表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
392/415

第二十一節 揺れる天秤

 

 ――確認は済んだ。


 術式への魔力供給と稼働試験。滞りなく全ての用意を終えたヴェイグは一人、暗闇の中で座っている。何かを考えるように。


「――よう」


 足音に連れて響く声。闇の中でも浮き上がるほど黒く染め上げられた甲冑を纏うのは、ガイゲ。利く夜目で迷うことなくヴェイグを見付け、今一歩近付いた。


「どうしたんだよ。んな暗くして」

「……ガイゲか」


 背を向けたまま答えたヴェイグ。立ち上がり、伸びをして見せる。


「いや、大したことじゃないんだ。術式の用意で少し疲れていてね。仮眠を取っていたところで――」

「んな覚めてる面で言われても説得力がないぜ? 大したことじゃねえんだったら、試しに話してみたらどうだ?」


 告げられた指摘に一つ、苦笑した。


「……ここに来て、不安が出てきてしまってね」


 手ごろな岩に腰掛けて。再度ヴェイグは話し始める。


「情けないと思うんだが、どうにもならない。蔭水冥希も、永久の魔も」


 そこで微かに表情を歪ませるように。


「最後は向こう側に着いてしまった。一度は滅世を選び取っていた、彼らが……」

「そりゃまあ、仕方ねえだろ」


 肩を竦めたガイゲから送られるのは、核心を射ることのない一般論。


「人の心なんてのは移ろい易いもんだしな。お互いの立場ってのもある。昨日まで味方だった奴が、明日も味方のままでいてくれるとは限らねえさ」

「管理者の言った言葉が引っ掛かっているんだ」

「あ?」


 ガイゲは知らない。共有していたはずの永久の魔はもういない。それを知っていてなお、ヴェイグは独り言のように言葉を続けていく。


「相手方についてかなり予想外の事柄が出てきてね。……もしかすると、この状況ですら管理者の思惑の内なのかもしれない。これでも駄目なのかもしれないと、そう思ってしまうよ」


