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第二十節 巧者

 

「――ッ‼」


 首を薙ぐその一閃を受け止める。髄まで響くような衝撃。円環のブーストで相殺し、鎬を削り合う。――震える腕。


「ウラッ!」


 片手打ちだった握りに左手を添え――巻き落とすような撥ね落とし。耐え切れるよう咄嗟に力を込めた両腕を不意の消失感が襲う。上がる両腕に空いた胸元へ滑り込むのは、同時に繰り出されていた右膝の蹴り。


「ッ――‼」


 上体を反らし、バク宙のような軌道で無理矢理跳び退いて金属に覆われた凶器を回避する。……衣服を波打たせる風の圧力。受ければ肉が拉げ、内臓を押し潰されていたことは想像に難くなく。


「……っ……‼」


 跳躍の勢いで滑る足を踏み留める。終月を青眼に構え、刀身越しに刀を担ぐ敵の姿を見据えた。


 ――辛い。


 戦いが始まってからの感想。……とにかくその一語に尽きる。父の剣のような磨き抜かれた鋭さはないが、どの一撃にもこちらの骨を砕き兼ねないだけの重さが備わっている。武器を交える度、両腕を鈍器で殴られているかのようだ。研ぎ澄まされた切れ味ではなく、文字通りの力で押し切る類いの剣技。


 全身を覆っている装甲も厄介だ。有効な攻撃を見舞うには立ち塞がる守りを突破しなければならず、あの鎧がどれだけの強度を持っているのかは実際に試してみなければ分からない。……リスクが量り切れないのだ。下手に全力を注ぎ込んでしまえば待っているのは有効打か死かのハイリスクが過ぎる二択になる。唯一露出しているのは頭部だが、しかしそのことは相手も当然意識しているらしく、常に腕か剣かで防御が間に合うよう備えられている。堅牢な要塞を相手にしているかの如く、攻めも守りも固く、隙がない。


 加えて、この――。


「――【聖典詠唱・民数記・燃ゆる蛇】」


 ――戦術の多彩さ。


 振るわれている剣技はいわずもがな、手技、足技に加えて術法。そのどれもが一級であり、敗北に至るだけの脅威となって襲いかかってくる。フィアと俺の二人掛かりで戦っているはずなのに、まるでこちらが人数で押されているような錯覚を覚えるほど。賢王たちから事前に聞かされてはいたが、ここまで――!


「――‼」


 低い。無数と言える炎の蛇に交えて繰り出されたのは下段からの切り上げ。――受けて上から押さえつけた刀身が流され、瞬時に顔面を狙った突きへと転化する。右眼を刺し貫くような切っ先に堪らず全力で引いた顔。後れを取らぬよう引き寄せた足で距離を取って。


「――ッ⁉」


 ――新月の如き弧を描いた刃に、反射的なブーストで腕を引いた。


「っ……」

「――惜しいな」


 指先から滲み垂れ落ちていく滴。……完全に虚を突かれた。ガイゲの狙いは顔面ではなく、終月を握る俺の右手指……。


「悪くねえ反応じゃねえか。調子に乗っちまうのも分からなくはねえな」

「……」


 気付かれないよう、小さく上げた踵で地面を二回踏む。決めている回復の合図。応じてフィアの治癒が働き――。


「――」


 指先に走る痛み。変化のない傷口に、思わず目を疑った。


「おいおい、一々んな驚くなよ」


 愉しさ半分、呆れ半分と言ったその表情。


「ほっときゃアホみてえに回復されんのを黙って見逃してる訳ねえじゃねえか。毎回キャンセルさせんのも面倒だったから、一片に止めさせてもらっただけだぜ」


 回復を阻害された? ……何時の間に。心当たりがあるとすれば先の術法。だがそんなことまで――


「――そうやって考えてる暇があんのか?」


 傷が癒せないとなればそれだけで負傷のリスクは跳ね上がる。今まで以上に慎重に立ち回らなくてはならない。


 その一瞬の逡巡を当然かの如くに突いてくる動作。躱した突きから重装を生かしたこれ見よがしな体当たりが繰り出され、刀越しに喰らった衝撃に堪らず跳ぶ。吹き飛ばされた俺を嗤いながら踏み込んでくるガイゲ――‼


「【上級障壁・神聖】‼」


 刹那に張り巡らされた光の盾。幾重にも及ぶそれらが四枚目で突進を阻み、同時に密着するようにガイゲの鎧の周辺を覆う。至近に置かれた障壁は障害物。身動きを封じ、行動を阻害する目的。


「おーおー、すげえすげえ」


 その盾を硝子板の如くに砕き散らしつつ。体勢を立て直した俺の前で、自由の身になったガイゲがフィアを見た。


「大した魔力容量だな。世が世なら教会に聖女とでも祭り上げられてたかもしれねえレベルだ。ま、今となっちゃ関係ねえが――」


 一合、二合。フィアを狙う動作を阻んで打ち合う。衝撃が全身の骨を伝い、体幹まで痺れさせていく。


「ッ――‼」

「――この時代の奴らも情けねえよなぁ」


 防御、阻害。それぞれの役割でフィアは適切に障壁を展開している。だというのに、ガイゲはまるでそれが読めているかのように流れる動きで攻撃を撃ち出してきている。まるで妨害などないかのように、躱し、砕き、打ち破り。


「世界のためだとかなんとか抜かして、結局ガキにこんなもん持たせてやがる。てめえらの仕事はてめえらの内で終わらせろって話だぜ」


 ――掴み。剣技の中に織り交ぜられたそれを寸前で回避。……殺意のない攻撃が読み辛い。吹き荒ぶ嵐の中に突然針を混ぜられたような。


「ッこれを取ったのは、俺の意志だ」

「どうだかな? 状況に迫られて取らざるを得なかったなら、それを選んだのが自分だとは言えねえんじゃねえのか?」


 言葉を交わしながらもガイゲの攻め手には緩みがない。回復ができない以上一撃でも貰えば終わるという、緊張感の中で受け、躱し、凌ぐ――!


