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第十六節 運命の朝

 

「――じゃあ、僕は先に行ってるよ」


 きっちり閉じている扉の前で十冠を負う獣は声を掛ける。……返事はない。苦労して約束を取り付けた手前、時間通りには来てくれるだろうと思いつつ、息を吐いて向かう先は本来は従業員のために用意されたシークレットルーム。


「――」


 床に描かれた円陣を鍵となる詠唱で起動。行先を指定して飛んだ。ふらつく感覚に少しよろける着地を終えると、そこは既に山岳の中腹。――『アポカリプスの眼』にとって馴染みの訓練場になる。今日これから戦場となるその場所を……。


 ――さて。


 一望して、十冠を負う獣は思う。――段取りは整っている。あとは上手くアイリーンを会話と術法の披露にて繋ぎ留め、頃合いを見てすべき行動をするだけのことだが。


「……」


 唯一、唯一明確な覚悟の決まっていない事柄。……これが終われば当然、自分はヴェイグたちの元から向こう側へ行くことになる。


 そのとき彼がどんな反応をすることになるだろうか。そのことを思うと、今一明確な対応が決まらないのだ。果たしてどんな表情をして、どう振る舞えばいいか……。


「……ま、なるようになるかな」


 澄んだ空気の中で小さく息を吐き出す。……奇襲とはいえ、仕掛けの段階で最もアイリーンに近い位置にいるのは自分。無事で済まない可能性は高い。ここで死ぬのならそれはそれだが、しかし――。


「――媛神」


 声。物思いのせいか、接近に気づけなかった気配に振り返る。十冠を負う獣の視界に映るのは。


「アデル。小父さまも」

「珍しいな。この時間帯に訓練場とは」


 ――アデルに冥希。予想外の邂逅に、内心で一瞬の動揺。


「彼の件でヴェイグと面倒な話があるって聞いていたけど、どうしたんだい?」

「存外早く話が付いてな。朝の修練ついでに、軽く手合せをしていたところだ。――お前こそ」


 マズイと思う感情はおくびにも出すことなく十冠を負う獣は話を合わせに掛かる。……時間の猶予は然程ない。どうにか口実を作って二人をこの場から追い出さねばならないと、水面下で過るのは緊張感。


「この期に及んで訓練をする柄でもないと思っていたがな。なにかあったのか?」

「アイリーンと修練の約束をしてきたんだ」


 細められるアデルの目に、考えるまでもなく至極自然な形で口をついて出る事情の説明。


「土壇場で食い違いがあっても困るからね。彼女の詳しい力量を把握しておくに越したことはないし、多少は仲良くなっておいた方が色々と便利だろう?」

「なるほど。和を貴ぶ若者は苦労なことだな」


 屈託のない表情でアデルは笑う。……疑われてはいないようだ。言い分をどうするかと思考し――。


「――安心しろ」


 分かっているというようなアデルの台詞に、一瞬それを止めて視線を移した。


「あの魔女が気難しいことは知っている。邪魔にならないうちに、私と冥希は退散するとするさ」

「――そうしてくれると助かるよ」


 偽りではなく本心から告げる言葉。……上手い具合に汲んでくれたものだ。真意は外しているが当たらずとも遠くないのが実に好都合に働いている。


「……行くぞ」

「ではな。アイリーンによろしく言っておいてくれ」

「ああ。またあとでね」


 会話の終わりを見て促す冥希。二人の立ち去って行く様を安堵の心持ちで見遣りながら、十冠を負う獣は取り出した携帯にて時刻を確認する。……そろそろだ。アイリーンも訪れる頃合いかと、思考を次へ切り替え。


「――動くな」


 真後ろから首筋に突き付けられた凶器。研き抜かれた冷たい刃の感触が、十冠を負う獣の動き全てを静止させた。









「――では、行きましょう」


 ――迎えた朝。朝食と身支度とを整えて一階に集合した俺たち。全員が揃っていることを確認して、出発。山道を歩いて行く。郭と葵さんの先導で……。


「どれくらい遠いんだ?」

「そこまで距離はありません。歩いていれば着きますよ」


 十五分ほど歩き……着いたのは大地を上に構えた坂の下。歩みを止めた郭が時刻を確認する。


「……時間までまだ少し間があります。ここで待機しましょう。――冥王」

〝おっけ〟


 姿を見られない為か、冥王が俺たちの周囲に重ねて何かを構築したのが分かる。……この期に及んでは最早会話もなく、空気を占める緊張の内に待ち続け――。


「――時間です」

「――‼」


 待ち侘びた郭の合図と同時、賢王たちを先頭に走り出す。――前へ前へ。心臓に漲ってくる昂ぶり。送る血潮で脚に力を込め、アイリーンたちが見えてくる場所まで走り抜ける勢いで駆け走る。組んだ隊列を崩さないようにして――‼