 横たわる静寂。それきり沈黙するヴェイグに、ガイゲはやれやれと息を吐き。


「――なに寝ぼけたこと言ってやがんだ。あんたは」


 黒光りする鎧姿に似つかわしくない、それは穏やかな叱咤激励。


「この為にどれだけの月日を掛けてきた? そいつが全部、最後の最後でおしゃかになっちまっても良いってのかよ」


 顔を上げたヴェイグに対し、掲げられた手甲が披露するのは大仰な身振り。持ち上げられた鎧がガシャリと音を立てる。


「――嫌だぜ俺は。なんの為に千以上ある龍脈地に陣を敷いたと思ってんだ。全部おしゃかになる為に、あんな苦労を引き受けたわけじゃねえ」


 背を向け、音を立てて小さく歩き回り、再び正面から向けた瞳。


「大体こんだけのことをやらかそうとしといて、今更なんだよ。異常だぜ? 本当に世界を滅ぼそうなんて奴は、お伽噺の中ですら見たことがねえ」


 真剣な眼差しで見たあとに、ふと目元の力を緩めた。


「そんなあんただからこそ、できないことも為せるってもんだろう」

「……」


 直ぐには応えない。ガイゲの言葉を咀嚼するように、ヴェイグは姿勢を崩さないまま。


「……励ましとは君らしくないね」

「言ってくれるじゃねえか。俺は誉れ高き騎士サマだぜ? 身内のフォローくらいわけねえんだよ」


 少しばかりおどけたようなガイゲの言葉に、小さく笑った。


「――ありがとうガイゲ。少し、気が楽になったよ」

「礼なら全てが終わった後にするんだな。――っと、その頃には言いたくても言えねえか」


 ガイゲの視線の先で、ヴェイグが立つ。その雰囲気は先ほどのように沈んだものでは最早なく。


「余計な心配なんてしねえで前だけを見てろ。最後は必死に走ってりゃ、案外いつの間にか全部が終わってるもんさ」





「――どうでしたか? ヴェイグの様子は」


 洞窟から並足で二十分ばかり。過剰なほど大きく距離を空けたその場所にガイゲは戻る。ヤマトと共に待ち受けていた、死神の問いに。


「なんてことはねえ。ただの人だ」


 口角を上げてガイゲは答えた。立ち止まり、剣を抜き。


「どれだけ長く生きてきたとしても、化け物になるわけじゃねえ。むしろその方がよっぽど人間らしいのかもな」


 遠き地平に突き付けるように構えてみせる。日の光を受けて輝く剣身。


「だからこそ守り甲斐があるってもんだ。神や人形を戴いたところでつまらねえさ。おもしれえのはいつだって、人のやることだからな」

「まあ、それはそうですね」

「――いよし」


 剣を収めると、後ろにいる二人へと向き直る。


「どうせこれが最後だ。いっちょ派手にやろうぜ! お前らも派手な技の一つや二つくらい持ってんだろ?」

「暗殺者にそんなものを期待されても困ますけど。ねえヤマトちゃん」

「ハデッテ、ナニ?」

「まずはそこからかよ……」


 伝説三人の間で交わされる談笑。まるで家族の間で交わされるような、和やかなそれを──。


「キタ」


 破ったのはヤマトの声。反応して二人が一時に顔を向ける。


「どの辺だ?」

「マダトオイケド……」


 たどたどしく告げられた大凡の距離に、ガイゲはよしと頷き。


「段取りは言った通りだ。――お前はあっちで隠れてろ。厭らしくいくからよ」

「ワカッタ」


 ヤマトが去る。……神聖の属性というウィークポイントがあるヤマトの姿を晒すのは愚策。生命の気配を感じ取る炎剣ならば、数キロ離れた距離からでも充分過ぎるほどの支援ができる。怨霊である少女の相手はガイゲ。厄介な呪具を持つ青年は死神が、炎剣での奇襲に紛れて殺す。


「まあしかし、何だかんだ良かったぜ」


 遠く離れたその姿が見えなくなり、死神と二人になったところでガイゲは言う。


「あの永久の魔を斃すんだ。歯ごたえがあんだろうな。これまでで一番」

「――ええ。本当に」


 徐に近付いてきた死神。――不意の接触。背後から、包み込むような柔らかな手が頬に添えられたことを意識した。


 次の瞬間、ガイゲの顔が百八十度回転した。













「……っ」


 ――行ってしまった。


 フィアが去ってしまったその後を。俺はただ、跪いて見つめている。灰色の地面……。


 ……なんなんだ一体?


 俺のしようとしたことは、俺が選んだことは。


 フィアのしたことは、フィアの選んだことは。


 ――なにもかも全部、ぐちゃぐちゃだ。


 最後の最後で、俺は――。


「……」


 頭の中で滅裂な思いの群体が乱反射して渦巻いている。……どこから手を付ければいいのかも分からない。鉛の水のように動きと思考を縛り付ける情動を、少しでも吐き出そうと――。


「……どうしたら」

「知らねえよ」


 零れ出た声に、右上からぶつけられたのは突き飛ばすようなぶっきらぼう。


「何も話さずに一人で決めて頷いてる奴の事なんざ、誰が知るかよ」

「全くだ」


 首肯するように。見えない左上から響いた台詞は、審判者のように冷ややかだ。


「結局君は、何がしたいんだ?」

「……」


 ……分からない。


 これしかないと思っていた。これしかないから仕方がないのだと、そう思い込んでいた。


 俺は、どれだけ――


「……そうだ」


 ふと。心に落ちた何かに引っ張られるように、頭が上がる。


「……フィアに、謝らないと」


 涙に濡れた眼。平手打ちを受けた感触を、思い出す。


「謝って。それで……」


 去り際の姿。刀身を握る手に、自然と力が籠った。


「……連れ戻す」


 水を打ったような静けさが、言葉の残響と共に広がる。


「……ま、いいんじゃねえの?」


 息を吐きつつ言ったのはリゲル。


「泣いて走り去った仲間をそのままってのは、なしだわな。寝覚めが悪くなって仕方ねえ」


 ブルーの瞳で暫し俺を見て。跪いたままの俺に、グローブに包まれた手を差し伸べた。


「分かってんじゃねえか。やっぱ、それくらいはよ」

「……リゲル」

「――実を言えばだな」


 リゲルの手を借りて立ち上がる。自らの足で立った俺に、ジェインの語る内容が届く。


「君と同じくらい、カタストさんにも腹が立っているんだ。……どうして一人で抱え込むのか。なぜ僕らにも、話してくれなかったのかとな」


 溜め息と共にやや鋭くされた眦。眼鏡の位置を直し、ジェインが俺を見た。


「ヴェイグたちとの戦いには、全員の力が必要だ」


 断言する。僅かも目を逸らすことなく、力の込められた、落ち着き払ったその声で。


「僕らの誰が欠けてもいけない。カタストさんを、連れ戻そう」

「……ジェイン」

「幸い、カタストさんの速度はそれほどでもなかった」


 一瞬だけ口元に笑みを浮かべて、また直ぐ冷静な顔付きへと戻ったジェインが言う。


「二倍速なら追い付ける。――行こう」

「おうよ」

「……ジェイン、リゲル」


 バシリと掌を打ち付ける動作に。背中を叩かれたような気持ちになりながら、言葉にする。


「……済まない。……ありがとう」

「――ばーか」


 下げた視線をリゲルの軽口が引き戻す。


「そういうのはあとで良いんだっつの。んな事よりも、今やることから考えてろよ」

「そうだな。終わったあとでなら、幾らでも話してくれ」


 用意を整えた二人は既に前を見つめている。……俺が、後れを取るわけにはいかない。


「フィアに贈る台詞、考えとけよ? てめえの気持ちがしっかり伝わる奴をな」

「……ああ」

「行こう。間に合うように」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