第二十一節 決闘
「――ッ‼」
散乱する瓦礫の中をリゲルは駆け走る。前へ、右へ、左へ、ひたすらに――‼
「――ニゲナイデ」
その後を追うのは紫炎の刀身。降り注ぐ剣雨が直前までリゲルのいた場所に突き刺さり、地面を灼き焦がしては消えていく。合間を見て振り返り。
「逃げなかったら当たっちまうだろうが‼」
「ウン。ダカラニゲナイデ」
――無茶言うなよ。
口元を歪めて走り続ける。――先ほど立ち止まった場所から少女は動いていない。揺らめく紫の炎から成る無数の刀を操り、リゲルを一方的に追い立てている。……指揮を執る司令官のような様式。これが、このレジェンドの戦い方なのだ。
「――っ!」
肩口を狙う炎を咄嗟に踏んだステップで躱す。――対するリゲルの戦術はインファイト。何をするにもまず近付かなければ話にならないが、それができない。圧倒的な物量差だった。身一つのこちらに対し相手が操る得物の数は優に千を超える。隙を見せれば最後それらにピラニアの如くに群がられることを思うと、流石のリゲルと雖も目下は回避に専念せざるを得ず。
「ち――‼」
――寒気。即座に切り返した足先を炎刀が掠めていく。ただでさえ頭上からの攻撃は躱しづらい。目に頼っていてはお陀仏だったろう、今頃は。賢王との特訓がどれだけ有用だったか身を以て知れる――。
「――」
突破口の見えない戦況、消費して行く体力。それら全てを理解していながらも、リゲルの眼に絶望はない。……気が付いているからだ。この状況を突破できる、一縷の望みに。
――敵の操る炎刀の狙いは、実のところそこまで的確ではない。
確かに物量は凄まじいの一語に尽きる。が、エグイと思えるような軌道が殆んどないのだ。精々先のような先読みやフェイントが時おり混じるだけ。例えば悪知恵の利くジェインや郭が操り手だったなら、既に凶器に捉えられている自分がリゲルには業腹ながらも想像できていた。それほどまでに状況は向こうが有利。
にも拘らず相手はこれまで攻め切れていない。詰まるところそれは、武器を扱う当人のスキルがそこまで高くないことを示している。
あの少女は戦闘に慣れていない。――間違いない。となれば攻め入ることは不可能ではない。パターンを覚えさせ何本かを敢えて受けるつもりで走れば距離を詰めることはできる。肉を切らせて骨を断つ。乾坤一擲のその戦術は、リゲルとしても充分に興が乗るものだ。
……ただ。
「――」
走りながらリゲルは更に吟味する。……その場合に切らせることになるのは、本当に肉だけなのか。
これまでにリゲルが逐一回避に専念してきているのは、なにも物量の多さだけが事由ではない。……差し向けられる炎たちからえも言えぬ不気味さを感じているからだ。呪具と言うことが関係しているのかもしれないが……。
「――ニゲルダケ?」
耳を打つ少女の声。
「アンマリタノシクナイ……ケットウ」
「……ッ」
何気ないその感想に懸念を覚える。この少女を引き付けられているのは、一対一の勝負という体裁があるが故。それが崩れたなら直ぐにでも治癒棟へ向かうかもしれず、そうなれば自在に得物を操れる少女の進撃を止めるのは難しくなる。
「――めいっぱい楽しくしてやるよ‼ ならな‼」
――やるしかない。状況を動かすため、リゲルが遂に一手を仕掛けた。
「【重力――四倍】ッ‼」
詠唱に従い少女を襲うのは魔術の超重。三人分の自重を追加された華奢な体躯が、負担に耐え兼ねて膝を折る。
――はずが。
「ッ――⁉」
「……?」
動かない。陥没した地面の上で微動だにしていない少女。その異様に思わずして目を見張る形になり。
「ナニカシタ?」
――こっちが訊きたい台詞だぜそれは。
舌打ちを押さえながら駆け走り続ける。――何だ今のは?
