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第十四節 黄泉示たちの会敵

 

「あ、ありがとう。助かった……」

「礼はいらねえよ。早く逃げろっての」

「――この道を通って行けば脱出できます。学生を先導して避難を」

「あ、ああ。分かった」


 天井から崩れたと思しき瓦礫を退かし、教室に閉じ込められていた生徒たちを脱出させた後。


 退避して行く人々の背中を見送りつつ、リゲルとジェインは校舎の奥へと歩を進めていた。……経過は此処に至るまで至極順調。手に負えないような怪我人に会うこともなく、軽い負傷や恐怖で混乱状態にある人たちを落ち着かせ、出口へと誘導してきた。対応の中でリゲルの勢いとジェインの冷静さが上手く噛み合っているのだとは、当人たちに告げても決して認められなかった事実だろうが。


「……気配とやらの位置は分かるのか?」

「おうよ。――多分向こうも隠す気はねえんだろ。校舎に入った時から動いてねえぜ」

「そうか。なら問題ないな」


 程よい緊張感に満ちた会話と共に足を進める。罠が仕掛けられているかもしれない以上、走って目的地へ向かうということはできない。敵が動かず、これ以上の被害を出すつもりがないと言うのなら、それは願っても無いことだった。


「俺らの方は両方できっから良いけどよ」


 口に出すのは、ふと浮かんできた疑問。


「あいつらの方は大丈夫なのか? 俺らのとこみたいに、魔力を掴めない敵だったら……」


 ――気配感知と魔力感知。視覚に頼らずして敵、或いは味方の居場所を探る基本技術。


 賢王たちとの修練では、これまで無自覚的に使っていたその辺りの能力も自覚的に学び直させられることになった。魔力感知はリゲル、ジェインともそれなりだが、気配感知についてはジェインの側が些か頼りないレベル。今向かっている先からは特別魔力を感じられなかった為、始めに指示された場所と気配感知を頼りに進んできている。


 フィアは魔力感知については二人と同等かそれ以上に優れている反面、気配感知についてはほぼからっきしと言って良いほど。黄泉示は双方ともにまあまあと言ったラインであり、ジェインよりマシであるもののやはり遠方の敵の気配を掴めるとは思えない。万が一移動されでもすれば。


「それくらい郭が考えて割り振っているはずだ」


 損壊の激しい部分を避けつつ、考える間も置かずにジェインが答える。


「最悪居場所が掴めなくても、敵の方から二人に向かって来るだろうから問題ない。ある程度近付けば蔭水でも居場所が掴める」

「……そうだな」


 確かに分担を決めたのは郭……詠愛だ。咄嗟の事でリゲルにはそこまで気が回らなかったが、彼女の性格からしてある程度考慮の上で割り当てただろうことは頷ける。


「まあそもそも向こうが待ち構えている以上、感知を頼り過ぎず奇襲を警戒して動くのが当然だが――」


 訊きもしないところまで滔々と紡がれていた台詞。息継ぎでもない場所で、不意に止められた。


「……おい」

「……ああ」


 分かっていると言う風に答えてくる。……流石に今のはジェインにも感じ取れたのだろう。標の如く此方に向けて放たれた、明確な気。感じていた気配と併せ、その位置を確実に把握したリゲル。


「早く来い、ってことか」

「かもしれないな」


 廊下の先。一番奥に見える教室の、左側。敵は間違いなく、そこでリゲルたちを待ち受けている……。


「【時の加速・二倍速】――」


 ジェインの詠唱が響く。……倍速なら持ち時間は約数十分。三倍、四倍と倍率を上げるにしたがって加速度的に魔力消費、並びに此方側の行動時間も短くなることを考えると、敵の姿も分からない段階でこれ以上の用意をすることはできなかった。即座に目的の教室との距離を縮め――。


