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第二十五節 信じる者たち 後編

 

「……」


 レジェンドたちも。……ヴェイグにすら打撃を与えられるのかもしれない。フィアの言葉を思い出した胸中をやるせない気持ちが過る。だが……。


「となると、どう止めっかだな。あれを」


 今その脅威が向けられているのは俺たちだ。フィアを傷つけないよう、あれだけの脅威を、斃さないまま止めなければならない。……どうやって。


「――見極めよう」


 およそ不可能と思える難関に考え込んでいた俺の前で、冷静に提示された次の一手。


「手を出さなければ攻撃はしてこないはずだ。周囲からカタストさんの様子を確認して、突破口を見つけ出す」

「んだよ。アサガオの観察研究ってか? 柄じゃねえんだけどな」

「くだらない冗談は後にしろ。このまま後ろから接近したのち、僕とリゲルが側面に回る。蔭水は正面に回ったあと、距離を取って横切るようにして見てくれ。それなら――」

「――分かった」


 進行を妨げたとは捉えられない。……恐らくは。汲み取ったジェインの考えに頷いて、再び走り出した俺たち。フィアの後方、広がったツタの裾を避けて散開し――。


「――っ!」


 距離を取って正面へ回った。細めて見た視線の先。


「……」


 うなじの辺りから伸びていると思しきツタが、拘束するようにフィアの身体に纏わりついている。背後に広がった巨大なツタたちとは違うのか、通常の植物と似たような大きさのそれらの表面に棘はなく、フィアを傷つけている様子はない。――が。


「――ッ」


 全身を正しく雁字搦めに覆っているせいで肝心のフィア自身がよく見えない。表情も、姿形でさえ完全には。これでは得られるものがないと思いかけた――。


「――」


 刹那。……ふと、閃く。今になるまで歩みを進めていること、分かるシルエットや身体の端々からして。


 フィアの姿自体は未だに変わってはいない。先には崩壊が進んでいたように見えたにも拘らず、元の姿を保っているのだ。ということは。


「――ッ‼」


 ――つまり。思いついた可能性を手繰り寄せるように、フィアの姿を凝視する。――見ろ、見ろ。


 視ろ‼ 円環を使って限界近くまで強化する視力。――俺の予想が正しいのなら。


 必ず――!


