第三.五節 時間
「――まさか、あのアイリーンが敵方にいたとはな」
背後からアデルの声を耳に受けながら、冥希は僅かに腰を落として構えを取る。――抜き放つ一刀。
「セイレスが相手にならんはずだ。だが、これで向後の憂いは消えた」
神速の居合い術、【無影】。先先の先を旨とする影の太刀における奥義が、七重に巻かれた竹入の畳表を左右一閃に裂断した。
「腕は好調のようだな」
「……いつも通りだ」
一連の所作として刀身を鞘に収める。既に大幅な成長が見込める歴ではないとはいえ、常日頃から技を馴染ませておく訓練は必要である。無論それだけが動機ではなく、より精緻さに磨きを掛けることが目的ではあるのだが。
「アイリーンについてお前はどう思った? 冥希」
「力量は充分だ」
ヴェイグより紹介された人物の印象を思い起こす。
「慎重に押し殺されてはいたが、かなりの圧を感じた。凶王やレジェンドたちと並ぶだけの実力があるだろう」
「なるほどな。まあ、そんなものか」
「そういうお前はどう見立てた?」
二刀を抜いて放つ【釽嵐】。ズタズタに引き裂かれた畳表の残骸の切り口を確認し、冥希はアデルに一瞥を向ける。
「どうも思わんさ。私としてはただ、面白いものが見られればそれでいい」
視線を戻したタイミングでこちらに一歩だけ近付く気配。自然な所作として隠した警戒をそちらへ向けた。
「――息子についてはどうするつもりだ?」
告げられた台詞は予想に違わず。繰り出した【絶花】の重心の移動が僅かに遅れたことを感じ、自省する。
「あの少女がこちら側に来た以上、あの青年の採る行動など決まり切っているのだろう?」
「……」
「まあ、私が指摘することでもないか」
薄ら笑いが見えるような口調と間の取り方。去っていくその気配から投げられた台詞は、皮肉のようにも、忠告のようにも聞こえ。
「終わりの時は近い。精々、後悔のないようにな」




