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第十五節 目覚める者たち

 

「……」

「……」


 部屋に戻った俺たち。誰からともなく腰を下ろし、黙りこくる。


 ――会話はない。


 呑まれているのだ。……永久の魔からの宣戦布告、絶対的な死の宣告に。多少なりとも意気を取り戻した直後に、はっきりと見せ付けられた。俺たちの行く末に、なにが待っているのかを。


 そのことが分かってしまっているからこそ、安易には声を出せない。半端な勇気づけは、自分たちの立たされている断崖を一層深くするだけだ。


「……」


 誰一人話し出さないまま沈黙が続く。細い糸を幾重にも首に巻かれているような息苦しさ。閉塞感を誰も打破できない。……なにか、なにか……。


「――支部長様!」


 ドアが開け放たれる。全員の注目を浴び入って来たのはこの支部に所属する協会員。走って来たのか軽く息を切らしている、その急ぎ具合からもただ事ではないことは理解でき。


「なにかあったの?」

「賢者見習い様が、意識を――」

「――」


 深刻さを覚悟しての台詞。受けた言葉に、立慧さんが顰めていた眉を上げ。


 皆まで聞かないうちに、俺たちは部屋を飛び出した。






「……辛気臭い顔付きですね」


 開口一番。部屋に入った俺たちを出迎えたのは、ベッドから上体を起こした郭の姿。着せられている患者衣。室内を取り巻く調度は、それだけで置かれた状況の異常さを示すものだが。


「ここは葬式会場かなにかなんですか? そこのゴリラの呆けた顔だけは、見物ですがね」


 皮肉気な目付きはそんな中にあってもなに一つ変えられていない。食って掛かるような言葉選びに、思わずどこか安堵してしまっている自分がいた。


「……変わりないようで安心したわ」


 真っ先に駆け付けた立慧さんも、気を取り直したように口を開く。


「しおらしくなんてなってたらこっちが困るもの。まあまあ回復したわけ?」

「ええ。……まあ、直接の原因はあの波動ですがね」


 ――波動。


「余りに不快だったもので目を覚ましてしまいました。……話を聞かせてもらえますか? これまでの」


 ――


「……そう、ですか……」


 掻い摘んで説明されたのは、郭がレジェンドの攻撃に倒れてから今に至るまでの経緯。聞き終えた郭は考え込むように僅かに顔を反らして、目を瞑る。


「おい、大丈夫――」

「違いますから。黙ってて下さい」


 けんもほろろ。言葉選びだけ見ればそう言いたくなるような台詞だが、口調それ自体に然したる冷たさはない。単純に気遣いを不必要だと告げている態度に、リゲルも伸ばし掛けた手を止め、身体の横に戻す。


「……二人の王が落ちたとなると、厳しいですね」


 少し間を置いてから、目を開けて語り出した郭。


「人格的に大きな問題はあれど、彼女たちは戦力としては極めて優秀でした。しかしそれらと戦闘を行っておいてなお、レジェンドは一人として削れていない」


 唇から紡がれる分析は淡々と。至極冷静に置かれた現状を判定しているようで。


「葵さんに、田中支部長。こちらの協力者である十冠を負う獣も、殺されてしまった……」


 決してそれだけのものではない。疲れたような吐息に連れて息を継いだ。


「……永久の魔からの宣戦布告」


 その様子を慮りながら、それでも話し掛けたジェイン。


「まともに受け止めて良いと思うか?」

「……どうでしょうね。敢えて罠を仕掛ける動機は思いつきませんが」


 分からないと言うように頭を振る。


「ことによると、敵方もあれの扱いには困っているのかもしれません。これまでの戦いでもカタストさんを捕える以外に出てきたことは殆んどなかったですし、アレが我を通そうとするのを止めれば敵方としても大きな損害を負います。駒としては扱い難いことこの上ないでしょう」

