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第四節 武神たちとの出会い 後編

 

「……」

「――戻った」


 現われる気配。連れて戸口から姿を現すのは、あの男。


「武天は帰ったぞ」

「そうか」


 そう答えて床に腰を下ろす。傍らには採ってきたと思しき木の葉に根、草花。相変わらず種類の分からぬ物ばかりが揃っている。


「……驚かないのか?」

「あいつはいつもああだ」


 泥などは既に洗い落としてあるのか綺麗なものだ。男が指先を振るう度、掌に乗せたそれらが刻まれていく。


「今日は元から顔合わせのつもりだった。詳しい話は後日にすればいい」

「……そんなもの、要らぬ世話だ」

「……」


 反論も同意もしない。男はただ背を向けて、いつも通り鉢で刻んだそれらを擦り始める。


〝ここだけの話、一馬は初心でなー〟


 その後ろ姿を眺めながら、私の脳裏に先ほど聞いたばかりの台詞が浮かんだ。


〝鍛錬に馬鹿真面目でその手の経験がないもんだから、女に耐性がないのさ。ちょいと誘惑でもしてやればイチコロだぜ? 多分〟

〝……どうしてそんなことを私に教える?〟


 当然と思われる問いを投げ掛けた私に、武天はニヤリと笑って。


〝かの武術協会の双璧が一人、《武神》を落として完全に味方に付けたなら、さぞかし心強いんじゃないかと思うんだがな〟


 不敵にも、そんなことを言ってのけた。


「……」


 ……意味が分からない。


 思い返してみてもやはりそうだ。話せば話すほどこの男と武天とは対照的な人物だと思えてくる。武天の行動は一見、多くがふざけているようだが……。


 ……どこまでが本気だ? あの男。


「……」


 ――馬鹿馬鹿しい。


 色香で以ての強者の籠絡。女が時として武器とするその道を、私はずっと拒絶してきた。自分の道がどれだけ厳しいものだとしても、その過酷さにこの身を任せることだけはしたくなかったからだ。そもそもがあの武天の発言。単純に私とこの男とをからかい遊んでいるだけかもしれない。そのことを思いながらも……。


