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第二十五節 談判

 

「――」


 全身を襲う強烈な感覚に、泥のような眠りの中から引き上げられる。襟首を掴み、無理矢理引き起こされたかのような感覚――。


「うっ――ッ‼」


 凄まじい不快感。喉から突き入れられた腕に内臓を掴まれ掻き混ぜられているような吐き気に、集中を総動員して堪える。……なんとか、辛うじて……。


「……っ……」


 嘔吐の波が引いていく。それを確認してから、漸く息を吐き出した。……さっきのは。


 ――夢、だ。


 それは間違いない。だが、ただの夢でもなかった。


 あれは……。


「――起きましたか」

「……郭?」


 隣から聞こえてきた声に顔を向ける。相変わらずの白衣で、ベッドに横たわっている姿。良かった。無事だったのか。


「カタストさんも隣で寝ていますよ。特別負傷はないそうです」


 言われて反対側へ目を向けた視界に映り込む――フィア。安らかな寝顔と、静かに聞こえて来るのは規則正しい呼吸音。それを確かめてどこか安心する。


「……リゲルは――ジェインは、立慧さんは?」

「それなんですが――」


 動かされた視線に釣られて気が付いた。……郭の向こう側に寝かされているリゲル。似合わない白衣を着て眠っているその顔は苦痛に耐えているかのように硬く、心なしか青白くも見え――。


「――ヤマトタケルにやられました」


 意識を打ったのは、打って変わった冷静な声。


「貴方たちは二、二で分かれたんですね。戦いの気配を感じたので駆け付けたんですが、その時は既に彼はボロボロで。……危ないところでしたよ」


 ……そうだったのか。まるで死んだように眠っているリゲルを見つめる。それほどの激闘。理解と同時に訪れるのは危惧。リゲルがここまでやられたのであれば――。


「――ああ」


 ジェインは、と。再び訊こうとしたところで、響く声と足音。


「起きたか蔭水。良かった」

「……ジェイン」


 健全な足取りで現われたのは話題にしようとした当の主。いつもと変わりなく、見たところでは無事そうなその姿に、ひとまずはホッとする。


「大丈夫なのか? 怪我は――」

「問題ない。擦り傷程度だ」


 声には疲労感が残されているものの、口調は力強い。軽傷なのだとの事実を確認して生まれた安堵と共に、気になったこと。


「……ヤマトは?」


 斃したのだろうか。そう訊きたくなる思いを飲み込む。郭と、ジェインが無事だったのであれば……。


「……」

「そうだな」


 俺の問い掛けを受けた――二人の態度は、どこか違和感を覚えるもの。


「それについて話しておくことがある。……どこまで話した?」

「リゲルがやられて、僕が貴方たちの側に駆け付けたところまでです」

「ならその続きから話そう。端的に言えば、僕たち三人はヤマトに負けた」


 サラリと告げられた衝撃的事実。


「あのままなら殺されていたかもしれない。ただ僕たちとの戦いの途中で、ヤマトは君たちの方へ向かっていった」

「……俺たちの方に?」


 ああ、と頷いて先を続けるジェイン。


「リゲルは重傷を負わされていたから、応急処置をする為に僕が残った。それでヤマトを追って、郭が君たちの側に向かったんだ」

「まあ、僕しか動ける人間がいなかったので」


 ……郭が。思わず向けた俺の視線に、大したことはないと言う風に郭は答える。負傷の身でよくそこまで。


「蔭水の方はどんな戦況だったんだ? そのときは」

「……俺は……」


 訊かれて記憶を辿る。はっきりと覚えているのは……。


「二人が行ったあと、フィアと一緒にガイゲと戦って。……途中で俺が攻撃を喰らって、それで」


 その先は明確な覚えがない。……ガイゲのあの一撃で俺は気絶していたのだろう。途中フィアが戦っているところを見て、何とかあの呪文を発動させようとしていた気はするが。


「気絶してた。……なら、郭が助けてくれたのか?」

「……それなんだが」

「――蔭水黄泉示」


 俺とフィアだけではあの状況を打開できなかったはず。ヤマトが来たというのなら尚更。半ば自動的に導かれると思える答えを口にした俺に対し、これまでにない硬い声で、郭が俺の名を呼んだ。


「率直に訊きます。……フィア・カタストは、何者なんですか?」

「……何の話だ?」

「貴方と一緒にいるアレは、何者なのかという話です」


 問い質してくる郭の語気が強い。――あれ? 何者? なぜそんな言い方を――。


「……郭によるとだな」


 睨むように見据えられている。困惑の中で、助け舟を出してくれたジェイン。


「ヤマトを追って君たちの側に駆け付けた先では、……カタストさん一人がレジェンドの三人を相手にしていたらしい」


 ……っ⁉


「……冗談だろ?」

「冗談だと思いたかったですよ。僕も」


 言外に事実だということを肯定した、郭の鋭い目付きが狼狽えている俺を射抜く。


「倒れている貴方抜きでガイゲと死神を抑えていたばかりか、新たに加わったヤマトの攻撃すら防いでいましたから。いつもとはまるで別人でしたね、あれは。……それに」


 ……そんな。言葉のない俺の前で何かを思い出すような顔つき。鋭さを含んでいたはずの郭の瞳が一瞬、何かを恐れでもするように揺れ動いた。


「凄まじく冷たい瞳と気配でした。……まるで、人間ではないかのような……」

「――」


 ――人間じゃない?


