表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
298/415

第十八節 白と黒

 

 ……そしてセイレスは力をつけた。


 宣告通り。日に十時間を超えるヴェイグの指導に着いていき、錚々たる顔ぶれのメンバーに劣らぬよう、足手纏いとならぬように尽力した。部屋にいても起きている間はただ休むことはせず、『王家の書庫』内の魔導書を紐解き少しでも手懐けられるようにする。そんな必死の毎日が続く中。


「――本当に奴を迎え入れるつもりか?」


 通りがかり。たまたまセイレスの耳に入ったのは、蔭水冥希とヴェイグとの会話。


「あの女では力不足だ。本番で万が一にも失態があれば、その時点で滅世は潰え兼ねない」


 救世の英雄たる男の口から出されるのは歯に衣着せぬ辛辣な評価。……今の自分には、それに反論できるだけの力がない。悔しさに歯を食い縛りながらも、そのことはセイレス自身もよく分かっていた。


「猶予はある。今からでも他の人員を探すべきだ」

「……巡り合わせだよ。蔭水冥希」


 立場を抜きにすればセイレス自身とて妥当だと思える発言に対し、ヴェイグが返したのは穏やかな声。


「あのバロンが助けて連れて来た人間だ。聞けば高名な魔術師の一家で不当な扱いを受けてきたと言うし、気骨もある。あのレベルの幻術を独学で会得したというのは中々の快挙だよ」

「……」

「魔導書を読み解く力は充分にある。『王家の書庫』の制御に成功した暁には、僕たちの力になってくれるはずだ」

「……なぜそこまでする?」


 黙ってヴェイグの話す内容を聞いていた冥希が、そこで初めて問いに転じた。


「言い分は分かるつもりだ。だが、あれだけの時間を割いてまでメンバーに加えようとする理由にはならない」

「……彼女を見ていると、昔を思い出すんだ」


 呟かれた台詞。


「僕らとしても助けが必要な相手を見過ごすことはできない。――そうだろう?」

「……」

「……っ」


 沈黙の後で立ち上がる所作。二人に気づかれぬようその場を立ち去りながら、セイレスは思う。……ヴェイグはやはり、自分を認めてくれている。


 セイレスの今までにはなかったことだ。認めてくれる人がいて、追い掛ける人がいる。――此処ならば自分の居場所にできると、強くそう思う。漸く見つけることのできた場所――。


「……」


 セイレスとて、ここまで修練を重ねれば努力で如何ともし難い部分は分かってきている。……魔力容量。


 自分は生まれつきそれが少ない。いかに魔導書を介し、その力を借りて魔術を扱うとはいえ、魔力容量は持続可能な術の行使量に直結する。最大で一度に数百冊の魔導書を操作するとなれば猶更のこと。……その点を補う方策として。


「――」


 ――セイレスは選び取った。自らの、矜持の一部を捧げることを。


 ……その一か月後。


「……ふふふっ」


 ――漸くだ。


 ホテルの一室で、セイレスは一人誇らしげな感覚に包まれていた。禁呪を会得したことでセイレスの魔力容量に枯渇は無くなり、『王家の書庫』内の魔導書の完全な制御に成功した。


 得意であった幻術には更なる磨きが掛かり、ヴェイグたちの前で力量を披露したのが先日の事。滅世に足るだけの力を身に着けたとして、セイレスは正式に『アポカリプスの眼』の一員として認められたのだ。《赤の戦禍》として。相変わらずあの男だけは、そのことを快く思っていないようだったが。


「……」


 同時期に加わった新しいメンバーの事も思い出す。……三千風零。かの式秋光の愛弟子であり、将来は四賢者が確実と言われている賢者見習い。


 その当人を目にしてなお、自分が劣等感をまるで感じないことにセイレスは密かな喜びを見出していた。――自分は強くなった。ヴェイグやバロンに認められるほどに、協会の賢者見習いを前にしても、怖じないほどに。



 ――そうだ。


 恐れるものなど何もない。自分の居場所のため。自分を認め、迎え入れてくれた人たちの為に身を尽くし、それで終わる。


 望むものはそれだけだ。滅世の始まりが、セイレスにはただ楽しみで仕方なかった。





 ……それなのに。


「――」


 ――自分は一体、どこで間違えたのだろう?


