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第四.五節 各々の仕事

 

「――なぜ奴に機会を与えた?」


 洞窟にて作業を続ける男。ヴェイグの背に向けて、蔭水冥希はそう問いを投げ掛ける。


「セイレスの事かい?」


 送る頷きは、同意の意図を込めたものだ。


「あの女の力量は既に限界を迎えている。これ以上長引かせても、余計な失態を招くだけだ」

「……どうかな」


 無詠唱で呪文の詠唱を続けつつ……ヴェイグが、冥希に向き直る。


「彼女は思っているより芯が強い。僕としても、あのまま打ちひしがれているようだったら仕事を頼む気はなかった」


 ただ、と。それを思い出させるように一度間を置いて。


「彼女は自力でそれを乗り越えた。案外、今回の仕事もこなしてくれるんじゃないかと思っているんだ」

「……」


 楽観気な台詞。敢えてのものだろうという態度を受けてとはいえ、懸念する冥希としては容易に頷く気にはなれなかった。


「話は変わるけど、君の方は上手く行っているのかい?」


 ヴェイグからの問い。


「中々に手を焼く息子のようだね。――ああいや、急かしているわけじゃないんだ」


 冥希の反応を認め、訂正するように。


「僕としては君がいつ彼を連れて来てくれても構わない。一人だけでもいいし、何人か仲間を連れてきていてもいい。機会さえ逃さなければ」


 そこで少し、面持ちが真剣に変わる。


「僕らの目指すこともそろそろ大詰めだ。暫くすれば僕は今以上にそちらに掛かりきりになるし、そうなれば僕としても君との約束を果たせなくなってしまう。それを一応言っておこうと思ったんだ」

「分かっている」


 リミットがあることは冥希も重々に承知している。前回の邂逅を経て、採らざるを得ない可能性の出てきた選択肢についても。


「――セイレスについてだが」

「……ああ」


 冥希の確認に、ヴェイグは色の抜け落ちたような声で応え。


「もし彼女が今回でも失敗するようなことがあれば。……その時の対応は君に一任するよ」

「分かった」

「……任せる形になってしまって済まないね」


 仕方のないことだろう。咎める気もなく冥希はそれを受け入れる。動けない身と動ける身。誰がそれを負うに相応しいのかと問うならば、答えは否応なく明白だ。


「あと、奴らの居場所についてだが」

「……そうだね」


 ヴェイグは頷く。


「それは僕の仕事だ。この作業が一段落つき次第、声を掛けてみることにするよ」









「――暑ぃな」


 灼熱の炎天に一切が照らし出される光景の中。変わらぬ鎧姿を身に纏い。ガイゲは汗も拭うことなく声を零す。半分枯れたような草の生える乾いた地面に、滴り落ちて吸い込まれた汗の玉。


「ガイゲ、モウヘバッタ……?」

「へばっちゃいねえよ。こんな日差しのキツイ中で作業してたら、暑くもなるっての……」


 作業の手を止めずに息を吐く。――ヴェイグからガイゲたちに出された指示。世界各地に散らばる龍脈地への法陣の設置は、用意された特別の転移法をもってしても酷く手間暇の掛かる作業だった。設置途中の法陣と龍脈地との擦り合わせを確認しつつ……。


「駄目ですよガイゲ。これもお仕事なんですから」

「ってもよ……」


 ぼやく。そもそもガイゲたちは魔術の専門家ではない。設置するための法陣や術式はヴェイグの工夫と技量により素人でも扱えるレベルにまで簡略化されているとはいえ、実際龍脈地に設置する際の齟齬や障害は省けるわけもない。法陣のうち一つでも不備があれば機能しないということもあり、結果としてその点でかなりの時間と労力を取られている。


「こんなしちめんどくせえ作業するよりか、あいつや俺らに暴れさせた方がよっぽど早いと思うんだが……」

「ヴェイグから聞かなかったんですか? それにはわけが――」

「ああ、いや、聞いたさ」


 息を吐きつつ。正しい向きに合わせた術式を嵌める。流れ出した魔力。


「ただまあ、やっぱりクソめんどくせえと思ってな。デケえことをやるってのも楽な道のりじゃねえし、下はいい苦労だぜ。で――」


 嵌め込んだ術式に問題がないことを確かめて、ガイゲは視線を他へ移した。暑さの中でも鋭さを失わない、青い瞳――。


「何だてめえは?」


 それが向けられたのは何も無い空間。一見してそう思える中に立つ気配をガイゲは見落とすことはない。指摘を受けた気配は一瞬揺らめくと、空気に溶けるようにして薄くなっていく。……完全に消えた。


「あら、悪くない穏形ですね。少し遊んで――」

「――止めとけよ」


 喜色を浮かべて背を向けた死神に――飛ばされるガイゲの声。


「今は作業(こっち)の方が先約だ。ヴェイグに言われたろ?」

「……サギョウ、サキ」

「……あれだけ愚図っていたのに、もう」


 二人の声を受けて。魅惑的な声音の中にもどこか不満気な雰囲気を漂わせ、気配の主がこの場に居なくなったことを確かめた死神が踵を返す。ガイゲたちのところにまで戻り。


「意外と素直なんですね、ガイゲ」

「それ言うならてめえだってそうだろうが。さっきまで真面目そうな面してたくせによ」


 とんだ遊び人だぜ、と。追加で術式を手渡したガイゲは笑った。


「ま、妨害が目当てなら何れもっとはっきりした形で当たるだろ。今仕事をほっぽり出してまで追う必要はねえよ」

「……それもそうですね」


 死神も諦めたように屈み込む。……三人が互いに自分の作業に集中し、沈黙が十二分に熱を含まされた頃。


「――よし、終わった」


 今まで設置してきたのと同じ。龍脈地に接続された証として脈打つような燐光を放っていること、干渉を弾く術式が機能していることを確認して立ち上がる。首と肩を回し。


「次行こうぜ次。……後幾つだ?」

「アト、ヨンヒャッコクライ」

「……マジかよ」

「セイカクニハヨンヒャクトロクジュウサンコ」

「五百の方が近えじゃねえか」


 これまででも既に数百以上の数をこなしてきたはずだが。二人の会話を目に、死神は暑さのせいで温くなる溜め息を吐いた。


「……まだ暫く掛かりそうですね。このお仕事は」



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