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第十二節 互いのわけ

 

「……嘘だ」


 少年が絞り出した声は、その一言。


「《武神》が連盟を裏切ったなんて。それに――」


 震えを抑えるかのように唇を噛み、再び言葉を続ける。


「仮にそうだとしても、師匠が負けるはずがない」

「あたしだって冗談なら良いと思うさ。もしそうなら、あんたにこんなことを一々告げる必要もなかった」


 少年の前にいるのは壮年と思しき一人の女性。面倒だとでも言うように、ハァ、と息を吐いて。


「事実だよ。今言ったこと全て」


 真正面から少年の眼を見つめて、断言した。


「――っ‼」

「どこへ行くつもりだい?」


 手に取ったのは杖。必要すら満たさない最低限の持ち物を手に走り出そうとする少年に、声が飛ぶ。


「連盟に決まってるだろ‼ 本当かどうか確かめに――!」

「もう全部終わったことさね。確かめなくとも、時が来れば直ぐに分かる」


 若々しい昂ぶりに対し、女性の声はどこまでも平静だ。


「大体あたしはあいつからあんたを預かったんだ。許可も無しに勝手に出て行かれちゃ、こっちが困る」

「……邪魔をするなら、力付くでも……!」


 少年の眼光が鋭さを増す。全身から上り立つ紛れもない、齢に似合わぬほど鋭い闘気。揺らめきを含んだ動きが、暴風の如く吹き付け――。


「――止めときな。青臭い」


 いなす柳の如き声。気が付いたときには既に、少年はその場から一歩も動けなくなっていた。


「……っ⁉」

「土台無理な話だそりゃ。今のあんたじゃ、百人束になって来たって釣りが来る」

「……このッ……!」


 動けない。戸惑いに浸み込んでくる女性――リアの声を振り切るようにもがこうとする少年だが、足はおろか握る指の一本さえも動かすことが叶わないことで逆に焦燥が募っていく。抗うことのできない、風の戒め――。