「……」


 扉の前に並び立つ。此処まで来れば嫌でもはっきりと捉えられる。この中で待ち受けている相手の、気配というものが。


「俺が開けるぜ」

「――頼む」


 仮に奇襲を受けた場合、身体能力に優れたリゲルの方が対応はし易い……。緊張感と共に、扉を開く


「……」


 日常の一コマを切り取ったかのような光景。


「――」


 その中に、ソレは静かに佇んでいた。


「蔭水、冥希……」


 その名を口にする。そこにいるだけで、日常にどうあっても相容れぬ異質物が紛れ込んだかのような。


「――手間が省けた」


 閉じられていた双眸。下ろされていた瞼が、徐に開かれる。


「まだ生きていて貰わねば困るからな。……黄泉示の友人であるお前たちには、相応の利用価値がある」

「――生憎だが、黙って利用されてるほど大人しい性質じゃねえぜ」


 リゲルは思い返す。……協会で相対した以前。僅かの抵抗も許されること無く、血に沈められたあの時のことを。


「こっちこそ願ったり叶ったりだ。黄泉示には悪いが一発ぶん殴っといてやる。――あの時とは違うって事、見せてやるよ」

「気を抜くなよリゲル……!」


 ジェインの声を背中に受け、リゲルが闘気を漲らせた――。


「――来い」

「おうッ‼」


 掛け声と共に、戦いが始まる。






















「……」

「……」


 いつ破られるかも分からない、仮初めの静けさの中――。


 俺とフィアは慎重に廊下を進んでいる。……枠組みとしては見慣れた風景。かつて通っていた校舎に、見覚えがあるのは当然だが……。


「……酷いですね」

「……ああ」


 建物の各所に見られるのは、破壊と惨劇の痕。内臓や身体の一部が転がっているようなショッキングな光景には今のところ出くわしていなかったが、それでも床についた血の跡などは否応でも目に入ってくる。……炎に焼かれた黒焦げの遺体も、此処に来るまでに幾つか目にしていた。


「……」


 広がる景色に、思い返されるのは協会での襲撃。……あのときは正に地獄絵図だった。周囲と同じように殺されるのではないかと言う恐怖と焦り。事実先輩たちが助けに駆け付けてくれなければ、俺たちを待っていたのは周りと何も変わらない死だっただろう。


 今はそれとは違う。一度地獄が通り過ぎたあとの不気味な静けさを、俺とフィアは自分たちだけで歩いている。殺されるかもしれないという恐怖より、手の届かない場所で傷付き殺されていった人たち、その人たちへの遣り切れない思いがただただ降り積もっていく。……灰のように。


「……もう、残っていないでしょうか」

「……分からない」


 生存者。それも確かにいた。動けないほどの傷を負っている人間はフィアができる限り傷を癒し、俺たちが入ってきた正門までの安全と思える道のりを提示しておいた。……敵の狙いはあくまで俺たち。利用されただけのあの人たちは、きっと無事に逃げられるはずだ……。


〝――ありがとう〟


 言葉。弱々しい笑みと込められた感謝が蘇る。……素直には受け止められない。


 助けたことは事実かも知れないが、この騒動がそも俺たちを狙ってのものである以上、俺たちに原因の一端があると言うこともできる。フィアもそのことを意識しているのか、助けた人たちに返す笑みは、いつもより僅かばかりぎこちないように見えた。


「……」

「……」


 警戒を切らさぬよう、僅かの変化でも逃さないようにして前へ進む。……戦いはもう始まっているのだ。目指す相手の魔力はフィアが感知しているが、他に気配を消して近付いて来ている相手がいる可能性もないわけではない。……ここは死地。そのことを胸に刻み付け……。


「――お父さんの事ですか?」

「――」


 不意に。隣から受けた台詞に、思わずフィアの方を向いた。


「……」

「……ああ」


 誤魔化しようがない。俺を向く瞳に反応を見られていたことを理解して、頷く。


 ――父は変わった。


 嫌でもそのことは理解している。……協会で躊躇なくリゲルとジェインを切り付けたこと。先輩と立慧さんを殺し掛けたこと。あの冷徹な瞳を目にすれば、それだけで充分過ぎるほど。だが……。


