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第十七節 停滞

 

 ――あれから三日間が過ぎた。


「……」


 やることは変わらない。朝食を食べ、鍛錬をし、昼を食べ、書庫を漁り、話し合い、夕飯を食べ、各々がやることをやり、そして眠る。


 その繰り返し。全員の力は高まってきている。俺の【一刀一閃】も。フィアの魔術も。リゲルの動きも、ジェインの術法も。


 立慧さんも毎日欠かさずアデルに話を訊きに行き、当然鍛錬もしている。時たま見る動きにはやはり都度磨きが掛かっている。何か新しい術法も試しているようだ。


 だが……。


「……」


 ――駄目だ。


 終月を振る手を止める。……こんなものでは。


 例え俺が全力で円環の強化を使って【一刀一閃】を打ち込んだとしても。……永久の魔はビクともしないだろう。倒せるイメージがまるで湧かない。あのアイリーンでさえ、攻撃を当てれば気絶させられるという算段はあったのに。


 一切合財が通用しないだろう相手に対し何を磨けばいいのかも分からない。半ば習慣的に鍛錬を積んではいるが、今自分がやっていることの意義がどうしても疑わしくなってしまう。


 こうして迷い悩んでいる間にも告げられた期日は迫ってきている。じわじわと。その事実が俺の心の内に少しずつ焦りを積もらせていくようだ。……何かしなければならない。だが、何をするのかが分からない。するべき何かが見付からない。結局元の位置にまで考えを戻しつつ。


「……」


 俺は今日も、不安を誤魔化すように終月を振るう――。







「……」


 私は今日も、魔術の訓練に取り組む。


「――」


 思いに応じて出現する光の盾。七枚重ね、八枚重ね。消費しているはずの魔力による疲れもこれくらいでは殆んど感じない。支配者の適性が馴染んだならここまでの違いが出るのかと、自分でも驚くくらいだ。


 魔力に対する感覚がはっきりしたせいか、神聖ではない魔術の腕前も上がった気がする。……それでもまだ先輩の腕前には及ばない。あの日魅せられた間接強化を思い返して、一層深く集中するために息を吐いた。――調子は良いはずだ。


 ――だけど。


「……」


 密かに黄泉示さんに向けて試してみる。……光の壁が黄泉示さんを覆うはずなのに。


 幾ら出そうとしてみても。光はほんの僅かにちらつくばかりで、一向に壁の形にはなってくれない。やはり……。


 ……どうしてだろう。


 振り返ってみても体調に悪いところはない。普通の方の魔術は神聖も無属性も充分に上手くできている。問題はどこにもないはずなのに。


 なぜか、固有魔術だけが上手く使えないのだ。


 ――あの夢が原因なのだろうか?


 ふとそんなことを考えてしまう。此処に来た初めの夜に見た悪夢。あの日以来夢は見ていない。眠りに落ちる直前の不安とは裏腹に、ここ数日の私の眠りはとても穏やかなものだった。


「……フィア?」


 試しては、失敗。そんなことを何回か繰り返している内に、気が付いたのか黄泉示さんが振り向く。見つめてくる瞳。


「どうかしたのか?」

「あ、ええと……」


 言い淀む。……伝えるのは躊躇われる。


「その、そろそろ強化魔術の訓練をしようかと思って……」

「そうか」


 分かった、と。頷いた黄泉示さんに向けて魔力を収束。葵さんと先輩に教えてもらったように魔力は黄泉示さんの身体の周りに集まり、動きを補助するための流れを作り上げる。……大丈夫だ。


「……」


 魔術に意識を集中させながらも思う。……ここのところ、黄泉示さんの表情が芳しくない。剣を振るうのもそれに集中していると言うよりは、なにか別の事から意識を逸らす為に無理矢理振っているかのようだ。……黄泉示さんだけでなく。リゲルさん、ジェインさん、立慧さんも。


 皆が皆どこかいつもとは違ってしまっている。このままで大丈夫なのだろうか?


 もうじき戻って来るだろう二人の姿を思い描きながら。私はそんな漠然とした思いに駆られていた。







「――そうです」


 椅子に座り。一心に自らの拳を見つめているリゲルの耳を打つ声。


「大分上手くなったじゃないですか。やればできるものですね」


 その判断を合図に拳に収束させていた重力を解除する。力の脈動が消え、拳に普段のような軽さが戻った。


 治癒棟の一室。ベッドに寝たままの郭の前で、リゲルは重力を操作している。……重力魔術の訓練。朝昼晩に行われる遣り取りも、もうこれで七回目になる。


「まあ、まだ制御が荒いですが。支配者の適性自体はこれまでで大分こなれて来ているみたいなので、単純に貴方自身の技術の問題でしょうね」

「……分かってるぜ」


 単純に大きな重力を拳に込めるだけならばどうにかなる。だが郭の要求は、その力を拳から僅かもはみ出ないように収束した状態で保てというものだった。……試してみるとその難度は段違い。言われたように重力を留めておこうとするとこれまでの半分の力も込められない。


