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第三十七節 闇の訪れ

 

 ――それからは、各地で人を助けた。


 疫病、飢饉、天災、戦争――。


 問題は数多かった。介入できるその全てに、ヴェイグ/俺たちは果敢に携わっていった。挑むかのように、それが当たり前であるかのように――。



「――貴方たちは⁉」

「おう!」


 崩れていく家。燃え盛る炎をものともせず、間一髪でその中から助け出した少女の当惑に、笑顔で応えるアルコス。


「まっかしとけ! 俺たちが来たからには百人力だ」

「調子に乗ってないで、行くわよ」

「ええ」

「やりますか」

「が、頑張ります!」

「――行こう」


 森が燃えている。家屋や家畜まで全てを守ることはできない。せめて住んでいる人たちだけでもと、それだけを胸に動き続け――‼


「――ありがとうございます」


 どれだけの時が経っただろうか。どうにか村人たち全員を助け出した時には、暗かった夜空が端の方から次第に白んでいた。


「本当に、助かりました。貴方たちのお陰で……」

「……いえ」

「とんでもない……ぜ」


 山火事の猛威から人々を助けるのは流石に骨が折れた。魔力をほとんど使い果たしたテオドア。クララの喚んだ小さな鳥のような精霊が火傷を負った人々を癒している。


「……流石に疲れましたね。少し休まないといけない」

「その、貴方たちは……」


 少し困惑した表情を浮かべたが。


「どうか泊っていってください。村の外れに、焼失を免れた家が何軒かありますので……」

「悪い。ありがとな」

「済まない。感謝する」


 幸いにして急ぎ足ではなかったので、ありがたく申し出を受けることにする。


「――あの!」


 呼び止めた少女は僅かに逡巡し。


「……頑張ってください。応援しています」





 ――歌が伝えられている。



 一人の大人と五人の子どもたち。各地を旅し、不思議な力で以て人々を救った。……そんな英雄の歌。




 ……そんな時間が、どれくらい続いただろうか。


 数か月だったのかもしれないし、数年だったのかもしれない。見せられる物語の中での時間間隔は曖昧で、明確に知る基準がない。不意に――


「……っ!」


 突如暗くなり、場面が替わる。目の前に映し出された光景に、息を呑んだ。


「油断……しました」


 地面に横たわるのは、ダビドと呼ばれたあの少年だ。一振りの剣の突き刺さった胸からは、今なお夥しい量の血が流れている。


「もう喋るな! ッテオドア!」

「やってるわよ‼」


 ――応えるまでもない。


 既にテオドアは痛覚を麻痺させ、治癒を始めている。ファニの施した応急措置も適切。……だが。


「でも、でも――!」

「……先生」


 それでも。冷静さを失わないファニが、確かめるようにヴェイグ/俺の方を向いた。


「……」


 医学を学んだ者としての経験もある、ヴェイグ/俺のその知識が告げていた。……ダビドは、助からない。


 テオドア、クララ、そしてヴェイグ/俺自身の魔術、医療技術があっても無理だろう。


 そのことを受け入れたくなくて、何度も目で傷を追ってしまう。……何度も何度も。


「……先生、どうなんだよ」

「……」

「――先生!」

「――アルコス」


 なおも問いを重ねようとした少年をファニが止める。……強い視線。


「なんだよ――!」

「……」


 頭を振る。その所作で、アルコスにも合点が入ったようだった。


「……嘘だろ」

「……アルコス」


 ダビドが、喋る。


「そんな情けない顔をしないで下さい。覚悟の上です。付いて行くと、決めた時から……」


 精一杯強がってみせるその声が弱々しい。痛みを感じなくなっているとはいえ、失われた身体機能が回復するわけではない。喋る力は、着実に失われていっている。


「……一番先とは情けないですが」

「……えぐ。ひっく」


 クララと呼ばれていた少女。ずっとダビドの手を握っていた彼女から、嗚咽が漏れる。


「だめ。だめだよ……」


 震え声。それを受け、ダビドは静かに微笑むと。


「――頑張ってください。皆」


 どこにそんな力が残っているのかというくらい強い光を込めた眼で、そう言った。


「僕らのような人を、二度と――……」


 言葉終わりから力が抜ける。最後に一度大きく、息を吸い。


