第四.五節 秋光の思案
前回投稿し忘れていた部分です…すみません
「――これが全てです」
担当者から報告書を受け取り、秋光はその内容に目を通していく。
「……ご苦労だった」
その言葉に一礼して歩み去っていく連絡員を、秋光は途中で呼び止める。
「二組織から連絡はあったか?」
「いえ、依然としてないままです」
「そうか……分かった」
部屋を出て行く担当者を視線で見送り、秋光は簡素な装飾の為された椅子、その背もたれに身体を預けさせる。
「……」
――覇王派の反秩序者による相次ぐ三大組織の領域侵犯と、準幹部クラスに被害を出した謎の襲撃。
先の協議でこの件に関しては三大組織が連携して事に当たることになったものの、未だ芳しい結果が秋光の耳に入ってくることはなかった。
二組織とは決して友好一辺倒の関係でないといえ、この期に及んで情報を出し惜しみしてくるとは考え辛い。万一を考慮したとしても三大組織の情報網はほぼ同列である。どこか一つが有力な情報を掴んだとしても、それを他の二組織も得るのに然程時間は掛からないはずだった。
――つまり一切の進展を欠いたこの状況は、他の二組織も同じということになる。
「……ふぅ」
軽く溜め息を吐く。仮にもそれなりの立場にある人員に損害を出しておいて、ここまで何の手掛かりも掴めない事態など秋光が覚えている限りでは初めてのことだ。三組織全ての目と耳を掻い潜れるような襲撃犯。
……元より力で以て秩序を維持している身だ。怨みを買う相手など山のようにいるだろうが、現実に挑む姿勢を見せてくる相手となれば、それは極々限られたものへと変わる。
「……」
今しがた目を通したばかりの書類を、再度一瞥する。……現場から読み取れるのは徹底した痕跡の消去。
行われた破壊の跡と残存魔力ばかりはどうしようもないが、それからは極僅かな情報しか読み取れない。炎属性の魔術の使い手。それも、支部長であったファビオを正面から破るほどの術者。
何度現場を洗い直してみても分かるのはたったそれだけだ。その意図も動機も、人物像も朧気にすら浮かび上がってくることはない。……三大組織全てを敵に回すという、これ以上ないほど無謀なその行為自体を除いては、だったが。
三大組織に向けた明らかな敵対行動を取っていることからして、二つの事例は決して無関係ではないだろう。物証が得られたわけではないが、可能性があるのはやはり凶王派か――。
そう秋光は考えていた。その殆んどがベールに包まれている相手ではあるが、一度襲撃を成功させてしまった今、協力に加えて各々が警戒態勢に入った三大組織の前でいつまでも正体を悟られずに暗躍することは限りなく難しい。並みの相手なら正体が知れた時点でそれはそのまま終わりを意味することにもなる。その危険性を考慮してなお、三大組織を敵に回すというのなら、それは半ば玉砕も辞さないほどの覚悟を持っているか……。
正体が割れた上で、正面から三大組織を相手取れるような実力者であるということだろう。そしてこの二つの条件に当て嵌まるのが、凶王派という勢力なのだ。
「凶王……か」
秋光はその名を静かに呟く。――ただ五人。三大組織の秩序に異を唱える反秩序者たちの中で形成される、五つの派の頂点に立つ者たち。
完膚なきまでの苛烈な実力主義によって選び抜かれる王の座に就いた彼らの力量は、三大組織の並みの幹部を単体で圧倒するとされている。派に集う屈強精鋭の反秩序者たちから考えても、まともにぶつかれば三大組織とて深手を免れない。そのことは互いの組織の成立以来、連綿と続いている熾烈な戦いの歴史が何よりも証明していると言えた。
近年はその損失の大きさにお互い躊躇するようになったためか、小競り合い以外での衝突は起こっていなかったとはいえ、互いに機会さえあればその首を落とそうとしている間柄であることに違いはない。そしてここ数十年における三大組織の力の弱体化、二組織に対する九鬼永仙という男の離反は、それだけで凶王派にとって閉じていた戦線を再び開くだけの理由となり得る。無論凶王派とて無事に済むわけではないだろうが、この機に凶王派が仕掛けてきたのだとしても、おかしな話ではなかった。
そして今回の報告書。各地の凶王派と見られる反秩序者たちの動きが活発化しているという情報を併せれば、その可能性はかなり現実に近付いたといって良かった。秋光にとって、それは受け入れがたい事実だが……。
「……」
そしてもう一つ、秋光の心に落ちた、一つの影。
覇王派の反秩序者と共に支部襲撃に姿を現して以来、未だ所在の割れない九鬼永仙の存在である。ファビオの死亡によって事の真偽が不明になってしまった今、その居所を探るすべはなく、変わらず三大組織の情報網にも引っ掛かりはない。……しかし。
――今回の、手掛かりを掴ませない襲撃犯。三大組織に情報を掴ませていないという点で、両者の動向は一致している。襲撃者の正体が覇王派を含めた凶王派全体であり、両者が裏で繋がっているとしたならば――。
「――いかんな」
少し想像を膨らませ過ぎている。そう思った秋光は目を閉じて、脳裏に浮かんだ空想を掻き消す。……二組織を裏切ったとはいえ。
永仙は元魔術協会の長として動いていた人物。何かしらの事情で覇王派が彼を迎え入れたのだとしても、プライドの高い残りの派なら間違っても彼の身柄を匿うような真似はしないだろう。特に魔王派、賢王派は……。
そう理屈の上で自らを納得させながらも、秋光には気付いていることがあった。
――自分はまだ、どこかで信じたいのだ。かつて親友であり、仲間であった。彼のことを。
「……」
所々が傷ついた古びた机の上に視線を落とし、秋光は静かに再度、目を閉じた。