「――これまで貴方たちはあくまで副戦力だったので、多少の粗さがあっても致し方ないとして容認されてきましたが」


 これまでに幾度か繰り返された台詞。


「もう今は状況が違います。特に永久の魔が相手となれば、可能な限りの努力を積まない限り歯牙にも掛からないでしょう」

「……ああ」


 ――分かっている。


 分かっているのだ。だが……。


「……悪いな」


 万が一にも内心の思いを悟られないように、リゲルは別の感情で己の心情を上塗りする。


「毎回無理させちまって。あの時も……」


 次の敵である永久の魔は、規格外だ。


 尋常の技であるボクシングを磨き上げるだけでは到底有効打とはならない。己の持つもう一つの要素、星の支配者の適性による重力操作を用いてのあの一撃にしか、望みを掛けることはできないとリゲルは踏んでいた。……だが魔術に疎い自分では、自主的に訓練をしたところで見込める成長など高が知れている。互いが互いの事で手一杯な時に、恥を忍んだとしても頼み入れることなどできず。


「礼なんて要りませんよ」


 そんなとき。また目を覚ましたと聞いて訪れた郭の部屋で、特訓の話を持ち掛けられたのだ。


「僕の判断でしたことですから。どの道こんな状態では、他に大したこともできませんし」

「……ああ」


 永久の魔の来訪以後。ベッドの上とはいえ、こうして起き上がって話ができるようになった郭だったが、その体調は決して良いとは言えない。時折ぶり返す熱と痛み。特訓の最中に意識が朦朧としてきて治癒師を呼ぶことも幾度かあった。本人たっての望みで、黄泉示たちにそこまでのことは伝えていなかったが。


「――では、今日はここまでですね」


 告げた郭が身体を横たえて目を閉じる。それが、毎回の退出の合図。


「ああ。また明日な」

「ええ。また」


 気遣いつつ扉を閉めて、リゲルは歩き出す。少し離れてから、息を吐いた。


 ――こんなテンションでは、永久の魔に勝てるはずがない。


 挑めるかどうかさえ怪しい。今の自分は、これまでにないほど絶不調だ。


「――シッ!」


 空を切る拳。……キレていない。これまでの自主練で技術自体は上がっているはずなのだが、それでも拳に勢いがない。――覇気がないのだ。熱の乗らない拳では所詮試合に勝つ程度の動きしかできない。倒すには遠く至れないことを、リゲルはよく心得ていた。


「……」


 ――らしくない。そう思いつつ息を吐きながら、リゲルは黄泉示たちのいる本館へと戻っていく。両拳を深く、ポケットに入れたまま。







「……ふぅ」


 書庫の中で、眼鏡を外したジェインは息を吐く。重たく残っている疲労に、目元のツボを強く揉み込んだ。


 郭から以前に教えてもらった鍵を使い、本山に残る本にアクセスできている。それらしき内容の本に片端から当たり。


 それでも目ぼしい進展がないと言うのが現状だった。魔術は決して魔法ではない。圧倒的な力の差を覆せる都合のいい理論などなく、判で押したような正論の嵐にそのことを重々確かめさせられることしかできないでいる。


 ――より深い階層へのアクセス権限があれば、禁呪やその他の技法を探せたかもしれないが。


 息を吐く。……幹部である四賢者と補佐官であった葵がいなくなった以上、それも詮無い事だ。支部長である立慧が知らないことは既に確認している。郭なら万が一とも思ったが、様子見ついでの問い掛けに返ってきた答えは案の定。考えてみればあのレイガスが、弟子に禁呪へのアクセスを教えているはずなどなかったのだ。いつもなら想定していただろう事態に落ち込んでいる自らを自覚して、思わず失笑を漏らすほど。


 新しい突破口が見付からないのなら、今ある力を高めていくしかない。


 個々の扱う技法と戦い方。それらの短所を改善する方法もジェインは既にある程度考えついていた。だがそれらを実行し、思い通りの成果が出たとしても、あの永久の魔には遠く及ばない。


 それほどの脅威だ。そもそも今の黄泉示たちの雰囲気では、それらの改善案を上手く実現させることさえ難しいかもしれない有様。……極度に高いレジストを持つであろう永久の魔に対し幻惑系統を始めとした妨害用の魔術は役に立たない。


 アイリーンの時のように意識の陥穽を突いてどうにかできる相手でもない。生物と認識して良いのかどうかすら疑わしい相手である以上、あの道具でも恐らくは。


「……問題は数多い」


 ジェインは口にする。困難に直面した時に呟く口癖。


「だが、それを乗り越えてこそ意義がある」


 ――不断に問え。


 他にできることはないのか? 見落としていることはないのか? 自分は本当に、でき得る限りを考えているのか?


「……」


 一向に何も思い浮かばない頭を掻き毟る。……煮詰まって来たのかもしれない。一度、環境を変えるべきだろう。


 そう考えてジェインは椅子を立つ。黄泉示たちも訓練をしているはずだ。顔を合わせれば、また違ったアイディアも浮かんでくるかもしれない。



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