「あいつがあんたを此処に預けたわけを、もう一遍考えてみるべきじゃないのかい?」

「――」


 リアの声に、少年の虚しいもがきが止まった。


「……師匠は、こうなることを知ってたってことか?」

「予測くらいはしてたんだろうね。あたしにゃ分からないけど、武人ならではの直感のようなものもあったのかもしれない。何にせよ――」


 リアの瞳が少年を見る。賢者に相応しい、落ち着いた光を持った。


「あいつはあんたに生きることを望んだし、あたしはあいつにあんたを任された。下手な真似をしてもらっちゃあたしらの立つ瀬がない」


 黙りこくる少年。数秒の間を置いて。


「……どうしろって言うんだ」


 吐き出されたのは、寄る辺を奪われた人間特有の投げやりに近い声の温度。


「連盟がなくなったなら、俺の居場所はもうない。あんただって部外者の俺をいつまでも置いておけないだろ」

「口の利き方を覚えない小僧だね」


 風の圧力が強まり――体を締め付ける感覚が強くなったことに、少年はヒヤリとする。……大丈夫だ。まだ口は動かせる……。


「普通ならそうなんだろうが、幸いあたしゃここのトップだ。あんた一人くらいならどうとでもなる」

「……そんなことでいいのかよ。魔術協会の長が――」

「良くないさ。だからあたしは、大賢者を辞める」

「え?」


 視線を上げた少年。前に立つリアは、変わらない飄々とした表情で立っている。


「立場を押して無理を通すんだ。けじめをつけるのが道理さね」

「……どうして其処までして」

「あいつとは昔色々とあったのさ。気が向いたら話してあげようか」


 身体を縛り付けていた戒めが解かれる。不意の自由に、思わずよろめきそうになった少年。


「とにかくこの騒動はあたしたちで蹴りを付ける。あんたは暫くの間、始まる新生活についてでも考えてな」







「……」


 空気に満ちている威圧感。


 迎えるのは四人。顔は見えないが、その気配だけは身を圧し潰すような重圧となってヒシヒシと感じ取れる。


「なぜ呼ばれたのか、分かっているかね?」


 年老いた枯れ木のような声。年齢相応の老いを感じさせる声に幾許かの軽蔑を覚えながら、少年は畏れなく問いに応じる。


「俺が魔術師でなく、武人だからですか?」

「核心は突いている。が、正確ではないな」


 答えを聞いて吟味するのではなく、端から決めていたような返答の速度。


「大賢者であり、最長老になるリア殿たっての頼みだ。武術連盟の崩壊という事態を鑑みて、我々四賢者は協会員として君を迎え入れることにした」


 その温情を滲ませているかのような声遣いも、反応を窺うような間も。全てが少年には装飾に浸り切った証左と思える。


「だが協会に席を置く以上規律は守ってもらわねばならない。君を呼んだのは、これから君が守るべきルールを伝えるためだ」

「……それで、ルールとは?」

「君が武術連盟の出身であり、かつ武人であることは、我々以外の誰にも知られてはならない」


 判決文のように言い渡される。


「具体的には大賢者と四賢者。それ以外の者に対しては我々が伝えるべき相手を決める。これがルールだ」

「……分かりました」


 短い。だがそれはつまり、それだけで縛るに充分な規則と言うこと。


「宜しい。――君には暫くの間、第四支部に行ってもらう」


 少年の了承を耳にして、急に興味を失ったかのような事務的な通達。


「そこの支部長には話を通してある。比較的自由にやれるはずだから、まずは周囲への溶け込み方と仕事を学びたまえ」

「はい。ありがとうございます」

「なんにせよ上手くやることだ」


 付け加え。注がれる視線を少年は感じ取る。


「君の素性が露見した場合我々としては、君を切ることも考えなくてはならないからな」


 ――なにが考えなくてはならない、だ。


 その時には自分が躊躇なく始末されることなど、少年には既に分かり切っていた。


「分かっています。それくらいは」

「ならそれで良い。話は以上だ」


 無言の勧告に押され、少年は部屋を後にした――。









「……ふぅ」


 この支部に来て数年。支部長の助けがあることもあって、少年はそれなりに上手くやっていた。慣れない始めの内は色々と苦労することも多かったが……。


 人前では魔術を使わない秘密主義の協会員。書類仕事はまあまあ、秘密の守られる単独行動なら戦闘絡みの任務もこなす。魔力隠匿は完璧で、立ち回りには隙がない。


 総じて少年が合わせたと言うよりも、周囲が少年に合わせた結果と言える。演技に自信のない少年にとってそれはくしくも幸運なことであり。


 ――ただ同時に、自分がどうしようもなく閉ざされた立場にあることは理解していた。


 魔術師でない少年は決して協会の幹部にはなれない。協会に所属する限り守り続けなければならない秘密と、切られるリスクとを常に抱え込んでいる。


 協会を抜けることも不可能だ。それは即座に少年の命の終わりを意味する。無事に抜け出せたとしても、後の二組織が自分を放置してはおかないだろう。凶王派も。


 ……なんにせよ、今は力を付けるしかない。


 何かが変わるかもしれないのだから。それだけを言い聞かせて、少年は今を生きていた。


 ――そんなある日のことだ。


「――君が田中か」


 客が来る。支部長からそう言われて待っていた、少年の前に現われた人物。


「……誰ですか?」


 訊きつつも少年には覚えがあった。言葉こそ発していなかったが、この気配。あの時、部屋の中にいた――。


「私はエーデルトラウト・アロー。この魔術協会の四賢者を務める者だ」

「……っ」

「構える必要はない。リアは大賢者を辞任し、後任も既に決まっている。私としては協会が安定を保てるなら君の在籍に口を挟むつもりは皆無だ。ただ、伝えておきたいことがあってな」


