第八.五節 制裁
「……クソッ‼ あの野郎……‼」
――人気のない路地裏。
先ほどリゲルと乱闘を繰り広げた十名ほどの男たちが、目立たないようその場を移動していた。いずれの足取りも重く、覇気がない。
「ボス。目覚めたばかりなんですから、まだ喋らない方が――」
「余計な世話だ! ……う、くっ……!」
部下に向けて怒気を飛ばすリーダー格の男。だが、そうは言ってもやはり受けたダメージは大きいらしく、苦悶の表情を浮かべて言葉を途切れさせる。……最後の一撃。顎に食らわされた強烈なアッパーの衝撃は、目覚めてなお男の身体に軽くないダメージを残していた。
「くそが……! それもこれも全部、あいつらが邪魔しやがったせいだ……!」
未だぐらついているような意識を、男はどうにか怒りで支え上げる。咄嗟の人質としてとった子どもを部下の手から奪い去った少女に、少女を庇いつつ子どもを逃がそうとした青年。
あの二人の邪魔さえなければリゲル・G・ガウスは間違いなく男の部下たちの手によって私刑に掛けられていた。レイルへの復讐も、全てが上手くいっていたはずなのだ。
「リゲルはひとまず後回しで良い……」
痛みに募るありったけの憎しみを声に乗せて。
「まずはあのガキと、女を……!」
「――古き良きカッサンドラファミリーも、零落れたものだ」
「ッ――⁉」
男の言葉が次なる計画を紡ぎ出そうとした直後。路地裏に響き渡ったのは、酷く対象的な落ち着いた声色。
「組織の復讐よりも自らの私情を優先させるようになったとは。かつてのドンが見れば随分と哀しんだことだろう。ああ……」
昼間でも見通せないほどに薄暗い路地。男たちが振り返るその陰中に、二つの人影が並び立っている。
「今はもうファミリーはないのだから、カッサンドラの残党と呼んだ方が良かったかもしれないね」
その前に立つ男に、リーダー格の男の眼は釘付けにされていた。……線の細いシルエット。
口元と目に微笑みを浮かべているその風貌は、一見すればただの紳士のようにも見えるかもしれない。誰もが認めるだろう整った容姿と、糊の効かされたスーツが好感を抱かせる。……だが。
「他人の息子が甘いのをいいことに、随分と手出ししてくれたようじゃないか」
表情では隠し切れない――男の底知れない冷たさが。身に纏っているその雰囲気を一変させ、一段と恐ろしいものにしていると感じられた。
「て、てめえは……⁉」
漸くと言った体で声を絞り出す。つい先刻まで憤怒に塗り潰されていた男の形相は、今、傍目から見ても分かるほど明確にその色を失ってしまっている。
「レイル⁉ どうしてここに⁉」
驚愕。それ以上に恐怖に彩られた部下たちの金切声。まるでその反応を愉しむかの如く、レイルはゆっくりと懐から葉巻を取り出した。
「――君たちはどうやら、情報の収集を怠っていたようだ」
差し出されたライターが先端に火をつける。流れるような一連の所作。ただそれだけで格の違いを感じさせられる仕草に、男たちは然したる反応を取れないでいる。
「わざわざこちらから偽のスケジュールを流したのに、裏付けも取らないままあんな行動に出るなんてね。お蔭で仕掛けていた罠の三つ二つが無駄になってしまった」
吐き出される紫煙が光を求めるかのように宙を燻る。その段になってすら男たちは動けない。言うべき言葉を見失ったかのように口を開け閉めし、落ち着きのない視線を辺りに彷徨わせているばかり。
「まあ、私に用があるのなら仕方がない。済んだことではあるが、君たちの件について一応の確認をしておこうか」
「……ふざけるな」
その言葉がスイッチとなったのか。
「済んだことだと⁉ てめえにとってはそうでも、俺たちにとっちゃまだ何も済んじゃいねえ!」
覇気を取り戻したのはリーダーの男。怒りを込めたその言葉に、狼狽えていた部下たちの目が気力を取り戻す。創痍ながらも構えを取り、自らを奮い立たせ。
「終わりじゃねえ‼ 今すぐテメエを――ッ‼」
「カッサンドラファミリーは伝統ある長い組織の一つではあったが、近年トップが変わるに当たって大幅な方針転換を果たそうとしていた」
辛うじて芽生えさせたその闘志を。気にも留めていない男の言が、小枝を折るように摘み取った。
「密輸や偽造紙幣なんかは構わなかったが、麻薬に人身売買……これがいけない。伝えておいたはずだよ。そういったものに手を出せばすぐにでも、うちのファミリーが始末に出ると」
一切の激と闘志を無視し、聞こえていないのように言葉を紡ぐ。特別厳しくもないレイルの視線。だがそれでさえ向けられた先の男たちを抑えるには充分。
「君たちの中でも薄々気にしてる人間はいたんじゃないのかい? 〝うちのファミリーはもう昔みたいなプライドあるファミリーじゃない。進んで他を食い物にするような、本物の屑に成り下がった〟……ってね」
「黙れ‼ 例えそうだとしても、俺たちはファミリーに恩がある。ファミリーの決定は絶対だ!」
「……その揺るぎない忠誠心だけが、君たちに見るべき点だ」
柔らかな笑み。好意を示すはずのその笑みが、今はただ純然と恐ろしい。たじろぐ男たちを前にして。
「まあ、君たちにも更生の余地がないわけじゃないんだろうが……」
殺意などまるで感じさせないまま、男はにこやかに宣告した。
「生憎自分の息子に手を出した人間を生かしておくほど、私は寛容じゃないのでね」
「……手袋が汚れたね」
白い手袋を脱ぎ捨てて、男――レイルは背後へと向き直る。
「処理は任せるよ。このあとも仕事があるからね。いつも通り片付けておいてくれれば良い」
「はい」
迎える部下の声にも動揺はない。これまで幾度となく同じことを繰り返してきた者の、機械的な反応がそこにあった。
「……それにしても」
「どうかしましたか?」
「……いや」
男――レイルは言葉を濁す。
「何でもない。後は頼んだよ」