 三大組織襲撃を終えた直後のセイレスは絶頂だった。執行者たちが集う執行機関。その本部を相手取り、一人で鍵の奪取と戦力の削ぎ落としにまで成功したのだ。


 あの時ばかりは蔭水冥希も特別文句を言うことはなかった。何も言わずにいる彼を見て、これまでの溜飲を下げていたほどだ。


 ――変化が起きたのは、孤島での決戦を迎えてから。


 №1である緋神景時と相対したセイレス。得意の幻術と幾多の魔導書、《赤の戦禍》の能力を生かした戦術で優位に立ったつもりが、その全てを覆された。


 危うく殺されるところだった。窮地の自分を救ったのは、あろうことか蔭水冥希が連れてきたあの女、――媛神文。


 彼女の、《十冠を負う獣》の喚び出した魔獣が№1を引き付け、永久の魔が出現するまで逃げ遂せることに役立ったのだ。後にかけられた言葉に対し、セイレスは拳を震わせるほかなかった。


 そして――。


 目ぼしい抵抗勢力を探していたあの日。恩人であるバロンとパーティを組み、名誉を挽回する機会を切に欲していた、そんな最中に現われた青年たち。名誉を回復し蔭水冥希にも上手に出られる。そんな見込みだったはずが。


 ――まさかの敗走。加えて、ヴェイグから預かった魔具である『王家の書庫』の半分を失った。


 メンバーから向けられたのはあからさまな非難の視線。零と行動を共にしていた文が然程責められなかったことも、セイレスには納得がいかなかった。……自分たちは、滅世の為に戦っているはずだ。


 自分の息子を優先するあの男が作戦を提示したときも、セイレスは反対を示すことができなかった。見返す機会を窺い、敵方の拠点を捉えて漸く掴んだと思ったあの機会。


 それをまたしても覆された。……セイレスにもう、後はない。


 ここまでの失態を続けた人間を、流石のヴェイグとて庇い立てすることはできないだろう。バロンにも見放されるかもしれない。それだけは耐えられない。


 ――ここで、この二人を斃さなければ。


 滅世のため、自分を助け受け入れてくれた人たちのために。もう二度と――。


 ――自分の生きていける世界を、失わない為に。












「……」


 ――やった。


 髪の下から流れ落ちる一筋の汗。接続を解除して剣と頭の中の声を何処へと追い遣りつつ、胸中に打ち寄せる歓喜を受諾する。……【赤の戦禍】。


 ヴェイグより授かった『アポカリプスの眼』としての力。能力全般の向上に加えて発動中にのみ齎される『殺戮者の剣』は、地面に突き立てることで剣を認識した者の怒り、憎しみといった情念、闘争本能、破壊衝動全般を強烈に駆り立てる効力を有している。細かな対象の選択ができない為、悪くすれば【存在幻術】と同じく少女の秘めたる力を呼び覚ます結果にもなり兼ねないと、ヴェイグからは事前に危険性を言い含められていた。


「……っ」


 だがこの状況下では、今のセイレスにとってそんなことはどうでも良かった。……賭けに勝ったのだ。少女の奇妙な力を引き出すことなく、勝利を掴んだ――。


「……」


 青年は黒刀を構えたまま、凍り付いたかのように動かない。【存在幻術】の使用不可を踏まえて修得した古典幻惑魔術。神話におけるメドゥーサの如く眼を合わせた対象を行動不能に追い込むそれは、魔導書の力を借りてなお【赤の戦禍】の発動時でなければ使いこなすことができない奥の手。……蔭水の直系は幻術の掛かり辛い体質ではあるが、自身の衝動を抑えるのに力を割いている状態であればレジストの余地もない。全てが上手くいったことに感謝にも似た念を覚え。


「――殺しはしてないわ」


 一度大きく息を吐いて。今度こそただ一人残された少女に向けて、セイレスは告げる。


「動きを止めているだけ。――動いたら殺すわよ」


 警告に何もできず棒立ちになっている身体に近付き――思い切り、その腹を蹴り飛ばした。


「――ッ!」


 くの字に曲げた身体を床に打ちつけながら倒れる少女。……反応を見るセイレス。苦しげな咳き込みと共に少量の胃液を吐き出した少女は、それでもただ偏に地面に目を向けている。