 予想だにしないその発言に動揺する。……なにを言っているんだ? 郭は――。


「……固有魔術じゃないのか?」


 そう言いたくなる気持ちを飲み込んで口にした言葉。……態度からしても、郭が何かを見たのだと言うことは俺にも理解できる。踏まえた上で話すのは考えられる他の可能性の提示。


「フィアのあの固有魔術なら、レジェンドの攻撃を防ぐことも――」

「違いますね。倒れた貴方は、どちらからも放置されたままでしたから」


 言葉以外にも何かを言わんとするような郭の目付き。問われている内容に気が付き、答える。


「……ガイゲが治癒を無効化する結界を張ってたんだ。だから、フィアでも治せなかった」

「そうですか」


 疑っている。郭が、フィアを。脳裏に微かに残る光景を元に、少しでもあり得そうな予想を立てていく。


「……神聖の支配者の力が、いきなり伸びたとか」

「あり得ませんね」


 返されたのはにべもない一蹴。


「ただでさえアイリーンの影響を受けて馴染んだばかりだというのに。仮にもし飛躍的な成長が起きたと仮定しても、それだけではレジェンドの三人に対抗することなど出来ません。ヤマトに対しては神聖の力も使っていましたが、……寧ろ、あれは……」


 考えるように黙り込んでしまう。その態度に不安が募る。……郭は本気だ。本気でフィアを、得体の知れない何者かだと考えている。認められるはずがない、そんなことが――。


「……そういえば、まだ訊いていなかったな」


 どうすればいいのか。分からない俺たちの間に横たわる空気の沈黙を割ったのは、ジェイン。


「蔭水とカタストさんは、どうやって知り合ったんだ?」

「……え」

「記憶喪失なんだろう? 以前からの知り合いでもないなら、出逢った切っ掛けがあるはずじゃないか」

「……それは」


 今になってそれを訊かれることに戸惑いながらも……フィアを路上で見付けたこと、行き場がなくて家に迎え入れたことなどの経緯をかいつまんで話す。思い返してみても普通ではないと思いつつも、事実を話すしかなく。


「……」

「――間抜けですね」


 ジェインと共に聞き終えた郭の、それが第一声。


「そこまで能天気だとは思いもしませんでした。警戒心というものがないんですか? 貴方は」

「なに……⁉」

「偶然の出会いや助けを必要としている状況と見せかけて、一般人を餌食にする技能者は多い」


 見せる目は初めて会ったときのような、愚者への侮蔑が含まれた冷ややかな眼だ。


「蔭水の生まれなんでしょう? 仮にも知識のあった身で、そんなことすら想定できなかったと?」

「……!」

「……まあ」


 あからさまに非難の込められた台詞に食って掛かろうとした動作を、ジェインの言葉が押さえる。


「それで居候を認める君も、大概お人好しと言うか、バカと言うか」


 半分呆れたようなジェインの口調。自らの犯した間違いを郭の言葉以上に突き付けられているような気がして、狼狽える。


「……見捨てることはできなかった」

「そうは言ってない。蔭水の置かれた立場も一応、理解はできるつもりだ。責めるつもりはないが」


 そこで今一度正面から俺を捉える。――普段と変わらない平静な眼。


「君がカタストさんを見つけた状況はどう考えてもおかしいな。普通じゃないものが絡んでるという、蔭水の考えには賛成だ」


 同意で一度空けられた間。続くだろう言葉を予感して身構えた俺に向けて。


「その普通じゃないものは、どこに属してる?」

「どこに……って」


 掛けられたのはそんな問い。フィアが自分で自分をあの状況に置いたのでない以上、フィア以外か、それか……。


「……記憶喪失になっていただけで、フィアが元から普通じゃないものの関係者だった可能性がある」


 考えつつ口にしたのはもう一つの可能性。


「それは俺も考えてた。実際フィアは固有魔術も使ったし、支配級の適性も……何よりアイリーンの生まれ変わりだった。だから別に、今となってはおかしなことじゃ」

「いや、それとは違う」


 ジェインの言わんとしていることを予測して言い放ったつもりだった言葉が、あっさりと返される。


「僕が考えているのは今郭が言ったように。カタストさんが、嘘を吐いている可能性だ」

「――っ⁉」

「例えばこうだ。――カタストさんは魔術を使う犯罪者で、警察やその他の組織からマークされていた」


 不意討たれた俺の前で――ジェインは造作もないようにその筋書きを描いていく。


「追跡を撒く為に自分を隠したが、気を失い、君に見付かった。無関係の第三者に保護される形になったカタストさんはこれ幸いと記憶喪失の振りをし、自分の隠れ蓑にした。――どうだ? この筋書きでもカタストさんが警察に行こうとしなかった理由は説明できるし、君との奇妙な出会い方も説明が付けられる」

「――」


 フィアが、魔術を使う犯罪者?