「……どうしても、どこかで納得できないでいるんだ」


 俺の中の父は。人を助け続けて死んだ父は、決して自分のために誰かを犠牲にすることのない人だったから。


「どうしてこんなことをしているのか、なんで、死んだふりをしてまで……」

「……はい」

「……」


 静かにフィアが受け止めてくれる。……小父さんから聞かされた話。俺が今まで知らなかった事実。あの戦いの顛末が、父が母を手に掛けることで終えられたのだとすれば。


 父が、こうまで変わった動機とは。


「……今は」


 迷い。煩悶。……整理し切れない思考と感情が渦巻く中で、絞り出すように言葉にした。


「今は、事態を止めることだけに専念しよう」

「……はい」


 変わらずフィアは受け止めてくれる。その言葉は短くさり気なかったが、微かな暖かみを胸に落とした。


「……場所はどの辺りなんだ?」

「まだ遠くです。校舎の、かなり奥の方……」


 少し集中するようにしてフィアが言う。――魔力感知。離れた位置にある魔力の動きを探る技術を頼りに、俺たちが前に進もうとしたその時――。


「――う……ひっく」

「!」


 しゃくりあげる声。……響いてくるのは、微かな嗚咽。誰かが、この先に居る……?


「……行こう」

「はい」


 音が聞こえて来るのは角の向こう側。警戒しつつ、回り込んだ――。


「え……?」

「……子ども?」

「うっ……うっ……」


 声を押し殺しながら泣いているのは、幼い子ども。目元へ伸ばされたその腕に滲むのは。


「――怪我をしてます!」


 ――血。俺と同時にそれを見て取ったのか、フィアが駆け出す。


「痛い、痛いよ……」

「大丈夫ですよ。今、治しますから」


 子どもを優しくあやすように言った、フィアの手から光が零れる。得意の治癒魔術は、今回も存分に効力を発揮し――。


「――ほら。治っちゃいました」


 ものの数秒で、その腕から傷痕を消し去った。目を瞬かせた子どもは、さっきまでの泣き顔が嘘のように直ぐ笑顔に変わる。


「ありがとう、お姉ちゃん!」

「どういたしまして」


 礼を言う子どもに年長らしく対応しているフィア。……だが、なぜこんなところに子どもが?


 視線の先にいる子どもはどう見積もっても精々小学校高学年がいいところ。飛び級という制度を踏まえても到底この学園に通えるような年齢ではない。生徒の兄妹、若しくは教員の子どもだろうか?


「……どうしましょうか黄泉示さん。この子――」

「ああ……」


 まさかこの場所に残していく訳にもいかないが、この歳の子どもを一人で出口に向かわせるのは酷。かといって俺たちの到着が遅れればそれだけ被害が大きくなるかもしれず。


「……そうだな」


 逡巡。良い解決策は無いかと思いつつ、何とはなしに再度フィアと子どもの方へ目を遣った――。


「――」


 瞬間、目にする。先ほどまであどけない表情をしていた子ども。その口元が。


 ――おぞましい、狡猾な笑みに歪むのを。


「――離れろ、フィアッ‼」

「え――」


 柄に手を掛けて跳び出す。俺の動作に気を取られたのか、反応出来ないでいるフィアの首元を――。


「――お馬鹿さん」

「ッ……!」


 刹那に子どもから姿を変えた、女性の指先が撫でるように這う。その動作に勢い込んだ脚を止めざるを得ない。――しまった。


「駄目じゃない。お嬢ちゃんが驚いてるわよ? 女性の前での行動はもっと、スマートにするものね」

「……っ」


 もう少し早く気付けていれば……! 歯噛みする俺を嘲笑うような話し振り。恐怖と驚きで声が出せないのか、突き付けられた指先にフィアはただ張り付いたような視線を送っている。……身を包む特徴的なローブ。覚えのあるその姿は、紛れも無く――。


