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第三十五節 ヴェイグと生徒 中編

 

「――本当に助かった!」


 日の落ち切った夜、戸外にて響くのは、その声。


「なんとお礼を言ったらいいか……!」

「――いえ」


 尚も頭を下げて報酬の袋を押し付けようとする男を、俺/ヴェイグは押し留める。先ほどからずっとこんな調子だ。


「いいんですよフッドさん。私たちはただ、当たり前のことをしているだけですから。報酬についても事前に約束した分で結構です」

「しかし……」

「私たちにあげるより、それで村の人たちに何か快気祝いでもしてあげて下さい」

「本当に……本当に有り難い……」

「な、言ったろおっちゃん!」


 またしても元気あふれる大声に、フッドさんが振り返る。笑顔を浮かべ。


「ああ、すげえよボウズ! 見直したぜ!」

「だろ? へへっ」

「全員元気になったら今度うちに来いよ! いつでも持て成してやるからよ!」

「マジか⁉ 他人のうちにいくなんて初めてだぜ!」

「精々暴れて物を壊さないようにねー」

「んなことするかっての!」


 喧々諤々。幾人もの声が飛び交う、穏やかな喧騒。


「賑やかですね……」

「ほ、ほんとだね」


 その様子を遠巻きに見ている二人。人見知りしがちな少女を慮ってか、彼女の前に出ている少年は全体から見ればやや離れた位置にいるものの、決して輪から外れているわけではない。そんな光景を眺めている最中。


「――上手く行って良かったわ」


 隣に腰を下ろす声。――水の入ったコップを持ったファニが、俺/ヴェイグの方を見上げていた。


「ねえ、先生?」

「……からかうのは止めてくれよ」


 ファニに面と向かっての一対一でそう呼ばれるのは未だに慣れない。そもそもを考えれば、俺/ヴェイグの方が彼女を先生と呼んでいいくらいなのだが。


「でも、立派なものだわ」


 騒ぐ少年少女たちへ向けられる目。横顔に見える瞳は、目の前の景色だけではない何かを見ているようにも思える。


「あれだけの魔術をほぼ独学で会得するなんて。正直、無理だと思ってたけど……」

「独学じゃない。ファニが始めに教えてくれたからじゃないか」

「本当にそう思ってる?」

「もちろん」

「……」


 屈託なく言ったヴェイグ/俺の言葉に、ファニは暫しの間静けさを享受して。


「……私の力なんて微々たるものよ」


 不思議と喧騒には紛れない、小さくもはっきりとした声音で口にした。


「あなたの素質が努力で実を結んだだけ。あなたが頑張らなかったら、彼らは助けられなかった」

「……そんな」

「カーンさん!」


 唐突に掛かる声に振り向く。足早に近付いてくるフッドさん。


「本当にありがとう! 何か困ったことがあったら、遠慮なく俺たちに言ってくれよ!」

「は、はい」

「じゃあな‼」


 握手した手をぶんぶんと振って、元気よくフッドさんは帰っていく。姿が見えなくなるまで何度も手を振っていた姿を見送り、踵と共に返す視線。――映り込むのは新たに加わり、既にこの場に馴染んでいる彼ら。


