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第三十二節 弔い

 


「……ッッ‼」


 白に埋め尽くされた視界と共に覚醒する。固まっていた首を動かし、自らを取り囲んでいる状況を見る。


「……」


 ……夢じゃ、ない。


 覚えさせられる。今目覚めてベッドの上で跳ね起きることができたなら、……それは、どんなに良いことだろうか。


「……」


 意外なほどしっかりと。握り締められた刀に絡まっている感触。腕に抱き留められ、身体にもたれかかっているのは、骨。


 一個の白骨。目の前にあるその白と、千切れた服の残骸だけが、僅かに見覚えのあるものだった。


 ――軽い。


 空白の洞となった眼窩を目にする中でそんなことを思う。……そういえば、フィアもこんな風に軽かったっけ。


「……」


 静かに。ゆっくりと黒い刀身を引き抜いていく。慎重に引き抜いていたはずなのに、抜き終わりと同時に丁度白骨はその本来の形を保てなくなったかのように崩れ、乾いた音を立てて砂に落ちた。……石にぶつかって止まるまで転がったされこうべを、眼で追っている自分。


「……」


 屈み込み。近くに散らばった骨を拾い集め、ノロノロと一か所に並べていく。やけに長く掛かってしまった時間の最後、横倒しになっていた髑髏を、腕に抱え上げた。


「……フィア」


 零れた呟き。己自身を刺し貫かれたような痛みがして、動きを止める。……そのまま暫く、流れていく時をやり過ごし。


「……」


 脇に置いて穴を掘り始めた。綺麗に纏めて重ねてしまった骨の量は、一目見て驚くほど小さい。指に抉られる地面は柔らかく、そう時間も掛かることなしに全てを埋められるだけの大きさを掘り終える。


「……」


 指に纏わりついた土くれを裾で拭い。……一つ一つ。骨を持ち、敷くように置く指先が震える。……前が霞んで、見えない……


「……っ」


 肩口で滲む光景を拭い去る。……再び骨を置き始めた時にはもう、景色は歪んではくれなかった。永遠に続くとも思われるような、そんな時間。


「……」


 それも唐突に終わりを告げる。運ぶ骨がもう無いことを確認して、最後に抱え上げた頭骨を一つ、敷かれた骨の中心に置いた。……そのまま機械的に、掘り返した土を被せようとして。


「……」


 地面から持ち上げた腕が思わず止まる。……なにをやっているんだ? 俺は。


 こんなことをしてももう、どうにもならないのに。……手向けのつもりなのか? 浮かぶ考えに歪む口元。終わってしまったことに対して、せめてもの――。


〝――さようなら〟


「――」


 その一瞬。


〝……黄泉示さん〟


 心に蘇った情景に。浮かんでいた笑みが、色を失ったように抜け落ちた。


「……」


 ……どのみち。


 どのみち、野晒し(このまま)にはしておけない。


 そう自らを頷かせ、両手で掬い上げていた土を穴に落とす。端の方から順に。静かに、痛みのないように掛けていく。段々と、段々と。


「……くそ――ッ‼」


 隠されていく。その感覚に突き動かされて一度に被せてしまおうとして。……震えた硬直ののち、これまで以上にゆっくりと被せていった。毛布のような土が少しずつ、場にそぐわない白を鎖してゆき。


「……ッ!」


 全てを完全に隠し終えたその直後。握り締めた拳で、砕けない地面を強く叩く。


「ちくしょう……ッ……‼」


 心臓から絞り出したような嗚咽は。穏やかに渡る風に攫われ、何にも響くことなしに溶けていった。







「……」


 脱力して。冷め切った熱に冷えた身体で、俺は坐り込んでいる。力ない胡坐に身を預けたまま。こびり付いた血が乾いて固まっている、その不快なはずの感触を、拭おうともせずに。


「……」


 脇にはフィアの骨を(うず)めた穴。被せた土は既に均し終え、僅かに色が違う以外は他の地面と見分けがつかないくらいになってしまっている。……彼女がいた痕跡はもう、どこにも残っていはしない。僅か一時間も経っていないはずの出来事が、全て夢だったかのように。