「――よう」

「――ッ⁉」


 山道を駆け上がり終えたその矢先。視界に映り込んだ姿に、思わず昂ぶりと足が止まった。……え?


「遅かったじゃねえか。迷わずここまで来れたか? 抵抗者ども」


 俺たち全員を前にして軽々しく片手を上げるのは、どっかと岩に腰かけた黒鎧。……隣にいる軍服に、踊り娘に似た衣装。……まさか、まさか。


「レジェンド――⁉」

「おいおい、んな滑稽な面するなよ。情けなくてこっちまで涙が出てきちまうぜ」


 郭の動揺を嘲笑うガイゲ。……十冠を負う獣の情報と食い違っている。襲い来るのは混乱と当惑。……そんな。なぜ――。


「このところこっちも暇で仕方なくてよ。元々の標的もいるし、丁度良いって話でわざわざお前らを迎えに来てやったってわけだ」


 この三人が。……アイリーンの下へ向かうどころではない。いやそもそも問題なのは、果たしてこの場を切り抜けられるかどうか。


「――そっちの二人ももっと喜べよ。久々の再会じゃねえか。探したんだぜ随分と。前にお前らの集まりを襲った時から大分経ったろ?」


 立ち尽くす俺たちの中から賢王と冥王へ焦点を合わせるガイゲ。平時より鋭いその目付きが、挑発するように細められる。


「俺たちに対抗する目処は付いたか? 苦労するよなぁ、肩書きしかねえ雑魚は。本物に睨まれちまうと必死で策を練るのが――」

「――二人削り取りましょう」


 囁くようなガイゲの声を割る、毅然とした賢王の声。


「残りは任せましたよ。賢者補佐官」


 耳に届いた響きに思わず顔を向けた瞬間、そこにいたはずの四人の姿が、消失した。


「……え?」

「……転移法か」

「……ええ」


 転移法? ジェインたちの会話で遅ればせながら何が起きたのかを理解する。……賢王たちが、自分たちごとレジェンドをどこかへ。……だが。


「……」


 ――一人。俺たちの前にはまだ軍服を着た少女、ヤマトタケルの姿が残っている。外見からは想像もつかないとはいえ、この少女もまたレジェンド。あのガイゲと同等の力を持っているのだとすれば。


 ここは――。


「――私が引き受けましょう」

「――っ⁉」


 動揺から間髪入れず。前に歩み出たのは、葵さん。……無茶だ。


 真っ先にその思いが胸を過る。賢王や冥王が苦戦する連中に、葵さん一人では――‼


「葵さ――」

「ここで足止めを食らうのは得策ではありません」


 敵を見据えての発言は賢王と同じ。有無を言わせないその響き。


「分かっていますね。郭」

「……ええ」


 言葉を受けて、郭が、斜め前へと出た。


「――行きましょう」


 そう言って駆け出した郭の、後に続く立慧さんと田中さん。……迷いながらも遅れるわけにはいかず、順々に俺たちが走り出した――。


「――大丈夫よ葵なら」


 後ろ髪を引かれる俺の耳を、立慧さんの声が打つ。久々に聞くような――。


「あいつは賢者補佐官なんだから。それくらい、できてもらわなきゃ」

「ええ」


 淡々と。しかし声色に僅かな凝りを滲ませながら、答えるのは郭。


「当初の予定が狂った以上、できる中で最善の手を打っていくしかありません。葵さんとあのレジェンドは相性が良い。可能性はあります。僕たちの中では、一番――」


 どこか自分自身にも言い聞かせているようなその口調。抑え切れない不安を振り切るように。


「――ッ」


 走る俺はただ、迫ってくる前だけを見つめていた。



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