「いや~、疲れた疲れた!」


 ――アルコス。五人の中ではテオドアと並んで歳が高く、身体技法と強化の術法を得意とする。座学などは苦手なようだが、それを補って余りある熱意と行動力を持つ。


「まあとにかく、全員が無事で良かったですよ」


 ――ダビド。理知的な少年で、単純な攻撃系、防御系以外の魔術全般を得意とする。中でも幻の構築や、距離を一瞬で縮める転移法は見事なもの。感知や分析眼も鋭い。


「あ、あの、でも、私、うまくできなくて……」


 ――クララ。身体が弱いことも相俟って少し気弱。しかしとても優しい子だ。異界の存在と心を繋げられる才能を持っており、彼らと交渉、力を借りることができる。


「そんなことないわよ。今回だって、貴女の喚んでくれた子が役立ったんじゃない」


 ――テオドア。アルコスに負けず劣らずの活発な女の子で、治癒と単純な攻撃、防御の魔術に優れる。中でも魔力の大きさは生徒の中で随一。その分制御も難しいが……。


「お前はもっと自信持てよ。充分活躍してんだから。テオドアより」

「暴力だけが取り柄の貴方に言われたくないんですけど?」

「魔力がデカいだけの女に言われたくないね、俺も」


 ぐぬぬと睨み合う。この二人は馬が合わないのか、合い過ぎるのか何かと衝突することが多い。ここに来たばかりの時は互いの力もあってそれは大変だったが……。


「大体一番最後に来たくせに、なんでそんなに偉そうなんだよ。俺の方が先輩だぞ、先輩!」

「う、煩いわね! 来た順番は関係ないでしょ!」

「はいそこまで」


 ぽかりと手を置いたファニに、アルコスとテオドアがあう、と声を上げた。


「無闇に喧嘩しない。先生との約束でしょ?」

「う……」


 今では大事に発展することもない。ダビドやクララが止めに入るし、中でも大人びているファニは良い纏め役になってくれている。


「……分かってるよ」


 ばつの悪いように逸らされた――アルコスの目が、建物を見回す。


「先生のことは感謝してる。全員で住むためにこの家も建ててくれたし」


 ヴェイグ/俺がいる場所はかつてのような手狭な小屋ではない。六人で生活するために新しく立てたそれは、町の人たちの協力もあって完成したもの。


「力の使い方も教えてもらいましたしね」


 ――そう。


 かつてはファニから魔術を学んでいた俺/ヴェイグだったが、今は逆に指導をする立場へと回っている。……彼らが力の使い手だと言うことを隠し、普通の生活を送れるようになるのに必要なこと。


 自身の持つ力の適切な自覚と制御。用い方に、力に頼らない他の技術や知識。ヴェイグ/俺自身が今までにした経験や体験談も話している。少しでも、手助けになればとの思いから。


「けど、楽じゃないよなー」


 俺/ヴェイグの纏めた薬草についての巻物を開きながら、息を吐き出すのはアルコス。


「俺たちが魔術を使えるってばれないように隠してかなきゃいけないし。授業も受けなきゃだし、依頼は結構な頻度で来るし」

「仕方ないでしょ。そうしないと食べてけないんだから。野垂れ死になんてしたくないわよ」

「でも……」


 割り込んでの発言に遠慮があるのか、控えめな様子でクララが言う。


「今日みたいに人助けして、それで喜んでもらえたら。……私、やっぱり嬉しいな」

「……そうですね」


 どことなくしんみりとした雰囲気。人助けの仕事を手伝えるようになってから、彼らは町や周囲の人々に感謝されることが多くなっている。そのことが良い方向に働いているのを確かめながら――。


「――さ、授業の続きをしよう」


 ヴェイグ/俺は再び話を再開する。……一人では難しいかもしれない。


 だがここには仲間がいる。話し合い、協力することができる。


 自分がいる。彼らが自分の生き方を選べるまでになるように。


 その場所まで連れて行くことが、ヴェイグ/俺の役目だ。







 ――それから暫くは、似たような日々だった。


 ヴェイグ/俺は子どもたちに知識や技術を教える。子どもたちはそれを学び、俺/ヴェイグたちと共に話す。町の人が助けを求めに来れば仕事としてそれを引き受け、報酬として食べ物や貨幣をもらう。魔術を使える六人の力を合わせれば解決できないことは殆んどなく、感謝され喜ばれる。――子どもたちと俺/ヴェイグがなす日々は波乱に満ちながらも、それでいて上手く回っているように思えた。


