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第十二節 用意

 

「――調子はどうだい?」


 作業の中途。洞窟に鎮座している永久の魔に向けて、ヴェイグは話し掛ける。


「……」

「あれからずっとそこに座っているからね。何か悩み事があるなら、話に――」

「……用件を言え」


 地の根底から揺るがすような声。謝罪するように一拍の間を置いて、ヴェイグが話し出す。


「前に君に話した件だが、『アポカリプスの眼』の用意が終わったそうなんだ」


 目の光が鋭さを増す。滅世が絡んだ時にだけ見せる、似つかわしくない峻厳さの込められた真剣さ。


「彼らに同行して欲しい。貴方の力が要る」

「……」


 要請から然程間を置かず、邪気の揺らめきに連れて永久の魔が立ち上がった。


「それと――」


 歩き出すその重みを前に。雰囲気を少し元に戻してヴェイグは言葉を続けた。


「急な話で済まないんだが、追加で一つ頼まれごとをして欲しい」

「……なんだ?」

「彼らの内に――」









「……」


 法陣による転移を終えて降り立った地。遠く彼方にまで広がる山々。雄大な光景に一瞬だけ目を遣ると、荒々しい息遣いが聞こえてくるその場所へ鉄塊を携えるバロンは重々しい一歩を踏み出す。


「はっ……はっ……!」


 膝に手を遣りつつ肩で息を吐き出しているのは、セイレス。見下ろしている高い空。高地では平野よりも空気が薄くなる。乱れた髪の頭上付近を飛び回るのは、数百冊を数える魔導書群。


「――悪くはないな」


 対面にいるアデルから声が飛ぶ。地面を覆う破壊の痕跡を見たあとならば、平時と変わらぬその涼しい顔付きですら技能者としての目を引きつけるものになるだろう。


「魔導書の制御もかなりこなれてきた。これならば、【存在幻術】なしでもいい線を行くはずだ」

「……そうね。有り難うアデル」


 息が中々に整わないのか、礼を言う為一度上げた首を再び地面へとセイレスは向け落としている。……背後の気配には気が付いた様子がない。足を止めて見守るバロンの視界で、アデルがチラリと此方に目を遣ったのが見えた。


