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第八節 二人で

 

「――っ」


 脱力感と共に霧散する魔力。ふらつきそうになる脚を、いつも通りに堪える。靴越しに指で地面を踏みしめつつ……。


「大分安定はしてきましたね」

「……ああ」


 ――片手間で郭に指導を付けてもらえるようになってから、今日で四日が経った。


【魔力解放】の安定化は順調に進んでいる。常に片手に本を持ちながらではあるものの、郭の指導は的確にして適切。俺への指示や法陣の使用と同時に、自分の魔術の試しまでしているのだから恐れ入る。……とはいえ。


「そろそろ頭打ちでもありますが。この辺りが、貴方の単純な持続時間の限界なんでしょう」

「……」


 口にされたその事実に押し黙る。ここのところ、全くと言って良いほど持続時間に変化がない。


 伸びなくなっているのだ。単なる俺の感覚だけでなく、郭から見てもこれ以上の進展が望めないという意見。余りに早く当たることになった天井に唇を噛み――。


「――では行きましょうか」

「――えっ?」


 郭が本を閉じた。その音と言葉とに、振り返る。……どこへ。


「なにしてるんですか。着いてきてください」


 訊く前に出口へ歩き出している郭。唐突な行動に戸惑いながらも、やむを得ず追い縋る足。どうにか隣に並び。


「……どこにだ?」

「――葵さんたちのところです」


 疑問に答えを受けた――数分後。


「……」

「……」


 立っているのは馴染みのある訓練場。……隣にいるのはフィア。二人して見つめている対面には、郭と葵さんがいる。二対二。


「……えっと……」

「――これから貴方たちには、二人で訓練をしてもらいます」

「――」


 尋ねようとした機先を制して宣言した葵さん。……やはりそういうことなのか。


 この状況で思いつくのはそれくらいしかない。平然としているその態度、郭の行動を考えるに、事前の打ち合わせがあったのかもしれない。そんなことを考え――


「これまで障壁、治癒と並び、強化法を教えてきましたね」

「は、はい」

「指導したのは自身を対象とした場合の術理ですが、あれは他者へ掛ける際にも応用できます。理論的には殆んど変わらないので――」

「――貴方の【魔力解放】は、単独ではどう頑張ってもあそこまでです」


 ている最中に始まった説明。葵さんの言葉をフィアが聞いている傍ら、郭もまた同じように俺へと話しかけてくる。


「それ以上の強化は望めません。流石に強化手段があれだけでは色々と不安ですのでね。カタストさんと協力してもらうことにします」

「――【間接強化】です。彼に対して扱えるようになれば、呪具の負担を更に軽減することに繋がるでしょう」

「……!」


 繋がる台詞。理解の入ったようなフィアは意気込んだような表情をしている。……そうか。


 俺自身の力を一時的に上げる為の方法は、何も【魔力解放】一つではない。ジェインが【時の加速】で俺たちを援護できるように。フィアの強化魔術で俺たちの能力を高めることができるようになれば、それが戦力の強化と、呪具の負担を軽くすることにも繋がる。……それは分かったが。


「……けど――ッ」

「えっ?」


 ――郭との訓練で既にかなりの魔力が削れている。そう言いかけた俺と、フィアとを仄かな光の帯が包み込む。微かに伝わる魔力の熾りは葵さんから。どこか静謐な、青白い光――。


「っ……⁉」


 直後に訪れた明らかな変化。消えゆく燐光に連れてそのことを確認する。……魔力が。


「――このように」


 ――回復している。同じ感覚を覚えているらしいフィアと俺とに向けて、表情を崩さないまま葵さんが語りかけた。


「ある程度なら魔力は回復できます。被術者に負担を掛けることになるので、日に幾度もは使えませんが」

「ひとまずの問題は解決でしょう。――円環を稼働させてください」


 郭に言われた一言。


「実際にどの程度の軽減になっているかを確認したいですからね。カタストさんの魔術が発動してからでいいです」

「――分かった」

「強化法を蔭水黄泉示に」

「は、はい」


 葵さんに言われた直後。――発動した、朧気なフィアの魔力が俺を包み込む。同時に稼働させるのは円環。己に眠る力を意識して引き出していく。……徐々に。


「――魔力は被術者の補助」


 強化法の制御に集中しているフィアへ、葵さんの声が飛ぶ。


「筋肉や腱の動きを支え、促すように。自分でも他人でも、やるべき基本は変わりません」

「――はい」

「軽減を確認したら、少しずつ負荷を上げて行って下さい」


 自らに纏わされた魔力が所々で流れ方を変えるのを感じつつ、筋力を引き出している俺へ向けられるのは郭の声。


「限界値を探る訓練は以前にもしているようなので、その感覚で。カタストさんの強化を受けた状態、【魔力解放】状態、そして同時掛けでのそれぞれの限界を掴んでもらいます。状況に応じて適切に力が引き出せるよう――」

