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第十三節 日常に遊ぶ

 

 それからゲートで街中にある施設の一室へと転移し……。


「……」


 ドアを開けて五人で出た外は、眩しい。思えばこうした外出も久し振りだ。特別急ぐこともなく、歩調を合わせてゆっくりと俺たちは歩いていく。……光に照らされる街並みを眺めながら。


「……こんな風になってたのね」


 前を行く立慧さんが零した呟き。どこかしみじみとしたその眼は、記憶にある情景と目の前の光景とを心の内で比べているようで。


「前にも来たことが?」

「千景の支部なのよ、あそこ」


 俺が思ったのと似たようなことを尋ねたジェインに、何でもないようにそう答える。


「最近は忙しくてご無沙汰だったんだけど、前はちょくちょくね。結構変わってて驚いたわ」

「――」


 ……そうだったのか。自分たちの事で手一杯で、まるで気が付かなかった。先輩たちが支部長である以上、そんなことは予測がついて良いはずだったのに。


「……」


 それ以上何も言わずに立慧さんはまた視線を街並みへ戻す。隣を行くフィアが。


「……懐かしいですね、なにか」

「……ああ」


 分かる。場所が違うので眼に入る景色は大分違うが、思い返すのは本山に保護されていたときの外出。


 あの頃は永仙と凶王とに狙われていて一杯一杯だった。……まさかのちに賢王と冥王を助けて、共に戦うことになるとは思わなかったが。


「……で」


 珍しく一番後ろに着いてきている、 リゲルが声を投げ掛けてくる。


「どうすんだよ。このままずっとぶらぶらしてんのか?」

「……まあ」

「――この先にゲーセンがあるな」


 それでも良いような気もするが。携帯で検索したらしいジェインが言う。


「まあまあの大きさらしい。行ってみるか?」

「ゲーセン? なにそれ」

「ゲームセンターの略で、色々なゲームがあるところです」


 知らなかった立慧さんにフィアが説明。……何気に珍しい光景かもしれない。


「面白そうじゃない。行ってみましょ」





 ――入ると同時にまず圧倒されるのは、その音の洪水。


「……っ」


 久し振りに来るとそのことを実感する。高校の時に付き合いで何度か行ったことはあるが、数えるほど。慣れてはいない。それでも驚くといった感じで不快感を抱くほどではないが……。


「……凄い音ね」


 鍛えている分俺たちより音に敏感なのか、ややしかめっ面で言う立慧さん。隣にいるフィアも少したじろいでいるように見える。


「結構、耳に響きますね……」

「色んな音が混ざってるけど、こんだけ煩くてよく平気なもんね。何かあっても聞き逃しそうで落ち着かないわ」

「一階は特に賑やかなだけで、上の階は比較的静かですよ」

「……ジェインは来たことがあるのか?」


 余りそういうイメージはないが。


「昔バイトでな。煩さにさえ慣れれば、あとはガラの悪い客をあしらうだけの簡単な仕事だった」


 それは決して簡単とは言わないと思う。大体何でもやってるな……ジェイン。


「……賑やかじぇねえか」


 こちらも恐らく初めてだろう、リゲルは逆に雰囲気が気に入ったらしい。聞こえてくる音に合わせて軽く体を揺すっている。


「今日は平日だから客は少ないがな。まあ、却って良いだろう」

「……そうだな」


 この面子には不慣れな人間が多い。他の客を気にせず、自分たちのペースで遊べるなら越したことはない。揉め事も起きにくいだろうし……。


「取り敢えず上に行くか」


 音が不評な一階からエスカレーターを使って二階へ。ジェインの言うように、二階まで来ると空気が少し変わり、大分静かになる。……一階も少なかったが。


「――なにか気になるゲームはありますか?」

「そうねえ……」


 二階には殆んど人がいない。外出を提案した人間だからか、率先して訊いたジェイン。疎らな中に時たま店員が混じって見えるフロアを立慧さんはきょろきょろと見回し。


「――あれはどういうゲームなの?」


 一つの台に近寄っていく。台と言っても、一人用の格闘ゲームやシューティングゲームのような小さなものではなく――。


「エアホッケーですね。お互いにこのマレットで円盤、パックを弾いて――」


 ある意味お馴染みの、と言って良いのだろうか。どこのゲームセンターに行っても大抵見掛けるような長方形の台は優に人一人が寝転がれるくらいの大きさがある。……卓球台と同じくらいだろうか? 少しこちらの方が狭いかもしれないが、台の前に立った時の感覚が何となく似ている。


