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第十二節 中の一日

 

 ――朝が来た。


「……おはよう」

「ああ、おはよう」

「……おう」


 朝食を食べに集まった俺たち。……ジェインにリゲル。そして――


「おはようございます」


 以前と変わらないように挨拶を交わしてきた、彼女の姿を見る。頭の先から爪先までを見て。


「……大丈夫か? フィア」

「はい?」

「ちょっと、クマができてる」


 薄らとだが。気付いていなかったらしいフィアは指摘にあ、と目の下を擦り、落ちないことに気付いて苦笑いを浮かべ。


「大丈夫です。実は昨日、少し眠れなくて……」

「……そうか」


 ――無理もない。


 昨日は余りに多くの事があり過ぎた。別人になっているというのがどういう感覚なのか想像もつかないが、アイリーンから戻った直後にレジェンドの強襲を経験し、魔獣に連れられて逃走したのだ。寝つきが悪くてもおかしくはない。俺も変な夢を見たし……。


「――おはよう。あんたたち」

「――⁉」


 入った食堂にて現われた人影。テーブルの上から無造作に取り、リンゴを齧っているその姿は。


「立慧さん……!」


 思わず名前を呼んだ俺に、当の人――立慧さんが手を上げて応える。……幻じゃ。


「治癒室にいたんじゃ……」

「五時くらいに目が覚めたのよ。怪我はなんかいつ間にか治ってたみたいだし、さっさと退院してきたわ」


 ない。サラリと言って、そこでフィアに目を合わせ。


「……取り戻せたのね、その娘。おめでとう」


 小さく呟くように祝福する。なぜか、酷く寂し気とも思えるその様。


「――それで」


 何か声を掛けようとした俺より先に、普段通りの張りを取り戻した立慧さんの声が響いた。


「他の面子は? あんたたち以外に、今何人いるの?」





 ――立慧さんへの説明を兼ねた食事の後。


「状況を整理しましょ」


 俺たちはそれぞれ身支度を終え、部屋に集まる。前に立っているのは立慧さん。


「『アポカリプスの眼』は全部片付いて、残ってる相手はレジェンドと永久の魔」


 言いながら立慧さんがホワイトボードに丸を書いていく。三つの小さな丸に、大丸が一つ。


「それにヴェイグ・カーン。こいつらを全部片付ければ私たちの勝利ってわけね。こっちにいるのは私たち五人。療養中の郭は一旦外して考えるわ」


 少し離れて中くらいの丸が描かれていく。フィア、リゲル、ジェイン、俺、立慧さん……。


「――」


 突き付けられた構図に、ドクリと心臓が跳ねた気がした。


 ――そうだ。


 残っているのは郭も含めて此処にいる六人。……俺たちだけで、今後全ての敵に対処して行かなくてはならない。


 昨日の戦いで喪ったものは余りにも大きい。賢王、冥王、葵さん、田中さん……。


「……問題はこれからどうするかよね。まず、今いる私たちでどう敵を倒していくか」


 耳に入る立慧さんの言葉。


「戦力として桁違いな永久の魔とヴェイグは置いとくにしても、レジェンドの三人。こいつらをどうにかしなくちゃならない。田中と十冠を負う獣が残ったなら、それで一人でも減ってくれてればいいけど」