「出さない……で……」

「……ダビド?」


 止まった。信じられないと言うような目をしているのは、クララ。


「……いや」


 握る手に力が籠る。


「やだよ。……やだ」


 両手で覆うようにして。上げたその掌を、頬に擦り付けた。


「約束、したのに……」


 零れた涙がダビドの手を濡らしていく。指を伝い、手首から零れ落ちる。


「ダビド……」


 啜り泣く声と共に。俺/ヴェイグを取り囲む、場面が変わった。





「う、ううっ……」


 野営地に響く嗚咽。焚火の炎に照らされた影が、蹲っている。


 ――あの日以来。クララは、明らかに精神を削られていた。食事を拒み、昼も夜も泣き通している。


「……」

「……少しは食べたら?」


 ファニが平坦に、しかし良く知る者であればそこにある思い遣りを聞き取れる声音で、クララに言う。


「これ以上抜くと、持たないよ。辛いのは分かるけど、そんなことはダビドもきっと望んでない」

「……どうしてそんなことが言えるの?」


 押し切る為に敢えて強く言ったのだろう台詞は。クララからの、予想外の非難を込めた声音で返される。


「ダビドが思ってるかなんて、分からないよ。……死んじゃったんだから」

「……クララ」

「ねえ、先生」


 ファニを無視して、クララから俺/ヴェイグに掛けられる声。


「どうして……ねえどうして⁉」

「……それは」


 初めて見せる責めるような瞳の色に、ヴェイグ/俺が言葉に詰まる。


「――落ち着いてクララ」


 テオドアが宥めにかかる。――が。


「どうしてダビドは死んだの⁉ 私たち、折角助かったのに――‼」


 聞く耳を持っていない。クララはまるで錯乱したように叫び、立ち上がる。不意に――。


「――!」


 何かに気づいたかのように、聞こえてはならない何かを聞いたかのように、動きを止めた。


「……クララ?」

「……ダビド?」


 クララの目は俺/ヴェイグを見てはいない。あらぬ方角。闇の奥を見つめる瞳は、まだ半信半疑だが。


「……そうだ」


 次の瞬間にそれが確信の光を帯びる。身を乗り出したまま止まっていた姿勢から走り出したクララ。咄嗟のことに、ヴェイグ/俺たちの側の誰も反応が追い付かず。


「――いけない」

「――待てよッ!」


 呟いたファニ。そう叫ぶアルコスと共に走り出した時には、既にクララは十メートル近く先を行っていた。駆け走るその姿。


「――待って、止まってクララ!」

「ダビド……ダビドでしょ⁉」


 耳に入っていない。呼びかけるその姿から窺えるのは普段からは考えることのできない必死さ。走るクララとの距離は容易には追い付かない。昼間の活動での消耗が堪えている。全員――!


「聞こえたもん。ダビドの声が――」


 空に厚く掛かっている雲。月明りすら差さない暗闇の中で前触れもなく立ち止まった、クララが辺りを見回す。懸命に、誰かを探すようにして見つめ。


「! ダビド――っ‼」


 次の瞬間、その人物を見つけたように開いた笑顔。声が聞こえてきたのか、ファニの追い付こうとした直前、一目散にその方角へ走り出した。


「危ないッ‼」

「――え」


 勢いのままに。……踏み出したのは空中。自らが崖から走り出したことを理解して、振り返ったクララ。笑顔の崩れた顔に、半泣きのような表情を浮かべたまま。


「どうして……」


 一言を残し。一切の光の見えない、鎖された谷底へと落ちて行った。


 ……。


 ……クララは、死んだ。


 崖下に降りた俺/ヴェイグが死体を確認した。四肢が折れて血の抜けた身体。まるで糸の切れた人形のように青白く、不気味だった。


 残されたのは、ヴェイグ/俺とファニ、アルコス、テオドアの四人。この短い間に二人のメンバーを失い、否応なく漂うのは暗い雰囲気。何か言わねばならない。そう考えて息を吸った。


「――行こう」


 直後に発された自分のものではない声に、ハッとして目を向ける。……アルコス。


「此処まで来といて、止められるわけがない」

「……アルコス」


 顔を上げたテオドア。町を出る時より幾分大人びた少年は、噛み締める何かを飲み込んだようにして。


「俺たちが、あいつらの願いを成し遂げるんだ」



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