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第十二節 マフィアの邸宅 前編


 ――リゲルとの勝負を終えた、その後。


「よーう! 黄泉示! フィア!」


 終了の鐘の音が響くと共にリゲルが俺たちに声を掛けてくる。……この光景も、あれ以来珍しいものではなくなった。


「一緒に昼飯食おうぜ! 場所はどうするよ?」

「今日は天気も良いし、久々に屋上なんかどうだ?」

「良いと思います」

「いいじゃねえか。行こうぜ早速」


 あの決闘以来、俺たちは互いを友人と見なせるようになっていた。リゲルの付き合い方も初めのようなやけにテンションの高いものではなく、より適度に落ち着いたものになっている。……一度全力で勝負をしたせいか、適度に肩の力が抜けた感じだ。


「リゲルさん、この時間はなんの授業なんでしたっけ」

「世界史だな。やっぱ昔のことに学ぶってのは大事だろうと思ってな。覚えんのは正直退屈なんだが――」


 俺とフィアの間にあったぎこちなさも解消され、また普通にルーティーンを熟すことができるようになっていた。……前よりも少し距離が縮まったような気も、心なしかする。


「かぁ~! 良い天気だぜ」


 屋上に出た途端に伸びをする。リゲルの元気が良いのは相変わらずで。


「そうだな」


 俺の方もそれを煩いとは思わなくなった。三人で歩き、目当ての席に座る。


「毎回思ってんだけどよ」


 共にテーブルの上に置いた俺たちの包みを見て言うリゲル。


「フィアはそれで足りてんのか?」

「はい。私は、これで――」

「リゲルこそ、幾つ食べる気だよ」

「俺は健啖家だからな。食事は身体の資本っつうし、しっかり食わなきゃ身が持たねえよ」

「……食費とか凄そうだな」

「そいつは言ってくれるな――っと」


 笑みを浮かべながら包みを剥がしていく。……リゲルとこんな風に話せるようになるとは、あのときは思ってもみなかった。


「――そうだ」


 齧り付く昼飯の最中、口の中のサンドイッチを飲み込んだリゲルが言う。


「あのよ、二人が良ければ何だが……」

「なんだ?」


 珍しく何か口籠るような言い方に、逆に興味を惹かれて訊き返す。


「今度、俺のうちに来ねえか?」

「――」


 リゲルの、家。


「リゲルさんのうちに……ですか?」

「……恐がってるわけじゃないんだが」


 誤解を招かないよう前置きしておく。


「俺たちが行って大丈夫なのか? その、リゲルの家は……」

「ああ、そりゃ全っ然問題ねえよ」


 リゲルもその問いは予想していたのか、手袋をつけたままヒラヒラとさせる右手。


「うちには面倒なしきたりやらルールやらはねえからな。よっぽどなんかやらかさなきゃ大丈夫だし、堅気に迷惑を掛けるような真似はしねえ。つうかその場合でも俺が手出しはさせねえ」

「あ、ありがとうございます……」


 妙なやり取りが交わされる。……となると安全は確保できそうだが。


「でも、どうして急に?」

「あー……」


 気になっていたことを口にすると、リゲルはそこで少し言い辛そうにして。


「……ここんとこ毎日、親父の奴にからかわれててよ」


 リゲルにしては珍しく。如何にも参っている顔つきで話し始めた。


「顔合わせる度に〝リゲル君、そろそろお友達は出来たかい?〟とか、〝よかったら紹介しようか。可哀相だから紹介料は半額で良いよ〟とか言われててな……堪ったもんじゃねえ」


 ……それは確かにキツイ。というか後半、変な文句が混じってなかったか?


「つうこともあって、親父を見返してやる為に一度二人を紹介したくてな。あ、勿論遊び道具とかもあるぜ?」


 その点をアピールしてくる。


「親父の部下も住んでるんでうちはまあまあ広いからな。普通じゃ見られないようなもんもあるし、退屈はしないと思うぜ。きっと」

「……どうします? 黄泉示さん」


 フィア。口では訊きながらも、期待していることはなんとなく分かる。――俺も。


「――分かった」


 同じ心持ちだ。了承を伝えると、リゲルは一気に破顔し。


「おっし! それじゃ、親父にも連絡しとくぜ。いつがいい?」

「私はいつでも大丈夫です」

「そうだな。なら、都合が良ければ今日にでも――」

「分かった。とりま訊いてみるぜ」


 リゲルの親は間違いなくマフィア関係の仕事をしている。その家に赴くことに、緊張がないわけではないが……。


「よっし了解取れた! んじゃ、放課後東門前で――」


 目の前のリゲルを見ていると、それは問題でないような気がしてくるのだ。


 ………

 ……

 …


 ……甘かった。


「――」

「……」


 リゲルと予定通りに待ち合わせてから。案内されたのは、絵に描いたような巨大な邸宅。想像より二、三倍ほど大きいそのスケールに圧倒されているうちに入口で上着を預けさせられ、通された部屋の中央に立たされた――。


