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第二十一節 救援

 

「……ふぅ」


 陣地術を解除し、目の前の光景を一瞥して千景は一息を入れる。……針の穴に糸を通すような細い狙いだったが、どうにかやり遂げられた。


 ――上守流陣地術の奥義、【陣地阿摩羅】。


 協会の位階で言えば高位にも当たるそれは、陣地内の対象に回復並びに思考・判断能力を始めとする身体・精神双方の大幅な能力向上を付与する効力を持つ。上級レベルの陣地術であれば無詠唱で扱える千景であったが、それ以上の難度となれば構築の補助となる起点を設置しておく必要があった。計十二の起点を事前に設けなければならないその工程に千景はバロンの注意が人質に向けられている瞬間を利用。彼らを逃がし終えた時点で十の仕掛けを終え、その後に細心の注意を払って二つ。


 戦いの当初から千景には自身に与えられた勝利の可能性が見えていた。鍵となったのはあの鉄塊。引き摺るような移動の仕方を見れば、その巨大な重量がバロン自身にとっても重過ぎるということは直ぐに分かる。振るわれることにより生み出される威力は驚異的ではあるものの、充分な予備動作で速度を乗せ切れなければ発揮されない。


 ――つまりは、その為に必要な余地を奪ってしまえばいい話だ。


「……どうだ、動けるか?」

「……」


 立ち尽くすバロンから返される無反応。そのことに推測を確信しつつ安堵する。複数の障壁と結界とで身の回りの空間を削り取り、仕上げに敵を起点とした結界で蓋をして物理的に封じ込める力業。元より千景の得意とする戦術の一つではあったとはいえ、今回について言えば流石に難度が大きく違っていた。……【上級障壁】を粉砕する圧倒的な破壊力と反応速度。


 一手の対応の余地も与えることなくその動きを封じ込めなければならない以上、平時の千景では完遂は不可能であり、その為には【陣地阿摩羅】の発動が不可欠だったのだ。余地を奪う為の障壁と結界とに、惜しみなく魔力を注ぎ込むことも。


「気に入ってくれたようで良かった。なら、そこで大人しくしていてくれよ」


 息に交じる疲労の色を悟られぬように背を向けつつ――千景は削り取られた魔力の大きさを再確認する。……短時間とはいえ高位の陣地術の発動に、上級の障壁と結界術の乱用併用。封じ込めに用いた魔術群は万が一もないよう追加の詠唱で補強している。残された魔力はほぼゼロに近く、辛うじて中級の術法が幾つか扱える程度。前に立つことは愚か、援護に徹するとしても不足だが。


「……」


 それでも他へ向かわないわけにはいかない。彼我の力量が拮抗する戦いに於いては、機を見極めさえすればただの中級魔術でも勝敗を決める一手になり得るということ、千景は経験からよくよく理解していた。戦いは未だ継続している。どこへ向かうかの判断こそが肝要だと思案した――。