 ……どうだろう。賢王と冥王ですら勝てなかった相手。数の上でも不利ならば、例えあの二人でも勝てる可能性はないように思える。


「あんたたちから見たレジェンドの様子はどうだった?」


 暗い想像を立慧さんの問い掛けが遮る。


「消耗してた? 凶王と、葵と戦った後だったんでしょ?」

「……それは」

「……消耗していたようには見えなかった」


 言いあぐねた俺より早くジェインが答える。


「ヤマトタケルは無数とも言える数の炎剣を出現させていた。黒騎士の方も傷らしい傷はなく、変わらず好戦的な様子だったな」

「そう。ま、何かしらの回復手段があったのかもしれないから、あいつらが仮に凶王と互角か少し上くらいのレベルだとして……」


 手が止まる。どうしたのかと思い掛けたところで。


「……あれと同格以上と戦うとか、ゾッとしないわね。正直」


 ため息交じりに呟いた台詞に、一瞬呼吸の止まる思いがした。


「そうだ、あんた」

「は、はい」


 視線を向けられたフィアが居住まいを正す。元から手を膝の上に乗せているからか、余り変化があったようには見えない。


「その、一応、一時はアイリーンになってたわけよね? なにか新しく使えるようになった力とかある?」

「え、えっと……」


 ――それは思い付かなかった。以前のフィアがそのまま帰って来たような感覚でいた俺の前で、少しオロオロしてから自分の掌を見つめて。


「多分、支配者の……神聖属性の力は前よりかなり扱えるようになってると思います」


 微かに光り出すフィアの掌。一瞬強く光ったかと思うと光の塊が現われ、小さな盾に形を変えたことに息を呑む。……以前よりも遥かに精密な魔力操作。


「そういう感じがするんです。けど、それ以外は……」

「特にない?」

「はい。……済みません」

「あ、ごめん。責めてるわけじゃないのよ」


 謂れのないフィアの謝罪を手で押し留め。


「寧ろ支配者の力が充分扱えるようになってるなら、それだけでかなり頼もしいわ。神聖の属性なら防御と回復を一手に任せられるし、支援役としてはこの上なく心強い」


 そう纏めて、立慧さんの目が俺たちを向く。


「あんたたちは? なにか変わったこととかあった?」

「……僕は特には」

「俺もそんなにはねえな。ボクシングとか魔術とか、今まで身に付けたもんは上がってるけどよ」

「俺は……」


 二人に続こうとしたところで、ふと思い当たる。


「……そう言えば」

「何かあるのか?」

「……ああ」


 今一度自分の中で確かめてから返した頷き。


「アイリーンとの戦いのあと、円環から来る負担がいつもより軽いような気がしたんだ」


 明確な制限時間付きでの苛烈な戦い。圧倒的な格上であるアイリーンの猛攻を凌ぎ切るため、あの呪文の制御と共に身体能力もかなりの力を引き出した。


 だがそのあとも。……俺はアイリーンの指示に従って、法陣を描く作業ができていた。いつもならそんな余力はない。アイリーンの治癒で傷が治されたのは更にそのあと。普通では説明の付かないことだ。


「軽くしてもらったって言ってなかったか? 何とかさんに頼んでよ」

「いや……」


 シンシアさんだ。それは、確かにそうなのだが。


「少し違うんだ。なにか、こう……」


 感覚に合う言葉を探す。あれは、軽くなったから動けていたというよりも……。


「反動が、来てない……みたいな」


 口にしておいて、その内容に自分でも妙に合点が入った。そう。そもそも、副作用であるはずの反動が来ていない。


「あの魔術で呪具の代償を抑えられるってこと?」

「確かに今思えば、あのときの蔭水はやけに動けていたような気もしたが……」


 確かめる方法は簡単だ。予想を確信へ変えるには、どうすればいいか。


「……試してみる」

「えっ――」

「大丈夫だ」


 心配げなフィアへ。偽りでない自信を以て頷いた。


「流石に、少しは調整ができるようになってるから――」


 集中する意識で円環を稼働。普段では出せない速さで切り上げるように手刀を振り抜く。肩から腕の筋肉にかけて走る痛み。これでもシンシアさんのお蔭で、大分マシにはなったが。


「――」


 続け様に詠唱を行う。……額に脂汗が滲む。何度覚えても慣れない感覚と共に、黒が俺の身を染め上げていき。


「――っ」


 完成と同時。見慣れない変色に小さく息を飲んだフィアの横で、同じ出力で腕を振るった。


「――!」


 ――やはりそうだ。


「……痛みがない」


 呪文を解除して確認する。……正確に言えばあるが、それは先に腕を振るったときのもの。そこから特別に悪化した感じがない。殆んど全くと言って良いほど。


「……少しもないのか?」

「ああ。……殆んどダメージがない感じだ」

「でも、どうして……」


 呟くフィア。……確かにそれは気になる。潜在能力を無理矢理に引き出す円環の副作用。その軽減と限界は今まで俺の戦いにおける最重要と言って良いポイントだった。この呪文は外側からのダメージだけでなく、内部からの損傷にも有効……ということか?


