第二十一.五節 二つの邂逅
田中は一人足を進める。郭へ別れを告げたことも今となっては胸の内に無い。
――いる。《十冠を負う獣》から投げ掛けられた言葉よりも何よりも、他ならぬ田中自身の直感がそう告げているのだ。この先に待つ、強大な力の気配。
「……」
部屋を通過する。その気になれば数秒で駆け抜けることのできる距離ではあるが、この期に及んで無粋な真似はしない。僅かでも体力を消耗させてはならないという理由もある。そしてそれ以上に、待ち構える相手には今の自分にでき得る最高の状態で臨みたかった。
「……」
一歩一歩を踏みしめるごとに、自分があの頃に戻っていく気がしてくる。師を仰ぎ、未来を信じ、ただ偏に修練を積んでいたあの頃。自らのいるこの場所は揺るがないと、そんなことを当たり前のように信じていたあの頃だ。
思えば思うほど激情が滾ってくる。今まで持ち続けてきた憎しみの炎。長らく燻り、不十分な薪しか与えられなかったそれが、今歓喜の声と共に燃え盛っている。……存分に。
「……」
用意された空間にて、黙してアイリーンは時を待つ。……近付いて来る気配。捉え違えようもないそれを、自らの感覚にひしひしと感じつつ。
――思い返されてくる。
あの日の激情。抑えようのない怒りが。目を閉じずとも、目にしている空間全てに映し出されるかのよう。かつての自分の誓い。そして――。
「……よう」
――邂逅。
未知の二者が織り成すその儀式は、田中の余りに静かな一言から始められた。
「お前さんが、《厄災の魔女》か?」
送る田中の視線の先で、振り向いたのは女。容貌は一見して齢若く、しかしてその裏にあるある種の老練さを田中は見て取る。狂いなく。
「対面して早々、字名で人を呼び捨てるとは……」
アイリーンの目に映ったのは凡庸な男。髪に刻まれた白が過ぎ去った年月を感じさせる、その不精な出で立ちからは程遠く鍛え上げらえた身体。
「礼がなっていないな。あの無骨者たちの集団に属していただけはある」
「答えろよ。礼儀知らず」
田中の言葉を鼻で嗤い。
「――私はアイリーン・カタスフィニア」
一切の躊躇いもなく。魔女はそう、高らかに名乗りを上げた。
「お前たちの言う、《厄災の魔女》だ」
「……武人、田中」
師から受け継いだ心構え。例え如何なる相手であろうとも、名乗りには名乗りを以て返す。
「武術連盟二十三雄が一人、《当千杖師》の仇。――取らせてもらう」
「知らんな」
構えを取る田中の目の前で、魔女が髪をすく。手櫛の齎す野性美。
「私からすればお前も奴らも、あの連盟に所属していた貉に過ぎん」
言い切ったアイリーンの目の先で。武人から、陽炎のような闘気が上るのが分かった。
「己の罪を悔い……死んでいくが良い」
「……」
――広い空間に出る。高い天井。
俺を迎えたのはこれまでに見たこともないような大きさの和室。広がる畳の地面を先を目指して踏み行く、その先に立っているのは。
「……来たか」
見間違えるはずもない。――そんな予感がしていた。
「……父さん」
蔭水冥希。世界を救い、『救世の英雄』と呼ばれた男。……紛れも無い俺の父。その相手が、鎖していた双眸を開けた。
「――始めようか、黄泉示」