これまでにリゲルの魔術に対し影響を受けない相手はいなかった。九鬼永仙、蔭水冥希、魔獣にバロン。どれだけの力の差があろうとも、相手は必ず何かしらのアクションを取って対抗してきた。それが――。
「――っ」
今回はなにもない。まるで、少女だけ重力の増加を擦り抜けているように。
――んなことがあり得んのか?
すぐに思い付いたのは魔術の無効化。元よりどこか異様な雰囲気を持っている少女だ。レジェンドの一人である以上それなりの何かを備えていてもおかしくはない。――だとすれば。
やはり近付かなければ話にならないことになる。一撃を叩き込み、どうにか行動不能にまで追い込まなくては。
なら、一か八か。
――やってみっか!
「――【重力軽減・二分の一倍】‼」
発したのは普段と逆の詠唱。瞬間的に軽くなる足取りに身体の舵を取られそうになり、一際自らの肉体に集中。足の指先までに意識を行き渡らせて制御を保持する。跳ね上がりそうになる体幹を何とか抑え――。
「うおおおおおおおおおおおおおッ‼」
変化したリゲルの動きに炎剣も後れを取りながら付いて来ようとする。右前、左上、右横、正面。縫い止めようと迫る凶器に対し走る、走る、走る。接近しつつヤマトの周囲を縦横無尽に駆け回り、降り行く炎剣をばら散らした。
「ッ――!」
このまま一気に。そう思った直後に、勢い余った蹴りで浮き上がる身体。――しまった。
「――」
思う間もなく迫る背後からの気配。振り向いた視線に映る炎剣は身体の真芯を突き通す構え。――駄目だ。回避できない――!
「――【重力三倍】ッ‼」
反射的に起こした急激な重力の増加が全身を襲う。地面に半ば叩き付けられるようにしてへばり付いたリゲル。その頭上を過る紫炎一閃に間髪入れず跳ね起き大地を蹴り飛ばす。受け身をとった両腕脚に残る痛み。かなり無茶苦茶な移動ではあったが――。
「──エイ」
――侵入った。レジェンドとの間に渡る距離は幾度となく慣れ親しんだ近接戦闘の間合い。前襟を留めるボタンも間近に見える少女は些かも変わらない表情のままリゲルに目を向け、手にした古刀を振り上げてくる。
「――悪いな」
その動きも賢王の修行に較べれば十二分に対処できるもの。見切った雑な切り下ろしの軌道にステップを合わせ無力化。重力を纏わせた右のボディブローががら空きにされた胴体、軍服越しに少女の肉体へ減り込んだ。
「――」
「――ッシ‼」
叩き込んだ拳の手応え。信頼できる感触を確かめてリゲルは息を吐く。鳩尾を抉られる感覚は苦悶の一言。ただでさえ呼吸困難と激痛との両地獄であり、更にはカウンターの形になっていたことで少女は身体の中の息を吐き切っていた。命を奪うまでには至らないものの、確実に動きを止め戦闘を終わらせる一撃。
「――ツカマエタ」
――そう確信していたからこそ、次の挙動に反応することがリゲルにはできなかったのだ。
「ッ⁉」
間近な声と共にスーツの腕に映る手袋。一瞬、なにが起きたのか分からなくなる。
――冗談だろ?