 聞き入るような威厳を兼ね備えながら、意図的に威圧感を除いたような声。奥底にどこか冷たさを秘めるような瞳に、少年が警戒を感じ――。


「――《厄災の魔女》は、生きている」

「――‼」


 聞かされた発言に、一瞬時が止まったような気持ちがした。


「正確には滅びたわけではないと言った方が正しいか。あの魔女は死に際に【第三転生】の禁呪を使い、己の魂を未来の生まれ変わりへと飛ばした」

「生まれ変わり……?」

「魔女……アイリーンの生まれ変わりが世に出てきた時、その生まれ変わりは幾許かの時を経て魔女その者となるということだ」

「……!」


 転生、生まれ変わり。


 門外の少年には何れも奇想天外な内容に聞こえる。……だが。


「奴が蘇れば再度我々に牙を剥くだろう。……武術連盟のような悲劇も、また繰り返されるかもしれん」

「……」


 本職の、それも四賢者が言うのであれば、鵜呑みにはできないとはいえ、全くの出鱈目であるとも思えない。


「我々も対抗策には取り組んでいくつもりだ。戦力は多い方が良い。その際見合うだけの力を持つ者がいれば、討伐隊の一人として選ばれることになる」


 再度合わせた四賢者の眼に見たのは、微かな憐憫のような――。


「君に言いたかったのはそれだけだ。――ではな」







「――随分と修行に精が出るみたいだね」


 状を振るっている最中、無遠慮なその声を掛けられる。


「あんたか。何の用だ?」


 青年の眼に映るのはリア・ファレル。大賢者を退いたあとも四賢者として精力的に仕事を続けている。皺の増えたその顔とは裏腹に、溢れる気力はあの当時と比べて衰えを見せることがない。


「相変わらず口の利き方がなっちゃいない。少しは礼節を覚えたらどうだい」

「……何の用ですか? 支部長としての務めは果たしているはずです」


 畏まったような口調の青年にリアは、溜め息を吐いて口の端を曲げる。


「書類仕事は全然やってないみたいだが……まあそれはいいさ。確かに支部へ突っ掛ってくる連中は全員、綺麗に処理してくれてるみたいだからね」

「どうも」


 述べるのは礼。空けられる静寂に、会話は終わったと判断して腕を動かし――。


「あんた、どうしてそこまで鍛錬を積んでる?」


 差し込まれたその一言に、動こうとしていた右足が止まった。


「……武人が上を目指そうとするのに、特別な理由が必要なんですか?」

「……」


 納得していない。流石に青年にもそのことは読み取れたのか、リアを見る瞳はどこか挑みかかるようで。


「――《厄災の魔女》に挑むつもりなら止めときな」


 敢えなくその言葉を告げられた瞬間、舌を打つように斜を向いた。


「連盟が壊滅した時点で答えは見えてる。武人であるあんたとあいつじゃ相性が悪い。勝てる見込みは、万に一つだって無いよ」


 苛立ちを乗せるようにして杖を繰る。目にも留まらぬ速さで足元に開けられる五つの穴。


「――貴女に何が分かる?」


 水を差してくる相手を、青年は睨んだ。


「師匠から俺を預かり、居場所を作ってくれたことには感謝してる。……だけど、他人の生き方にまで口を出さないでくれ」

「新しい人間関係も作らず、復讐に何もかも費やすのがあんたの生き方かい?」

「復讐じゃない。仇討ちだ」

「同じことさね。ただの自己満足だろう」

「――それ以上は」


 双眸の奥に炎のような輝きがちらつく。


「……それ以上は、貴女でも赦さない」

「……はぁ」


 浅い溜め息。青年の激情を、やれやれといった体でリアはあしらい。


「もうちょい考えて動くことだ」


 目を遣ったのは支部の外観。釣られて青年の視線が一瞬動く。


「情動を利用しようなんて輩はこの中にも腐るほどいる。自分で気を付けないと、骨までしゃぶられることになるよ」

「――だからなんだ?」


 その仕草が単なる支部だけではなく、本山、延いては協会全体のことを指していると知ってなお、青年は自らの思いを曲げない。


「あんたらが俺を使って何をしようと知ったことじゃない。俺は、師匠たちの仇討ちを果たしたいだけだ」

「――勿体ないねい」


 言い切った青年の耳を打ったのはリアのその一言。


「あんたはまだ若い。思い込みで自分を縛らず生きた方が、後から見て広々とした景色になるよ」

「……」


 無言のまま言葉に背を向ける。刹那に消え失せる背後の気配を感じながら、青年は目の前の空に向けて杖を振るった。


 ……そして今。


「……」


 身体とは別に動く思考で自らのこれまでの半生を振り返りながら。一人、田中は支部外の空き地にて杖を繰っている。


 立慧はあれ以来一人で鍛錬を続けていた。……なにをしているのかは知らない。一度忠告はした以上、田中としてはそれ以上関わる気もない。特に現状は、他人のことを気にしている場合ではなかった。


