第四節 可能性 前編
「……」
賢王たちが出て行き、解散の流れとなった話のあと。
俺は一人、宛がわれた部屋で俯いている。ジェインから教えてもらった個室。目の前の硝子机を、ただ見つめながら。
「……なんで」
――なんで、知らぬ間に進んでいってしまうんだ?
賢王の言っていた通りだ。俺は魔術について碌な知識もない。技術もない。例え俺が事前に真実を知っていたとしても、なにもできなかっただろう。専門家である郭や葵さんでさえ、賢王の主張に真っ向から異を唱えることはなかったのだ。事態がそれだけ難解で切迫しているということ、それ自体は嫌でも理解させられている。
だが、それでも。
知らされていなければ。……覚悟も用意すらもできていない。こんな状態で、ただ受け入れろと言うのか?
仕方のないことだったと。何もできないのだから、ただ黙って看過しろと。そう言われているしかないのか?
「……」
――無理だ。
考えてみるまでもない。このままフィアの死を受け入れて、それでもなお戦うことなど。
できない。それを認めたならば、今まで俺を支えてきた何かが折れてしまう。俺の動機となってきた何かが。
「……」
――やるしかない。
どんなに後悔が残り、困難な状況でも。……今此処にいる俺はそこから始めていくしかない。此処で俺が諦めたなら、フィアは、本当に死んでしまうのだ。
「……」
――だが、どうすればいい?
期限はあと十五日。……場合によってはもっと短いのかもしれない。アイリーンの居場所も分からない。居場所を突き止めたとしても、父を始めとした『アポカリプスの眼』やアイリーン当人を相手取った上で、賢王すら不可能だと言った転生術の解除を達成しなければ、フィアを助けることはできない。
……できるのか? そんなことが。
賢王と冥王の協力は得られないだろう。葵さんもあの様子では力を貸してくれそうにない。立慧さんも、田中さんも。郭はまだなにか探してくれているのかもしれないが、それ以外は。
――できない。
そう思えて来てしまう。こんな状況から、どうやって始めろと――
「――黄泉示」
「っ⁉」
顔を上げる。リゲルだ。開いて扉の前に立ち、サングラスを外した眼でこちらを見ている。
「悪いな。ノックしたんだが、返事がなかったからよ」
「……ああ」
ノック? その言葉に耳を疑う。……気付かなかった。いつものように部屋に入っておきながら、鍵も掛けていなかったのか……。
「……大丈夫、じゃねえよな」
近付いてきたリゲル。俺を見て、小さく吐いた息。
「なんか考えでも浮かんだか?」
「……考え」
「助けんだろ? フィアをよ」
当たり前のように掛けられた言葉に、直ぐには返す言葉が出なかった。
「……そうだ」
「――なら、とにかく考えねえとな」
対面の椅子に座る。深みのあるブルーの瞳で、俺を見た。
「分からねえなら考えるしかねえ。とにかくやって動いてみて、そうやってなにかが変わんのを待つしかねえ」
声に込められたのは力。
「今できなくても、明日またできないなんていう道理はねえからな。俺たちにできんのは、諦めないようにすることだけだ」
埋もれた熱の滲むその言葉に、……少しだけ、こちらも熱されたように感じられた時。
「――蔭水、いるか?」
開いていた扉から入ってきたジェイン。何かを持っているその手から。
「お前もいたのか。丁度いい」
机に置かれたのは紙の束。……これは。
「ここの書庫で調べてきた。カタストさんに転生しているという、アイリーンについての記録だ」
「……書庫?」
「本山に比べれば小さなものだがな。それでも中々の数の蔵書がある。ここに着いた当日にチェックだけしておいたんだ」
この支部にもあったのか。そんなことを思う俺の前で、ジェインは促す。
「ざっくり一読して目ぼしい箇所を拾って来ただけで、そこまで量は多くない。まずは目を通してみてくれ」
「……」
促されるがままに。リゲルに連れて手に取った紙に書かれていたのは、アイリーンとその事件についての簡単な説明。
――来歴は不明。特殊技能組織『アブロオロス』を滅ぼしたことによって技能者の間で名を馳せ、聖戦の義、魔術協会のメンバーを殺害したことで討伐対象へ。四大組織による合同の討伐隊を二度に渡って撥ね退け、中途で武術連盟の長であった《武神》関一馬を籠絡。手駒と化した一馬が連盟員に処刑されると自ら連盟を襲い、一夜にして連盟を壊滅させる……。
