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第三十六節 ヴェイグと生徒 後編

 

 ――俺/ヴェイグたちが魔術師だということは、町の人々に受け入れられた。


 本当の意味で居場所を見付けられたのだ。それから続いていく日々は、まるで誰もが望んだ夢のようで。


 ――そんな、ある日のこと。


「……」

「どうしたんだい? 近頃――」


 珍しくアルコスが塞いでいる。その事が気になって、尋ねたヴェイグ/俺に。


「……俺、聞いたんだ」


 紡ぐのは、訥々とした語り口。


「デイナイとユドスの間で。もうすぐ、戦争が起こるって」

「――」


 ……ユドスにデイナイ。


 共に大規模な共同体だ。本格的な戦闘が行われるとなれば、どれだけの被害が出るのかは想像もつかない。……当事者たちは勿論のこと、戦場となる土地にも。


「……また、俺たちみたいな奴が出るのかな」

「……アルコス」


 アルコスの出身地は戦禍で焼けた。此処にいる全員それを知っているからこそ、テオドアを含めいつものようには――。


「――」

「お、お客さん?」


 入口から聞こえてきた物音に俺/ヴェイグが振り向く。……妙だ。


「……おーい、用があんなら入って来いよ!」


 物取りを警戒してか、アルコスが敢えて大声で声を掛ける。……返事はない。代わりに聞こえてきたのは、何かが扉に寄り掛かる音と、ドサリとした重く鈍い音。


「――っ」


 その音に反応して立ち上がる。素早く開けた扉から倒れ込んできたのは、一人の女性。抱き上げて運び入れた彼女の姿に生徒たちが驚きを見せた。


「怪我人――⁉」

「テオドア、治癒お願い!」

「分かってるわよ!」


 ヴェイグ/俺よりも早く見立てたらしいファニから飛ばされた指示。一瞬のちに発された柔らかな光が傷を癒し、疲労を取り除く。……女性の顔に生気が戻り、頬に差す赤み……。


「う……」

「気が付きましたか」


 身じろぎと共に薄目を開けた女性に話しかける。自身を囲む子どもたちを見てか、不思議そうに丸くされる瞳……。


「ここは……」

「扉の前で、貴女が倒れていたんです。僕たちに何か用件が――」


 説明する。一語一語を紡ぐ度に、思い出すように女性の目に光が戻り――。


「あ、あの‼」


 ――顔色が変わった。俺/ヴェイグの腕を取った女性は、文字通り縋り付くように。


「私、東方の――デイナイの者なんです」

「――」

「もうじき戦争が起こるって聞いて、私、恐くて。知り合いから、ここに、魔術を扱える方々がいると聞いてきたんです」


 女性から口にされるのは今正に話題にされていたその名前。縋るような視線が、ヴェイグ/俺と生徒たちを見回す。


「あなた方にこんなことを頼めた義理でないことは分かっているのですが……どうか、どうか、助けてもらえないでしょうか?」

「……」


 ――どうする?


 端的に逡巡する。これは、今までのような単なる人助けではない。


 戦争に介入するとなれば流石にこれまでとはわけが違う。魔術を使える人間であっても、訓練を受け武装した兵士たちを相手取るのは並大抵のことではない。……命の危険もある。共同体に仕える魔術師たちが出てきている可能性もあり、そうなれば益々。


「……考えさせてください」


 周囲に送った視線。生徒たちが見つめている中で。……今の俺/ヴェイグには、そう答えることが精一杯だった。





 それから数日後。


「……旅に出ようと思う」


 決心したヴェイグ/俺は。……授業の終わりに、生徒たちにそのことを告げる。


「――どうして?」

「この間のことだ」


 静かなファニの問いに応えるのは明瞭な声。気付いたらしい何人かが、身体を揺らす。


「……受けるんですか、あの話を」

「……ああ」


 ダビドが珍しく見せる重い声。考えられているだろうリスクは、俺/ヴェイグも承知している。


「なんで、先生――!」

「世の中にはまだ、助けを必要としている多くの人たちがいる」


 叫び声を上げそうなクララに、なるべく落ち着き払った声で告げる。……いつかファニに言われたこと。


「苦しむ人たちを少しでも減らしたい。――今回の依頼を、その契機にしたいんだ」

「……先生」


 ――そう。


 自分の望みを叶えるためには、いつまでもこの町に留まっているわけにはいかない。どれだけ険しい道のりになるとしても、やらないわけにはいかないのだ。そしてそれはあくまでも。