「……まあ、原因はどうあれ……」


 支部長としての知識を以てしてもはっきりとは分からなかったのか、取り成すように立慧さんが言う。


「大きいわね、それは。時間制限付きとはいえあのアイリーンと戦えるくらいの力を出せるなら、充分こっちの切り札になる」

「……はい」


 ――そうだ。レジェンドたちの力量も流石にあのアイリーンを超えるということはないはず。アイリーンとの戦いを再現できさえすれば、戦える見込みはある――。


「相手と接触する方法も考えものね。もう一回あのアジトに攻め込むってわけにもいかないから」


 立慧さんが今一度俺たちを見回した。


「別の方法を考えないと。そこんとこ、案を出し合いましょ」






 ――それから三時間。


「……」


 結局俺たちは特別な進展のないまま昼を迎えた。最初の方こそある程度の発言があり、議論があったものの、問題点を指摘していくうちに出せる案は次第に少なくなっていき、最後の方は寧ろ誰も発言せずに全員で案がないかどうか考えるような時間になっていた。


 俺も幾つかは考えてみたが、やはりこれと言ったようなものは思い付かない。どれも実行するには色々と足りない部分があるのだ。


「……取り敢えず、食事にしましょ」


 立慧さんのその一言で全員が重たい腰を上げて食堂に移動し始める。……テーブル上に用意されている食事を各々皿に盛り分けつつ。


「……中々思い付かねえもんだな」


 珍しく気弱気に口にされたリゲルの呟き。声には出さないものの、心境は似たようなものだ。


「そうですね……」

「そうポンポンと名案が出てくるようなら、世の中の発明家や創作者は苦労しないさ」

「まあ、状況が状況だしね」


 付け合せの野菜から口に運んでいるジェインの隣で、立慧さんがどさりと効果音のしそうな量の肉を皿に盛りつける。フォークに突き刺した唐揚げを豪快に頬張りつつ。


「神聖の属性が効くヤマトはまだなんとかなりそうなんだけど、残る二人がどうしても厄介なのよね」


 ――そう。


 ガイゲと死神。ヤマトタケルと違い、あの二人には弱点と言えるような弱点がない。……そもそも情報が不足しているということもある。実際に交戦したメンバーは今いる俺たちの中には誰一人おらず、あるのは以前に賢王や冥王から聞いていたことと、先日襲われたときに実際目で見て確かめたことだけ。


 それだけではどうにもならない。ガイゲは剣の腕と術法に優れたオールラウンダー、死神はどう対処したらいいのかも分からないほど巧妙にこちらを殺しにくる暗殺者。共に恐ろしく手強い相手だと言うことしか分からないのだ。あの呪文を発動できさえすればある程度の勝機はあるだろうが、あの三人を相手に戦闘の中で詠唱の時間を稼がなければならないとなればそれはかなりの難題。アイリーンを倒されている以上、敵方も今度は油断などしてくれないだろう。……一番は相手を誘き出してその間に詠唱を完成させておくということになるが。


「……」


 肝心のその手段が思い付けない。そもそも此方側の戦力が大幅に削れた今、相手は最早守りに入ってもいい時期だ。


 アイリーンを倒したこちらの手の内を警戒しているのなら尚の事そうなる。アジトの位置は分かっているとはいえ、ヴェイグや永久の魔が控えているその場所へ踏み込むのは事実上不可能。……籠城されれば俺たちには手がなかった。現状、全くと言って良いほどに。