「この辺りにするか。丁度、迎えも来たようだしな」

「え――」


 振り返るセイレス。バロンを捉え、大きくなるその瞳。


「……バロン」

「……」

「冥希には用意が整ったと報告しておく」


 視線を合わせる二者をその場に。邪魔はしないという風に悠々とした足取りで、アデルはバロンを追い越して歩き去っていく。


「決行の日までに万全を期しておくことだな――」


 言葉を終える一瞬の発光。法陣の起動を示すその光と共に、アデルの声と気配とはバロンたちのいる場から完全に消え去った。


「……大事無いか」

「ええ」


 ハンカチで汗を拭い去り。出で立ちを整えるセイレスを前に、そんな台詞しか出てこない自らをバロンは鈍重に思う。……如何ともし難く。


「もう落ち着いたわ。来てくれてありがとう」

「……ああ」


 言葉を証明するように立ち上がる。手を伸ばすべきかどうか一瞬迷った、その躊躇いの間に近くまで歩み寄って来てしまったことに、内心で同様の息を吐いた。


「――心配しないで」


 セイレスから飛ばされるのは決意を秘めた声色。


「次の戦いではやって見せるわ。……そうすればあの男も私に、渋い顔はできなくなる」


 一瞬声に表れた悔しさと怒り。次の瞬間にはそれを飲み込んで。


「ヴェイグがくれたチャンスだもの。ものにしてみせる。必ず」


 言い聞かせるような口ぶり。決意を強くするセイレスに対し。


「――セイレスならばできる」


 きっと、と。続くはずだった言葉を収めた胸の内に蟠る何かを覚えつつ、バロンはセイレスと共に帰還の法陣へ向けて踏み出した。















「さて――」


 執務室へ集まるのは、葵、郭、賢王、冥王の四人。


「范立慧、蔭水黄泉示の状態は確認しました」


 第一声を郭が告げる。両者とも既に回復は完了。各々が修練を始め、その調子に関しても特別な問題はない。


「フィア・カタストに付いても問題はありません。目覚ましい成長ぶりには驚かされますが、暴走の危険性は無いはずです」


 続けて葵から述べられる見立てに、両者ともが頷きを見せる。


「万事円滑で何よりです。では、確認の方に移りましょうか」

「言われなくともそのつもりですよ」


 ――十冠を負う獣から渡されたメモの内容は大きく四つ。


「記されていた番地についてですが、いずれも存在は確認できました」


 一つ目は待望だったアジトの位置。郭が話し始める。


「拠点として使われているホテル、術式の設置してあるという洞窟、訓練場になっているという高地。……いずれにせよメンバーの出入りなどは確認されていませんが」

「まあ、これだけ開けた箇所だと接近は難しいでしょうね」


 写真を見つつ賢王が言う。


「正体を掴まれるような抜かりも犯していないと。各々が法陣で結ばれているという内容を信じるなら、完璧な隠匿ですね」

「ヴェイグ・カーンがあの転移を行った魔術師であるならそのくらいの芸当はこなすでしょう」

〝もう一つの方の裏付けは?〟


 ただ現時点では確信に至る証拠がない。肩を竦めた郭。冥王の問いに応え、頷きを受けて葵が話し出す。


「――数日前から、各地の龍脈地に異様な魔力反応を感知しているとの報告があります」


 支部から送られてきた書類を机の上に置く。……二つ目は、ヴェイグたちが滅世を成す手法。


「魔術協会だけでなく聖戦の儀も確認済みでした。十冠を負う獣の情報を裏付ける内容になります」

「極大広域魔術による人類鏖殺」


 魔力の集積地である龍脈を繋げる意図は一つ。その力を以て、地球規模の魔術を完成させようとしているからに他ならない。


「基幹になる式の開発はもう終わってるんですかね。これを見ると」


 零す郭。魔力反応の検知から新たな反応までのスパンがかなり短いことに着目しての発言。


「恐らくは。出来上がった術式に片端から龍脈を繋げているのでしょう」

「下手人は分かっているのですか? まあ、おおよそ想像は付きますが……」


 賢王の台詞に、葵が一枚の写真を机上に滑らせる。


「機関が映像を捉えていました。それとなく突いてみたら、快く開示してくれましたよ」

「……やはりあの不届き者たちですか」


 騎士、軍人、踊り娘。現代ではまず目にすることのない時代錯誤的な出で立ちが並んでいるその様は、事情を知らない者からすればコスプレか何かかとしか思えない。緊張感の欠片も無いような風景だが。


「わざとですかね?」

「分かりませんが、少なくとも気付かれて構わないという態度であることは明らかです」


 仮にもレジェンド。機関の光学機器を用いたとしても、その気になればこちらに存在を悟らせないことくらい彼らには造作も無いはずである。敢えてそれをしないということは、それをする動機が相手方には無いということだ。


「魔力反応についてより具体的な調査を試みた人間は?」

「若干名。ですが何れも障害に阻まれて接触できなかったそうです。その際のデータを送ってもらいましたが……」

「複雑なプロテクトが掛けられていました。解析はほぼ不可能でしょう」

「その方向性は手詰まりでしょうね。ここまであからさまに事を進めておいて、何の仕掛けもしていないわけがありません」


 賢王の発言に葵は頷く。ただこれで、十冠を負う獣のメモの三つ目の内容、〝レジェンドたちは暫くの間動けない〟が信憑性を帯びたことになる。


「相手方の行動にも筋が通りましたね。これで」


 未知数ながらもその気になれば単独で世界を滅ぼし得る力を持っていると思しき敵方の二大戦力。――ヴェイグ・カーン並びに『永久の魔』。


 それら二つが三大組織との決戦以後大っぴらな動きを見せない理由。予想されていたことでもあるが、それはつまり目的を果たすのにより迅速な手法があることを示していた。


 術式と龍脈とを繋ぐ以上、それを執り行う人物の存在は必要不可欠。龍脈を式に繋ぎ終えるまでの間、そして繋ぎ終えた術式を発動するまでの間、術者は抱える膨大な処理で精神的にも肉体的にも他の動きが取れなくなる。より具体的に言うなれば、術式を置いた特定箇所に留まり続けなくてはならない。


「それを補うための彼ら、ということですか」


 首領にして最大戦力であるヴェイグの動きが自由に取れないことは、敵対者からしてみれば絶好の好機だ。術式の稼働に多くを縛られた状態。勝機を見出すのにこれ以上の攻め時はないだろう。


