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第十四節 黒きもの

 

「っ……」


 ヴェイグさんがいなくなった。たったそれだけのことで、場の空気が明らかに変わったのが私にも分かる。……あれだけの数の軍隊を、一瞬で消し去ってしまうなんて。


 人間業じゃない。見た目はどんなに普通そうに見えても、その事実だけでヴェイグさんがいる間はかなりの緊張感があった。でも漸く、ひと段落ついたのだ。……首筋から胸元に浮かぶ汗。気付かれないように少し身を引いて息を吐こうとして、気付く。


「……黄泉示さん?」


 私より少し前でヴェイグさんの話を聞いていた黄泉示さん。その足元が少し、ふらついている。


「ああ、大丈夫だ」

「蔭水?」


 黄泉示さんが手を上げて答える。気付いたジェインさんが声を掛ける。……答えとは反対に、足元のふらつきは酷くなっていく。頭が揺れ動き、上げられていた手ごと下を向いた。


「おい、黄泉示――」


 様子がおかしい。明らかにそのことが分かったとき、近付いたリゲルさんが手を伸ばし。


 ――瞬間。


「ッ⁉」


 目にも留まらないような一瞬の動作。予想さえしなかった脈絡のないその動きに、驚かされる。私の目に映るのは、肩口付近まで戻されているリゲルさんの腕。


 引っ込めたのだ。あのリゲルさんが、手を。まるで突き出た剣山を避けるようにして、黄泉示さんから。


 ……なぜ?


 その疑問が浮かんだ矢先。訪れている変化に、私も気付いた。


「……」


 ヌラリと。頭を起こし、ふらつきが治まったかのようにしっかりとした足で立つ黄泉示さん。その姿が、黒い。


 真っ黒なのだ。一切の光のない深淵から汲み出してきたような、底抜けの黒。私たちに背を向けて、見上げるように首を傾けている。


「蔭水……⁉」


 術の影響? 真っ先にそのことが頭に浮かぶ。けれど、さっきの戦いで術を使っていたときとは明らかに違う。いつもやあのときはもっと、見ていて違和感のないくらい薄暗いような黒さだった。冥王さんの影に似た色とも違っている。今見ているこれは、まるで。


「……」


 ジェインさんには応えずに黄泉示さんが此方を向く。その顔に私の目は釘付けにされる。……表情がない。目も鼻も口も眉も。頭部と変わらない大きさのヘルメットを被せられたかのような、起伏のないその曲面。


 ――違う。


 真横に首を傾げた動きに直感する。……黄泉示さんじゃ、ない。


「【時の加速・三倍速】‼」


 耳を打ち据えて入る叫び。全てが遅くなる視界の流れ、――【時の加速】。突然掛けられたジェインさんの魔術に、なにが起きているのか分からなくなる。


「――」


 答えを求めるように移した視線に映り込む、大きく身を仰け反らせているジェインさんの所作。空いた空間に向けて伸ばされた腕。そこだけ景色が途絶えてしまっているかのような黒と全く同じ色で塗り潰された指先が空を泳ぐ、その場所にさっきまではジェインさんの顔があったのだと。


「――ッ⁉」


 気付く直前。視界の端でリゲルさんが跳び下がる。少しの前触れもなく現われていた真黒色。伸ばしているのはさっきとは逆側の指と腕。ゆっくりと何かを確かめるように虚空を掻くそれらが、リゲルさんを掴もうとしているのだと理解したとき。


「――」


 黒が此方側を向く。何も読み取ることのできない一面の黒色に、飲み込まれるように身体が震える。……足が、動かない。


「――黄泉示さん――ッ――‼」


 ただ祈るように言葉を発した私の視界を、広がる掌の黒が覆い尽くした。












「――なんで死んでないの? 君」


 夢だと理解した瞬間、いの一番に言われたのはそんな罵詈雑言だった。


「普通死ぬよねあれは。……なんで死ななかったのかな。よく空気読めないって言われない? 君さ」


 どこかふわついているような、定まらない足場に立っているような感触。……馴染みとなっていたあの夢のもの。目の前でネチネチと雑言を振り撒いている、モヤシに針金を通したような風体のいつもの男に、否が応でも視線が行った。


 ――教えられた刀の秘密。生命力を代償とする刃。


 起き抜けに嵐に遭ったような意味不明な不条理の中で、辛うじて思い当たった僅かな節。……まさかあれは。


「いや当たり前でしょ。殺す気だったよ。残念なことに未遂になっちゃったけど、どこかの誰かのせいで」


 悪びれもせず投げ付けられる頷きと害意。謂れのない嫌味に対する反発よりも、わけの分からないことへの困惑が勝る。


「不思議だな……そんなに生命力があるようには見えないけどな。寧ろ色々ボロボロでギリギリで、あと一押しで死にそうだと思ったのに」


 つらつらと述べ並べ立てられていく犯行計画。最早本人を前に隠そうともしていないその態度に、いつしか困惑は呆れへと変わった。


「呪われてるんじゃない? 君。ま、いいけど。こうなったからにはもう、余り話しててもしょうがないんだ」


 好きなだけ言って手前勝手に飽きたように言って、どこまでも冷めたあの瞳でひょろりとした男は俺を見遣る。


「僕は君の守護霊だ。君がいなければ僕はないし、僕にできるのはたったこれだけ。それももう、さっきので意味がなくなった」


 憑いている人間を殺そうとする守護霊など聞いたことがない。……なんで、そんなことを。


「なんで殺そうとしたのかって? まあ、分かることになると思うよ。僕の気持ちなんて分かって欲しいとは思わないけど、多分、確実にね」


 ……なんで。


「なんでそんな顔をするのかって? そういうのは気付いてても言わないのが、美徳ってもんじゃないのかな」


 呆れたような溜め息をまたも吐く。果たしてそのせいなのかどうか。


「ああ、そろそろまたお別れだ。――じゃあね。もう、君と会うことがないと良いな」


 一度した地面が揺らぐような感触に連れて。ヒラヒラと振った手でよっ、と片手逆立ちをして見せた男は、相も変わらない目付きで俺を見ている。


「我ながら馬鹿馬鹿しいとは思うけれど。君を見ていると、本当に――」


 次第に聞き取り辛くなる声。続きに意識を集中しようとしたとき。


 ――夢の途絶える音が、そこでした。
















「――」


 ――足。再び足裏にある地の感触を永久の魔は踏み締める。瘴気噴き出る眼前に映し出されるのは、塗り潰された黒のヒトガタ。


「……なにをやっている」


 伸ばされたその腕を肩ごと永久の魔は押さえ付けている。それ以上僅かばかりも動けぬよう、底知れぬ黒を掴んだ左腕に、全霊の力を込めて。


「失望させるな、私を――ッ‼‼」


 分かる。力の源たる負の情念は既に流れ込んできていない。裂け目から容赦なく噴出していく膂力に、抑え込めるのはあと僅かであると悟らされる。――ならば。


 ……断罪の剣よ。


 永久の魔は折れた剣の柄に手を掛ける。自身の力を受けて僅かも揺るがぬ相手を見据えながら、一度たりとも手放すことのなかったその剣の感触に頼み入る。


 ――一度だけでいい。


 罪のみを断ち切る刃に、今一瞬の煌めきを。


「【究極断罪】――‼」


 吼えるが如き叫び。乾坤一擲の抜き放ちと共に。


 中ほどから折られた漆黒の剣が、純白の軌跡を目の前に刻んだ。



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