第十九節 分断
「……っ⁉」
建物がはじけ飛んだ。驚愕と混乱冷めやらぬ視界の中で、散乱する瓦礫。フィアの障壁が俺たちを守ってくれた。戻って来たばかりのリゲル、ジェインも無事だ。
「――脆い建物だぜ」
欹てた耳に飛び込んでくる声。立ち込める砂煙の向こうから姿を現したのは、黒い騎士。……軍服の少女。レジェンド――‼
「――っ」
――マズイ。
意識が向かうのは郭がいる治癒棟の方角。あれだけの傷を負って療養中の今、戦いに巻き込まれでもすれば――。
「――そっちになにか大事なもんでもあんのか?」
……しまった。
気取られた。弾かれたように目を戻した俺の反応に、ガイゲは下卑た笑みを浮かべて。
「――殺して来い。ヤマト」
「ワカッタ」
端的な命令に頷いた少女が猛然と駆け出す。――速い。その小柄な体躯からは想像もつかないスピードで、俺たちの前から――‼
「させるかよッ‼」
消える。その予想とほぼ同時に走り出していたリゲルの前に、朧気に輝く黒鎧が立ちはだかる。降り頻る月光を受けて煌めいているのは、抜き放たれた白刃。
「退けよッ――‼」
「退かねえさ」
嘲笑うように言ったガイゲから放たれる猛速の突き。喉首を狙うそれと交錯する形で右フックが撃ち出される。迫る切っ先を勢いよく打ち逸らしてガイゲの体勢を崩しつつ、流れるような回転で擦り抜けようとした――。
「――っ⁉」
その脇腹を鎧の右腕が掴み取る。目にも留まらぬほどだった加速が止まる。静止したリゲルの首を薙ぎ払うのは、打ち逸らしから即座に引き戻された一閃。――躱せない。あの体勢からでは、どうあっても。
「チィッ――‼」
――挟んだ。
両掌を重ね合せるようにして掴み取る白刃取り。驚愕の最中に展開されるのは決死の力較べ。押し合う膂力で掴まれた布地が引き千切りられていく。次第にガイゲとリゲルの距離が離れて行き。
「ウラアッ‼」
黒騎士が猛速で回転する。リゲルの両足を宙に浮かせ、砲丸の如き勢いを付けて俺たちの側へ投げ飛ばした‼
「【時の遅延・二分の一倍速】!」
中空で風を切るリゲル。詠唱と共にその動きが遅くなる。次いで展開されたのは光の網。目の細かいネットのようになったそれが、大きく撓みながらも飛ばされてきた身体を受け止め。
「――」
弾む直前で解除された術にその場に置かれるようにして。無傷のまま、どうにかリゲルは俺たちの傍に降り立った。
「おーおー、今のをよく受け止めたじゃねえか」
その様を見届けて――手を振っているガイゲ。……仕掛けて来ない。余裕のつもりか、完全に嘗められている。
「良かったなあガキ。仲間に激突するなんてことにならなくてよ」
「ッ……クソッ!」
「テメエらは纏めて俺が相手してやる。慌てなくとも、向こうにいる奴らをあらかた殺し終えたら戻って来るさ。ヤマトもな」
下卑た笑みを浮かべながら構える騎士に、否応なく俺たち全員に走る緊張。――リゲルを上回る筋力と瞬発力。身体能力では間違いなく俺たちの中の誰も敵わない。素の状態では――。
「……リゲル、ジェイン」
目の前に横たわる現実に意を固め。静かにそのことを告げる。
「行ってくれ。ガイゲは、俺たちで引き受ける」
「っ……!」
「良いんだな?」
「……フィア」
「……はい」
交わす視線に頷いてくれる。……ヤマトとの相性はフィアの方が良い。だがこの黒騎士、ガイゲを止めるには円環とフィアの強化とが必要だ。それがなくては恐らく対抗することすらできないだろう。
「行って下さい。ここは、私と黄泉示さんで」
「っ――恩に着るぜ」
一言を告げたリゲルが素早く、低い姿勢を取った。
「――【時の加速・三倍速】‼」
視界に映る光景がスローモーションになる。全力で走り出した二人。三倍速のその速度に僅かの遅れも取ることなく飛び出してきた――。
「逃がすかよ――」
――ガイゲ。見越していたその挙動へ突進する。リゲル目掛けて振り抜かれた一閃を、抜き放った終月の刀身で受け止めた。
「ああ⁉」
「お前の相手は、俺だ……ッッ!」
気合いを込めた競り合いに中間でガイゲと俺の力が拮抗する。――押し切れない。そのことが分かってかどちらからともなく得物を引き、弾き合うように取られた間合い。
「――」
――よし。
走り去った二人を確認して首肯する。俺の身体を支えてくれている魔力、包む感覚はフィアの【間接強化】。前以上の強化率に円環のブーストが加えれば充分に力で渡り合える。神聖の術法を持つガイゲに迂闊には使えないが、あとにはまだ【魔力解放】も。これならば。
