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第十六節 模索

 

 ――翌日。


「……ふっ‼」


 俺たちは支部内で鍛錬をしている。俺がしているのは、【一刀一閃】の調整。円環の調節やあの呪文の修得で、ここのところ時間を掛けられていなかった部分。


「シッ‼ シッ‼」

「……煩いぞ」


 シャドーをするリゲルにジェインから声が飛ぶ。開かれた分厚い見開きから視線を移し。


「……本読むなら別の部屋で読めよ、ジェイン」

「君たちに掛ける【時の加速】の訓練もある。同じ部屋にいるのが効率的だろう」


 言うが早いか俺に掛けられる――三倍速。一挙に遅くなる視界の中で二度、三度と終月を振るう。


「……やはりどうしても、魔力効率はこれ以上変えられないな。補助に関しても別の呪文を学ぶべきか」


 呟きつつページを捲る。今日は昨日に続き話し合いがメインであり、そのこともあって固まっているのだ。こうして同じ部屋で訓練をするのも、久し振りなような気がする。


「それにしても……」

「……っ」


 集中。フィアの目元に僅かに力が入ると共に、生み出される光の盾。――三枚、五枚と瞬く間、一足飛びに数を増やし、明滅するように位置を変え、大きさを変えていく。


「すげえよな」

「……ああ」


 フィアが間違いなく一番伸びている。こうして互いに披露してみてそのことがよく分かった。本人も支配者の適性に馴染みが出てきたとは言っていたが、実際に目で見てみるとその様子は正に段違い。圧巻だ。アイリーンの置き土産……。


「――そんなことないですよ」


 はにかみながらも新しい盾を出す。神聖属性だけでなく、無属性の魔術についても腕前は上がったようだった。尤も流石にそちらの方は今目にしているほどの上達はなかったが……。


「――戻ったわ」


 思考を遮る声。響く足音に連れて扉が開き、姿を現した立慧さん。


「あ、立慧さん」

「どう? ちゃんと鍛錬してる?」


 勿論だ。この状況で手を抜いて良いことなど何一つない。それぞれの動きを止めて集まる俺たち。


「どうでしたか?」

「レジェンドたちに付いて訊いてみたけど……」


 持っていたメモと思しき紙束に目を通す。


「今一ね。『アポカリプスの眼』とあいつらはそもそもそこまで一緒に行動してなかったみたいで、アデルも知ってることは少なかった。永久の魔については……まあ、予想通り」


 訊き出し役はいの一番に立慧さんが買って出た。……千景先輩の事もある。円環で咄嗟のブーストができる俺が行こうかとも思っていたのだが、慎重に切り出した提案はあっさりと断られてしまった。


「とんでもない化け物だって話ね。流石のレジェンドたちも、あれには食って掛からなかったって言うくらいの」


 そこで何かを思い出したのか、息を吐き。


「〝お前たちがどう対処するか楽しみだ〟……とか。マジで性格悪いのよね、あいつ」

「……まあそれは」

「でも一応、大体の能力については分かったわ」


 即座に調子を戻した立慧さんが続けて紙を捲る。


「前の島での戦いを見てたらしくて。まず、いつも纏ってる邪気について。あれは永久の魔の周囲に自然と発生してるものみたいだけど、量とか形とかをある程度自由に操れるみたい。大体手足の延長みたいにして扱うらしいわ」


 それなら以前俺たちも目にしている。……本山での襲撃時。倒れたフィアを捕えようと伸びてきた、巨大な邪気の手。


「……確かあれは、神聖の属性に弱かったか」

「そうね。並みの攻撃ならそれだけで寄せ付けないみたいだけど、島での戦いでも聖戦の義の連中が使ってた秘跡で大体無力化されてたみたいだから、これはまだ何とかなるわね。ただ……」


 さらに一枚。新たな紙面を目にした立慧さんの表情が一際真剣さを増した。


「やっぱり単純な力と耐久力がバカ高いらしいわ。アデルによると、肉体は機関の狙撃銃の弾丸を喰らっても傷一つ付かないくらい頑強で、剣の一振りで高位級の魔術を簡単に相殺してたとか」


 銃弾を喰らっても傷の付かない肉体……?