 考えもしなかった。そんなことは。警戒していたつもりで俺は、いつの間にか。


 フィアを、被害者だと。害意のない相手として見ていたのだろうか。


「……俺には」


 答えを待っているジェイン。隣から注がれている眼差しが、俺の一挙手一投足に突き刺さるような感覚を覚えながらも。


「俺にはフィアが、嘘を吐いているとは思えない」

「……そうか」


 小さく零された息。ジェインも、これで――。


「なら、それで良いんじゃないか?」

「――え」

「君は自分の信じたいものを信じる。その方が、きっと良い」

「……甘い考えですね」


 郭が小さく息を吐き出す。俺の目に再び映り込んだのは、真剣なジェインの表情。


「僕が言いたかったのは、こんな筋書きが通りかねないほど君とカタストさんの関係は曖昧だということだ。出会いの事情からしてあやふやで、カタストさんの過去は未だに分からない。そして現に今、僕らにとって不可解なことが起きている」


 ジェインの目付きが一際真剣さを増す。


「アイリーンの件だけじゃ説明がつかない。カタストさんにはまだ、何かある」


 ……そんな。


「……」

「……自分の恋人の事すら把握していないんですから、呆れますね」

「……恋人じゃない」

「じゃあなんなんですか。同棲までしておいて」

「……それは」

「はっきりしなさ過ぎなんですよ。貴方は」

「……郭」


 窘めるような台詞にふん、と一つ鼻を鳴らして引く。それでも何も言い返せない。


「カタストさんは今眠っている。レジェンドとの戦いでかなり消耗したようだから、直ぐにどうにかなることはないだろう」


 つまりはその間に向き合わなねばならないということだ。……フィアが起きた時にどうするのか。俺がフィアに対して、どうしたいのかを。嫌な想像で重くなる気分に耐え切れず――。


「……そう言えば、立慧さんは」

「――」


 逃げるように出した台詞に、思わぬほどはっきりと空気が変えられたのが分かった。


「……続きを話す必要があるな」


 眼鏡を上げるジェイン。……なんだ?


 まさか……。


「君たちのところに駆けつけた郭だが、カタストさんの変化に戸惑っている内にガイゲから一撃をもらった」


 覚えた不安とは正反対の落ち着いた声音で話し出すジェイン。自分の事が話されているにも拘らず、郭はなぜか然したる反応を見せない。


「それで意識を失っていたそうでな。そのままなら、郭と君たちは死んでいたかもしれない」

「……」


 それでか。黙り込んでいる郭の態度に納得がいく。……今の郭は本調子にはほど遠い。加えて何かしらのアクシデントがあったなら、それも仕方のないことだとは思うが。


「なら、どうして――」

「――アデルだ」


 ジェインの次の一語に、予想外の方向から不意討ちを食らった。


「奴が倒れていた君たちを助けた。……范先輩も」


 ――アデルが?


「覚えているか? ガイゲたちの襲撃があったあのとき、范先輩はアデルの尋問で独房にいた」


 ……そうだ。ガイゲたちが襲ってきたあのとき、此方側にいたのは俺たちだけだった。そして、俺たちの側にいたレジェンドは。


「そこに死神が来たらしい。先輩がアデルの鍵を解いて、アデルがそれに応戦した」


 アデルの鍵を、解いた? 信じられないような台詞に耳を疑う。……立慧さんが、自分から?


「……それで、立慧さんは……」

「死神に毒薬かなにかを受けたそうです」


 此方を見ないままの郭が喋る。


「此処には入りきらないので、向かいの部屋のベッドに寝かせてあります。命に別状はありませんが」


 その表情が、不安を誘う。


「……かなり特殊な薬を使われたようでな。いつ目覚めるかは、分からないとのことだ」

「……‼」


 告げられた事実に、一瞬足下が揺れたような気がした。


「……そんな……」


 ……立慧さんが。立慧さんまで、まさか……。


「……今日はもう寝よう」


 俯いてしまっていた俺の耳に、ジェインの声が届く。


「君も起きたのが不思議なくらいの重傷だし、……二人もそうだ。正直な話、僕も疲れた」

「……そうですね」


 吐く息に交じる徒労。


「まだ猶予はあるようですから。――ただ、これだけは言っておきます」


 ひとまずは終わりだと思ったところで、郭が今一度俺を見た。


「僕らは今確実に瀬戸際にいる。何か一つでも間違いがあれば、それだけで全てが終わりになり兼ねない」


 力の込められた眼差しと語調。気付く。語気だけではなく、郭の呼吸そのものが、荒い……。


「下手な思い込みや情は捨てて下さい。レトビックと相談して、懸命な判断を」

「……ああ」


 真剣そのものとしか言いようのないその迫力に。……俺としても、頷く以外の応えはなかった。


「必ずですよ。……僕はそろそろ寝ます」

「ゆっくり休んでくれ。蔭水もな」


 話し切ったというように横たわる郭。去っていくジェインに向けて、最後に一つ気掛かりなことを問い掛けた。


「――アデルは今どうしてるんだ?」

「奴は独房に戻った。今はまた、枷を嵌めてあそこにいる」



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