その後残る三大組織の総力を上げた討伐隊によって追い詰められたところ、禁術である【第三転生】を使用。討伐隊の前で存在ごと肉体が消失したことから成功と推測される。追記:聖戦の義の第二使徒、神聖のペテロにより、数十年後の再来が予知される。各組織において、復活に備えた戦力の増強が……
――大体は葵さんと賢王が話していたような内容だ。特に矛盾する点は見受けられない。
「……賢王の言ってたことは、全部マジってことか」
「そうらしいな」
リゲルとジェインの会話。二人の反応も、俺とそう違わない。
「……これが、なんの……」
「僕らが受け入れる状況が固まったということだ。どこに足場を置くかが定まっていなければ、立てるべき対策も立てられない」
ジェインはあくまで冷静に、端的に言ってくれる。
「カタストさんを助け出す為にはなにが必要か、もう一度考えてみよう」
なにが、必要か……。
「……フィアを助けるにはまず、アイリーンの居場所が分からなきゃならない」
これについては完全にお手上げだ。ひとまず置いておくとして。
「アイリーンの使っている転生術も解く必要がある。その為には……」
「転生術の情報を集める必要があるな。どんな術なのかが分からなければ解除の仕様がない」
「知ってる奴に訊くって手もあんじゃねえのか? 郭とか……」
口籠る。現状では、郭や葵さんたちにも頼れるとは思えない。滞った空気の中。
「……他を考えよう」
取り成したジェイン。軽く眼鏡の位置を直しつつ。
「これは最終的な話だが、カタストさんを助け出すには今いるメンバー全員の賛同を得る必要があると考えている」
「え?」
――全員の賛同?
「一々んなことしてられるか? 賢王とか絶対賛成しねえだろ、あいつ」
「確かに難しいだろうが……仮に僕らがカタストさんを助け出せるような手立てを見付けたとしても、仲間内で意見が食い違っていればどうなる?」
「……そうか」
同意が得られていないということは、同意に足るだけの信用もないということ。俺たちが見付けた手段を、賢王たちに認めさせることができなければ。
「最悪の場合、他のメンバーと衝突することも有り得る」
「そうだ。そうでなくともこの状況下で、意見が一致していないのに事に当たることは不可能だろう」
「……めんでえな」
確かにそうだ。リゲルの呟きに同意する。だが、嫌でもそのことはクリアしていなかければならない。……フィアを助け出すためにも。
「アイリーンと戦うための方法も見付けなきゃなんねえしな」
「なぜだ?」
「いやそりゃだって、素直に術を解かせてくれるわけねえだろ。気絶させるか、どうにか抑え込んでその間に解くしかねえ」
「それは短絡的じゃないか? 正面から行かなくとも、隙を突いてという手だってある」
「こんな化け物相手にそれが通るかよ。どうしたって正面向かされんだろ。端から覚悟しといた方がマシだと思うぜ」
……確かに。
読み終えた資料が目に入る。俺たちが手も足も出ないであろう、賢王たちをも凌ぐ実力者。搦め手が通じるとは思えない。衝突は必至であり、あくまで正面から相手にしてその術を解くだけの機会を作らなければ。
「確かにな。だが相対してからの行動は、術を解く方法がどんなものかによっても変わってくるはずだ……」
また、同じだ。
やはり戻って来てしまう。どうこの問題を解くにしても、分解した要素のどこかが定まっていなければ始まらない。分析だけでは駄目だ。なにか新しい取っ掛かりがなければ、どうにも。
「……僕らと魔術との繋がりは、殆んどが魔術協会を通してだけだ。当てにできる基盤がない。エリティスさんがいてくれれば、違ったかもしれないが……」
「――」
「他人が当てにできねえなら、自分らでやるしかねえだろ」
エリティスさん。ジェインの発言に俺がその人を思い付いた瞬間、リゲルが立ち上がる。
「待て。どうする気だ?」
「書庫とやらに行って、片っ端から漁るんだよ。なにか手掛かりがあるかもしんねえだろ」
「ろくに読めもしない奴がそんな手間のかかることをしてどうする。調べ物は僕がやる。お前は何か別のアプローチを――」
「……リゲル、ジェイン」
……いた。
「――どうした黄泉示」
「思い付いたのか? 何か」
一人だけ。俺の知っている中で、転生術について詳しいかもしれない人が。
「心当たりがあるかもしれない。転生術を知っている人に」




