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第二十三節 遺す言葉

 

「――遠くない内に、私は死ぬかもしれない」


 ――本山にて。


 話し出した千景。隣に座る田中はただ、沈黙のうちにその言葉を受け止める。


「分かるだろ? お前が駆け付けてくれなきゃ、私はあの時あいつに殺されてた」

「……まあな」


 バロン・ゲーデとの戦闘。田中が介入できたのは決着が付けられる正に寸前。間に合わなければ千景の言う通りになっていただろうことは、凡そ否定のし難い見立て。


「なんつうのかな……自分の戦い方の限界を、まざまざと知ったって感じだよ」


 宙に吐いた煙。立ち上る灰色は、次第に色を失って透明になる。


「今色々と術理を見直してても、見付からないんだ。……今の私より先に行く道が」

「……」


 ――自分で限界を決めてしまうな。


 ――本当に、やれることを全部試したのか?


 そんなあり来たりの台詞が田中の脳裏に浮かんでは消えていく。上守千景という術師のこれまでを知っているのなら、そんな台詞は吐けるわけがない。相応の覚悟があっても……。


「……俺たちがいるじゃねえか」


 努めた笑みと共に絞り出した声は思っていたよりもずっと薄っぺらく響き。動揺に湧き上がる唾を飲み込むのに苦労させられる。


「立慧も言ってたぜ? 一人で意地を張るんじゃなくて、力を合わせて戦うことだって――」

「一人じゃなきゃ意味がないんだ」


 分かってるだろと。声には出さずに微かに口の端を上げて、田中に視線を向けた千景は続けた。


「いざって時に一人でできないようじゃ、技能者としちゃ失格だ。……支部長としても」

「……ああ」


 ……そうだ。


 田中にはそれ以外に答えようがない。……仲間との協力ができるのは、限られた状況だけだ。


 技能者として田中たちが常に当てにでき得るのは自分一人。仲間の常ならぬ協力を前提として、一人でできることを目指さなくなってしまうのであれば、それは。


「その点から言うと、今の立慧は少し心配だよな」


 雰囲気を変えるように、田中から正面へと視線を映して千景が言う。


「あいつはその点を見失ってる。……このままじゃ共倒れかもな」

「……どうして」


 当初から覚えていた疑問。今この段階になって色濃く浮き出てきた疑問を田中は口にする。


「どうしてこの内容を、俺に話す?」

「……」


 沈黙。自分の問い掛けが話題の核心を突くものであったことを田中が理解する最中で、再び千景がその口を開いた。


「……立慧の奴はさ」


 語り出しに込められた情感は複雑で、鍛錬と齢ばかりを重ねてきた田中にはその色合いを読み取れなかった。


「私が死んだら相当に取り乱すと思うんだ。……自惚れかもしれないけど」


 あいつはそういう奴だからと。小さく呟いて、向き直った千景が田中を見つめる。


「――止めて欲しいんだ」


 告げられたその言葉は、田中が予期していたそれと寸分違わずに。


「もしその時にお前とあいつが同じ場所にいれば。立慧が、私が死んだときにしようとすることを」

「……」


 息を吐く。たっぷり三秒の間目を逸らして花崗岩模様の床を見つめ、組んだ指をいじくるのを止めて、千景へ視線を戻す。


「卑怯だぜ。その言い方はよ」

「……悪い」


 暫くの間どちらも何も言わない。これで全部だと言うように静かに立ち上がった千景に。


「変えらんねえのか?」


 そう、思わずして田中は問い掛けてしまっていた。


「そうまでして、拘らなきゃなんねえのかよ?」


 ――なんて滑稽な問い掛けだろう。


 そんな問いに意味がないことなど。……自分なら、とうの昔に解っているはずだというのに。


「考えてみたけど、無理だ」


 なるべく朗らかに言ったらしい。千景の答えは、田中の想像をやはり裏切らず。


「この道にこれ以上先がないとしても。私の選べる道は、これ以外にないから」

「……そうかよ」


 そうだろうと思っていた。


 それでもそこに違う答えを求めてしまったのは、自分が齢を取ったせいなのかもしれない。


「じゃあな。立慧にしっかり修行を付けといてやってくれよ」


 千景は去っていく。小さなその後ろ姿。


「……馬鹿野郎が」


 誰にも聞こえないように。それでもいっそ彼女の耳に届けばいいと思いながらも、田中は小さく呟いた。


 ――そして今。


「……」


 目の前に燃え広がる紅。田中の指は、駆け出そうとした立慧の腕を抑えている。


 アデルは消えた。田中たちに手を出せないと見て他の戦場へ向かったのだろうが、今はそれより気にしなければならないことがあった。


「……千景」


 斃れ伏した遺骸。血溜まりに俯せに倒れ、熱で誰のものとも付かなくなった親友を見つめている立慧。その方向を一心に見つめたまま動かない様子は、半ば放心状態のようにもなっていて。


「……」

「……殺す」


 動こうとする腕。離してしまわないよう、痛むと知っていながら田中は手に力を込めた。


「……放してよ」

「……放さねえよ」


 立慧から発される圧が高まる。振り解こうと揺する右腕。


「放して……」


 二度三度。一切の緩みを見せない田中の掴みに、徐々に力なく、揺れ動き――。


「――放してよッ‼」


 叫びと共に急激に増した圧力。――【神行法】の暴走。自らまで傷つけかねない勢いで抗おうとするその所作に。


「……悪いな」


 一言呟いて望み通り手を放す。抑え付ける力から突如解放されてバランスを崩した立慧は、田中の目論見通りにたたらを踏み。


 ――瞬速で振るわれた拳の一閃が、狙い澄ました角度から掠めるように顎を打った。


「――っ」


 立慧の身体に見える魔力が消え、脚が崩れる。揺らされた脳に意識が失われるまでの一瞬。


 親友の仇を見る羅刹の如き立慧の視線を、最後まで田中は受け止めていた。


「――よっ……と」


 完全に意識を失ったのを認め、倒れ込みそうになる身体を支える。外傷がないことを今一度確認し、抱き抱えたまま田中は戦場へ意識を巡らせる。……戦いは収束してきている。


 アデルが向かったのもその方角だ。力が一方向に集まりつつある。そのことを確かめてから。


「――」


 地を蹴り出して田中は風を切る。……腕の中の身体に負荷を掛けないよう注意しながら杖を拾い、焼け焦げた遺骸に一瞬、目を遣った。



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