 敵に安全手である籠城をさせず、レジェンドたちだけを上手く誘き出すような方法――。


「……どうしたものなんだかな」

「そうですね……」

「――提案なんだが」


 依然として解けぬ難題に頭を悩ませる中で、発言したジェインに目が向く。……なにか良い考えが浮かんだのだろうか。


「食事が終わったら、全員で少し外に出て見ないか?」

「外……ですか?」


 訊き返したフィアの言葉にああ、と頷くジェイン。


「ずっと建物の中にいると息が詰まる。気分転換にもなるだろうと思うんだが、どうだ?」

「……んなのんびりしてる暇ねえだろ」


 いつぞやのリゲルのようなことを言い出したジェインに対し、反対に回ったのはリゲル本人。


「こうしている間にも時間は経ってんだ。早いとこ、手段を見付けねえと」

「郭を置いて行くのは後ろめたいか?」

「――」


 爆弾をつつくようなその発言にヒヤリとする。見つめる俺の前で、リゲルは微かに舌を打って下方へと視線を逸らし。


「……そんなんじゃねえよ」

「そうか。だが考える上でも、姿勢は思うより重要だ。これは経験談でもあるが、どこか一か所で止まったまま考えるより、軽く身体を動かしながら考えた方が新しいことを思い付ける場合が多い」


 リゲルだけではなく、俺たち全員に語りかけるように。


「より大きい変化の中に身を置いた方がな。同じように考えているだけでは状況を固定化してしまっていることになる。自分でも気付かないうちに、堂々巡りから抜け出せなくなっていることがあるんだ。――このところ僕らは戦いに掛かり切りだった。こんな状況だからこそ、一旦離れてみることも必要だろうと思うんだが」

「……どうなんでしょう」


 ジェインの言いたいことも分かるつもりだ。このまま話を続けたとしても、良い考えは出てきそうにない。見込みのない議論に割く時間なら、いっそのこと空気を変えるために費やした方が良いのではないか。確かにそうも思う。


 だが同時に、リゲルやフィアの躊躇いも分かる気がしていたのだ。……正直言って今は、外に出たからと言って遊べるような気分ではない。大体立慧さんが――。


「……ま、それも良いかもね」


 どう言うかと。そう思ったところで耳に響いたのは意外な台詞。


「どっちみち此処で悩んだところで案なんて出そうにないし。ただ悩んでるだけなら、その間に別の事を試すって言うのは賛成だわ。――なに覇気のない顔してんのよ」


 声を飛ばされたのは俺ではなく、リゲル。


「容態は聞いたんでしょ? 死んでないって。なら、今はそれで頷いとくしかないわ」

「……」

「――辛くない道なんてないわよ」


 立慧さんが言葉を掛ける。テーブルに置いた腕。固く両手の指を組んでいるリゲルに、なおも。


「特に自分がその原因になってるなら。どうしたって後悔はするし、あれこれ考える。……自分を責める気持ちだって、勿論ある」


 最後の一瞬だけ弱まる語気。そこから吸った息で意気を取り返し。


「けどそれで動かないんだったら、それこそ顔向けできないんじゃないかと思うわ。多分そんな風に固まってたとしても、向こうは喜ばないだろうしね」


 ……そうだ。


 聞いている最中に気が付く。これはきっと、リゲルだけではなく――。


「どうするの? 無理強いはしない。あいつの近くにいたいんなら、それでもいいわ」

「……」


 誰も口を挟むことはしない。僅かの沈黙ののち。


「……」


 何も言わずに。リゲルは、立ち上がった。


「……リゲル」

「……おう」

「――なら支度しましょ」


 何と言えばいいか分からなかった俺の声にぶっきらぼうに、それでも答えを返し。


「三十分後に出かける用意をして、出口付近に集合。いい?」

「――はい」


 確認する立慧さんに、フィアがそう返事をした。



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