第十八.五節 リゲルと神父
「ッハァ! ハアッ……」
三人が降りたことを確認して、リゲルは肩で大きく息をする。……スムーズに走るバスを追いかけるのは流石に堪えた。毎度の停留所で止まってくれていなければ、流石に追い付けなかっただろう。
――あの野郎。
眼鏡に対する怒りのボルテージが順調に上がって来るのを自覚しつつ、リゲルは呼吸のために下げていた顔を上げる。……既に何処かへ向かって歩き出している三人。荒い呼吸の音が聞こえないよう、どうにか息を落ちつけながらあとを追った。
「……」
三人が後ろを振り返る様子はない。尾行を始めて暫くすると、汗も引き周囲を見渡す余裕も出てくる。少しずつ疎らになっていく家々。町の中心からは既に離れ、景色に鄙びた割合が増えている……。
――っと。
前を行く三人が遂に門に入る。周りに人目がないことを確認して、素早く建物に近付いた。
……やけにぼろっちいな。
真っ先に浮かぶのはそんな感想。門に浮いた錆。塗装の剝れている石壁に、半分崩れているような尖塔が目を引く。一見すれば廃墟とかと思うような外観だが……。
「……」
門の隙間から除いた――庭には、物干しざおに布団や衣類などが干されている。やけに小さいのは子ども服だからだろうか? 中央にある建物、教会の本体には板で壁の穴を塞いでいる箇所が見える。中途半端に施された手入れに、所々に見える生活感。
――まさかあいつ、此処に住んでんのか?
考えを浮かべつつ取り敢えず門から顔を離す。……乗り越えるのは流石に目立ちすぎるだろう。
少し周りを歩いてみるが、ぐるりと塀で囲まれた敷地にはそれなりの面積があるらしい。どうやって中の様子を窺ったものかと、リゲルが首を捻っていた最中。
「――あら」
近い。背後から上げられた声に、反射とも言える所作で振り向いた。
「どうしました?」
リゲルの目に映り込んだのは、柔和そうな印象を受ける壮年の女性。……両手には大きな布製の買い物袋。聖職者用の衣服を纏っていることから、目の前の教会の関係者なのだろうということが分かる。問い掛けるような視線――。
「若い人がこんなところで。教会に何か御用ですか?」
「……ああ、いや、その」
動転して狼狽える。何か言おうとするが、適切な台詞が頭に思い浮かんでこない。注がれているその眼差しがいつ疑心の眼付きに変わるだろうかという考えが、リゲルの口を一層重いものにしていた。
「俺は――」
言い掛けて。逸らされることのない瞳に、腹を括る。
「――シトー学園の学生で。ジェインって奴と、知り合いなんですが」
「まあ」
狙い通り、女性の表情が変わる。
「ジェインのお友達の方ですか。今丁度他の友だ――知り合いの方々もいらっしゃってますから、案内しますね」
「いえ――!」
マズイ。続け様に訪れた窮地に頬が引きつるのを感じながらも、ここで流されてしまっては終いと。
「ちょっと様子見に来ただけなんで! あいつ、付き合い悪いんで、このところどうしてるかって思いまして!」
「あら……そうなんですか?」
「はい――そりゃあもう!」
――マジでだせえ。
止め処なく汗の噴き出てくる額を自覚しながらリゲルは思う。もっとスマートに、狼狽えずに決められるようでなくては話にならない。とはいえ……。
「そうですか……」
乗り越えられたようだとそう判断する。女性の顔付きは既に不審がる様子もなく、リゲルが述べた言葉を受け入れる段にあるようだと、そのことを見て取り。
「――んじゃあ、俺はこの辺で……」
このまま騒いでいれば最悪中の人物たちに気付かれかねない。特にジェイン本人にでもこの様子を見られた場合、どうなるかは想像に難くない。出てきた黄泉示たちと出くわす前に退散するのが一番と、そう考えて踵を――。
「――待って下さい」
「――っ」
返そうとした途端、良いタイミングで掛けられたその声に足が止まる。何かを決心したように此方を見る女性の視線。
「その、私の口から言うのも変な話かもしれませんが……」
ばれたのかとの思い付きは直ぐに払拭される。少し躊躇いがちに。
「ジェインの付き合いが悪いのは、あの子の所為じゃないんですよ」
「――」
そんなことを言ってきた。……ジェインの情報を知るまたとないチャンス。黄泉示たちに見付かるリスクはあるが、ここで下がればただの無駄足と。
「そいつは、どういう?」
「実は――」




