第八.五節 上守千景
――上守千景。
防御と捕縛、治癒の魔術しか扱えない魔術師。一つの案件に複数人で当たる一般の協会員ならそれで何ら問題のないところだが、支部長となると話は違ってくる。
支部長は支部と共に一地域の管轄を任されているものの、構成員の統制は大方の場合支部長補佐が行えば事足りる。上級魔術師の中から選別された十六人を本山付きでなく、敢えて支部の最上位に据えるのはなぜなのか。
それは即ち、支部長という役職が支部の手に負えない案件を処理する立場であるからに他ならない。支部に配属された構成員たちではそれなりの、かなりの被害が出てしまう場合に出動し、秀でたその力を持って脅威を排斥する。
当然支部の運営を通じて組織の動かし方を理解していくという側面もある。しかしそれが強く求められるようになるのは実務派としての立場が定まってからであり、そうでない場合には寧ろ逆に鍛錬で補えない実戦経験を積ませる場として古くより機能していた。協会を始めとした三大組織の威光が広まり、凶王派との停戦が固着化した近年に於いてそうした案件は大きく目減りして来ているとはいえ、その役割が無に帰したわけでは当然ないのだ。……いつの世も無謀な事柄を企てる輩はいるものであるし、修養派の立慧、実務派とされてきた田中もこれまで幾度かそうした案件に対応してきている。そしてそれは当然の如く、上守千景に対しても同じこと。
実戦に於いて攻撃の手を持ち得ないということがどれだけの不利悪手に繋がるか。一度でも実戦に身を置いた者にとっては言うまでもないことであり、想像するだけで頭を振りたくなるような無謀振り。
それを千景は支部長となってから、今この時に至るまで続けて来ていた。――とんでもないと言って良い。諸手を封じた上で格闘に臨んでいるような物。千景の経歴を知る者であれば誰しも無謀さより先にその執念に敬服せざるを得ない。
「――ふう」
支部長に就任して丸一年。
遅くに帰還した千景は息を吐く。……性質の悪い外部技能者とのいざこざ。勢力に盾突くのがカッコいいとでも思っているのか、幾度の勧告と対処にも拘らず全く懲りた様子がない。
このままいけば、別の処分を考えざるを得ないかもしれない……。
「……ただいま」
扉を開ける。支部長と支部長補佐には個室が与えられている。事情によっては外部の住まいに居を構えることもあるが、千景には此処の方が性に合っていた。誰もいないことを知りながら習慣で飛ばした声に――。
「おかえり、と答えておこうか」
「――」
灯りと共に顕になる人物の姿。警戒を取るまでもない。予想だにしないその相手に、千景の眼は釘づけにされていたからだ。
「……大賢者様⁉ どうして⁉」
「――静かに」
「……っ」
慌てて口を結ぶ。……九鬼永仙。千景の前の前にいるのは紛れもなく、魔術協会の現大賢者、魔術師の頂点を担うその人物に他ならない。
「夜分に済まない。公務として来ているわけではないから、訪問は秘密にしてある。リア辺りは勘付いているかもしれないがね」
品の良さと共に茶目っ気を備えた笑い。……なぜ、どうして? 迎える千景の胸中では処理しきれない数の疑問が渦巻いている。大賢者が、秘密裏に自分に会いになど。
そんなことは――。
「――君の働きは素晴らしいな」
まだ用意の整わぬ内に――大賢者から口にされたのは賛辞。
「先日の案件は迅速だった。それも敵味方を傷付けずにと言うのだから、驚きだ」
「……ありがとうございます」
「支部の運営も上手くこなしている……着任から一年でこれだけのことができる者はそういない」
「……いえ、そんなことは……」
恐縮する。凡そは事実かもしれないとはいえ、現在進行形で協会を引っ張っているトップに言われては、千景としても縮み入るしかない。社交辞令だろう讃辞が過ぎるのを待つ中で――。
「君は上守家の出身だったな。私と同じ、祓紋の八家の」
「……はい」
それまでとは違う話題。本命と思しき声音に、自ずと千景は意識を集中する。
「私の曾祖母が昔、上守の当主に世話になったらしくてね」
初耳だ。祓紋の八家では末席だった自分の家が、九鬼家の当主に縁があるなど。
「それまで私の周囲にいたのは家名に拘る人間ばかりだったから、聞かされたその話はよく印象に残っている。だからというわけではないが」
緊張が漲る。大賢者、九鬼永仙の瞳が、自分を見た。
「――生き抜きたいのなら、今の戦い方は捨てることだ」
「――」
告げられたその台詞。……予想したどの言葉とも違う、内容。
「その戦い方は恐らく荷が重い。少なくとも今現に、私たちを取り巻いている状況では」
「……」
「――今は例の技能集団の案件に掛かっているそうだね」
言われた言葉の意味を受け止めるのに、少しだけ時間が掛かった。千景の耳を力と経験を感じさせる声が打つ。
「……はい」
「いやなに。そちらについては確認だ。君ならばきっと、やり遂げられるだろう」
大賢者が席を立つ。受ける動作が間に合っていない――千景の前に立ち。
「我々もいる。君が一人でなにかを負う必要は、必ずしもない」
そう言って去っていった。――健闘をと。それだけを言い残し。
……そして。
その後千景は誰一人傷付けることなく、担当の案件を抑えて見せた。