「セイレス……!」

「名乗り直す手間が省けて嬉しいわ」

「あ、あの子は……」

「あれは私が作り出したただの幻。可愛かったでしょう? 間抜けな貴方たちの注意を、更に疎かにする程度には」

「……っ」


 零される忍び笑いに完全に言葉を失ってしまうフィア。魔術を使い、子どもに身を扮していたのか。


「こうも簡単に掛かると拍子抜けと言うものだけど。――安心しなさい? 貴方たちを殺すつもりは実はまだないの」


 絶望的な状況に瀕した俺の心境を推測してか、セイレスがそう声を掛けてくる。


「何……?」

「過保護な父親に頼まれているのよ。坊やとその仲間は、生きて連れてくるようにとね」

「……!」


〝私はあと一度だけ、お前を迎えにくる〟


 脳裏に蘇る、父の言葉。


〝その時までにどちらに着くべきか、考えておくことだ〟


「まあでも」


 フィアに視線を向けているセイレス。その雰囲気に何か不吉なものを感じ。


「五体満足でとは言われてないのよね。この間は貴女のお蔭で、とんだ失態だったわ」

「っ――」

「止せッ!」


 赤く輝く指先がフィアに突き付けられる。――セイレスにとってフィアは前回土を付けられた因縁の相手。生きて連れて行くだけなら手足は要らないとでも言うつもりかもしれない。何か状況を打開する手はないかと、思考を巡らせ――。


「――ッ」

「――へえ」


 ゆっくりと蠢くセイレスの指。何処を傷付けに掛かろうか迷っていたようなその仕草が、俺の行動を目にしたことで止められる。


「何の真似かしら? それは」


 視線の先にあるのは、終月の切っ先を自分自身へと向けた俺の姿。……刃のない刀でも容易に貫ける部分、喉元に黒刀の先端を当てる。


「もしフィアに何かすれば、俺は首を突いて死ぬ」

「よ、黄泉示さん⁉」


 動転したようなフィアの叫びに罪悪感を覚えながらも――今だけは、此方を見つめるセイレスから目を逸らさない。


「それは困るんじゃないのか? ……貴女にとっても」

「……」


 指先をフィアから離さないまま俺を見るセイレス。値踏みするような視線が肌を這う。……今し方語られたことが真実ならば、セイレスは父から俺を生きて連れて来るように言われている。その指示がどれほどの重みを持つものなのかは分からないが……。


「……」


 ひたすら真剣にセイレスを見据える。凶器を突き付けられたままのフィアは動けない。遠く断続的に響く音を鼓膜に捉えつつ、張り詰めたその時間をただ耐え――。


「――思ったより落ち着いてるじゃない」


 精神を擦り減らす沈黙の後。


「もっと取り乱すかと思っていたけれど。見かけによらず、存外度胸があるのね」


 緊迫を破ったのはセイレスの側。直後、フィアから赤熱する指先が離される。治まっていく光。


「――なら妥協案として、これくらいで許してあげるわ」


 胸を撫で下ろし掛けた俺の意識を、嘲笑うような声が遮る。押し出されるようにしてセイレスの腕から解放されたフィア。突然の所作に蹌踉めいたその身体が、宙へと浮き上がり。


「――っ!」


 見えない十字架に掛けられたように、中空で固定された。


「フィア――⁉」

「静かになさい」


 狼狽えた俺の前で、平然と笑みを浮かべるセイレス。


「ただの拘束魔術よ。痛め付けたりはしてないわ」

「……ッ」

「だ、大丈夫です。黄泉示さん」


 その発言に再度フィアを見遣る。……意志とは無関係に伸ばされた両腕。磔刑を連想させるその姿は、傍目から見て苦しそうなものとしか映らない。


「動けないだけで痛くないですから。……これくらい、なんともありません」


 語るフィアの表情は確かに苦痛を我慢しているようなものには見えない。セイレスが言ったように、本当にただ動きを縛っているだけなのか……?


「お嬢ちゃんの方が幾分気概があるわね。見習った方が良いわよ」


 ――何をいけしゃあしゃあと。


 強く握りしめた拳。セイレスに向けて言いたいことは山ほどある。が、今ここで俺が何を言っても不利にしかならないだろう。渦巻く感情は胸の奥へ飲み込み、言葉には出さない。


「一応忠告しておくけれど、逃げようとしたり抵抗したりするような素振りを見れば、直ぐに殺すわ。お嬢ちゃんの為にも馬鹿な真似はしないようにすることね」

「……ああ」


 ――分かっている。これで一先ずフィアは助かった。だがその代わり、俺もフィアも完全に身動きの取れない状態になったのだ。


「良い返事ね。聞き分けが良いのはいいことだわ」


 やはりそのことを理解しているだろうセイレスは、得意げな笑みを口元に滲ませ。


「――こっちよ。付いてらっしゃい」


 そう、俺たちを誘うのだった……。



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