第二十三節 プライドの行方
「――報告となると気が重いな」
アデルの愚痴を耳にしつつ――冥希たち四人は、ヴェイグの待つ洞窟内へ足を踏み入れる。文を除き、全員が相応の手傷を負っている状態。
「致し方あるまい。我らが下手を打ったのは事実……叱責は甘んじて受け止めねば」
「多少イレギュラーな事態があったわけだし、酌量の余地くらいはあって欲しいけどね」
前を行くバロンに、その隣を歩く文。傷らしい傷もない文は兎も角として、この中でも一際手酷い負傷の見えるバロンの足取りは未だ強健だ。そのタフネスには冥希とて一目置かされるところがあり。
「しかしまさか、全員が仕留め損ねるとは思われていまい」
――そう。学園強襲という手に打って出たにも拘わらず、今回冥希たちの収穫はゼロ。黄泉示の抵抗を始めとした不測の事態。凶王が闖入したのとほぼ同じタイミングで、バロンの側には武人、文の側には補佐官が現われたのだと言う。
「もっと別の場所だったらね……流石にあんな開けた場所じゃ、使える術も限られるよ」
『アポカリプスの眼』内でも文は高い実力を持つ。が、その如何ともし難い若さの弊害として、扱える技法の種類が少ないという単純な欠点があった。セイレスの結界程度しか隠蔽が機能していなかったあの場所。異変を学園内へ留めておこうとすれば、文の術法は全体的に効力が大き過ぎる。
「まあ、先に戻っているセイレスの口車に期待するか」
「……」
冗談気なアデルの発言を耳に留めつつ、冥希は足を前へと運ぶ。……冥希としても今回はかなり消耗が激しい。原因は言わずもがなアデルとの共同戦線。中途でバロンと文の助力があったとはいえ、あの凶王二人から逃走を勝ち取るというのはそれだけで中々に骨が折れた。持てる手法の全てを用いて退路の確保に走る始末であり、『アポカリプスの眼』の力を使う暇さえなかったのだ。……今こうして揃って五体無事でいられるだけでも充分な幸運と言えるほど。
――得るものはあった。
数は一人も削れなかったとはいえ、その結末は相手方も同じこと。その上で二人の凶王の手札を一端とはいえ知れることになったことは、戦術上否定しようもないほどに大きい。情報があるのとないとでは戦い方に天と地ほどの違いが出る。用意も含めて次の邂逅ではこうはいかないはず。
「……」
……だが。
そうした状況の理性的な判断以上に。先ほどから冥希の脳裏を支配する一つの事柄があった。ヴェイグに齎す報告への不安でもなく、それは――。
「――おや」
届く声。続く気配を確認すると同時に思考を中断する。……個人的な感傷はあれども、今は目の前の問題に意識を集中しなくてはならない。
「意外な格好だね。意気揚々の凱旋と思いきや……」
一切に動きを止めた冥希たちの前方――暗がりの奥から立ち現れたのは、ヴェイグ。表情は普段と変わらないが、その実力を知る冥希たちからすればえもいわれぬ重圧がある。それを当人が意識して出しているのか、そうでないのかは分からないところだったが。
「訊こうか。何があったのかな?」
「――失敗した」
元より自身の判断で行った作戦。メンバーを代表し、冥希はまず結論部から端的に口にする。
「凶王二人に加え、此方の把握していない手練れの技能者が一人いる。恐らくは『逸れ者』を引き込んだのだろうが……セイレスから聞いていないか?」
「一緒じゃないのかい? 僕の方に来た様子はなかったけど」
「――なに?」
予想外の返答。様々な可能性を突き付けるその内容に、思わず冥希が尋ね返したその時。
「――く……ッ」
声。入口から伝えられる擦過音に、振り返る。
「――セイレス」
その姿を認めて駆け寄ったバロン。――先に戦線を離脱したはずのセイレスが、這う這うの体で洞窟の中へと入って来ていた。息荒く足を引き摺っているその身体を支え、バロンが此方へと連れてくる。
「……なにがあった?」
やや重さを増した声色で問うたのはアデル。纏う対術性のローブと髪は共に半分ほどが焼き焦がされている。半身に負わされた致命傷一歩手前と言えるほどの火傷を見れば、なにがしかのアクシデントがあったことは明白だった。