「……」


 俺たちの視界に映り込むのは、壁一面の黒服たち。四方の壁に沿って周囲をぐるりと取り囲んでいる。腕を後ろに組み、一様に背筋の伸びた姿で立つそのさまは、ごろつきの集団などではなく、統率のとれた軍隊のイメージを思わせる。


「――君たちの話は聞いているよ」


 対面するテーブルから向けられた声。静かで落ち着いたその声が、全身を震わせた。


「リゲル君がうちの関係者であるにも拘わらず、友人として良く接してくれているらしいね。まずはそのことについてお礼を言おう」


 正面。座ったまま俺たちと相対しているのは、艶のある黒髪をオールバックに撫で付けた細面の男。リゲルの父親であるからには年齢はもうそれなりのはずだが、そうは思えないほど若く見える。四十、いや、三十代と言われても信じてしまいそうな風貌だ。


「……いえ、そんな……」

「そ、その、リゲルさんとは、いつも仲良くさせていただいて……」


 緊張から声が強張る。畏まっているフィアなど、完全に委縮して声量がほとんど出せていない。


「んな堅苦しい挨拶はなしで良いぜ二人とも。親父ももうちょいフランクにしろよ」

「はは、悪いね。リゲル君が家に友達を連れてくるなんて初めてのことだから、ついつい悪乗りしてしまうよ」


 軽い口調で答える男。頬に浮かべている微笑みが、柔らかくなった。


「――改めてフィア君に、黄泉示君。私の名は、レイル・G・ガウス」


 白い手袋をはめた指を頬に当て。目を細めた。


「今日はよく来てくれた。窮屈な家だが、少しでもゆっくりしていってもらえれば嬉しい限りだ」

「は、はい……」

「……ありがとうございます」

「家の中は一部以外どこでも入ってくれて構わない。その辺りの加減はリゲル君が知っているからね。私は仕事があるので、もう行かなくてはならないが――」


 頭を下げようとする俺たちを手で止めつつ立ち上がった、レイルさんが壁際を見る。


「入用な物があれば彼らに。ああ見えて、大抵のものは用意してくれるはずだ」

「なんなりと」


 言葉に合わせての軽い一礼。その流れるような一連の動作に、思わずこちらも軽く会釈し返してしまう。


「では。――あとは任せたよ」


 最後の一言は俺たちにではなく黒服へ向けて。毅然たる足取りで颯爽と、レイルさんは俺たちの前から去っていった。




「――き、緊張しました……」

「……ああ」


 レイルさんが立ち去ってから数秒後。


 金縛りが解けたかのように動くことを思い出した俺たちは、リゲルに続いて部屋から廊下へと脱出した。言い含められているのか、あれだけいた黒服たちは誰一人として着いて来ていない。そのことには少し安心できたが……。


「わりいな。親父があんな風で」

「いや……」


 硬い。口ではそう言いつつも、強い緊張を覚えていたことを隠せていない自身を覚える。特別強面だったり、目つきが鋭かったり、頬に傷があったりとそういうわけじゃない。身体の線は細く、物腰も丁寧で紳士的だったが、なんというか……。


「……けど、流石って感じだったな」


 凄みを感じる人だった。相対するだけで分かってしまう威圧感、ある種の風格のようなものが備わっている。確かにあの人が背後にいることを考えると、リゲルとの付き合いのハードルを高いと感じるのも分かる気がしてしまいそうなほど。