「ここまでされておいて、まだ怒らないの?」


 ――気に食わない。


 セイレスの心境に今強くあるのはそのことだった。……気に食わない。とんだ化け物を内に秘めていながら、自分だけは清純であるような顔をしている、この女が。


「――私ね」


 息継ぐ少女に対し、猫撫でるような声音でセイレスは話し掛ける。


「仲間の中に、好きな人がいるのよ」


 少女の息遣いは変わらない。ただその台詞を言い切る最中、一つの単語に少女が微かに首を動かしたのをセイレスは見逃さなかった。


「何もない私に残されたのは一つだけ。だから、その為ならなんでもする」


 共感を起こすように。数秒の間を置いてから口にした。


「ねえ、貴女だってそうでしょう?」


 言ってセイレスは向きを変える。……呪縛に掛けられたまま。抵抗の余地もない青年に近付き、蹴り飛ばそうと――。


「――止めて下さい‼」


 背中を引き止める叫び。


「……止めて下さい。黄泉示さんを、蹴らないで……」


 情感のこもる言葉に嬉々として振り返った――セイレスが目にしたのは、見上げる翡翠色の瞳。


「……本当に苛つくわね」


 そこに浮かべられた強い悲しみの色に、セイレスは思わず舌を打った。


「どうせヴェイグの所にまで行けば化けの皮も剝れるのに。……まあいいわ」


 いつまでも愉しんでばかりもいられない。今は成果を確定させることが重要。前回の失態から学ばされた苦い教訓。


「――着いて来てくれるかしら」


 少女の態度に対する嫌悪は一旦押し込め、セイレスは勝者に相応しく凛然とした口調で言う。


「断ればここでその男を殺すわ。理由なんて、後でどうとでも付くもの」

「……」


 そう努めていてなお――己の言に無言で従う少女の姿を見て、セイレスは胸に湧く悦びを抑えきれずにいた。……これであの男を見返してやれる。


 ヴェイグの期待にも応えられる。バロンの隣に胸を張って戻ることができる。あの場所にいて、生き続けることができる。


 私は――


「……私は」


 思いがけず。心中の思いと重なった声に、取られた意識。


「記憶喪失で。黄泉示さんたちと出会うより前のことは、何一つ思い出せません」


 ここにきて何かを喋る気になったらしい少女にセイレスは振り返る。淡々と語る口調。


「それでも黄泉示さんたちがいて、私は恵まれていました。……私にとっても、今いる場所が全てなんです」

「……」


 そこまで来れば――少女が言わんとしていることはセイレスにも予想できた。……詰まるところ結局は同じこと。自分もこの少女も、そこ以外にあれる場所を持っていない。


 ただ一つが全て。だからこそ、それを守るためならば――。


「――だから、貴女のようなことはしません」

「……はぁ?」


 意に沿わなかった台詞に、思い切り唇を捻じ曲げる。……違う。


「自分たちのために誰かを踏みつけて、犠牲にして。それを正当化することは、絶対に」


 予想していた台詞とは。少女が突き付けるのは明確な違い。同じなどではないと言い切るその言葉に、苛立ちが溢れ――。


「それに、私と黄泉示さんは」


 殺しはしない。飛び切りの苦痛を味わわせようとした瞬間、その口調が僅かに柔らかいものとなり。


「いつだって、一緒に戦っていますから」


 この状況下でも揺らぐことのない言葉と瞳。……寄り縋りではない。寧ろ確信にさえ満ちた少女のその態度に、沸き起こる情動を抑えて一瞬、セイレスが思考を割いた――。


「――」


 瞬間、手綱を失い掛ける感触。――呪縛が解ける。そのことを直感して躊躇なく走らせた上級魔術(熱線)。最早生死は問わない。重要内臓器官を損傷させ、万が一にも動けぬよう深手を負わせると。


「くッ⁉」


 断じた視界を覆う白の輝き。――障壁魔術? 一際強い力を込めて作られたと思しきそれに散らされた熱の余波を受けて思わず顔面を右腕で覆う。間に合わず僅かに頬に走った熱に煮え立つ苛立ち。ならば障壁ごと撃ち破るまでと、一息に魔力を込めて術を紡ぎ出した刹那。


「――」


 一際強い輝きを発して障壁が消え失せる。眩んだ眼に一瞬だけ止められた紡ぎ出し。次に目を開いた時には。


「……っ」


 ――目の前に立っている青年。その腕に握られた黒刀が突き付けられていることを理解して、セイレスの身体は硬直した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