「……確かにね」

「何かしらの同盟関係が結ばれているのかもしれませんね。滅世という目的を一にして、協力体制を取った……」


 頷く立慧さん。会話を聞いていてふと思ったこと。


「……それならもしその部分の一致を崩せれば、相手を仲違いさせられるかもしれないってことか?」

「……それは、そうかもしれませんが」

「――無理でしょ」


 俺の思い付きは呆気なく一言で退けられる。


「事情はどうあれ、私たちにこうして宣戦布告してきたわけだしね」


 ……それはそうか。


「しかし月並みですが、見方を変えればチャンスでもあります」


 郭の語調が敢えての覇気を含んだようなものに変わる。


「敵の出方が一本に絞られていれば、こちらとしてはこの上なく用意がし易い。考えなければならないこともそれだけ少なくなる」

「でも……」


 そうだとしても相手はあの永久の魔。不安気に声を漏らしたフィアに、郭は頷き。


「……そうですね。それは、大変な道の――……っ」

「――おいっ⁉」


 中途で途切れた言葉。苦しげに腹部を押さえる所作に、耐え切れずリゲルが詰め寄った。


「……お前、やっぱりまだ……」

「……大丈夫ですよ。少し引きつっただけです」


 苦痛に歪んだ中でも煩わしげな表情を作る郭。……あの時の郭の出血は傍から見ていても恐ろしいモノだった。現に今までは目を覚まさなかったのだ。魔術的な治癒を受けていると言っても、この短期間で完治しているはずがない。


「……大変な道のりではありますが、やるしかない」


 手を添えて支えるようにしているリゲルを撥ね退けないまま、郭は俺たちに向けて告げる。


「貴方たちはアイリーンに打ち勝ち、カタストさんを取り戻しました。……できるはずです。貴方たちになら、きっと」


 ――きっと郭も、分かってはいるのだろう。


「范さんもあのアデルを倒したんですから、少しは胸を張って下さい。とんでもない快挙じゃないですか。支部長が十二使徒並みの相手を殺さずに連れ帰るだなんて」

「……私だけの力じゃないわ」


 相手は永久の魔。リアさんに始まる三大組織を、レイルさんやエアリーさんたちを斃した最強の敵。……俺たちが勝てる見込みは万に一つもないに等しいと。組織も俺たちのことも良く知っている郭であるからこそ、俺たち以上にそれを分かっているのかもしれない。