 奇妙な心持にある自分を私は自覚していた。……緊張の糸が切れた所為だろうか? 胸に穴が空いたような、心寂しいような、そんな頼りなさ気な寂寥とした心情。


 この自分がまさか、こんな心持になることがあるとは――。


「――飲め」


 できた薬を一馬が持ってくる。慣れているはずのその所作にも気付いていなかったことに気が付き、顔を上げる。


「……おい」


 椀を受け取る。飲み干した器を返してから、試みに言葉を掛けた。


「どうした?」

「その……だな」


 躊躇うように口籠る。……いざ言葉にしてみるとなると、中々に抵抗がある。


「……汗をかいたので、拭いてくれないか? その、背中を、タオルで……」


 途中からわけが分からなくなってくる。こんなものが誘惑などと呼べるのだろうか。羞恥に似た疑問を抱きつつも、しでかした行動への反応を待ち――。


「……?」


 違和感。椀を受け取った男からの、返事がない。訝しげな視線で眼を見てみるが、やはり同様に無反応だ。こんなことは今までになかった。


「……」


 不調とは雖も歩くことくらいはできる。布団から足を抜き、近付いて見た男、《武神》は。


「……は?」


 ――気絶していた。


 そう理解してもなお信じられない。……顔の前で二、三度手を振ってみるが、瞳に動きがない。本当に気絶している。


「……」


 ――なんだ、これは。


 動かぬ彫像と化した一馬と、私。状況を整理すると同時に、得も言われぬ疲労感と虚脱感に襲われて。


 再度布団に入り込むと。私は取り敢えず、眠ることに決めた。







 ――数日後。


「痛ってえな……」


 土間に座り込んで愚痴を零す武天の姿に、先ほどから私は辟易している。無視しているにも拘らず断続的にもう三十分ほど零されている言葉たち。……中々に粘る。


「……どうした?」

「いやあ、実はな」


 待っていたと言わんばかりの反応。魚が餌に食いつくかのような素早さに少々引いたのにも拘らず。


「こないだ俺がお前に一馬は初心だって話したってのがばれたら、キレられてな。久々の戦いでこの様だぜ。ったく、髭も整えてたってのに……」

「……」


 下らない話に無言を貫く。自業自得、因果応報。頭に浮かんで流れて消えていくのはそんな言葉の数々。


「武天が傷の痛みに呻くとは、情けない話だな」

「良いの良いの。俺も同じくらいは切ってるから」

「……貴様たち二人が軽々しく戦いなどしていいのか?」


 イチチと呟きながら肩を回す武天の姿を見て、気になったこと。


「ああ。うちはその辺かなり自由なの。二十三雄同士でも結構いざこざがあるもんだし、どいつもこいつも我が強くてな」


 此方を見ずに呟く武天。貴様が言えるものではあるまい……とは、この期に及んでは私も口には出さなかった。


「仮に死んだんならまあ、ソイツが弱かったってだけの話さ――っと」


 一組織の長とは思えぬほど恐ろしい台詞を口に。


「そうだそうだ。で、どうだった?」

「なにがだ」

「色仕掛けだよ色仕掛け。効果あったろ? どんな反応してた? あいつ」

「……」


 思わず思い返す。……石の彫像のようになっていたあの様。


「本人に訊け」

「訊いたんだけど教えてくれなくてよ。拳と蹴りのキレが増しただけだったぜ」

「……貴様に言う義理はない」

「代わりに一馬の故郷について教えてやっからよ。――日本って国でな! サムライとニンジャって技能者がいっつも刀を振り回して戦ってんだ。それが一馬の強さの秘密ってわけで――」

「私を馬鹿だと思っているのか?」

「チッ、意外と世間知ってやがんな。――元はといやあ俺が教えてやったんじゃないかよ。減るもんじゃねえし、ケチケチすんなって――」


 傍若無人に物を言う武天は、そこで何かに気付いたような顔をし。


「あー……。……もしかして、俺が引っ掛かっちゃう、とか思ってる?」


 ……は?


「一馬を引っ掛けて自信持ったなら悪いんだが……俺、ムチムチバインバインにしか興味ないからさ。悪いな、いやほんと」


 気遣わしげな笑みが癇に障る。浮かべられた表所はわざとらしい憐憫で――。


「まああれだ。牛乳とか飲んで、腕立てとかすれば多少は――」

「――殺すぞ?」


 そんな殺伐とした喧騒を繰り広げていた中。


「――お戻りか? 一馬」

「ああ」


 私には察知できなかった気配を合図に、男が中に入って来る。床に腰を下ろし、いつも通りに摘んできた薬草を鉢で磨り潰す。


「どうよ? 連中の様子は」

「勘付かれてはいない」


 重大事を話しているにも拘らず、男の返答は普段と変わらずに端的。


「三組織とも個々の防衛と警戒を高めることに注力している。――お前の討伐の件だが」


 すり鉢から此方を向いた男。


「連盟の中でも信頼できる何人かには打診した。彼らの返事を待って動く予定だ」

「……信頼のおけない人間がいるのか?」

「……」

「ま、どうだかな」


 口を開きあぐねた男の代わりに答えるのは武天。


「武人ってのは元々一匹狼だからな。他の組織に下手な事されると困るんで一応集まってるってだけで、組織としての纏まりはそんなにないのさ」


 少人数の連盟なら権謀術数には無縁そうだと思ったが、そういうこともあるのか。


「一馬も俺も何か権限があるわけじゃないしな。いざとなったらボコるってだけで」

「……それは権限とは何か違うのか?」

「連盟の奴らはどいつもこいつも命知らずだからなー。殺してやるっつったところでやれるもんならやってみろって話になるだけで、大した脅しにはならねえよ」

「そうだな」


 息を吐く男。……内情を聞けば聞くほど私たちの方に馴染みのあることばかりが出てくる。四大組織と一括りに纏めて考えてはいるが、その実武術連盟の本質は反秩序者側に近いのではないか……?


「ま、この俺サマと武神サマが付いてんだ」


 思考を遮られる。耳に響いた武天のその言葉は単純明快で。


「いざとなったら三大組織相手に戦争ってのも悪くないぜ。なあ一馬!」

「……冗談でも言ってくれるな」


 男の返答を受けて武天がこちらを向く。その意味ありげな目配せに、反応を促されているのだと気付き。


「……ほざいていろ」


 そう呟いて、窓の外に目を遣った。


 ……。


 ……あの日々は、それまで私が過ごした中で最も心穏やかな日だった。


 だからこそ気も軽くなっていたのかもしれない。この男たちの言う、そんな日が来るのかもしれないと。


 ……そう、思い掛けてしまうほどに。



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