「――通常時と【魔力解放】状態の双方での感覚を掴む必要があります。固有技法の妨げとならないよう魔力を纏わせるのは別の感覚ですので」

「――はい」

「分かりました……っ」


 各々から別々に飛ばされる指示。耳を凝らし、自分の操作に意識を注ぎつつ言われたことを遂げようとしていく。懸命に集中する……。


「……まずまずですね」


 俺たちの出来に対する最初の評価は、葵さんから。


「お互いに初めてですからね。まあこんなものでしょう」


 そこまで期待もしていなかったというような郭の声を受け――自然と意識に力が入るのを感じた。


 ――

 ―


 ……繰り返すこと八回。


「……」

「中々進みませんね……」


 進捗のなさに言うことがないのか、無言となった葵さん。……苦戦している。勿論俺とフィアとの双方にその原因があるのだが。


「……」

「……っ」


 肩で息をする互い。直近。ここ二回辺りはどうも違っているように感じられた。……気のせいかもしれないが、俺というよりも、フィアの方が――。


「では、もう一度」

「……っ!」


 郭の合図で臨んだ九回目。……発動した【魔力解放】の外側、纏わされた魔力が早くも乱れているのを感知する。さっきよりも更に。漣のような細かな揺れ。フィアの意識によって抑えられているだろうそれが、次第に蝋燭の炎のように揺らめきを増していく。


「――ぶれていますよ」

「は、はいっ……!」


 葵さんから飛ぶ声に一層集中している様子のフィア。……それでも魔力の揺れは止まらない。制御しようとするフィアの意志を受け付けないかのように、震えるように大きく波打ち。


「――」


 ――そこで、変化に気が付いた。


「あ……あれ?」


 気付いたのか、フィアも声を発する。魔力に交じっている、星屑のような微細な煌めき。……なんだ? ぼんやりと発光する魔力の中で、徐々にその数を増していき――。


「あ――っ⁉」

「――ッ⁉」


 目の眩むような輝きへと変わる。それに包み込まれた瞬間、凝縮させていた暗黒の魔力が太陽に照らされた影の如く消滅する。同時に覚えるのは日の光に全身を焙られているかのような耐え難い熱さ。身体が皮膚の、肉の、血管の内側から灼かれていくようなゾッとする感覚。


 ――マズイ。


「――っ……!」


 力が入らない。虚脱感にも似た脱力感に思わず膝を突いたそのとき、俺を包んでいた輝きが消え失せる。……焼き尽くされるかと思った直前。守るように俺を包み込んでいた魔力は。


「……ギリギリでしたね」

「――魔力を抑えました」


 郭のそれ。息を吐くその声に続き、葵さんの静かな声が耳に届く。顔を向けた先……。


「もう大丈夫です」

「……は、はい」


 離れる二人。肩口に押し付けられていたと思しき指を離され、フィアも少し蹌踉めく。……今のは。


「このタイミングとは。ただまあ、これで明らかになりましたね」

「……ええ。確かに」


 自問する俺の前で答えを確かめ合っているような二人。なんなんだと思う俺たちへ向けて――。


「――【神聖の支配者】の目覚めが始まっているようです。カタストさんの」

「え――⁉」

「――」


 告げられた一言が不意打ち気味に脳を揺さぶる。……支配者?


 聞き覚えのある単語に辿る記憶。……リゲルが持っている適性。属性を扱える適性の中でも確か、最上位のものだったはずだ。それがなぜ……。


「ど、どうしてですか? 初めは……」

「通常の適性と異なり、支配級の適性は目覚めが始まるまでその有無が確かめられません。ここ本山の設備であっても」


 今頃フィアにと。思う俺たちの動揺を受けるのは、変わらぬ葵さんの淡々とした解説。周囲を見回しつつ。


「それは同様。目覚めの時期は個人により完全に異なります。貴女の場合は恐らく、幾度かの激しい戦闘を経験したことによってそれが始まったのでしょう」

「……」


 聞き終えてなおどこかまだ完全には信じられないような心持ちがしている。……フィアに、支配級の適性が。それが事実なら。


「目覚めが始まっているとなると別の修練も必要ですね。午後からはまた分けますか? 安全上――」

「支配級の適性であれば慣れるまでそれほど時間は掛からないでしょう。今はとにかく時が――」


 考えが纏まらない。そんな俺たちを置き去りに、郭と葵さんの二人は既に今後の予定について話し始めている。続けざま素早く幾つかの言葉を交わすと、葵さんがフィアを向いた。


「目覚めてからの期間はこれまでとは異なる魔力の質に慣れ、制御の安定を取り戻す必要があります。――とはいえ支配級、それも神聖の属性ならそこまでの時間は掛からないでしょう。指導に加え貴女でもできる方法を教えますので、それを自室などで――」












「……」

「……」


 ……予想外の波乱のあった修行が終わり。


 夕飯にはまだ早い時刻。俺とフィアは今、自室までの道のりを歩いている。互いに考えることが多いのか、言葉少なに。


 ――葵さんから聞かされた、神聖属性の魔術を扱う際の留意点は二つ。


 一つ。神聖属性は治癒や障壁、強化など守りと仲間の支援全般を得意とする属性であり、それらについては無属性の魔術より効果も高い。但し治癒の際、必要以上の魔力を注ぎ込むことによって起こる過回復には注意すること。