「最高位級の魔術でも殆んどダメージがなくて、究極で漸く通るってとこみたいね。けど、それでも斃すには至らない。永久の魔は再生能力も持ってるの」


 そこまでとんでもない事を言っておいて、直後に見せるのはこれまでで一番険しさを増した顔つき。


「永久の魔が組織の幹部たちに負わされた傷は、十秒程度で全快したらしいわ」

「十秒……⁉」

「ほんと、化け物よ」


 メモ書きをパサリと落とした。……秋光さんクラスの技能者が集まって戦って、それで漸く負った手傷が、十秒。たったそれだけの時間しか影響を与えられない。


「もしこっちが向こうの攻撃に耐えられたとしても、こっちの攻撃が通らなきゃ意味がねえってことか」

「そう言うこと。永久の魔の体力は底なしらしいし。何か特別強烈な一撃を持ってこない限り私たちの側に勝ち目はない、そう思っていいでしょうね」

「そんな……」


 ……そうか。


 漠然とした考えの甘さを自覚する。あの呪文で何とか耐えられるのではないかと考えていたが、それだけではまるで足りない。尋常の消耗戦になったのならば、負けるのは必ず俺たち。その道に始めから望みはないのだ。


「協会――三大組織の側に他の記録はないんですか?」

「ないわ。アイリーンと違って永久の魔は話としては元々お伽噺レベルだったし、出現したっていう時代が古過ぎて流石にね。機関は新しい組織だし、聖戦の義には一応打診してみたけど」


 無言で首を振る。……アデルの話と、俺たちが実際眼で見た以上の情報は皆無。レジェンドたちのときと大差ない。唯一違っている状況は、今回の敵がそれら以上の脅威ということだけ。


 ――無理じゃないか? どうしてもそんな思いが浮かんできてしまう。とてもではないが、これでは……。


「――最悪」


 思考を引き戻す、立慧さんの声。


「どっかに応援を頼むしかないかもね。私たちだけじゃ、正直厳しいかもしれない」

「応援ですか? でも……」

「もう、目ぼしい組織は残ってないはずじゃ」


 思い起こすのは父たちの所業。前に接触を試みたときに明らかにされた事実。主だった組織はアポカリプスの眼によって、壊滅させられてしまったはずだ。


「機関を通じて表側の組織に連絡させんのよ。多分あっちでも、今起きてる事の概要くらいは把握してるはずだから」

「表側っつうと……」

「国家機関。政府や軍隊の事だろうな」


 ジェインの台詞にそ、と頷いた立慧さんが話を続ける。


「大きいとこの軍隊でも出張って来てくれれば戦力としては最高だわ。……まあ、それでも倒せるかどうかは微妙なとこだし、下手するとこっちも巻き添えを食らうんだろうだけど」

「え……」

「巻き添え……ですか?」

「そう。元々私たちみたいな技能者と表の組織とは仲が良くないし、永久の魔が現われるって伝えたら向こうは十中八九私たちの事なんて無視して動き始める。自分たちで勝手に作戦を立てて、脅威である永久の魔を消滅させるためだけに」


 ……確かに。そもそも軍隊で永久の魔を相手にしようとすれば使われるのは銃や剣ではなく、威力を重視した大型の兵器だろう。ミサイルや爆弾など、単純に破壊力のある物が選ばれるはず。それで俺たちと連携が取れるかと言うと……。


