第十四節 マフィアの邸宅 後編
そのあともなんやかんやで色々とあり――。
「……」
――今現在の俺は、遠く彼方を仰ぎ見ている。立っているのは整えられた芝生の広がる庭。暗くなった空に浮かぶのは、遥か遠方に瞬く幾つもの星々だ。
〝夕飯はバーベキューだぜ。用意してあっから、そろそろ行くか〟
そう言われて出て来たのがつい十分ほど前だった。家の正面ではなく、裏庭に当たる部分。何か所かで盛大に火が焚かれているせいか、この季節の外だというのにそれほど寒くはない。まあ寒くないのは、もう一つの要因のせいもあるんだろうが……。
「肉も魚も野菜もありますから。どうぞたらふく飲み食いして行って下さい」
「あ……はい」
「ありがとうございます」
傍らの黒服から取り皿を含めた食器を受け取る。ナイフやフォークだけでなく、箸があったのが個人的には有り難い。
「飲み物はどうします?」
「……水で」
「私も、お水で……」
ガヤガヤと響く声の中で渡されたメニューにずらずらと並べられた横文字をスルーする。庭には黒服が大勢いて、なぜか一緒に夕飯を食べているのだ。なんか……。
家の中のどこにでもいるし、今もこれだけわらわらいるので、段々と目に入ったり囲まれたりするのにも慣れてきた。フィアも多分そんな感じだ。始めの頃のオドオドした雰囲気など、二人してもうすっかりどこかへ消えてしまっている。
「旨いな……この肉」
「最高級の赤身ですんで」
「そ、そうなんですか。道理で……」
取った肉をまじまじと見つめるフィア。……それをただで頂くというのは、逆に申し訳なくなってくるな。
「カネのことなら心配要りませんよ。特別なルートがあるんで、格安で仕入れてこられるんです」
俺たちの考えを汲み取ったように言ってくる黒服。それはそれで、農家や牧場の人たちに悪い気もするが……。
「食材なんてほっときゃ腐っちまいますから。遠慮なくどうぞ」
「は、はい」
まあ、それも一理あるか。どの道食べるのを拒否するわけにもいかないし、有り難く戴いておこうという気持ちで食事を再開する。ある程度時間が経ち……。
「……ふぅ」
「――じゃ、そろそろ始めましょうか」
「なにをですか?」
腹も膨れてきたところで黒服が指を鳴らす。無邪気な体でフィアが尋ねた――。
「『ワク☆ワク★‼ ビンゴゲーーーーッムッッ‼』」
オオオオオオオオオオッッ‼
――瞬間、庭の全面から高らかに上げられる叫び。続く轟きはまるで地震のような地鳴りを伴った、熱気を孕んでの大歓声。
「――っ――」
「わっ……」
「……なんだよこれ」
驚天動地する俺とフィアに、呆れたようなリゲル。……いや、お前も知らないのかよ。俺たちの当惑に――。
「――実はですね」
説明を担うのは先ほどから俺たちに付いている黒服の一人。わけ知り顔で。
「リゲル坊ちゃんが自宅にご友人を連れて来たら開催するって、前々からボスと俺らとの間で取り決めがあったんですよ」
「おう、坊ちゃんは止めろよ。で、なんでビンゴ?」
「そりゃまあやっぱり、その方が盛り上がるじゃないですか」
……やはりよく分からない。
「――目玉は何と言ってもぉ! この豪華景品‼ 五等! 某社のクラスS最高級車‼ 四等! 最高級ワイン百年物十種類‼」
白熱したマイクは続いていく。……凄いラインナップだ。聞いているだけでも、なんだか思わずテンションが上がり――。
「三等、我らがボス製作の彫像、等身大スケール一体‼」
その一瞬だけ歓声がピタリとやむ。示し合わせたかのような静寂。確かに要らないと言えば要らないが……。
「二等は高性能カスタマイズクルーザー! そしてそしてぇ――最後の一等はァ――⁉」
ボスに対してそれはどうなんだ? 疑問を覚える俺の前で敢えての溜めを作る司会者。吸い込んだ息を溜めに溜め、一息に。
「世界どこでも旅行券‼ ホテル代と航空券、観光費交通費食事代までを完備して、更になんと二か月分の休暇付きだぁ――ッ‼‼」
ウオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼
「す、凄い……!」
フィアが思わず耳を押さえる。空気が震え、肌に振動がビリビリ来る。その中で。
「へっ――どいつもこいつもいい歳して、ガキみてえに浮かれやがって」
「全くだぜ」