「相手のゴールにシュートするんです。時間制と点数制があって、どちらも相手より多く得点した方が勝ちになります」

「動体視力と反射神経を競う遊びってこと? このスタンプみたいのでね……」


 早速試すように振ってみている立慧さん。結構乗り気なような印象だ。


「一対一でも、二対二でもできますよ」

「初めてだし、まずは一対一ね。やる? あんた」

「いいっすよ。噂には聞いてたとはいえ、俺もやんのは初めてなんで」


 指名されたのはリゲル。相手としては丁度良いような気もするので、ジェイン、フィア共々そのまま見守ることにする。両者が硬貨を入れ――。


「――っ」


 軽快な音が鳴った。同時に空気の入る台から出てきたパック。――リゲル側だ。グローブを嵌めた手が台に乗せた瞬間に吹き付ける風で円盤は浮かび上がり、滑るようなあの独特の挙動をし始める。さあ、先手はリゲル――。


「――うらッ‼」


 一気に打ち出す。――速い。気合いと共に弾かれたパックの速度はまるで弾丸のよう。一直線に立慧さんのゴールへと向かうが。


「――ふっ!」


 流石にそのゴールを許しはしない。素早く動かされた立慧さんのマレットと激突したパックは斜めに弾かれ、右の壁に反射して急な角度からリゲルのゴールを狙う。早くも壁を利用してきた――。


「おっと‼」


 その軌道を横から殴り付けるようにマレットを振るうリゲル。五度六度と反射した円盤を、立慧さんのマレットが弾き――。


「……」

「良い勝負だな」


 かなりハイレベルな戦いになっている。ここのルールは時間制のようだが、互いに中々ポイントが――。


「ああっ⁉」


 そう思っていた矢先に聞こえた立慧さんの叫びと落下音。台上からパックが姿を消すのと同時に効果音が鳴り響き、ランプで光り輝くのはリゲルの側に加算された一点。


「やるじゃない。あれを弾かれるとはね」

「ギリギリっすよ。弾けなかったらこっちが取られてたんで」

「――じゃ、今度はこっちから行くわよ」


 決めに行った一撃を弾かれてカウンターを貰ってしまったらしい。落ちてきたパックを手に取った立慧さん。鋭い気息と共に、台上の円盤が勢いよく弾かれた。


「……白熱してるな」

「……黄泉示さん」


 目まぐるしいやり取りを眺めているうちに袖を引かれる。――フィア。


「あれ、やってみませんか?」


 レーシングのゲーム。確かモリオカート、とか言う奴だ。こういうのにフィアが興味を示すとは少し意外だが……。


「やろうか」


 断わる動機などない。行ってくる、とジェインに告げてフィアと赤々しいその座席へ。硬貨を入れると、すぐにモードを選ぶ画面が出てくる。


「……どれにしようか」

「ふたりで協力、っていうのはどうですか?」


 フィアが指し示しているモードの説明を見る。……二人とも初心者である以上、協力できた方が良いかもしれない。


「それにしようか」

「はい。じゃあ――」


 ――


「――」


 説明を読み、お互いキャラクターとステージを選んでスタートする。カウントが一になった瞬間踏み込んだアクセルと同時に勢いよく走り出すカート。フィアも上手い具合にスタートダッシュを切れたようで、出だしは好調――。


「――はあッ!」

「チィッ!」

「――これで二対二。同点だな」


 後ろから聞こえてくる三人の声。硬質の素材同士がぶつかり合う小気味いい音をBGMのアクセントにしつつ、画面の中で走るカートに集中する――。


「わわッ!」


 フィアが取ったアイテムの効果。俺とフィアのカートが合体して新たな一台のカートを作り出す。〝キミは運転担当だ!〟の文字が画面に映し出され――。


「ほ、砲撃ですか⁉」


 これまで通りカートを操ってコースを進んで行く俺の隣で、フィアがバシバシとハンドル中央のボタンを連打して砲撃を飛ばしていく。四方八方へと飛び散っていく甲羅。質より数と言ったその攻撃を競争相手のカートが次々と喰らってスピンしていく。凄まじい効力……!


「す、すごい……!」


 合体カートの力にフィアが唸ったところで効果が終了。これまで通りそれぞれのカートを操る段に入り――。


「すごいですね!」


 その威力で一気に順位が上がったことに興奮気味のフィアが言ってくる。……なにか。


「――黄泉示さん?」

「――ああ」


 返事がなかったことに違和感を覚えたのか。トーンを落として一瞬こちらを向いたフィアに答えつつ、現われてきたカーブをドリフトしてコインの列へと突っ込んでいく。……先に浮かんだ感覚を、胸の奥深くに押し込めて。


 ――なにかまるで、夢のようだ。


 あれだけ慣れ親しんでいたはずの日常が、今はどこか不確かな夢のように感じられる。……余りにも久し振りだからだろうか?


 いたはずの人たちがいないからだろうか? 彼らがいればあったはずの遣り取りが、全て欠け落ちてしまっているからだろうか?