「……町の人たちへの話は付けてある」


 自分の望みだ。全員の顔を見ながら、ヴェイグ/俺は言う。


「これまで通り依頼を受けるかは、君たちに決めてもらうようにと。君たちはもう僕がいなくてもやっていける。自分の生き方を、自分で選べるんだ」


 ――いつかは離れて行くものだ。


 そうでなくとも、人には必ず死という終わりが来る。自分がかつて老夫婦と別れたように。だから。


「……先生」

「いつになるかは分からないが、また会おう。皆が達者でいることを、祈っている」






「……よし」


 出発を決めていた早朝。昨晩から用意しておいた最低限必要な持ち物を手に、外へ出る。まだ日が顔を出したばかりの、冷やりとした空気。


「……行ってくるよ」


 戸口に独り言つ。これまでの思い出のある家を、今一度だけ振り返って。


 振り返らずに、ヴェイグ/俺は歩いて行った。


「……」


 ――どれだけ歩いただろうか。


 休むこと無しに歩みを進め――予定していた通り、丘の中腹で適当な岩に腰を下ろす。日が既に高く昇ってきている。これからは更に熱くなるぞと言い聞かせ、皮袋から口に含む水。同時に持ってきたはずのパンを取ろうとして――。


「――」


 左腰に下げていたはずの袋が、無くなっていることに気が付いた。


 落とした? 真っ先にそのことを疑う。……それならば音で気付くはずだ。幾らなるべく早く遠ざかりたいと思い、歩くことに集中していたとはいえ。


 まさか――。


「――探し物?」


 想像できる一つの可能性に突き当たった最中、唐突に目の前へ差し出されたパンに驚愕する。


「……ファニ⁉」

「おはよう。先生」


 見張った目の前にいるのは、いつものファニ。荷物を持ち、旅に備えた格好をしてはいるが……いや、そうじゃない。


「どうして……⁉」

「先生、私を甘く見過ぎじゃない?」


 口元で少し笑う。


「音で直ぐに気付いたよ。それに今日の先生は、普段と違って落ち着かないみたいだったし」

「……」


 気取られていたのか。だが、その恰好は。


「……起こしてしまって悪かった。見送りに来てくれて、ありがとう」


 敢えて訊かずに。半ば押し退けるようにして、進もうとした矢先。


「――俺もいるぜ。先生」

「僕もね」


 新たに現われた姿に道を塞がれる。見間違えるはずも、聞き間違えるはずもない。


「アルコス! ダビド……!」

「私たちもいるわ」

「せ、先生」


 ……テオドアに、クララまで。


 しかも全員が荷物を持ち、アルコスとテオドアの背中には、特別大きな荷物まで背負われている。


「俺たち、あのあと皆で話してさ」


 アルコスに続き、ダビドが口を開く。


「着いていこうって話になったんです。全員で」

「何を――」

「今度は私たちが、先生に力を貸そうって」


 更にテオドアが続く。その態度に。


「――分かってるのか⁉ 君たちは!」


 思わず声を荒げてしまう。一喝に、クララの長い髪がビクリと揺れた。


「これまでとは違うんだ。……死ぬかもしれないんだぞ」


 その想像に、嫌でも胸中が重くなる。


「君たちは漸く、自分の好きなように――‼」

「……だ」


 激昂にも似た感情の発露を、遮る小さな声。


「だから……好きにしてるんです」

「……っ」


 俺/ヴェイグを正面から見つめる瞳。……クララが? その事実に思わず情動が止まる。


「私たちが、自分で決めたことなんですから」

「……そういうこと」


 そこまで言い切って、限界らしかったクララの後をファニが引き継ぐ。


「断っても着いてくわよ、先生。偶然目的地が同じになるだけなんだから」

「……」


 言葉が出ない。彼らが皆、自分達で俺/ヴェイグといることを選んだのだと言うことに。


「……ありがとう」

「どうして先生が礼を言うんだよ」


 目頭が熱くなった。アルコスの声。


「俺たちはただ偶々目的地が一緒なだけだぜ。なあ?」

「じゃ、アルコスは次の町でお別れね」

「なっ――ちょっと待てよ! 話が違うじゃねえか!」

「ま、まあまあ……」


 いつものような会話が、変わらず傍にいてくれる嬉しさを噛み締めて。


「――行こう」


 俺/ヴェイグは言う。


「皆!」



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