少し離れた所に佇んだ――二人の黒服の会話が耳に入って来る。……なんだ。クールな連中もいることに、なぜだか少しホッとした――。
「幾ら一大イベントだからってよォ。マフィアにゃマフィアの節度ってもんが――」
「お、なんだなんだ?」
「おめえらは参加しねえのか?」
なんだ? クールを保っている二人組に、別の一団が……。
「分かってんじゃねえか。半端もんだと思ってたが、どうして中々根性あるな、お前ら」
「あたりめえだろ。俺たちゃマフィアだぜ? プライドを持ったな」
ふっ、と交わされるニヒルな笑み。握手こそ交わされない。しかしその空間には他とは違う、何やらハードボイルドな雰囲気が漂っていて――。
「――なお参加者特典として、ビンゴカードと引き換えに休暇を一日獲得することができます!」
「――こいつはガチでやるしかねえな」
「おう。マジモードで行くぜ」
一瞬で掻き消された。あれだけ硬派を気取っていたくせに、凄まじくあっさり折れたな……。
「お三方とも、どうぞ」
いいのかそんなんで。頭を抱えている横からカードを渡される。闇の如き黒地に血のような赤でプリントされたビンゴカード。……恐い。
「これから前のステージで色々と出し物をやって、その結果で番号を決めてきますんで。もし分からなくなったら近くの適当な黒服に声掛けて下さい」
では、と言って走り去っていく黒服。……ステージ? 目を向けた方角にあるのは、四方からライトでアップされた白の台。……いつの間にあんなものが。あれに向けて走っていっているということは、出し物の準備でもあるのだろうか。
「……ま、結局よく分かんねえな」
「でも、楽しそうですね」
「……だな」
俺たちの所に、ステージ上からの声が響いてくる。
「それではまず一番目! チームヴィッジオの、タンバリン演奏から――」
「……ふう」
手洗いの帰り。迷路のような邸宅の中から再び庭に出て、遠くに見えるステージの明かりを眺める。……舞台は大賑わいだ。
そこかしこで黒服たちが野次やら歓声やらを上げている。よくは見えないが、今行われているのはマジックのようだ。宙に浮いたように見える箱から男が現われると、一際大きくなる賑わい。なんというか……。
「――よっ」
「――」
そこで掛けられた声。……リゲル。グローブを嵌めた片手を上げ、俺のほうに歩いてくる。
「どうした?」
「いやなに、迷うと大変だと思ってな。ちょっと様子見に来ただけよ」
「そうか」
確かにこの邸宅の中は広いし、複雑だ。通路があちこちで繋がって入り組んでいるお蔭で実際何回か道を間違えた。方向だけは間違えなかったので出られたが。
「凄いなこれ。一晩中続くのか?」
「いや? もうそろそろ終わるんじゃねえかな。カードの穴も随分開いてきたことだし、あと六つ五つで」
「揃ったか?」
「いや全っ然。当たってる奴がいんのかって感じだよな」
言いつつ見せられたリゲルのカードも、俺と同じようにてんでバラバラに穴が開いている。いない間に告げられた数字を聞いて幾つか新しく穴を開けるが、全く揃う様子がない。
「駄目だな。俺も揃わなさそうだ」
「ま、こんだけいるからな。確率は大分低めだろ」
庭をぐるりと見渡す。確かに――と、俺が頷いたところで。
「――どうよ?」
リゲルから掛けられたのは、問い。
「それなりに楽しめたか? 今日は」
「まあな」
「チャカとか撃ってみてどうだった? 感想とかよ」
……感想。
「……リゲルが銃を向かないって言うのも、分かるような気がした」
視線を落とし、見つめる掌に思い返す。伝わってきたあの重さと、衝撃は。
「確かにあれは、人が死ぬな」
己の手で持ってみて。実際に撃ってみて、初めて実感する。自らが手にしたこの道具。銃という発明品で、確かに人は死ぬだろうと。
あの道具一つで、人を殺せるだけの威力が放てるようになってしまうのだ。なんの訓練を受けたことのない俺やフィアでさえも、それができる。それが……。
「そうなんだよな」
大きく外れた感想ではなかったようで、リゲルもそのまま話に乗ってくる。
「便利だってことは分かるんだよ。ただまあ、融通は利かねえよな」
指を銃の形に曲げ、虚空に撃つ素振り。
「威力は高えが軽く撃つってことはできねえし。柔軟性って点じゃ寧ろ、こっちのが勝ってると思うんだ」