「こんな時にだけ謙遜しないで下さいよ。いつも何れは賢者になると息巻いている、あの威勢はどうしたんですか?」

「……っ、あんたね……」


 ――それでも敢えて、強い言葉を使っている。


 もう俺たちしかいないから。……俺たちが沈んでいては、何もできないのだから。


「っ……と」


 起こされた上体が僅かに揺れる。額に当てられた手。支えるリゲルの手に力が籠り。


「……久々に話したら、なんだか疲れましたね」


 いいですと。掌で軽く触れてリゲルの腕を外した郭が、ゆっくりと身を布団に沈ませる。


「僕は少し眠ります。……暫く戦闘には参加できそうにありません。……済みません」

「馬鹿なこと言ってんなよ」


 自責を覚えているような郭の声に、誰よりも早くリゲルが反応した。


「今は休めって。そんでまた、大活躍してくれよ。な?」

「……情けない顔ですね」


 降りていく瞼。うっすらと開けられた眼が一瞬、捉えたリゲルの表情に微笑んだように見え。


「分かりましたよ。……その時まではお願いします、范支部長」


 その言葉を最後に。郭は目を閉じ、眠りに着いた。






「――分かったわ。対応はこっちでするから。ありがとう」


 病室を出た直後。また別の連絡員から耳打ちを受けた、立慧さんが向き直る。


「永久の魔さまさまね」


 冗談と呆れが入り混じったような表情で肩を竦めた。


「もう一人の方も目を覚ましたらしいわ。行きましょう」


 ――もう一人。


 促して歩き出した立慧さんの後に続く。……あの戦いで俺たちが、正確には十冠を負う獣が連れ帰らせた人物。『アポカリプスの眼』における唯一の生存者。


 追うままに治癒棟を出て、柔らかな明かりの照らす中庭に出る。反対側にある狭い通路を通った更にその裏手。石畳の敷き詰められた小さな場所に案内された。


「……ここは?」

「見てれば分かるわ」


 立慧さん。手を翳すようにして、なにやら聞き取れない声で文言を呟いた。――すると。


「……っ⁉」


 振動。驚きに目を見張った俺の前で、石畳の一部がずれる。一枚一枚が順番にずれ動いて余剰の面積を作り、現われたのは一個の闇穴と、その中へ続いている梯子。……これは。


「……すげえな」

「この奥よ」


 躊躇なく入っていく立慧さんを先頭に、俺、フィア、ジェイン、リゲルの順番で降りていく。……中は暗いのかと思ったが、そうでもない。ランタンのようなものが所々に備え付けられ、中庭を照らしていたのと同質の柔らかな光を放っている。握る鉄製の梯子は冷たく、今なお磨かれているように滑らかで、うっかりすれば手を離してしまいそうだった。……上のフィアが落ちないかどうか、注意しつつ降りていく。


「よ……っと」


 然程深くない。六メートルほどの下りを終えて最後のリゲルが降り立つ。擦れるような駆動音に釣られて上を見れば、差し込んでいた空、そこに浮かぶ星々が、閉じる岩戸に隠されて消えていくところ。


「牢獄、か」


 視線を戻した先に現われた光景。天井からの光に長い影を落とすのは、左右にズラリと並べられた鉄格子。……どことなく感じられる息苦しさ。地下特有の湿り気のある空気のせいだけではない。こんな場所が、この支部内にあったとは。


「一番下の独房に入れたって言ってたわね。少し歩くわよ」


 歩き始めた立慧さんの背中を遅れないように追う。古びた土の階段を二回ほど降り、曲がる道を歩いた先。


 ――鉄の壁。取っ手も鍵穴も何もない、本当にただの壁だ。光源の関係で影になっている、通路の行き止まりのようなそこまで来て立慧さんは立ち止まると、また聞き取れない速さで何事かを呟き、指で複雑に空を切った。すると。


「……おお」


 壁に思われた鉄扉が、持ち上がっていく。音もなく土の中へと減り込んだその奥。開いた洞の深い暗闇が、淀む空気と共に手招きして俺たちを出迎えた。


「この中よ」


 警戒を高めつつ進む。これまで見てきたよりも更に太く、厳重な鉄格子。二、三の空の檻を通り過ぎたその後に。


「――これはまた」


 俺たちが会いに来た、目的のその人物は、いた。


「随分と小勢での見舞いだが。わざわざの来訪に感謝するべきか、范支部長」

「……相っ変わらずムカつく口調ね。アデル・イヴァン・クロムウェル」


 ――アデル。トレードマークとなる聖職衣の上からでも分かる広い肩幅に、無駄なく絞り込まれた筋肉。両手足に嵌められた枷。身動きが取れない状態であるにも拘わらず、長い髪の張り付いたその顔には薄い笑みが浮かべられている。


「……ほう」


 食指を動かされたような声。俺たちを順番に眺めるように動いていた視線が、フィアの上で止まる。


「仲間を奪い返したか。あの混沌の魔女を下すとは、益々以て驚きだ」

「随分と饒舌じゃない。そんなにここの暮らしが気に入ったなら、幾らでも居させてあげるけど?」

「居心地は悪くないが、これは頂けんな。日課の鍛錬がし辛くて困る」


 持ち上げられた枷がガシャリと音を立てる。皮肉にもまるで平然としている。まるで鉄格子がないのかと錯覚させるほどだ。例え然るべき場所で寛いでいたとしても、この男が浮かべている表情は変わらない……。そんな印象を受ける。


「無駄口はいいわ。あんたには色々と、訊きたいことがあるんだから」

「訊きたいこと?」

「そう」


 立慧さんが符を取り出す。その意気込みを示すように、声に出るのは迫力。


「――吐いてもらうわよ。あんたの知ってること、なにもかも全部」

「ヴェイグが術式を用意しているのは、ネゲヴの洞窟だ」


 ……ん?