 だからこその『アポカリプスの眼』、『伝説』、『永久の魔』であることは、この場にいる四人にとって最早確かめるまでもなかった。いずれ訪れる弱所の前に抵抗の恐れがある組織を排斥し、その時が来れば拠点に於いて鉄壁の守りとなる。詰まるところ彼らは自由な動きの取れないヴェイグに代わる手足であると同時に、終盤ヴェイグ自身への接近を阻止する衛士でもある。如何にヴェイグの力が落ちていたとしても……。


「今の戦力差で拠点を固められてしまえば、僕たちの側に打つ手立てはない」


 並み居る『アポカリプスの眼』、『伝説』、『永久の魔』の力はそれを補ってなお余りある。それらが揃っている場に飛び込んでいくのはただの自殺行為。


「術式が起動する以前に――どれだけの戦力を削り取れるのかが全ての鍵」


 仮に三大組織が今なお健在であったならば、世界各地の龍脈を繋ごうとする動きに対し連係して妨害が可能だったかもしれない。


「これまでに確認されている魔力反応は今朝方までに百五十。聖戦の儀からの報告も踏まえると、総数は二百を超えます」


 だが幹部を軒並み殺された今となって逸る方ないこと。それも狙いだったのだろうと、郭の声を聴きつつ今更ながらに葵は内心で息を吐く。……逐一後手に回らされている。これまでには全て。


「一般に三大組織(僕ら)が認知している龍脈地の数が、世界で約六百七十。今までのペースから行くと……」

「誤差も踏まえてあと四、五十日と言ったところでしょうか」

「そこで術式の稼働準備が終わり、人類鏖殺は秒読みの段階に入る」


 ――間。予測され、思い描かれたその未来に、一拍置かれる呼吸。


「……結局のところ、裏切り者をどこまで上手く使えるかですね」


 結論づけるように言ったのは賢王。


「十冠を負う獣との連携を上手くし、適切なタイミングで強襲を仕掛けられたなら今の戦力でも『アポカリプスの眼』を削り取ることは可能でしょう。レジェンドはその後。こちらに十冠を負う獣が加わることを鑑みれば勝算はあります」

「それでも『永久の魔』への対抗策は、何かしら見付け出さないといけませんがね」


 そうだ。こと永久の魔に対しては、策を弄したところでどうこうなるものではない。


 直に目にした葵には良く分かっていた。……あれは災害だ。居並ぶ三大組織の幹部たちを物ともせずに圧し潰した、桁違いの力の塊。ヴェイグとは違い弱体の目処も立っていない。


〝だとしても今は、やれることをやるしかない〟


 葵も時間の合間を縫って書庫を当たってはいる……が、まるで手掛かりがないと言うのが正直なところだった。そもそもが数千年近く前、神代と呼ばれた時代の代物だ。現存する記録、文献でその詳細について記した物はほぼ皆無と言って良い。


「十冠を負う獣には連絡が付けられるのでしょう? どうです。この場で早速掛けてみては」

「つまらない冗談は良いですから」


 取り合いもしない郭。置かれたメモを見る葵の視線の先。綴られた番号の羅列の下に、〝こっちから連絡があった時以外は掛けないでね〟とハートマーク付きで注意書きが記されている。


「タイミングは向こうに任せた方が良いでしょう。幸い相手方からすれば、私たちが本山にいることは確かめようがないはずです」


 前回の戦闘。黄泉示たちを救出するためにエリティスが使った技法には相手方も気付いているはず。もしかすればエリティスの正体まで掴んでいるかもしれず、そうなればそれこそ葵たちはどこにでも潜んでいる可能性が出てくる。流石にそれら全てを闇雲に当たることはできないはずであり、現状そうした動きも掴んではいない。


「そうですね……幹部を全て失い、【大結界】の復活した本山にわざわざ攻め込んで来るとは考え辛い」

「何はともあれ、最中に与えられた貴重な機です」


 結びに入る賢王。対応は心得ている。大方を話し終えた場で敢えて黙し、何かと仕切りたがる彼女に葵は結語を任せた。


「この時間を使ってどこまで味方の戦力を伸ばし、用意を整えられるか。それを肝に銘じて動こうではありませんか」



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