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第五節 永久の魔との戦い 後編

 

「――ッ!」


 側面から迫って来ていた邪気の奔流を避ける。止められない駆け足の中で、次の魔具を放ろうとした最中。


「――⁉」


 見えた光景。その異様さに目を奪われる。……なんだあれは。


 地を割るような巨大な剣とそれを握る腕。今までのようなただの邪気の奔流とは違う。邪気を意図的に圧縮して押し固めたと思しきそれらの表面はよく見れば僅かに揺らいではいるものの、固形物と見紛うような分厚い紫を湛えている。――次の瞬間。


「――ッッ‼」


 大きく振り払われたその一閃。前衛後衛の区別など関係ない。この場にいる敵全てを無造作に薙ぎ払うかのような一振り――‼ 


「――」


 その脅威を渾身の踏込みで回避する。手を離れていった魔具。幾枚もの符が、炎を発することなく邪気に触れて両断された。


 ――フィア。


 地面に刻まれていく亀裂。一瞬だけ後ろに遣る視線は分厚い腕と粉塵に阻まれて見通せない。


 ――信じろ。


 回避に意識を集中しつつ思う。俺に注ぎ込まれている強化と補助が消えない限り。フィアも、ジェインも生きている。今は――。


 そう信じて、前を向くしかない。






「――」


 ――来た。


 思いながら私は熾す魔力に一層意識を集中させる。自分の身に送る魔力を増幅。収束していくその邪気の流れに目を凝らし、ジェインさんの指示を思い出す。


〝邪気による攻撃は厄介だが、ただ単に動かしてくるだけなら問題はない。アデルの話からしても今のカタストさんの強化魔術なら纏う神聖の魔力だけで退けられるだろうし、蔭水には例の呪文がある。だが……〟


 ボードに書かれた二つの小見出しのうち、下の方を指し示す光景。


〝問題なのはこちらの方。邪気を収束させ、具象化させて放ってくるという攻撃だ〟


 引っ張り出してくるのは私に扱える中でも最高の障壁。広がる視界の中で形作られたのは一振りの巨大な剣。同じく邪気で作られた片腕が、しっかりとそれを握り。


「――【接続・防御補助】‼」


 一息に振り回してくる。直前に発動させたのはジェインさんから受け取った補助の術式。邪気を分散させる魔力の流れを纏った神聖の盾が、濃密に固められた剣を相殺していく。


〝この攻撃は通常の邪気による攻撃とは比べ物にならない密度を持っているらしい。話を聞いたところだと、如何に相性が良いとはいえ単なる強化魔術の余波だけでは防げない〟


「く――っ‼」


 盾が削られる感触に魔力を惜しみなく注ぎ込む。……大丈夫だ。制御はきちんとできている。


〝神聖の障壁に防御用の補助術式をプラスする。それでなんとか対抗して欲しい。――カタストさんが、守りの要だ〟


 ……守る。


 そうだ。私はその為に、それがしたくてこれまで魔術を学んできた。黄泉示さんを。黄泉示さんだけでなく、リゲルさんもジェインさんも傷付けさせない。


 そして私も殺されない。自分の命を守りながら、誰かを守るのだ。黄泉示さんを悲しませないために。千景先輩が言っていたように。アイリーンさんに言われたように。


 ――今を生き抜いてみせる。やがて訪れる機会の為。


〝今回の戦いで重要なのは、何よりも死なないことだ〟


 耳に響くのはその言葉。


〝生半可な攻撃は通らない。破れかぶれの突貫は意味がない。その瞬間が来るまで、僕ら全員で生き延びなければ〟







 ――なんだよこりゃ。


 深々と割り裂かれた地面を見てリゲルは息を呑む。入る亀裂の深さは底が見えない。口を開けているのは射す太陽の光さえ照らし出せない深淵――。


 ――近付けねえ。


 凄まじい風圧。捲き上げられる土煙でただでさえ暗い視界が更に遮られる。永久の魔に向けて神聖の拳を放つどころではなく、リゲルがひとまずは回避に専念しようとしたそのとき。


「――ッ‼」


 本能の告げる直感。全身全霊で飛び退いたそのあとを黒紫の軌跡が撫でていく。


「……」


 永久の魔。剣を抜いた脅威のその姿が、リゲルの眼前にあった。


 ――漸く本番ってか?


 臨戦態勢。邪気の内から覗く眼差しに沸き上がる血液。……良いぜ。


 見据えた敵。ぶつけた闘志に応えるようにして、永久の魔の肩が揺らいだ――‼


「――ッッ」


 突進からの切り上げ。――掴み。突き下ろし、傾ぐ横薙ぎ。


 迫るその軌跡は縦横無尽。空間を埋め尽くし、同時に繰り出されているかの如く継ぎ目なく襲い来る。いつもなら見えてすらいなかっただろうと、それを確信できるほどの速度と密度。


 それが今のリゲルには全て見えていた。……見える、避けられる。此処に来て実感するのはフィアの強化法の凄まじさ。副次的とはいえ回復効果まで付いているせいか、これだけ激しく動き回ってなお疲労が蓄積する感覚もない。――しかも。


「――」


 振り下ろし、その予兆を見止めてステップを踏む。邪気纏う軌跡が過ったのは刹那ののち。計り知れない威力から来る凄まじい風圧と邪気の残滓が地面に大きく断裂を刻みつける。まともに貰えば生命はない。それを肌で感じながらも、リゲルの心境に震えは起こらずにいた。