「……ッ」


 我が身を顧みない強化に両の眼が痛みを訴えてくる。必死に円環の力を維持し続けて注視する中で、確かに見た。


 フィアのうなじから生えている細い煌めき。フィアと茎ツタの根元とを繋いでいる、幾つもの虹の線を。


「――」

「――黄泉示‼」


 これだと思った瞬間に右方から掛かる声。目にしたものを今一度確かめたところで、呼び声に答えて駆け戻る。――リゲル。


「どうした⁉ なにか――」

「先っちょの方だけどよ! 一部のツタの表面から、芽が生えてきてやがる!」

「なに――!?」


 芽? 不吉なワードに今一度フィアの方を見遣るが、焦点を合わせようとした視界が霞んでいることに舌打ちする。流石にこれ以上の強化は無理だ。生身の状態では――。


「変化が進んでるんじゃねえのか⁉ 分からねえけど、時間は――」

「――戻った」


 会話の最中で戻ってきたジェイン。俺たちの合流を見て駆けて来たのか、先ほどの攻防も祟ってかまた息が少し上がっている。……なにか。


「花の方に変化はないな。ツタも特に数を変えてはいない。気になる点は特別――」

「……リゲル、ジェイン」


 二人とも俺が見た物は見ていない。言わなければならないと、一つ息を吸い込んで口にした。


「――フィアとあの植物とを繋いでる、結節点が見えた」

「――っ」

「細い糸の塊みたいな部分だ。……あの根元を切れば、フィアと異形とを切り離せるかもしれない」


 ――そう。


「……なるほどな」


 可能性はある。俺の考えを汲み取ったように頷くジェイン。フィアの姿が変貌していない今なら。


「確かにあれ以来、カタストさん自身に変化は起きていないように見える。異形化があの部分に収まって出てきているのなら」


 あの根元だけで繋がっている状態なら。そうなれば、フィアの異形化を止めることも――。


「……簡単じゃあねえな」


 重苦しい表情で言うリゲル。……フィアと異形とを繋いでいる部分は、フィアのうなじの辺り。必然的に側方から接近して切ることになるが。


 そこは広げられたあのツタの網の直ぐ傍だ。間違いなく感知される。単独で行けばすぐにでもツタの洗礼にさらされるだろう。ここは――。


「連携が要るな。切断役以外の二人ができる限りツタを引き付ける」


 俺の思考を先取りしたかのように話すジェイン。


「その隙にもう一人が反対側から接近し、繋がりを切断してカタストさんを助け出す。内訳だが――」

「俺じゃんな器用な真似は出来ねえぜ」

「ああ。俺が――」

「――僕が行く」


 自分がと。そう思って出した台詞を、同じようなジェインの台詞が明確に遮った。


「……ジェイン」

「君の力はこの先の戦いで必要だ」


 反論の言葉を紡ごうとした矢先に言い渡される言葉。


「ここで失わせるわけにはいかない。……全員で帰るためにも」

「ッ……分かった」


 不承に頷く。ジェインのそれと違い、俺の扱う力には余裕がない。


 仮に終月で切るためにここで魔力の全てを費やしてしまえば、一切の魔術と【終わりの言の葉】が使えなくなるのだ。……もう一方の代償も詳らかになってしまっている以上、強く出ることはできなかった。腰のベルトから――。


「心配するな蔭水。――僕には、これがある」


 短剣を抜き放ったジェインが言う。――日の光を受けて銀色に輝く剣身、そこに刻まれた複雑怪奇な文言の列。


「【時の加速】に補助呪文も。カタストさんの体に巻き付いているツタも、根本を断てば止まるだろう。一撃を入れて離脱するだけだ。少なくとも――」


 ジェインが言葉にならない詠唱を唱えると、脈打つような魔力の高まりと共に短剣が鮮やかなエメラルドの光を纏う。……いつ見ても慣れない、謎めいた妖しい光。


「この馬鹿よりは上手くやるさ。ゴリラ並みの器用さしかない類人よりはな」

「ほう。この状況で喧嘩売ってくるとは、中々いい度胸じゃねえかテメエはよ――」

「……やめてくれよ」


 殴り合いに発展しそうに剣呑な二人の諍いを止めつつも、僅かに気が楽になるのを自覚する。……戦いを経験してきた今だからこそ実感できるのだ。


「――悪いな黄泉示、俺に方法がありゃ、こんなモヤシに任せることねえんだが」

「お前ではツタに絡まれるのが関の山だ。素早さから言っても僕が適任だな」


 この状況で軽口を言い合える仲間がいることが、どれだけ掛け替えのないことか。舌打ちして視線を逸らした二人。目の前で、ジェインが低く腰を落とし。


「引き付けといてやるからとっとと終わらせて来いよ。精々しくじらねえようにな」

「お前がきっちりやれれば問題ない。――行くぞ」


 合図で緊張が入る。……三、二。


「――【動作補助】、【時の加速――三倍速】‼」

「――【重力四倍】ッ‼」


 ジェインが走り出すと同時、リゲルの重力増加によってフィアの動きが止まる。――網目から間髪入れずに伸びてくるツタの群れ。このままならリゲルだけが狙われることになるが。


「――〝射れ〟【火の弓】‼」


 円環の力を借り、発生させた炎の矢でツタを狙い撃つ。攻撃を受けて方角を変える何本かのツタ。仮にも植物の形をしているならということで、万一を期待したものの――。


「――ッ‼」

「シッ‼」


 そう上手くはいかない。猛速で迫り来たツタの連撃をリゲルと場を入り乱れるようにして凌いでいく。やはり凄まじい速さと重さ。気を抜けば早々に餌食となるビジョンが脳内に浮かび。