目の前の少女が。ヤマトが、顔色一つ変えずに自分の腕を掴んでいる。……確かに加減はした。だがそれは最後の一線を越えない為の最低限のもののはずで、威力としては充分過ぎるほど力を込めていたはずだった。
それがなんの反応もない? 例え痛みを感じずとも機能は止まる。酸素の失われた身体では、下手をすれば立つことさえできなくなっているはずなのに――
「――っ‼」
刹那。首目掛けて落とされた炎刀を髪一重で回避する。掠めて散り灰になった前髪を尻目に掴まれた腕を振り解こうとするが、放せない。少女はその見た目からは想像もできないほど強い力で以てリゲルの鍛え上げられた腕に細指を喰い込ませている。窮地に言いようのない焦りを感じた直後。
ヤマト本人から繰り出された一刀が、逃れようとしたスーツの正面を浅く切り裂いた。
「グ――ッ!」
「リゲ――‼」
「オシマイ」
動きが崩れる。ジェインの叫びが聞こえる。同時に空から夥しい数の炎閃が降り注ぎ。
「――カチ」
フンスとない胸を張った少女の前にできたのは一つの山。燃ゆる呪う炎の剣山。興味を失ったように目を逸らすと炎刀は消え、血だらけになった一つの肉体が現われる。
「コロシニイコウ」
治癒棟の方へ向きを変えるヤマト。炎の消えた跡に残るのは命を失った冷たい肉のカタマリだけであるはずであり。
しかしその動作もその言葉も。……倒れて蹲るリゲルには、はっきりと聞こえていたのだ。
――ならば。
「……待てよ」
己の取って良い行動など一つしかない。喉ではなく、腹底から声を出して呼び止める。傷だらけの手足に込めた力。焼け焦げ裂かれて襤褸切れのようになったスーツを纏いながらも、二本の己の足で、リゲルは立った。
「……斃れてねえぜ? 俺は、まだ……」
――俺は一体、なにをした?
ぐらつく意識の中で問う。……どう感じてもあれは手遅れの状況だった。瀬戸際でジェインの援護が発動したことは分かっている。だがそれでも無理な状況であり、なにかしら己で考えて手を打ったわけでもない。
なのに傷が浅い。元より熱による火傷は軽微だが、加えて刺し傷は全て致命となる箇所を外れ、精々が皮膚を破り肉を抉っている程度に留まっている。……動くのだ。筋や腱を切られたわけでもなく、失血と痛みによる影響を除いたならば身体はその役目を完全に果たしている。
なぜ――。
「ホントダ」
殊更に意外そうな素振りも見せず。振り向いていた少女が再度近付く。目の前で振り上げられた刃に咄嗟に披露した動きは、傷の痛みで遅れ。
「エイ」
振り切られた刀身が。中途で止められていた両腕を、無慈悲なまでに無造作に切り裂いた。
「グウッッ‼ ……ア……」
「アレ?」
――ずらした。
身勝手に身体が動いた。最早朧気な意識の最中、後追いで理解したのは自らが今し方見せた技術の名前。――パーリング。指の動きで刃閃をずらし、肉を裂く切傷を浅手に留めた。
――間違いない。
身体のどこかで確信する。……エアリー、九鬼永仙、賢王、蔭水冥希。
これまでの修練と戦いとの中で己の骨髄にまで刻み付け続けてきたモノが、今此処になって思考を越えた反射として出始めている。
これならば――。
「……?」
「……へっ」
困惑しているのか。新たな動きを見せないヤマトを前に、リゲルは上げた口の端と共に構えを取る。ファイティングポーズ。熱の流れ出ていく身体で、心の臓を熱く燃やし。
「……来いよ」
軍帽の下の瞳を見据えて、はっきりと挑発した。……この戦いだけは勝ってみせる。
「ここは――!」
「――なにをやってるんですか。あなたは」
最大の決め所。メンチを切った宣言の最中。
「……っ⁉」
「郭――⁉」
「死にたいんですか? そんな身体で」
「ダイジナヒト?」
響いてきた声に疑うのは己の幻聴。……ジェインの声をまるで無視した台詞。振り返り声を掛けたヤマトの背中越しにリゲルの目に映るのは、紛れもない彼女の姿で。
「イマ、ケットウチュウダカラ。コロスノハアトデ――」
「――煩いですね。ガキが」
無邪気な物言いを遮った、郭の怒髪が。天を衝いているのが分かる。手負いの弱々しさなど微塵も感じさせない。烈火の如く燃え盛る怒気と闘気。
「僕は今、怒ってるんですよ――‼」
「――ッ‼」
突風の如く吹き荒れるのは膨大な魔力。感知に訴えるその激しさに思わずリゲルが我が身を震わせた瞬間。
――空から落ちてくる雷光。凄まじい熱量を備えた雷の柱が、少女の古びた軍服を完全に埋め尽くした。