「……」


 ……俺は。


 俺は……。


 何の為に、これまで戦ってきたのだろう。


 一人の少女を助けた。拭い去れない義務感から始まった日々は、初めてで面倒なことだらけで、それでもほんの少しだけ鮮やかだった。


 学園に通って。また新たな面倒と出会いを経て、初めて心から友と思える相手ができた。そうして煩雑な日々を繰り返すうち――。


 ――いつしか彼女は、俺にとって何よりも大切な人になっていた。


 戦うのも、初めは単なる義務感からだったはずだ。


 戦えるのなら守らなければと。恐怖に喘ぐ心を押し殺して、仲間を支えに立ち向かった。それもフィアたちと共に乗り越える度に、少しずつ意味が変わっていった。


 ――掛け替えのない人たちを守りたい。


 ……そうだ。


 あのとき俺は、そう思ったのだ。


 またいつか、彼らと共にいられる毎日を歩くためにと。


 自分はその為にこそ戦っているのだと。いつかきっと来る、日々の為――。


 ……そう、思っていた。


「……」


 ……なのになんだ?


 結局俺は。誰一人守れずに、助けられずに。


 ……あれほど大切だったはずなのに。あれほど守りたいと思っていたのに、……何もかも全部、失ってしまった。


 それでもまだ、生きろと言うのだろうか?


「……」


 ……もうどうでもいいじゃないか。


 どうだっていい。……世界などがどうなろうと、構うものか。


 こうして今になってみて分かる。俺は結局元から、彼女たちの為に戦っていたのだ。


 何もかも無くして、それでもまだ……。


「……――」


 身投げするように背後へと放り出した身体。数瞬の後に訪れる、最早痛みですらない鈍い感触の訪れを味わい。


「……⁉」


 カサリとした音。コートの中から立てられた音に思わず、顔を上げた。……これは。


「――」


 ポケットに手を突っ込む、指を這わせる。……掴んだ。クシャクシャにされて引き出したそれを恐る恐る、破れないように必死に広げていく。強張るその指の中に、あったもの。


 ……写真。その全景をまず見止める。立慧さんと撮った写真か? いや、違う。これは、もっと前。


 ――学園に通っていた頃。遊びに行ったときに、四人で撮った写真だ。


〝──いよし! 全員で撮ろうぜ!〟


 記憶の中のリゲルが言う。出会った頃から変わらない、溌剌とした声で。


〝俺ここな。ビシッと決めるぜ!〟

〝やれやれ。写真ごときで何を浮かれているやら〟

〝こ、ここで大丈夫ですか?〟


 言いつつ髪などを整えるジェイン。写真とあってフィアは少し緊張している。俺も──。


〝……〟

〝うら、表情が硬えぞ黄泉示!〟

〝……分かってるよ〟


 画面を見つめる。カウントが始まり──。


 ――カシャリ


「……」


 今。笑顔で腕を曲げているリゲル。両手をポケットに入れ、どこか呆れたような顔つきで正面を向いているジェイン。


 食い入るようにその画を見る。……はにかむように笑っているフィア。そして――。


 微かに口元に笑みを浮かべている、俺自身。


「……」


 ……そうだ。


 彼らは確かに此処にいた。此処にいて、俺と共に生き、俺と共に戦っていた。


 彼女も、また……。


〝幸せになってください〟


 最後に告げられたあの言葉を思い出す。……幸せ。


 幸せ。フィアもリゲルもジェインもいなくなった今、俺にその言葉の意味は分からない。


 ……ただ。


 その意志を継げるのも、彼らの思いを無駄にしない為に動き出していけるのも。……今となっては、俺しかいないことも分かっている。


 ……なら。


「〝Páre píso(無くした) aftó pou(ものを) échases.(取り戻す)〟」


 ――やるべきことは、決まっている。


〝――泣くなよ黄泉示〟


「〝Écho ta (全てを)pánta kai (手にして)cháno ta(全てを) pánta(失い). Akóma kai(死すら、) o thánatos(彼の者) tha fýgo(からは) makriá tou(遠ざかる).〟」


〝男がすたるぜ? 胸を張って、しゃんとしてなきゃな〟


〝まだ終わってはいない〟


「〝Esý() eísai aftó(はただ)s pou eínai(終わり) to télos(逝くもの)〟」


〝何か思うことがあるのなら、終わったあとにすると良い。蔭水〟


〝……黄泉示さん〟


「――」


 黒が俺の身を食み、包み込む。……唱える最中。


 酷く懐かしい声が聞こえた気がした。強く、暖かく、優しく、頼りがいのある声が。


 ――幻聴だ。


 分かっている。彼らはもういない。あの世界にも、この世界の中の何処にも。だから。


「……」


 写真を埋めた穴の近くに置く。地面に転がっていた終月を手に取り、ぎこちない足にふらつきながら、俺は立ち上がった。


 ……なすべきことを、なさなければ。



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