「ウラァッ‼」

「フッ‼」


 だが今度は此方にも相応の用意がある。――【魔力解放】。強化した身体能力と魔術とで猛攻を捌き、寄せ付けないよう打ち落としていく。隣では纏まったツタの束を殴り飛ばしているリゲル。棘だらけの表皮をものともしない拳はどうなっているのか謎だが。


「――‼」


 ――いける。その確信の中で反対側へと辿り着いたジェイン。動作補助を用いた動きの速度は短時間とはいえ俺たちに匹敵するほどのもの。喧噪の中でも接近に気が付いたらしく、迎撃に迫り来る幾本かのツタを。


「――」

「うし――‼」


 リゲルが乗り移ったかと思うような俊敏なフットワークでジェインは掻い潜ると、危なげなく懐にまで到達する。すかさず振り上げられた短剣の光に上げられた声。振り抜かれる一閃が、フィアを解放する姿を幻視し――。


 ――次の瞬間に弾き飛ばされた体躯に、目を見張った。


「――」


 ……なぜ。


 なにが。スローモーになる視界。吹き飛ばされたジェインがゆっくりと体勢を立て直す。片膝を付く片腹に滲んだ血。苦悶に歪められた表情で以て、何もない空間に緑光を纏った短剣を振るい出した――。


「ジェイ――」

「ブねえッッ‼」


 ――助けなければ。その一念で走り出しかけた瞬間。


「ッ――⁉」


 背後から激突した勢いに突き飛ばされて無様に地を転がる。二転三転。全てが滅裂なまま衝撃と痛みだけを享受し、それでも反射的に踏み止まり膝を付いて立ち上がった。


「――ッ」

「な――⁉」


 俺の目に。……ユラユラと動く形で姿を現したのは、花。


 これまでのツタとは違う。光を反射せず完全に透明と化しているような全体。天から伝う梯子のように花束の中から降りて来ているそれは、花弁の部位をべっとりと血で濡らしている。獲物を求めて蠢く口のように、這い回るツタと共に俺たちを取り囲み――。


「畜――生がぁああああああッッ‼‼」


 凍るような怖気の中で撃ち放たれた【覇者の剛拳】。絶叫と共に吹き荒ぶ拳圧が消えゆく花弁と周囲のツタたちとを諸共に巻き込み、微塵に消し飛ばしていく。先ほどまでの危険が嘘のように晴れ渡ることになった視界の内で。


「――」


 その異変に気付く。いつの間にか周囲から湧き起こっている気配。始めは薄く、しかし次の瞬間にははっきりと分かるほど強くなっていくそれは。


 ――砂嵐⁉


 まさかと思う俺の周囲で景色を拡販するように荒れる突風。所々で起こされた旋風が砂塵を巻き上げ、視界を遮る砂漠色の塔と化している。仮借なく顔手足に打ち付けてくる砂礫、荒れ狂う暴風の中で――。


「……ジェインッ‼」

「――来るなッッ‼」


 辛うじて地面に残された赤い跡。呼びかけた烈風の向こうから、思いのほか強い、割れるような叫びが俺の心臓を揺さ振った。


「ジェイン‼ ――無事なのか⁉ 怪我は――‼」

「僕は大丈夫だ‼ ……それよりも、カタストさんを追え!」


 応答の最中にも刻一刻と強まってきている風。巻き上げられた砂塵に紛れるようにしてツタたちが引いて行っている。歩みを再開したフィアの、後を着いていくように。


「ここで追い付けなければ取り返しのつかないことになる……! ――だから‼」


 上げられる砂煙でジェインの姿は見えず、ただ声だけがひたすらに聞こえてきている。……傷の痛みに堪え、なお俺たちの背中を後押しようとしているその言葉には。


 ――何か有無を言わせないような、そんな不安を駆るような響きがあった。



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