 そして二つ目。こちらの方が俺たちにとっては問題なのだが……。


「……黄泉示さんには使えないんですね」

「……そうだな」


 葵さんから言い渡された注意。俺に対して治癒や強化を発動する時は、これまで通り無属性の魔術で行うこと。


 自分でもその点では余り自覚がなかったが、俺の家系、蔭水家は代々血肉に暗黒の魔力を重ねてきた一族であり、神聖と暗黒は属性として対極に位置している。互いに反発し、打ち消し合う二つの属性。


 神聖の魔力に触れた瞬間に【魔力解放】が消えたのも、覚えた灼けるようなあの熱さも、全てその属性の対立から引き起こされる現象らしい。……蔭水の一族にとって神聖の魔力は正に猛毒にも等しいものなのだと、そう葵さんたちから説明を受けた。


「……」


 ……仕方がない。


 わけを聞けば自ずとそういう気にさせられる。……フィアの新たな力の支援を受けられないのを残念に思う気持ちは勿論ある。だがそれでも、支配級の適性が目覚めたのは間違いなく追い風だ。聞かされたときには驚いたが――。


 よく考えてみればこれまででも兆候はあった。以前のセイレスとの戦いで見せたあの巨大な魔力、あれも恐らくはそうだったのだろう。そして。


「……」


 ――フィアはフィアだ。


 支配級の適性が目覚めたとしても、それは変わらない。仲間の支援に向いた属性はフィアに相応しい気さえする。できることが増えたのならそれは単純に喜ばしいことではないかと、変化に直面した意識にそう言い聞かせ――。


「――よう」


 考えつつ歩いていた最中。突然かけられた声に前を向く。いつ見ても変わらぬ小柄な背丈。


「先輩」

「偶然だな。二人して修行の帰りか――……?」


 軽く手を上げて。言葉を続けようとした先輩の声が、不意に小さくなる。……なんだ?


「ど、どうしました?」


 繁々とフィアを見つめる視線に思い当たること。……まさか。


「いや――何か変わったか? カタスト」

「えっ?」

「気のせいかもしれないけどな。魔力の雰囲気が、何か変わった気がするんだ。少し……」

「……」


 ――分かるものなのか。


「ええと、実は、その――」


 見る人が見れば。流石は先輩だと思う俺の前で、フィアが簡単に事情を説明した。


「……なるほどな」


 今日から合同になった修行の内容。その最中に神聖の支配者の適性が目覚めたことなど、一通りを聞いた先輩が何か感心したようにフィアを見る。


「ガウスに続きカタストも支配級の適性か。まさか、二人目とは思ってもみなかったな」


 確かに支援系の筋は良かったしな、と。これまでを考えて納得しているような素振りを見せ。


「――じゃあ、今は強化魔術の練習をしてるのか」

「はい。黄泉示さんと二人で……」

「そうか。私も強化系の術を幾つか使うけど、簡単そうで奥が深い技法の一つだ」


 言葉と同時に俺たち二人を包み込む魔力の流れ。……フィアのそれよりも速やかで、よりしっかりと身体を補助されている感覚がある。これが先輩の。


「自分に掛けるのと違って、他人に掛ける場合は色々と考えなきゃならないことがある。特に間接系統なら尚更な」


 ――間接系統。


「強化魔術にも種類があるんですか?」

「ああ。大きく分けて直接系と間接系がある。直接系の方が単純で扱いやすいんだが……」


 そこで少し考えるように間を置いて。


「多分蔭水の固有技法との干渉を考えてだろうな。被術者への負担も掛かるし。間接系の方が操作が複雑な分、拡張性が高くて応用も効くんだ。例えば――」


 促されて片足でジャンプしてみる俺たち。……一回目は右足より左足の方が、二回目は左足より右足の方が跳ぶのが楽になっている。これは。


「今みたいに強化の度合いを部位ごとに途中で変えたり、上級者になると他の属性との組み合わせで風を纏わせて空を飛ぶだとか、火や雷を纏わせて攻防一体なんてこともできる」

「なるほど……」


 確かに使い方によって色々と応用が利きそうだ。この時間のない中で、そこまでできるかは分からないが。


「……」

「――カタストならできるさ」


 自分との差を見せられて少し落ち込んでいるようなフィアに、先輩が声を掛ける。


「強化魔術で何より重要なのは、相手の立場になって考えることだ。カタストならきっと、私以上に上手く使いこなせるようになる時が来る」


 いつもより優しげな声で。途中からは驚くほどはっきりと言い切った先輩は、そこで思いついたように。


「――カタスト」

「はい」


 ちょいちょいと手招きをしてみせる。なんですかと近寄ったフィアの耳に、背伸びして声の中身を隠すように手を当てて。


「――えっ」


 何事かを耳にしたフィアの反応。……なんだ? その微妙な感じ。


「ま、そういうことだ」

「……」


 踵を下ろして顔を離す先輩。悪戯っぽい笑い顔とは対照的に、フィアの頬が少し赤らんでいる気がする。……なんなんだ?


「じゃあな、二人とも」


 ――頑張れよと。そう言い残して、先輩は俺たちの前から去って行った。



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