「……っ……」
「待つんだ。そのままでは喋れない」
演技でなく、事実声も出せないといった様子のセイレスに対してヴェイグが一度指を鳴らす。柔らかな光がセイレスの身体を包み込み、数秒後、痛々しい傷と共に夜の闇へと消失した。
「さあ、話してご覧」
「……」
ローブを除いていつもの姿を取り戻したセイレス。……暫しの間、話せることを確かめるように、唇を動かし。
「……小娘にしてやられたわ」
忌々しさと汚辱が混じったような声で、そう告げた。
「学園側の戦線を抜けた後、外で網を張っていたのよ。魔力を広げて広範囲に感知を張り巡らせていたら、逃げていくと思しき相手方の後が追えて」
訥々と内容が語られる。……冥希の指示にて凶王の前から逃げ延びたセイレス。自分一人でおめおめ報告に戻ることはできないと考え、逃走に使われると思われたルートに魔術で網を張り巡らせた。戻ると思しき逸れ者たちの気配を感知。その追跡で相手の隠れ家を突き止めたのだと言う。
「……少女にしてやられたとはどういうことだ?」
「……」
バロンの言葉に、セイレスは強く唇を噛む。忌まわしい記憶を思い起こすかのように、大きく身体を震わせた。
「……とんでもない技量よ。あの小娘、突然人が変わったようになって……」
語られる情景。――首尾よく敵の拠点を突き止めたのち、セイレスは上階から意気揚々と隠れ家に乗り込んだ。廊下に一人でいた少女に対し、これ幸いと仲間を装って近付いたのだが。
【存在幻術】。手抜かりなどなかったはずの技法を少女は一瞬にして見抜き、驚愕冷めやらぬセイレスの反応を置き去りに返礼として魔術を放って来た。
「見たことも無い術式だったわ。……凄まじい魔力と精密さ。それに、殺意……」
辛うじて展開した障壁で威力を軽減し、穏形で身を隠して即座に離脱。……重傷を負わされた身では最早戦うだけの余力はなく、命辛々ここまで逃げ帰って来たというわけだった。
「……」
セイレスの話を聞き、冥希を含めた一同は押し黙る。語られた事実。その中身への反応は当然あるだろう。功を逸った故の失策に呆れ果てる者、純粋に今のセイレスの心境を推し量る者、少女の力量に警戒を抱く者……内心の様相は様々であれ、その一点に関しては変わらない。
が、冥希に関して言えば理由はそれだけではなかった。
メンバーの中でもセイレスは殊更に矜持が高く、高慢な魔術師。格上が相手でも潔く力量差を認めるような真似はせず、例え表面上はそうだとしても内心では反抗の火を燃やしている。愚かと言えば愚かだが、その点ではある種の気概を持っていると言えるはずであり。
――そのセイレスが、まさかここまで一方的な敗北を自ら口にすることになろうとは。
「その少女の力……」
続く沈黙。破り口火を切ったのは、ヴェイグ。
「以前君とバロンが目にしたのと同じものかな。分かるかい?」
「……少し違ったわ」
どうにか言葉を紡ぐ。
「単純な力の大きさだけじゃない。あの魔術はもっと、禍々しかった」
「学園でも邂逅しているんだったね。その時の様子は?」
「それは――」
学園で少女と邂逅したのはセイレスが初めであり、束縛した状態で連行してきたことを話す。その後の校庭における戦いでも、『王家の書庫』を解放したセイレスの力は常時少女を圧倒していた。
「つまり、そんな力の兆候は見られなかったと」
「ああ」
「間違いないな」
「そうか……」
冥希とアデル。二人の言を受けてヴェイグは暫し口を閉ざす。……セイレスを此処まで畏怖させるほどの力量。仮にあの少女がそんな力を持っていたのだとすれば、あの状況下で披露しない理由がない。詰まる所……。
「確か前回似たような目に遭った時は、【存在幻術】を掛けていたんだったかな? その少女に」
「え、ええ」
――そう。バロンとセイレスの話を整理すれば、前回少女が強大な魔力を放つのに当たって【存在幻術】、若しくは仲間たちの危機が何かしらの引き金となっていたことは間違いない。だからこそ今回セイレスは得意の幻術を敢えて用いず、異変の起こる隙を与えないよう細かな魔術の連弾で少女を殺しに掛かり、一行を同時に殺せるようなタイミングを見計らっていた。