「下手に一緒に動こうとすれば足止め役として利用されるだけかもしれない。だから正直なとこ、あんまり打ちたくない手ではあるんだけど」


 それでも考えないわけにはいかない、ということだ。それほどまでに、俺たちで現状を打開する術には望みがない。……何も、見えていない。


「……ま、宣言された期日までまだ時間はあるから」


 気を取り直すように言う。


「それまで全員で探してみましょ。もしかしたら、一発逆転の目があるかもしれないんだし」


 半ば言い聞かせるように。明るめにそう言う立慧さんだが、どうしてもそれで意気を取り戻す気にはなれない。分かってしまっているからだろうか。立慧さん自身が俺たちの雰囲気を見て、努めて明るく振る舞っているということが。


「……そうだ」


 場の空気を換えるように言い出すのはジェイン。


「今日読んだ本の中に、補助魔術についてのものがあった。期日までには幾つか新しい呪文を仕上げられる」

「それは良いわね――そうだ」


 私からも、と。言って立慧さんが思い出したように懐を探る。取り出された巾着に指を突っ込み。


「これ。一応全員に渡しとくわ」

「……なんですか?」


 符と、丸い玉が一つずつ。飴玉のような。


「【開運符】って言って、一時的に気運を上げてくれるの。どこでもいいから身体に貼ると効果が出るわ。持続時間は二十分」


 読めない文字と文様とが掛かれている符を見つめる。……胡散臭い名前だが、この札に、そんな効果が。


「途中で剥がせば残りの時間はキープできるから。そっちは回復用の丸薬。普通に噛み砕いて大丈夫よ。一時的だけど治癒力を高めて、疲労と傷を治してくれるわ」

「おお……」

「ありがとうございます」

「礼なんて要らないわよ。一蓮托生なんだし、これくらいはね」

「午後からは手分けして書庫を調べてみよう。なにか手掛かりが――」

「……」


 ――こんなことで、果たして永久の魔に対抗できるのか?


 耳にする会話に漠然とした不安を覚えながらも。……打開する方法も浮かばないまま、まさか口にするわけにもいかない。思いを飲み込んで、受け取った符と丸薬とをポケットにしまう。思い付く手がない以上、今は、少しでもできることをやるしかない。


 心の中で何度そう言い聞かせてみても。焦燥に似た感覚は、一向に消え去ってはくれなかった。



















「――おい、お前ら」


 ホテルの室内。ドアを開けて入ってきた異質な姿を、二人の人物は驚きもなく出迎える。


「ナニ?」

「なんですか、ガイゲ」


 向けられた言葉とは裏腹に――ベッドに寝そべってコントローラーを握る二人の視線は、画面に釘付けにされたままだ。


「今忙しいんですよ。気を抜いたらヤマトちゃんにやられちゃいそうで」

「ゲームなんかしてねえで行くぞ。用意しろ」

「? ドコニ?」

「彼に任せるんじゃなかったんですか?」


 促したガイゲ。続く死神の問い掛けに流し目で応える。


「気が変わったんだよ。ここで討っときゃ万事解決。あとは安泰になるだろうが。わざわざお膳立てまでしてくれたことだし、これを利用しない手はねえ」

「ネ、ドコニ?」

「彼を敵に回すのは余り利口とは言えないですよ」

「先に片付けりゃ文句も言えねえさ。どっち道もう死んでる身だ。今更死ぬなんざ怖くもねえし――」

「ガイゲ、ドコ――」

「分かった分かった! 良いから着いて来いっての! 行きゃあ分かるぜ」

「……ワカッタ」


 ヤマトはエイ、とコントローラーを放り出す。


「嫌なら嫌と言った方が良いんですよ。ヤマトちゃん」

「ダイジョウブ」

「てめえも来んだよ死神。念には念を入れてえからな」

「……余り気は進みませんが、仕方ないですね」


 ヤマトに続いてコントローラーを置いていた死神も、立ち上がった。……下着姿で。


「付き合ってあげるとしますか。騎士サマの我が儘に」

「そいつはありがてえな。払えんのは奴らの命だけだが、それで我慢してくれよ?」

「構いませんよ。私にとってはそれが、これ以上ないモノですから」



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