「……」


 それでも思い返される。……立慧の言った言葉。


「……」


 ――怒るべきだ。


 大切な人間を、大切だった居場所を。……理不尽に、全て殺し尽くされたなら。


 現われた仇への怒りに熱を燃やし、憎悪を以て撃ち斃す。それが当然。それが正しい反応。


 そうでなければ、自分が抱いていた気持ちは――。


 ――嘘のように思えてしまう。















「――ッ」

「……終わりだ。《厄災の魔女》」


 宣告に私は面を上げる。塞がれている四方八方。辛うじて感知できるような遠方にまで人員が配置されているのが分かる。水の一滴すら漏らさぬような強固な包囲陣。なにがあろうと逃さずに、ここで蹴りを付けるつもりか……。


 こちらとて元よりただで殺られるつもりなどない。一人二人は死出の道連れとばかりに葬ってやったが、どれだけ腐り切っていようとも流石は音に聞こえし三大組織。……技能者のレベルは極めて高い。連盟のときのように不意打ちならばいざ知らず、正面からの戦いで勝ち目はないに等しい。ここが、限界か……。


「武術連盟を滅ぼし、我らにもこれだけの被害を負わせるとは」


 此処からでは見えない位置。囲みの一角から声が飛ぶ。


「やはり稀に見る厄災――ここで消しておく判断は正解だな」

「――」


 傲岸不遜な物言いに情動が滾る。……そうだ。


「……はっ」


 これだけの手勢を差し向けてきたことそれ自体が、如何に私を恐れているかの証左。力量はどうあれ内心は小物に過ぎないと、その理解を頼りに敢えて笑んだ。


「――ふざけるな」


 全方位。全てを射竦める意気で放つのは、状況にて研かれてきた殺気を以てする威圧。


「至るわけも訊かずに討伐隊を差し向けて来たのは、どこの誰だ? 私を信じてくれたあの人を裏切って、殺させたのはどこの誰だ?」


 語る言葉は演技ではない。偽らぬ本心こそが人を引き付ける。例えそれが、心の底からの怒りや憎悪だとしても――。


「私が厄災の魔女であることを望んだのは一体全体……どこの誰だと思っている?」


 効果を期待して言葉を切る。心の内で紡いでいる詠唱。……気付かれるか?