冥希から見てもその行為自体に咎める点は無く、寧ろ失敗から学んだ適切な判断であったはず。現にあの場では少女の力は発現していない。
「ふむ……なるほどね……」
「……逸れ者の穏形についてだが」
考えの邪魔をしないよう、慎重に冥希は言葉を挟む。
「かなり厄介だ。私とアデルが捉えられなかった」
「……なるほど。確かにそれは厄介だ」
そのこともまた明確なセイレスの失態と言えた。居場所を掴んだ時点で単独で乗り込むような真似をせず、情報の共有を優先してさえいれば、こちらの総力を揃えて奇襲を掛けることができていたかもしれない。一度目の襲撃に失敗した以上、敵方は既にその拠点から引き払うことを決めたはずだ。二度目の捕捉は困難になる。言わずもがな。
「逸れ者の方については僕に考えがある。その方は良いとして――」
言葉は途切れてもその内容は察せられる。変わらぬ穏やかなヴェイグ。その瞳の見つめる先。
「――セイレス」
恐らくは意図的に。僅かの脅かしも齎さないよう掛けられた声に、セイレスが顔を上げる。
「次の戦いで、君に仕事を頼みたい」
「……なにかしら」
「その少女を連れ帰ってきて欲しいんだ。難しいとは思うが、生きたままね」
「――!」
「――」
唐突。告げられた慮外と言える内容にセイレスの顔色が否応なく変えられる。気配を高めたのはバロン。その軌道を塞ぐように、冥希が重みのある剣気を放つ。
「その少女の披露した力には心当たりがある。【存在幻術】さえ使わなければ、力が発揮されることはないはずだ」
頼めるかなと。そう問うたヴェイグに対し、顔を反らしたセイレスは暫し俯いていたが。
「……やるわ」
再度顔を上げた。その双眸に宿るのは、執念。
「やってみせる。……私の矜持に掛けて、必ず」
「――よし」
決意の上での受諾。それを認めたヴェイグは、穏やかな表情の内に笑みを浮かべ。
「これを渡しておこう」
翻した手の内に取り出されたのは二冊の本。……胎動する魔力。物に対する具体的な知識がなくとも分かる。それらが宿している力の大きさが。
「僕が持っている中でも、特別強力な力を秘めた魔導書だ。『王家の書庫』に加えると良い」
「……ありがとう、ヴェイグ」
「――ま、精々頑張ってみせてくれよ」
セイレスの預かった書物が書庫の中に取り込まれる。そのタイミングを見計らって、気を窺っていたと思しき文が言葉を掛ける。
「君が元気でないと僕も張り合いがないからね。手柄を独り占めしようとした失敗は褒められたことではないけれど、次で取り返せばいいさ」
「……媛神」
言葉を飲み込み。
「――礼は言わないわ」
「よし。じゃあ、今日の所はここまでにしよう」
どんな場でも明るくできるような人付きの良い笑顔で、ヴェイグが手を打った。
「君たちも疲れただろうし。次まで充分に休息を取って欲しい」
「そうさせてもらうとするか」
受けて早々と踵を返すアデル。擦れ違いざま。
「――良かったな。バロン」
「……」
バロンに声を掛ける。答えこそしなかったものの、気配を収めていたバロンの心情は推して知るべし。文も出口へと向かう最中で一人、セイレスへと足先を向けたその光景に。
「――」
冥希は静かに、背を向けた。
「……さて、そろそろですか」
闇の中、エリティスは誰一人見ることのない金髪を掻き揚げる。
瑞々しい浅黒の女性。エネルギッシュでありながら上品さを感じさせる瞳に惹かれ、無心で激写していたらすっかり遅くなってしまった。また時間ができたら現像した写真を元に絵を描こう――そう決めると愛用のカメラをポケットにしまい、帰るべき方角を向く。
「――おや」
途中。小気味よく規則正しいリズムを立てていたエリティスの革靴が、壁に突き当たりでもしたかのように地面へと吸い付く。
「あなたですか。これはまた、珍しいこともあったものだ」
誰もいない。紳士的に微笑みながら、エリティスはただ一人、闇に向けて独り言つ。
「お話を聞きましょうか。――ティエス」
この節で九章は終わりになります。次節から第十章に入ります。