言いつつ握り締めたのは拳。強く固められた皮の光沢に、何と言ったものか分からず沈黙を守った。
「――親父はすげえ人なんだよ」
俺の前で、リゲルが何事かを語り始める。
「途中からこの世界に入ってきて、もう十年近く前にはマフィアとして有力派に食い込んだ。人も元手もないところから、あっという間にここまで築いて……」
語る横顔。笑みの浮かべられたその口元からも。
「それだけの頭も腕っぷしもある。尊敬してんだ。親父のこと」
本気で言っているのが伝わってくる。……まるで、かつての。
だが――。
「……それだけじゃないのか?」
「……まあな」
語り口に滲む微妙なニュアンス。差異を感じて尋ねた俺に、返される言葉。
「ま、世間的に見れば良い御職業じゃあねえよな。お蔭でつまはじきにされるなんてのはしょっちゅうだったし、今も街の連中は親父を恐れて俺には近付かねえ。来るのは親父に怨みのある連中だけだった。――つい、この間まではな」
そこまでやや独り語りのような口振りだったリゲルが、俺を見た。
「二人には本当に感謝してんだ。ダチとして付き合ってくれて、こうして家にまで来てくれるなんてな」
「……俺はなにもしてない」
リゲルの正面からの言葉に、俺も思ったことをそのままに告げる。
「最初に子どもを助けに行ったのはフィアだ。それにそのあとは、リゲルが自分で勝ち取ったんじゃないか」
「自分から負けたくせによく言うぜ」
「だから、リゲルの勝ちでいいんだろ」
顔を見合わせ。……どちらからともなく静かに笑い合う。訪れた静寂に、夜の風が吹き。
「――レイルさんは、どうしてマフィアを?」
「あー。……あれだ」
思い付きで発した俺の問いに、リゲルは思い出すような表情を見せる。
「世の中をもうちょいまともにしたいらしい。昔聞いた話じゃな」
世の中を、まともに……?
「……それでマフィアじゃ、なんだか本末転倒なような気もするな」
「まあな。でも実際聞いた話だとここらの治安は昔に比べて良くなってるらしいぜ。人身売買や麻薬なんかは親父んとこがビシバシ取り締まってるから、数が激減してんだと」
「そうなのか」
法に則ったものではないが、ある種の警察のような事をしているということだろうか。
「ま、そうは言ってもマフィアはマフィアだ。交渉の他には暴力も使うし、場合によっては脅しも掛ける。勿論、それ以上のことだってな」
最後の一語で、リゲルの声のトーンが下がる。
「……親父を否定するわけじゃねえが、それじゃ多分、駄目だと思うんだよ」
「……」
「親父の影響力は馬鹿でけえし、あの人はすげえ人だ。それは間違いねえ、ただ」
日が落ち切り、星の輝いている暗い空を仰ぐ。
「――俺は、親父に負けない人間になってみせる。親父とは違うやり方で、必ず。――必ずな」
「……リゲル」
言葉に込められたのは傍にいても伝わるほどの思いの熱量。それに応じるようにして、思わず言葉が口を突いた。
「――頑張れよ」
それはきっと、真剣に生きている人間を前にして自然と口にされる言葉。
「……応援してるぜ、俺も」
迷った末の言葉選び。なにができるのかは分からないが。それが恐らく、自分の抱いた素直な感情だった。――その言葉に少し、リゲルは遠くを見つめたあと。
「……はっ。言われなくても、なっ!」
「っ」
肩を組み、バシバシと背中を叩く掌。衝撃に一瞬息が止まりそうになる。ストップを掛けようとしたところで――。
「――うし! そろそろ戻るか」
組んだ肩を放し、前を向いたリゲル。
「フィアも待ち侘びてるだろうしよ。宴もたけなわ、楽しんでいこうぜ!」
「……そうだな」
確かにこの観衆の中でフィアを一人にしているのには幾分かの不安がある。大丈夫だとは思うものの、早目に戻ろうとリゲルと共に歩き出した。
「――けど、彫像はあからさまな外れ枠すぎないか?」
「全くだぜ。あんなもん貰ってもどうすんだっての!」
置き場所にも困るしな――と。談笑しながら歩いて行く俺たちにそのとき、足早に近づいてくる足音。
「あっ! 黄泉示さん! リゲルさん!」
「フィア」
「おお、どした?」
向いた先。フィアはやや興奮したように息を切らしながら、ビンゴのカードを握り締めている。
「あ、当たりました、三等‼」
「マジか」
「……マジか」