「――ならばそうなってやる」


 おくびにも出さずに本心からの呪詛を続ける。


「お前たちが押し付けてきた役柄を、この世の果てまで演じ続けてやる。……お前たちが死に絶えるまで」


 目を凝らした一角にざわめきが見える。……気付いたか。詠唱は既に仕上げの段階。だがもう遅い――。


「覚えておくがいい」


 隠匿を捨てて詠唱と言の葉を結びに掛かる。時間はないが、間に合う。確実に。


「いつの日か私は必ず蘇る。お前たちが望んだ、《厄災の魔女》として」

「――止めを刺せ‼ 早く‼」


 慌てたように。声に呼応して放たれた魔力が、擲たれた得物が地を抉る。


「恐れるが良い。震えるが良い。自らの打ち立てた災禍の姿に、怯えて夜を過ごすが良い」


 そのどちらも私の身を傷付けるには至らない。既に私の肉体と魂は、この時間軸から消えかけている……。


「あの人の負った痛みを。お前たちの押し付けてきた苦しみを」


 薄れゆく視界の中で私は彼らを睥睨する。決して忘れることはないだろう、憎しみを込めて。


「――忘れはしない」






 ――そして私は今、此処にいる。


 ヴェイグと名乗る魔術師より与えられた一室。現代の宿泊施設の一部屋であり、これまでにアイリーンが経験した中で間違いなく最高と言える仮住まいだろう。


 だというのに、どこか虚しさが心の内を支配しているのをアイリーンは感じ取っていた。その原因となる事実。


【第三転生】の効力は用いたアイリーン自身が良く理解している。かつて自分が研究した術法の中で特に不確定要素の大きい、だからこそ比較的実現が容易だった物。


 そのままなら待っているのは確実な死。回避するためにも使わなければならなかったし、生まれ変わりが落ちるのはそう遠くないという推測もあった。精々が経って数十年。大して情勢の変わらぬ内に成せることだろうと――。


 そして目論見通り、自分は四十年後の世界に復活した。肉体も魔力も当時と何も変わらない。傷の癒えた状態で蘇った今では、寧ろ記憶の途切れたあの時より好調であるように思えるほど。


 ただ、時代だけがどうしようもなく違っている。


「……ふぅ」


 吐き出す息。……まさか三大組織が別の者の手で壊滅状態に陥っているなどと、あの頃の誰が想像した事だろうか?


 ――変われば変わるものだ。


 感触と共にアイリーンは思う。意識を取り戻したその時から緊張と警戒の日々が続くと見れば、待っていたのはあろうことか真逆の歓待。世界の破滅に手を掛けているという魔術師に、『永久の魔』、集わされた強者たち……。


 紹介と言う名目でアイリーンはそれらに会わされた。割り込みに等しい身の上であろうとも、分かる。優勢は圧倒的にあの男、ヴェイグの側だ。あれだけ絶対の障害として立ちはだかっていたように思えた組織も、所詮は人の生業。崩れる時は、春の夜の夢の如く一瞬だったという訳か。


「……」


 思い返す。あの日覚えた怨嗟、あの日打ち立てた誓いを。


 待ち望んでいた。願っていた。苦悶と破滅。自身と彼にあれだけの仕打ちをした者たちが絶望の果てに死する姿を、正に夢見ていたはずだ。


 ――果たしてそれは、今もなのか?


「……」


 滾るような情念は、既に胸の内にはない。


 考えてみれば当然のことだ。転生の術式は術者の記憶や能力の全てを留め再構築するが、鮮やかな心情の色彩までを留め置いてくれるわけではない。今此処にいる自分は確かに自分だが、あの時の自分とは違っている。それだけのことだった。


「……」


 それでも自分がヴェイグに協力すると決めた動機は、ただ一つ。武術連盟の生き残り。魔術師に身を窶してまで息を繋いできたとなれば、その目的は自ずと知れるところでもある。……かつてのアイリーンの戦いは、まだ終わってはいない。今はそのことを――。


「……詰まらんな」


 偽らざる感情が口に出る。如何に豪奢といえ、部屋の中に閉じ籠っているのでは息が詰まる。かといって、ヴェイグに紹介された訓練場とやらを使うのも気が乗らなかった。彼女からすれば当然と言えるが、アイリーンは彼らを仲間だと見做してはいない。


 武人を仕留めたのちにどう転ぶか分からない自らの行動のためにも、今は技量の詳細を押し隠しておいた方が賢明。そう判断しているからだ。……訓練をする必要もない。魔力は実によく身体に馴染んでいる。転生の中途で強制的に人格を発現したとは思えぬほど、滑らかに。これならば往年と変わらぬ精緻さで術を扱うことが可能だろう。問題は何もない。……それに。


 ――三大組織が壊滅した今、私に目を付けられるだけの者もそういまい。


 皮肉気な感想が胸中を過る。警戒することなく外を歩ける自由。かつて欲して止まなかったそれが、世界の終わりを前にして漸く手に入るとは。


 アイリーンは窓の前から踵を返す。ホテルから眺め続けていた景色。数十年の間でも町は随分と様変わりしているようだった。あの男の手によって、世界が滅ぶそれまでの間――。


 無聊を慰めるのも一興か。



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