 ――瞬時。


「――ッッ⁉」


 爆音。背後から轟く鼓膜の震えに反射的に千景は振り向く。――顔面に打ちつける風。握る複数の手綱を一挙に失った感覚と共に。


「……見事なものだ」


 鉄塊を両脇に携えて。……自由な空間へと抜け出たバロンを、驚愕の面持ちで見つめていた。


「牙を持たぬゆえの立ち回り。ここまでの研鑽を積み上げられるか」


 なぜ? 何が? 隠し玉? 一体? 困惑渦巻く光景の中で、ただ一つ千景に分かっていることは。


「――さらばだ」


 振るわれる鉄塊。暴威を前に、自分には最早できることがないということで――。


「――っ」


 掴まれる感触と不意の移動。逸らせず迫る死へ囚われていた瞳が、急変した視界に見開かれた。


「――よう」


 田中。抱きかかえられながら間近で見る思いがけないその闖入者に、思わず目をパチクリさせる。


「お前……」

「間に合ってよかったぜ。見た所じゃ、ちいと相性の(わり)い相手だな」

「……貴公は」


 田中の視線。耳に届いたその台詞に千景は前を向く。陥没した地面から鉄塊を持ち上げたバロンは、そうか、と一つ頷き。


「武術連盟の生き残りがいるとは聞いている。彼を相手取るほどの兵だとも。私は――」

「た――‼」

「ホッと」


 不意討ち。足下から競り出す岩の杭を千景の叫びより早く、見ることもせず田中は避けた。


「当たらねえよんなもんには。何年魔術協会にいると思ってんだ」


 片腕で抱き抱えていた千景をよっ、と下ろし。前に出て杖を構えた田中が、周囲に渡る破壊の痕をチラリと見る。


「棍棒か。気付いているかどうか知らねえが、その手の武器は案外扱いが難しいぜ?」


 全身から溢れ出す闘気。呼応するようにして、バロンが重心を移動させた。


「お前さんの扱いがどのくれえのもんか――試してやるよ。本職のおっさんがな」















「――おや」


 この場に現われたもう一つの気配。それに向けて女性から声が飛ばされた瞬間、見据えるヒトガタがその動きをピタリと止める。


「――葵さん」


 同じく構成途中だった魔術の詠唱を中断し、声を掛ける郭。……櫻御門葵。凶王と共に『落陽』との交渉に赴いたはずのメンバーが、厳しい面持ちで講堂の入り口に佇んでいた。


「無事で何よりです、郭」


 果たしてこの状況を無事と言うのか――。そんな考えが郭の脳裏に浮かんだが、葵の視線が直ぐに自分から外されたことを理解し、声には出さないでおく。


「……《十冠を負う獣》」

「やあ。また会ったね特別補佐」


 互いに対峙する相手の正体を認め。


「――礼を言います」


 次にとられた行動は、郭からしてみても凡そ意外な行動だった。


「零の暴走を止めてくれたことと、私の命を救ってくれたことに対して」

「……なんだ。案外律儀じゃないか、特別補佐」


 ……頭を下げた葵に対し、目を瞬かせて十冠を負う獣は少し笑う。同時に郭が相対していたモノ。女性が使役していたソレが、煙の如く消え失せた。


「他ももう撤退するみたいだし。――貴女が増援に来たってことで、体よく退かせてもらうとするよ」

「ええ。そうして下さい」


 郭も魔術を完全にキャンセルする。……殺す気でないとはいえ、大霊格の異形を相手取るのは郭としても稀に見る重労働だった。魔力は既に七割ほど使っている。珍しい経験であるだけに参考になった部分もあったが、今は重荷から解放されたと言う気分の方が大きい。


「プレゼントはそっちの賢者見習いに預けてある。――それじゃ、次があれば、また」


 一つウィンクをしてそう言い残し、走る十冠を負う獣が、壁の向こうへと姿を消した。


「……」

「……」

「……葵さん」


 その気配が完全に遠ざかったことを把握して、両者の間に訪れるのは気まずい静寂。自分から言わねばならないことだと、郭が声を発した。


「貴女が付いていながら、わざわざ全員の身を危険に晒すとは」


 出鼻を打ったのは冷厳な叱責。向いた葵の双眸。そこに表れる戒告の光が、その心境を捉え損ねようもなく示している。


「……済みません」

「今は離脱を優先するべきです。……話は後で聞かせてもらいます」

「はい」


 ただ頷く。……元より覚悟はしていたこと。葵からしてみれば郭たちの判断は決して容認できるものではないはずで、結果がどうなろうともそれは変わらない。


 だからこそ、自分が言って出たのだから。


「……」


 互いに無言のまま。郭は、葵と共に傷付いた学園を走り出した。














「オオオオオオッッ‼」


 咆咻を上げるバロン。込められた意気と膂力とに応え、繰られた超重の鉄塊が凄絶な破壊力を生み出す。触れればそれだけで掠めた部位を千切り取っていくほどの威力を纏った、荒れ狂う黒鋼の凶器。


「――どうしたどうした」


 それをいとも容易気にいなしているのは田中。大柄でもない体躯がヒラヒラと左右に揺れる度、直撃を外された鉄塊が壁床を徒に打ち壊し、空を薙ぎ払うに終わらされる。


「そんなもたもたしてたんじゃ当たらねえぜ。百年かかっても、俺にはな」

「ムウンッ‼」


 ただ単に躱しているだけではない。……迫る黒鉄を時たま突き崩す乾き音。強度も何もかもが劣るはずの木の棒で、捌いているのだ、あの暴威を。まともにぶつかれば一方的に砕け散ることは必然のはずなのに、冗談か何かの如くに木が鉄を突き、鉄の方が落とされる。


 ――まるで魔法だ。


 目の当たりにしていてもそう思わざるを得ない。……こうして比べてみると分かる。荒々しく膂力に任せたバロンの動きと異なり、杖を繰る田中のそれは素人であるはずの千景が息を呑むほどに芸術的だった。


「――そら」

「――」


 守勢から一転。鋭く足先を突く一撃の痛みに居付いたところを踊る木の杖が滅多打ちとする。直後に払うように振るわれた鉄塊、だが田中はその動きを見越しているかのように背後へと回り込んでいる。後頭部への直撃――呻きを上げるバロンの声が、千景の耳に確かに聞こえた。