 しかし――。


「――」


 移り変わった情景。少年が、少女に向けて手を上げていた。


「――ッ!」

「止めなよアルコス」


 繰り出された掌。それを、ファニの腕が寸前で引き止める。


「あなたの気持ちも分からないではないけど。……クララを責めたってどうにもならない」

「……だったら、どうしろって言うんだよ!」


 アルコスの声は、自分でも抑えられないような焦りの色に満ちていた。


「クララが魔術を使ったせいで――俺たちはまた、出て行かなきゃならなくなるかもしれないんだぞ!」


 聞かされた状況。町の人から頼まれた家の修理。それに着いて行ったクララの目の前で、倒壊事故が起きたらしい。


 クララ以外に仕事をしていた何人かが下敷きになり、助け出されたものの重傷を負った。それを前にして見かねたクララが、治癒を使ったのだ。


「……話を聞く限り、クララは間違ったことはしていません」


 いつも通りではない。それでも意識的に落ち着こうとしている態度で、ダビドが言う。


「仕方のないことです。誰を責めても始まりはしない」

「分かってるけどよ……!」


 情動を吐露するのはアルコス。


「……漸くだったんだ。漸く俺たちを認めて、居場所を作れたってのに……」


 悔しさが滲むその声に応える者はいない。……皆、恐らくは同じような思いでいて。


「……でもこれで、離れなきゃならないかもしれないんだね」

「……ごめん、なさいっ……」

「クララを責めたわけじゃないよ。これは単なる事実の確認」


 言葉通り落ち着いているファニの目が、ヴェイグ/俺を向いた。


「……どうする? 先生」

「……僕から話をしに行ってみる」


 考えを呟くと同時、生徒たちが俺/ヴェイグを向いた。


「危険です。幾ら先生と言え、一人では」

「……こういう場合のことを考えてはいた」


 ダビドの危惧に答える。予てよりの想定。


「いつかばれる時のことを。それに、僕はあの人たちを信じたい」

「――先生が行くなら俺も行くぜ」


 言い放ったのはアルコス。その態度は覚悟を決めたというよりは、寧ろ動かずにはいられないというような、どこか焦りにも似た思いを感じる。危うい――そう感じた挙動をテオドアが差し止める。


「あなたが行ったところで話が拗れるだけでしょ。落ち着きなさいよ」

「このまま待ってるなんてできるかよ! せめて――」


 ――ノックの音。驚くほど明瞭に響いたその音に、水を打ったように全員の声が静まった。


「……どなたですか?」


 第一声はヴェイグ/俺。警戒しつつ尋ねた声に。


「ワシじゃよワシ。スローンじゃ」

「スローンさん……⁉」


 慌ててドアを開ける。戸口に立っていたのは、紛う事なきあの老人。この町の町長を務める人物。


「入っても良いかの?」

「……はい」


 俺/ヴェイグが緊張して見守る中で、スローンと呼ばれた老人は部屋に入ると、ふむ、と髭を撫でてファニたちを一覧する。


「まさかその娘が、魔術使いだったとは」

「っ」


 身を震わせるクララ。庇うように立ったダビドを中心に、警戒するような空気が漂い始めている。


「他の子らもそうなのか?」

「……はい」

「……ふむ」


 重ねて顎鬚を摩る。ヴェイグ/俺が、口内に溜まる唾を飲んだ。


「――ワシはこの町を預かる身じゃ」


 深刻な事の内容に比して、老人の話し出しは思いの外、軽い。


「正直に言えばどうしようか迷っとったんじゃがの。ある奴に言われたのよ」


 俺/ヴェイグたちに向けられる眼差し。それがどちらを意味するのか判断できる前に――。


「〝彼女は、自らの危険も厭わず俺たちの命を救ってくれた〟」


 口にされた台詞。誰がそれを言ったのかは、言われずとも分かる。


「〝俺たちだけじゃなくあんたたちだって世話になってる。それを追い出したんじゃ、この町の全員人でなしの恩知らずだ〟ってな」

「あ……」


 思わず声を上げたヴェイグ/俺の前で、スローンがニッと笑った。


「ワシらは満場一致で、お前さんたちを受け入れることにした」

「――」

「いや、受け入れるだのと、偉そうな口は利けんな」


 信じ難い。その言葉に全員が動きを止めている中で、スローンは。


「これからも、ワシらと一緒にこの町に住んで欲しい。――お願いできるかの?」


 そう言ってお辞儀をした。……この場にいる全員に向け、素晴らしく丁重に。


「――」

「――っ」


 生徒たちを見回す。……眼にされるどの顔も、選んでいる答えは一つしかない。


「――はい、喜んで」



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