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第十七.五節 あり得ぬこと

 

「――ほう」


 開口一番。楽しげなその声を、ジェインは努めて内心を出さない真顔で受け止める。


「生きていたか。重ね重ね、お前たちには驚かされる」


 独房に鎮座しているのはアデル・イヴァン・クロムウェル。雑草のように散発的に生えた髭。元より長いうえ更に気ままに伸びることを許された髪は毛先が少し巻いている。剥き出しの土に寝具もない環境は当然悪く、食事も命を繋ぐための最低限しか与えられていないはずだが、嬉々としたその表情に相変わらず困憊の色は窺えない。その域に至るまで目の前の男が潜り抜けてきた訓練のほどを思うと、相対するジェインの眼差しにも自然と鋭さが宿される。


「私の情報が役立ったのなら、そろそろ拘束を解いて欲しいものだがな」

「そんなことはどうでもいい」


 憑依元となっている異形の名称さえ分かれば、あの術の暴走を抑える手掛かりになるかもしれない。


 そう考えて今の今まで本山の書庫で異形の選別に挑んでいたのだが、収穫はゼロだったのだ。……一切の攻撃を寄せ付けない守りの力。それらしい能力を持つような異形は協会の資料には見られなかった。死闘の後に数時間を掛けて、これで疲れが出ていなければその方が余程おかしいと言える。


「で、何人死んだ?」

「ゼロ人だ」


 用意していた返しで以て即答。間を置かない返答に黙り込むアデルを目にして、ジェインは自らの予想が正しかったことを知る。


「……詰まらんな」


 ぶっきらぼうな一言と共に背を投げ出したぞんざいな挙動は、紛れもなく喜色の消沈を示すもの。


「想定外もそこまでいくとでき過ぎのように思えてくる。まるで神の齎した奇跡だな」

「事実だからな。期待外れで残念だったな」

「まあ、方法が気になるのは確かか。どんな絡繰りを使った?」

「……そんな質問に答えると思うのか?」

「さてな。訊いてみなければ分かるまいよ」


 どこか試しているような口調。仰向けに剥き出しの岩肌を見つめたままの眼差しに、ある種の想定を覚えながらも。


 ジェインは、全てを話し始めた。


「……」

「……」

「……それで?」


 話し終えて。静かに耳を傾けていたアデルが、ジェインに問う。


「それだけだ」

「違う」


 起き上がると同時。笑みを浮かべた瞳が、ジェインを見た。


「お前が私に敢えて全てを話すような真似をしたのは、他に狙いがあるからではなかったのか?」

「……訊きたいのは蔭水の使っている刀についてだ」


 やはり見透かされていたことに内心で頷きながらも、ジェインはその意に沿う。もう一つの懸念材料を見極める為にも。


「永久の魔の持つ剣ごと切り裂いた。あの永久の魔を相手にそんなことができるものを、どう思う?」

「生憎だが、私は魔道具の専門家ではないのでな」


 中途で外れた視線は最早ジェインを見てさえいない。焦点を合わせるでもなく床を目にしたまま、疎らな顎鬚の感触を確かめるように撫で摩る。


「中立の私に頼り過ぎるなとも言った。できたのならそれが事実だ。お前の言う通り、それで充分だろう」

「……技能者としてのアデル・イヴァン・クロムウェルから、今回の件について見立てが聞きたい」


 回答拒絶。二つ目のパターンとして予想していた対応に、ジェインは予定していた一手で応じる。


「答えなければどうなるかは、分かるはずだ」

「……ほう?」


 取り出されたそれを視線の先に映して。どこか退屈そうだったアデルの目が、僅かに細められた。


「なるほどな。同じ匂いを感じ取っていると思っていたが、こういうわけだったか」

「答えるか答えないか、それだけ選べばいい」


 二者択一を突き付ける。……切羽詰まった上での強引な手であるということは自覚しているが、ジェインとて何も勝算もなく博打に打って出たわけではない。


 アデルが本気で自分たちの先を見たがっているだろうことを、これまでの行動からしてジェインは半ば確信していた。此方が本気でやる気なのだと思わせることができたならば、相応のリスクが相手の側にもあることになる。賭けとしては分の良くないものになるはずだ。内心を隠しつつ見つめるジェインに。


「――無茶苦茶だな」


 果たして何を思ったのか。


「実際に目にした身として言わせてもらうなら、あの永久の魔をどうにかできる方法があるとは思えなかった。尋常の、いや、人間が取り得る手段ではまず為し得まい」


 一つ鼻で嗤って口を開いたアデルの第一声は、概ねジェインの予測した通りのもの。


「お前には言うまでもないだろうが、あらゆる技法は本来的には等価交換で成り立っている。掛けた力の大きさ分だけが結果として返ってくるわけだが」


 ――まるで。一瞬ジェインは錯覚する。まるで、学園で講義でもしているかのような話し振り。


「永久の魔の力は異常だった。あれは最早災害の域だな。現実に起きるような大地震や津波を止めるなど、一個の力でできるはずがない。例えどれだけの代償を払おうとも」

「……つまり?」

「見当も付かない、ということだ。それができるものが何なのかについて」


 ひとまずの結論を言ったアデルは、分かっていると言う風にそこで目を細めて見せる。


「まあ、とは言っても例外はある。等価交換の図式をどう破るかが、魔術師を始めとした技能者の腕の見せ所でもあるわけだからな」


 そう言いつつ小馬鹿にしたようにフッと息を吐いた。


「世界は狭いが広い。私の知らないことなど、それこそ星の数ほどにあるさ。冥希の息子の持つ魔具がそうしたものだったとしても、驚くには当たらないかもしれんが――」


 言葉が途切れる。流暢だった台詞の、突然の終わりに。


「……どうした?」

「……いや」


 反応したジェインにも拘わらず。何かを考えるように、視線を床に固定しているアデル。


「そう言えば以前、ヴェイグが言っていたことがあると思ってな」

「なんだ?」


 ――それは。急かすジェインの内心を見透かしたように、顔を上げたアデルが厭らしい笑みを浮かべた。


「永久の魔を斃すことのできる可能性について。それができるということが、どういうことなのかについて、だ」



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