「グ――‼」

「そらそらよっと」


 ――攻めている。その光景もまた千景には信じ難い。圧倒的な暴威を纏う鉄の塊をものともせずに。あれだけの脅威を誇ったバロンが、完全に後手に回らされている……。


「でくの坊が得物に振り回されてんじゃねえか。なんならいっそのこと、ここでお寝んねしちまうか?」

「――嘗めるな――ッ‼」


 血を吐くような叫びと同時。一挙に己を囲うように出現させた岩杭の壁。その合間を縫ってなおも攻撃を叩き込む田中の身を乱立する岩杭が執拗に追い回していく。付け入られる隙間全てを埋め尽くす強引な手法で無理矢理田中を間合いから突き放し。


「フンッッ‼」


 くぐもった壁越しの気合いと共に内側から砕き割られた岩杭の壁が爆散する。散弾もかくやと思える凄まじい勢いで無差別に飛来した瓦礫らを――。


「――鼬の最後っ屁ってか?」


 田中の杖が目にも留まらぬ速さで打ち逸らしていく。……正確無比に、大小構わず遺漏なく。避けようと身構えた千景の身に欠片一つでさえ掠らせることなしに、地に落ちた数え切れないほどの破片が全てその飛翔を止めた。


「力があり余ってんなら滅世なんざやめて、石切り場ででも働いてみちゃどうだ。ん?」

「……」


 叩く軽口にて余裕を見せる田中。……対象的に、瓦礫の中から姿を顕にしたバロンはあちらこちらがボロボロだ。服は裂け、血が滲み、額には汗さえ光っている。誰の目にも明らかな圧倒的優勢。注意を引き付ける為に田中が敢えて挑発的な口調を連発してくれていることが、千景にはよく分かっていた。


 だが――。


「……っ」


 なおも保たれている静けさ。その彫り深い双眸に宿る揺るぎのない闘志を、千景は確かに目にし読み取る。……そうだ。バロンにはまだ、自身の障壁と結界群とを破ったあれがある。


「……」


 じりじりと。次で決めるつもりなのか、足先からにじり寄っていく田中。応じてこれまでより一際集中が深められたようなバロンの雰囲気に、千景がその使用を確信した――。


 ――刹那。


「――ッ‼」

「っ⁉」


 崩落する天井。予期せぬ事態に三者が反射的な所作で距離を離し、見た先。天井に空けられた大孔から。


「――間に合ったみたいだね」


 下り立つ一人の女性。動作に靡くのは艶のある長い黒髪。身体の部位をピンポイントで目立たせる魅惑的なその姿に、千景としては覚えがあった。


「おっと、こいつは――」


 声を漏らした田中も同様。――《十冠を負う獣》。零と共に協会を襲撃してきた技能者であり、この場にいる二人に立慧を加えてなお底を見せないほどの力量を持った実力者。


「……有り難い。これで彼奴らを――」

「退くよ、バロン」


 その相手が加わったことで形勢逆転と見てか。千景たちを見据え、あからさまに攻勢に転じようとしたバロンの所作を仲間から発された声が止める。


「何を言う? 状況を立て直せたなら――」

「――凶王が二人来てる」


 鉄塊を盾にするように前に構え、僅かに振り向くバロン。千景が同時目にしたのは、十冠を負う獣の流した切迫するような目付き。


「冥希とアデルが交戦中だけど、劣勢だ。ここで二人を失うのは痛いし、道すがらに拾って行こうと思うんだけど」

「――なるほど。理解した」

「行こうか」


 変わり身は速やかに――圧し潰すような殺気を収めたバロンが、構えていた鉄塊を引くと共に反転する。最後にこちらを一瞥だけして、十冠を負う獣もまた合わせるように踵を返した――。


「ま――っ」


 呼び掛けた声が届くより早く、現われた無数の鎖の壁が空間を塞ぐ。確実に反撃を受けるだろう機に追い縋ることは田中にも出来ず、数秒後に鈍い銀壁が消え失せた後には。


「……」

「……逃げられちまったな」


 先ほどまでそこにあった二人の姿は完全に消え去っていた。闘気と共に杖を引く田中。一つ息を吐いて千景の方へと戻り。


「阿呆」

「っ」


 コツリとした感触が、髪の上から千景の頭へと当てられる。


「素人に付き合って何やってんだ。ったく、お前ららしくもねえ」


 いつになく真剣な田中の表情。……心配してくれていたのかと、そんなことが分かってしまうほど。


「……悪いな」

「分かりゃいいんだよ。うら、早いとこ行くぞ。他ももうそろそろだろうしよ」

「ああ」


 おぶさるか? と言う田中の台詞に首を振って。前を行く田中の背を見つつ、千景は歩いて行く。暫しののち。


「……付き合ったわけじゃないさ」


 小さく呟かれた台詞に、田中が振り返ることはなかった。



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