「そういえば、お母様には挨拶さし上げなくても大丈夫なんですか?」


 思い付いたように言うのはフィア。先ほどの影響がまだ残っているのか、指し示す単語には敬称が付けられたまま。


「出かけてるんじゃないか? レイルさんも何も言ってなかったし、多分――」

「ああいや、違えんだ」


 否定したリゲルは、あー、と少し考えるように間を置いて。


「うちは離婚してるからな。お袋はいねえんだよ」


 サラリと。なるべく重くならないように気を付けたと思える口調で、そう言った。


「……そうだったのか」

「ああ。俺が五歳くらいのときにな」

「す、済みません! 考えずに訊いてしまって――」

「別に良いって。つか、ちゃんと言っときゃよかったな。こんなちっちぇえガキの頃だから大して覚えてもねえし、んな辛気臭え話じゃねえよ」

「そ、そうですか」


 人差し指と親指でちっちゃいのジェスチャー。空気を切り替えるようにニカリと口の端を上げた。


「ま、折角だし色々やろうぜ! 一応最初に見せるのは考えてあんだ」

「お、そうなのか。楽しみだな」


 俺もその流れに乗る。……考えてみれば、友人の家に来ることなど随分と久し振りだ。


 リゲルの親に会うという関門は抜けたことだし、これで気兼ねなく遊べるというもの。


「着いてきてくれよ。迷わねえようにな」


 なにせこれだけの広さを持った家だ。職業のことを考えても、色々と珍しい体験が――


 ――ゴトリ。


「……」

「……えっと」


 そう形容するのがドンピシャな音を立てて俺たちの前に置かれたのは、静かに黒光りするL字の物体。……銃、拳銃、チャカ、ハジキ。そういった名称で呼ばれる鉄の精密機械で間違いがない。


「ここじゃ銃が打てんだよ。完全防音だから、外のことは気にしなくて良いぜ」


 先刻リゲルに案内されて招かれたのは、地下。そうとは思えないほど広々とした空間には、正に射撃訓練場としか言いようのない光景が広がっている。クリアな立板で軽目に区切られた幾つものブース。


 遠く向こうに見えるのは、人型を模した標的。頭部、左胸、腹、手足と、所々に孔の空いたものがあるのが実に印象的だ。


「まあ、俺は正直あんま好かねえんだけどな……。ガキの頃から親父に教えられたせいで、一応撃てることは撃てるぜ」


 目の前のソレを平然と手に取り、らしい構えを取ってみせるリゲル。……そうか。


 妙なところで納得がいく。あのとき向けられた拳銃にそこまで怯えていなかったのは、単に度胸があるだけじゃなく、昔からそういった物品に慣れていたからなのか……。


「どうぞお二人とも。遠慮は要りませんぜ」


 事由が腑に落ちたところで、待機していた黒服が俺とフィアの前にも物を置いてくれる。……塵一つない。徹底的なまでに磨き上げられた、黒の銃。


「わ、私の方のは、黄泉示さんと違うんですね」


 その言葉にフィアの方を見れば――置かれているのは銀色をした拳銃だ。俺の前に置かれている物よりも二回りほど小さく細身で、こちらも室内の灯りを反射して照り輝くほど隈なく磨き上げられている。色合いと形のせいか、比べると大分雰囲気が柔らかく見える。


「フィアのは口径が小せえ奴だからな。腕力がなくても撃てるんで、子どもとか女性にも人気のある奴だぜ」

「弾の火薬は減らしてありますんで心配は要りません。二歳のガキだって撃てますよ」

「え、あ、はい……」


 とはいえ銃であることには変わりない。それは流石に嘘だろうと思いながらも……見つめられる雰囲気に押されたのか、フィアが恐る恐るといった様子で手に銃を取る。


「おっといけねえ。耳当てをどうぞ。こいつを忘れると最悪、鼓膜が吹っ飛びますからね」

「え――そ、そうなんですか⁉」

「はい。そりゃあもう。盛大に吹っ飛びます」

「せ、盛大に……⁉」


 ゴクリと生唾を呑む。……なにか盛り上がっている。意外とノリが良いな、あの黒服。


「いや……そりゃ無茶苦茶近距離でぶっ放した場合の話で、普通は一発じゃんなことにはならねえよ」

「何発も撃ってるとどうにかなるってことか」

「そりゃまあ、かなりうるせえからな。あんま続けてると難聴になるリスクもあるし、こういう場所じゃ耳当ては必須だぜ。減音器(サプレッサー)を付けるって手もあるっちゃあるが――」