「随分と調子に乗ってくれてんじゃねえか」
――いける。そう思い掛けた俺の意識を遮った、多分に嗤いを含まされたガイゲの声。
「相手の意図も見抜けねえくせしてよ。自分たちから分かれてくれて、こっちとしちゃ大助かりだぜ」
「――」
「え――」
息を呑むフィア。理解した言葉の意味に一瞬、息が止まる感じがする。……誘導? 郭を囮に、俺たちを分断させた――。
「ま、そうだろうな。力があろうとなかろうと、やっぱりてめえらはただのガキだ」
その様子をせせら笑ったガイゲ。構えられた剣の切っ先が、俺の眉間を向いた。
「終わらせるとするか。ガキどもの、子どもじみた抵抗って奴をよ」
「――待ちやがれッ‼」
見える背中をリゲルは全力で追う。【時の加速】を受けての踏込みが景色を置き去りにし、脈打つ鼓動が全身に燃える血流を送り出していく。
軍服の遠ざかる速度は速いが、追っている自分たちほどではない。内心でそう自らに言い聞かせる。この分ならばあと数秒で。
「ッ⁉」
追い付く。そう見込んでいたからこそ、前触れなく立ち止まった背中に虚を突かれた。
「――っ!」
激突しそうになる勢いを辛うじて止める。速度を支えていたはずの時の加速は気がついて見れば、いつの間にか解除されていて。
「お前――」
「――待て! この馬鹿が!」
声を掛けようとしたリゲルに背後から追い付いてくる息切れの音。
「考えなしに先行し過ぎだ‼ 頭から敵に突っ込みでもするつもりか⁉」
「うっせえな‼ んな時に後先なんざ考えてられっかよ‼」
「マチヤガレッテ、イッタカラ」
図星を突かれているだけに腹立たしい――。二人の間に起りかけた喧騒を場違いなまでに無機質な声が差し止める。
「ダカラマッタノ。オカシイ?」
「……いや……」
思わず零した反応。普通に言葉を交わしている自分に驚き、予想外の反応に戸惑う。……なんだこいつは。
「郭を殺しに行くんじゃなかったのか?」
「ウン。ソウダケド」
あの黒騎士に郭を殺せと言われたのではなかったのか? 同じことを考えたようなジェインの問い掛けに、少女は表情を変えないまま。
「マテッテイッタカラ、ナニカアルノカナッテ」
そんな素朴に過ぎる答えを、平然と返してきた。
「……」
――どうする?
逡巡する。……ヤマトタケルは危険だ。これまでの経験でもそのことはよく分かっている。それでも今リゲルの目の前にいる相手は敵意を見せていない。……殺意も。
「あー……ヤマト? だっけか?」
――なら、ひとまずは話し掛けてみるとするか。
「この先にいる奴は、俺にとって……なんつうか」
戸惑う。あれだけ一直線に走っていたはずなのに、いざ口にしようとすると適切な言葉が見付からない。
「……大事な奴なんだ。だから、お前に殺させるわけにはいかねえ」
――分かるか? 切実な願いを聞き届けるように目の前の少女はさらに頷く。応えを受けて一抹の期待がリゲルの胸に浮かび上がった。
「殺さないでくれねえか? できればよ」
「……」
投げ掛けた頼み。聞いたヤマトは暫し、考え込むように黙り込んで。
「――ムリ」
待つ身に返された回答は、絶望的なまでに端的なもの。
「ガイゲ、コロセッテイッタカラ」
「――なら」
それでもその答えをどこかで予測していた自分をリゲルは確かめる。……流石にここまで来ておいて、ただの問答で終わるわけがない。
「俺と勝負しろ。ヤマト」
「ショウブ?」
首を傾げるヤマト。――いつの日かも、こんな風に炊き付けたことがあった。
「俺が勝ったら郭は殺すな。俺が負けたら、……その時は好きにしろ」
「ショウブ……」
心の中で郭に詫びる。反応を窺うリゲルの前で、ヤマトは何か考えるように動きを止め。
「ケットウ、ミタイナモノ?」
「ん? ……ああ、まあそうだな」
そうとも言えなくはない。手応えを予感して頷いたリゲルに。
「――イイヨ」
違うことなく。ヤマトが軍帽の下からその無邪気な目を向けた。
「イチタイイチデ。サイゴマデタッテタホウガカチ。ソレデイイ?」
――いよし。
「いいぜ」
「――リゲル」
「手え出すなよ」
翳した手袋越しに遮ったのは後ろに立つジェインの所作。
「サシの勝負をお望みらしいからな。正々堂々の決闘といこうぜ」
少女の注意を一層引き付けるように宣言する。……そうだ。
後はただ、勝てばいいのだ。いつもと何もやることは変わらないと、そう言い聞かせ。
「ヨーイ、ドン」
「行くぜ――‼」
意気込むヤマト目掛けて、リゲルは地を蹴り出した。