 ――読み易いのだ。


 永久の魔の攻撃は。以前の邂逅時にはそこに意識を割く余裕すらなかったが、剣技として見れば挙動は素直で起こりを隠すことさえもしていない。単純な膂力に依存している所以か、戦闘技術の高さで言えば蔭水冥希や賢王の方が遥かに高かったような気さえする。……邪気が無力化されて攻撃手段が剣に限られていること、フェイントや複雑な軌道が皆無であることもそれに拍車を掛けているのだろうが。


 ――行けるぜ――っ。


 意気の高まりと共にスイッチ。一瞬でも居つかぬように注意を払いつつ、飛ばす神聖の拳と自らの拳とをぶち当てていく。――当然有効打にはならない。邪気を祓う拳の先には手ごたえを感じてはいるとはいえ、それは僅かの甲斐もない大山に打ち込んでいるかの如き感触。そもそも急所の位置が人間と同じであるかどうかも分からない。


 ――だがこのままであれば、耐えられる。


 そしてジェインの予想通りになれば、其処こそが勝負時だ。踏み外せば死に至るギリギリの綱渡りを覚えながら。


 リゲルは不敵な笑みと共に、永久の魔を相手取る。








 ――動いた。


「――っ」


 絶え間なく伸びてくる巨人の手の如き邪気のカタマリ。盾を抜けてくる幾つかのそれらに的を絞らせないよう走り抜けながら、ジェインは戦況を俯瞰する。……永久の魔が、初めて自分から。


 ――全てが事前に想定した通りだった。


 神聖の光に照らされて消滅する邪気。生半可な邪気による攻撃は纏う強化の魔力が防ぎ、収束させられたものでも障壁ならば防げている。やはり神聖と邪気との相性は相当に悪いらしい。以前本山で見た光景、並びに文献からの資料で予測を立ててきたとはいえ、実際に蹴散らしていく様を見るとジェインとしてはやはり安堵を禁じ得なかった。……邪気による攻撃は問題ない。流石にこれだけの量になれば後衛へは抜けて来るものもあるが、それも充分に避けられる量だ。


「――」


 前衛の二人。気掛かりだったそこも今の二人を見れば杞憂だったことが窺える。それぞれの用いている強化の強力さに加え、三倍速の【時の加速】に複合補助呪文。これだけ重ねれば流石に速さで対抗できないということはなかった。二人のうちリゲルを狙いに来ているというのも悪くない。この場にいる誰よりもリゲルが注目を集めたと言う証左であり、本命である黄泉示への意識はその分削がれるはず。あの決め手を打つ前に、黄泉示への警戒は低ければ低いほどいいからだ。


 現状を目にすれば不安はなかった。目を引くことも考えてリゲルへの補助は特別厚くしてある。ここまでは全て問題ない。自身の予測の通りに、寧ろそれ以上に上手く事が運べている。このままの流れで進んでいけば。


 それで――。


「――」


 判断の中途。一瞬だけ脳裏を掠めた不安に、思わずジェインは眼鏡の軸を押し上げる。……いや。


 直ぐ様に思い直す。上手く行っているのならそれでいい。最大の懸念は自分の立てた予測が全て予想のまま覆されることであり、その最悪に至らなかったことは他の何よりも重要だ。足場として確実と見込めるものも幾つかある。多少不測の能力があったとしてもこれならば充分に対応は可能。自分たちの動きはこれまでで最高のレベルにあるということが、ジェインにはよく分かっている。


 ――それでも何かを見落としているような、頼りない雲の上に立っているような感覚が足元から消えていない。その事実をジェインは捨て去ることができないでいた。……なにかもっと、根本的な部分で――。


「――ッ‼」


 掠めかける邪気。自らに掛けた防御の術式に弾かせながら、【時の加速】の倍率を一瞬だけ上げて回避する。……この期に及んで。


「――」


 迷っている暇はない。立てた作戦に賭ける覚悟を新たに、ジェインは邪気の渦の中を駆け巡った――。













「……っ」


 焼け付くように暑い日差しの中で、私は引き立てられてきたその男を前にする。やつれ、頬はこけ、ギラギラとした視線だけが見据えている。……反骨の色を浮かべて。


「敵国の兵士です。此方の内情を探るための斥候かと思われます」

「……そうか」


 大凡は予想できた報告を受け――近付きつつ剣を抜く。眩い純白の輝きを目にして、男は悟ったように目を伏せた。


「……殺すなら殺せ」


 何も話さぬとばかりに床石を見据えて口を噤む。兵士だけあって、どうやら覚悟は決まっているらしい。端から死ぬことも予定の内だったのかもしれないと、どことなく投げやりな男の態度を見た私はそんなことを思った。


「ここでは捕えた者は殺さない。これから始めるのは、裁きだ」

「……裁きだと?」


 顔を上げた男の面持ちに打って変わって浮かぶのは、笑み。


「神託でも伺うつもりか? どこの何とも知れぬ神などに」


 皮肉気な男の言を無視して私は手にした剣を翳す。


「この剣がお前を裁く」


 ――何を言っているのか分からない。正気を疑うような男の表情に構うことなく。


「――」


 見開かれたその双眸の中心へ。力を込めて、私は剣を振り下ろした。



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