 それとも――。


「――っ」


 画面に浮かび上がるゴールの文字。そうこうしている内に俺とフィアのカートとは殆んど横並びでゴールしていた。僅差で俺が一位、フィアが二位で、チームとして文句なしの優勝だ。


「やりましたね……」

「……ああ」


 成し遂げたような様子のフィアに相槌を打つ。どことなくふわついた感覚を覚えつつ。


「――もう一回やりませんか? 黄泉示さん」





「……ふう」


 大きく日が傾いている夕方。人々が互いに作る長い影を交差させながら、ゲートのある建物へ帰ってくる途中。


「……もう夕方か」

「あっという間でしたね……」


 本当にあっという間だった。


 結局俺たちは今日一日、ゲーセンでほとんどの時間を潰した。


 立慧さんとリゲルのバトルが終わった後には俺とフィアもホッケーをやったし、リゲルは始めてやる格ゲーでジェインにボコボコにされていた。……嵌め技だと知った後で乱闘が起きかけたが。


 そのあと更に俺とフィアは銃を持ってゾンビのようなものをひたすらに撃ち倒すゲームにチャレンジ。出費が大きくなりそうだったので半ばあたりでリタイアした。立慧さんは――。


「……ふふ」


 クレーンゲームで獲得した巨大なオットセイ(?)のようなぬいぐるみを大事に抱えている。白くて長いふわふわした身体。つぶらな眼をしているぬいぐるみの割に、口元の牙や鼻先がやけにリアルだ。


「あげないわよ。そんなに見てても」

「いや、要らないっすよ……可愛いんすか? それ」

「かわいいじゃない」

「かわいいですよね」


 奇遇なことに女子二人が全く同じ意見。……そうなのか、と呟いた俺も、正直あまりかわいいとは思わない。面白い感じはするが……。


「久々だったが、音ゲーも中々楽しかったな」

「ああ」


 取り敢えず各人の興味のありそうなものを適当に遊んでいった俺たち。終盤には音楽ゲーム、いわゆる音ゲーをやっていた。ダンスゲームで勝負した立慧さんとリゲルはまたもやほぼ互角。ノリで付き合わされた俺は不器用さが祟って惨敗。ジェインからは〝あれはダンスと言うより足踏みだな〟との辛辣なコメントが送られた。……あれは正直微妙だったが。


 その後にやった『太鼓の鉄人』は楽しかった。流れる曲に合わせて太鼓を叩いていくゲームだが、フィアとチャレンジして上から二番目のステージまでどうにかいけたのだ。……昔やり込んでいたとかいうジェインがその後一人でエクストラの難易度をクリアしたのにも驚いた。それも目隠しした状態で……。


「……悪くねえなこれ」


 頬張り咀嚼しながらリゲルが頷く。――俺たちが食べているのはクレープ。ゲームセンターから出て暫く、移動式の屋台で見かけたのを買ったものだ。ジェインはホットシナモンチョコ、リゲルはシンプルにツナチーズ、立慧さんはアーモンドチョコスペシャル――。


「巻き方も丁寧で中々だな」

「久し振りに食べるわね。こういうのも」


 全員が違う味を買っていて、フィアはアップルクリーム、俺はブルーベリージャムを注文している。……俺もクレープなんて久々に食べるが、これがどうして中々案外と美味い。普段食べない時間帯に変わったものを食べることで、最近はそう言えば食べながらも味など気にしていなかったなと、ふと気付かされた。


「……案外、良かったですね」

「ええ。思ってたより疲れたけど、でも、いい気分転換になったわ」


 口に出した俺の呟きに揚々として答える立慧さん。遊ぶとなぜか戦いや鍛錬とは別の疲労感が出てくる。かく言う俺も久々の遊びでそれを思い出しているところだが、それでも気分は少し晴れたような気がする……。


「――写真、大事にしときなさいよ」


 不意に。立慧さんから俺たちへ掛けられた言葉。


「これからだって一杯撮れるだろうけど。今日この時に撮った写真は、それ一枚しかないんだから」

「……はい」

「分かってるっすよ」


 ポケットの中のそれを確かめる。ゲーセンを去る最後に四人で撮った写真。……あの時以来か。立慧さんも含めて撮ろうと言ったのだが、何か思うところがあるのか、結局ファインダーに入ってくれることはなかった。先輩の件で思うところがあるのかもしれないと考えると、それ以上には言えず。


 ――何もしていない。


 分かっている。……俺たちは問題を先延ばしにしただけだ。残るレジェンド、永久の魔やヴェイグに対抗する術も、今後の方針も、なにも決められてはいない。


「……」


 ――それでも決して、無駄な時間ではなかった。


 今日の俺たちのこの行動が。曇天のように立ちこめていた雲を少しでも払い、英気を養うことに繋がったのだと。


 そう、思うしかない――。


「夕飯もどっかで食べてきましょ」


 思惟の最中、前を行く立慧さんが言った。


「いつも支部でってのも飽きるし、偶にはいいわ、そういうのも。昔行った店がこの辺にあるはずだから――」



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