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第二節 思うところ

 

 期日まで残り四日となったその日。


「しっかし、思いもしなかったぜ」


 上を脱ぎ。逆立ちで腕立てをしながら、リゲルは言う。


「黄泉示のあれがんなすげえ道具だったとはな。前にどっかで、家宝だってのは聞いてた気がするけどよ」

「まあ、やけに耐久力の高い得物だとは思っていたがな」


 支部の書庫から持ち出してきたと思しき書物に目を通しつつ、ジェインはリゲルの反復運動を視界に収める。本を読み出してから既に二十分以上経っているが、上下に動く肘の速度が初めと比べて落ちているようなことはなかった。


「決して折れない上にあんな力まで持っているとなれば言うことはない。あれのお蔭で戦術的にも希望が見えた。かなり細い線ではあるが、無いよりはずっとマシだろう」

「……希望、ね」

「不満か?」


 何気なく漏らしたジェインの一言に、リゲルが汗を浮かべた額を向ける。


「なにがだよ」

「お前じゃなく、蔭水がトリを務めることさ」

「……前々から思ってたが、俺をなんだと思ってんだよお前」


 なるべく血が上らぬよう逸らしている顔で呆れるような溜め息を吐く。


「これまでだって黄泉示はずっと仕留め役だったろ。それにこんな状況下で、四の五の言ってられるかっての」

「こんな状況でなければ言いたかったように聞こえるな」

「そういう揚げ足取りみてえな言い方、止めねえか? 俺が気になってんのは、その希望って奴さ」


 地面すれすれにまで曲げられた両腕。力を込めた掌で床を蹴り、跳躍反転して両脚から着地するリゲル。


「……殆んど雑技団並みの身体能力だな」

「煩えな。うちのオヤジが前に、希望をチラつかせて相手を陥れるのは簡単だって話してたと思ってよ」

「言いそうだな。実際、レイルさんなら」


 ストレッチをしつつ喋るリゲルに、ジェインがなにかを察したような顔になる。


「蔭水の力への頼り過ぎを警戒しろと言いたいのか?」

「……そこまで考えてるわけじゃねえんだけどな」

「そのことについては僕も考えた。――ただで扱える魔術などない」


 膝上で足を組み。本から明確に離された視線。


「エリティスさんが蔭水に教えたあの魔術は強力だ。アイリーンとの戦いでそれは充分に証明されているし、無論その分、それに応じた難易度と代償を備えているだろうことは予想できる。だが……」


 下がっていた眼鏡を押し上げ、先を続ける。


「蔭水には所持者の能力を引き出せるあの呪具がある。しかもあの魔術を発動している間に限り、引き上げられる能力の限界値を跳ね上げられる。これがどういうことか分かるか?」

「いや?」

「単純な能力の強化に留まらず、術の制御に対しても円環の力を遠慮なく使えるということだ」


 気のない適当な返事に対してもジェインの返す答えは抜かりがない。


「あの術には確かに軽くない代償が伴うはずだが、円環を持つ蔭水なら同時に相乗的に引き上げられる能力でその代償の軽減ができる。呪具の副作用も術によって抑えられ、結果として負担は最小限に近くなる」


 そしてそのことを恐らく、呪文の発見者であるエリティスも見越していたはずだとジェインは推測していた。だからこそ他の誰でもなく黄泉示にあの魔術を教えた。自身でさえ扱えなかった呪文を唯一、それも最小限のリスクで扱える可能性があるのが彼だったからだ。


「少なくなるから良いってわけじゃねえだろ」

「当前だ。制御のバランスが崩れる可能性がある以上、呪具もあの魔術も可能な限り使わないでいて欲しいと思っている。……僕も」


 一瞬だけ弱くなる語調。かつてあの呪具のせいで黄泉示がどれだけの代償を払うことになったのかは、ここにいる二人がよく分かっている。


「――だが今は状況が状況だ。決闘を突き付けてきた永久の魔を斃さなければ、僕らも、世界もそこで終わる。あの化け物に明確に対抗できる手段は、蔭水の術と刀しかない。あの刀についてなら、なにが代償かははっきり分かっているしな」


 膝に伏せていた本を返し。再び文字へと目を走らせた。


「今僕らがやるべきなのは、少しでも力を付けることだ、自分にできることが増えれば、結果的にそれで他の負担が減らせる」

「んで、お前はご本を読んでるってわけか」

「前にも言っただろう。永久の魔に幻惑系統の呪文は効かない。こちらの能力を如何にして対抗できるレベルまで持って行けるかが勝負になる」


 やや皮肉気に言ったリゲルに対しあくまでも正論で取り合ってくるジェイン。先ほどまでと違い、視線は本から微動だにしない。


「今は張り巡らせた魔力の流れを駆使して防御能力を引き上げる補助呪文を学んでいるところだ。良かったな。安心して敵に突っ込めるぞ」

「……永久の魔が相手じゃ気休めにもなんねえだろ」

「一つではな。だが、重ねていけばそうでもなくなるさ」


 ――ジェインがただの丸覚えで魔術を使うわけがない。これだけ付き合いが長くなればリゲルとてある程度は想像が付けられた。他から持ち出してきた複数の術理を組み合わせて、オリジナルの術式にアレンジするつもりだろう。それを思いつつ――。


「――ま、精々期待してるぜ」


 残していく台詞。汗が引いたのを確認して、リゲルはソファーに脱ぎ捨てていた上を羽織る。スーツのボタンを留め、両手に着けた黒手袋。


「魔術の訓練か」

「おうよ。正直、今からじゃ筋力は上がんねえからな」


 リゲルがしているトレーニングはあくまでも現状を維持するためのもの。そうでなくともこの段階まで来ては身体能力の強化はそう簡単には望めない。これまでのような過酷なトレーニングに慣れ過ぎたせいか、通常の反復を行うだけでは頭打ちのような感覚を覚えている。今自分がやるべきは技を研ぎ澄ませ、コンディションを整えること。そして何よりも足りていない部分を補うことだ。


「無茶をして身体を壊すような真似はするなよ」

「んなことするかよ。フィアに無茶言って治してもらったってのに、バチが当たるぜ」



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