「そもそもんな状況を作るなってんだよ。まあ、そうこう言ってる内に――」


 連続する衝撃に指が痺れる。その感覚を無視して円環で動きを上書きしていく。鉄球で殴り付けてくるような衝撃は止まらない。抗うために使う指先から足先までの筋肉が、一撃を受ける度に震え出し。


「――崩れたな。案の定」


 一瞬だけ。再び力を入れるのに僅かに時間のかかった瞬間、滑り込むような動きで間合いの内側に入り込む黒の鎧。――寒気。


「ッ‼ ――っ⁉」


 円環を稼働して下がろうとした直後、背後にあった瓦礫に足を取られる。――ブーストの延長で体勢を強引に引き戻すが、間に合わない。黒騎士はたたらを踏んだそこを逃さず攻め立ててくる――‼


「ッ【一時増幅】、【八重障壁】――‼」

「――【聖典詠唱】」


 織り成される障壁が俺を隠し、強化に送り込まれる魔力が増大する。それすらも見越しているようなガイゲの攻め筋。先ほどまでの首を取るような際どい攻撃は振らず、絶妙と言える妨害でこちらにバランスを戻させない。同時に紡ぎ出された詠唱に、本能が警鐘を鳴らし。


 ――マズイ。


「【創世記・天地創――‼」


 こちらの反撃を封じたまま、魔術によって蹴りを付ける気だ。予測を後押しするように目の前の鎧姿から魔力が膨れ上がる。――形振り構ってはいられない。【魔力解放】を発動させた乾坤一擲の覚悟で、遮二無二一撃を放とうと踏み込んだ。


「――なんてな」

「ッ――⁉」


 矢先のウィンク。脈絡のないその所作に戸惑った刹那を、指先から発された閃光が覆い尽くす。……なにもない。痛みも衝撃も。ただ単純に、全てが光で見えなくなってしまっているだけで。


 ――しまった。


 消失する魔力に伴った脱力感。……これは。


「ッ⁉」


 悟って距離を取ろうとした足首を――予想外の方向から勢いが刈り取る。円環のブーストを使う暇もなく。踵爪先全てが地面から離れ、横倒しの状態で宙に浮かされた全身。……時が、止まる……!


「ッッ‼」


 ――殺気。射抜くようなそれが向けられた頭部を本能的に庇った直後、がら空きの腹部に強烈な一撃が打ち込まれた。


「――――」


 内臓を吐き出すほどの衝撃。何かを思う間もなくくの字に曲げられた身体から抜けた息。――二転、三転と痛烈に吹き飛ばされて五体を瓦礫と地面とに叩き付けられる。肉が潰れ、骨が震え、眩んだ眼と脳の奥で火花が散る。……手にしていた感触が中途、指先から離れていくのが分かった。


「――黄泉示さんッッ‼‼」


 喉を突き破るような絶叫が耳に届く。……いつの間にか止まっていた身体。朦朧とする意識の中で、ぼんやりと理解するそのわけ。


 ――必殺の術法と見せかけての目晦まし。あれは、単に目の前にいた俺の視界を遮っただけではない。


 フィアも見えなかったのだ。目の眩むような光に一瞬怯み、反射的に対応を遅らされた。それでも咄嗟に展開された障壁は威力の軽減を果たしてはいたものの、決め手の意図を以て放たれたであろう一撃を充分削るには至らなかった。……これまでで最も強烈な一撃。


「黄泉示さん‼ 黄泉示さんッ‼‼」

「――こんなもんか」


 酷く温度の違う二つの声が聞こえる。動かない身体を薄らと覆う光から、暖かみを感じない。……意味がない。ガイゲの術式を解かない限り、治癒は。


「黄泉示さんッ‼ ……黄泉示さん……っ!」


 それが分かっているはずなのに、フィアは治癒に魔力を注ぎ込むことを止めない。……いや。ぐちゃぐちゃな意識の中で思い直す。例えそれが分かっていたとしても、この傷は。


 分かる。こうしている間にも刻々と俺の身体から血が流れては抜けていく。……叫ぶフィアの声が、どこか遠い。


「いつの時代でも女子供の泣き声は聞くに堪えねえな。喧しくて仕方がねえ」


 台詞に連れて届くのはガシャガシャとした耳障りな歩行音。……こちらに近付いて来ている。このままでは、フィアも。


「……」


 思って喉奥から出そうとした言葉は声にならない。生温かさで満たされた口からただ微かに、空気の漏れ出るような音を立てただけだ。


 ……寒い。


 唐突にそのことを感じる。……全身から熱が引いていく。……もう、意識が……。


「――黄泉示さん――ッッッ‼」


 血の混じるような絶叫が、声にならない叫びとなって土に消える。その残響を耳にしながらも、どうすることもできないまま。


 はや……


 ……逃、げ…………


 …………

 ……

 …

 .



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