「ある程度の隠匿はしてあるはずだが、ここの情報網で調べれば直ぐに確認できるだろう。尤も、術式が稼働すれば嫌でも分かることだがな」

「……んん?」

「次は戦力か。残っているのはレジェンドの三人と、永久の魔、それにヴェイグ。詳細を話すとなると長くなるが」

「……ええと……」

「――ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


 困惑する俺たちに、思わず手を出して止める立慧さん。一拍の間を置いて。


「……尋問が怖いってタマじゃないわよね。あんたの場合」

「相変わらず貧しい発想だな、支部長」

「……なんですって?」


 小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたアデル。立慧さんが握り締めた手の甲に浮かび上がる血管。抵抗の余地もなくその中で潰された符に、僅かに哀れみを感じる。


「私はもう、お前たちと敵対するつもりはない」

「……ああ?」


 リゲルが顔を顰める。フィアも、流石に訝し気な様子だ。


「あちら側に付くのを止めたと言うことだ。分かる範囲でならヴェイグたちの情報も教えよう」

「……これ以上ない嘘くささだな」


 一つ息を吐きつつ。虚言なら見破ると言うように鋭い眼差しで睨むのはジェイン。


「滅世に手を貸していた人間が、今頃になって僕たちに協力する理由はなんだ」

「――見てみたくなった」


 切り込むジェインにまるで動じず、そう言った。


「お前たちとヴェイグの顛末がどうなるのか。単純に滅世に組みするより面白そうだ」

「っ――」

「……あんた」


 ――面白そう? 発言に疑問を覚えた俺の前で発される硬い声。


「滅世に賛同してたから『アポカリプスの眼』に入ってたんじゃないの? ……単に面白そうだから、あいつらの仲間になってたってわけ?」

「そうだ。ヴェイグに誘われてな。聖戦の義を出てからはやることもなく、ふらついていたところを――」


 皆まで言わないうち。振り抜かれた鋭い拳の一閃が、話すアデルの頬を殴り飛ばした。


「――っ」

「り、立慧さん!」


 ――擦り抜けた? アデルを閉じこめているはずの鉄格子がまるでないかの如くに振るわれたのは、怒りと力の込められた本気の一撃。


「……あんた、やっぱふざけてるわ」

「……虜囚を殴っておいていきがるな、支部長」


 切れた唇に、僅かに腫れた頬。滲む血を肩口で拭い、アデルが再び俺たちに視線を合わせる。


「まあお前たちの反応がどうあれ、こちらから言っておくことはそれだけだ。あとはお前たちの好きにするが良い」

「暢気なもんね。情報を訊き出したあとで殺されるとは思わないわけ?」

「お前は殺さんさ。そうだろう? 范立慧」


 口元に浮かべられる嗤いに立慧さんは答えない。その反応をアデルは愉快そうに眺め。


「確かめたければ尋問でも何でもしてみるが良い。その分だけ無駄な手間を掛けることにはなるがな」




 ……その後。


〝真偽を確かめるから先に行ってて〟 ……そう言われた俺たちは一旦独房を出、支部に戻った。待つこと数十分。


「……一応、記憶の調査で幾つかの事実は確認したわ」


 帰ってきた立慧さんが初めに言ったのは、その一言。


「話したことは全部本当だった。少なくとも調べた範囲で、嘘はない。レジストもできるはずなのに、しなかった」

「……本気で俺らに協力するつもりってことかよ」

「ええ。情報の提供に関してはね。それ以外の事はやる気がないみたいだけど」


 息を吐く立慧さん。正直信じ難いことだが、今は受け入れるしかない。


「まあなんにせよ、少しでも手掛かりが増えるのは有り難いわ。――今日はもう休みましょ。遊びから続け様で疲れてるし、整理するのはまた明日ってことで」



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