……甘かったのか?
話をすることはできた。孤児院の大切さも伝わった。だが、それで状況を変えることはできなかった。
「――上からだ。少し待て」
短い着信音に続き取られた携帯。……何か手はないのか?
なにか――!