「――あれは近距離だと実際そこまで小さくなりませんからね。遠くまで響き辛くするのと、発砲音から撃ち手の場所を割り出されるのを防ぐってのが主な目的なんで」

「へ、へえ……」


 ちょっと勉強になった。その知識を使う機会が人生で訪れるのかは、今一つ分からないところではあるが。


「……消音機(サイレンサー)とは違うのか? サプレッサーって」

「何でもかんでも音を消すってのは実用的には結構難しいんで、減音、ってのが適切な呼び方ですかね。たかが呼び方一つですけど、それで誤解を与えちまうこともありますし」

「……なるほど」


 リゲルに尋ねたつもりだったのが黒服の男に答えられてちょっとドギマギしてしまう。いや、見た目ほど怖い人間ではないと思うのだが、そう素早く切り替えられるものでもないだろう。


「――試してみますか?」


 凄まれたわけではない。だが話の流れと正面からのその視線に押されて、つい頷いてしまう。


「じゃあまずは一発、普通に撃ってみて下せえ」


 そう促される。あとには引けない雰囲気だったので、意を決して銃を構え――。


「……どうやって撃つんだ?」


 素朴なその疑問にぶち当たった。


「スライドを引いて、引金を引くんだよ。ほら」


 ここです、と示される。この部分をスライドと言うのか。指された箇所に、手を掛けて引き――


「――っ」


 意外と重い。予想外の手応えに力を込め、目一杯指で引っ張った。


「えっと……引っ張るところってどこですか?」

「あー、リボルバーには引くとこはねえから、撃鉄……その出っ張ってる部分を起こして……」


 此方も黒服がサポートとしてくれる。準備が整ったところで共に、両手で構え。


「しっかり握っとけよ。結構反動が来るし、黄泉示の方は普通の弾だからな」


 ――マジか。注意を耳に留めた内心の呟き。言われた通り両手に力を込めて、狙う的に向けて握るように引金を絞り込んだ。


「――ッッ⁉」

「――きゃっ⁉」


 瞬間、手の内で爆音が炸裂する。力を込めて押さえていたはずの銃身が勢いよく跳ね上がり、届いたのはあらぬ方向で何かが破裂したような音。同時に見据える的の肩辺りに空いた真新しい孔を認める。……あそこに命中したのか。狙ったのは一応、的の中心辺りだったのだが……。


「お、当たったじゃんか」

「……」


 リゲルの声を背に受けつつ銃を置き、全体的に手を摩る。……凄い衝撃だった。これは――。


「ご、ごめんなさい。その……」

「構いませんよ、初めは誰だって驚きますから」


 横の方で交わされている会話に目を向ける。フィアの撃った弾はどうやら、的には当たらずに天井の辺りにヒットしたらしい。手心が加えてあったとはいえ、やはり相当の衝撃が来たのだろう。


「兄さんは、これでもう一発」


 そう言った黒服から別の銃を渡される。銃自体は今のと同じようだったが、先端になにか筒のようなパーツが付いている。これが……。


「――ッ!」


 人生で二度目となる発砲は、変わらぬ着弾音と共に先ほどより少しだけ中央に寄った側に命中する。……軽い。


 衝撃はそのままで、発砲音はやはり大きいが……何というか、響き渡るような重音が消えた。火薬の爆発そのままの轟きではなく、竹を割ったような甲高い音だ。


「結構違いますね……」

「だろ? サプレッサーを付けてりゃ、慣れてる人間なら耳当ては要らねえくらいだからな」

「現場じゃ必須物ですよ。こいつのお蔭で、何度も助けられてます」

「へ、へえ」


 どんな場面で助かったのかは下手に訊かない方が良さそうだ。


「どうする? もうちょい撃ってくか?」

「……私は遠慮しておきますね」

「お望みならマシンガンとかもありやすが――」

「いや、大丈夫です」


 有り難いその申し出をきっぱりと断って。フィアと俺はリゲルと共に、射撃場をあとにする。細い螺旋状の階段を上がりながら。


「……他には何があるんだ?」

「あーそうだな。火炎放射器とか、迫撃砲とかもあった気がするけどよ」

「そうじゃなくて」


 訊いた台詞。何かもう、一介のマフィアってレベルじゃなくないか? その装備。よく警察に目を付けられないものだ。


「訓練場とかあるけどな……トレーニング用の機器とか一通り揃ってるけどよ」

「それは凄いな」


 凄いが、フィアもいる中で行く場所としては違う気がする。多少興味のある俺はまだいいとしても、フィアからすれば筋トレ器具など見たところで仕方ないと言ったところだろう。他に……。



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