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第二節 登校初日 授業開始


 ――それから一週間。


「カバンは持ってないと不味いんじゃないか」

「あ……そ、そうですね」

「遠慮なんてしなくていい。今更」

「はい……」


 自分の持ち物も確認しながら、追加で必要な物を揃え。


「カリキュラムは立てたのか?」

「ええと……」

「……俺のはもう終わってるから、参考にするなら見て良い」

「あ、はい。じゃあ……」


 科目選択も一応どうにか終えた。俺からすれば問題があるような気もしたが、フィアの事情を考えるとどうにも言えない部分もある。始めの何週間かは二次、三次の変更期間が設けられているので、もし合わなかったとしても最悪どうにかなるだろうと考え……。


 ――そして、迎えた授業当日。


「……」


 俺たちは並んで玄関前に立っている。背負うのは黒のショルダー。両手が自由になる利便性と、長い棒を止めておけるベルトが付いているのが気に入っている。


 対するフィアは、ノートが入る大きさの手提げ鞄。手に持つタイプを選んでいた。授業を受けて帰って来るだけなら大して持ち物は要らない。


「行こう」

「はい」


 緊張したような、それでいてどこか期待に満ちたような目つきをしたフィアを連れて歩いて行く。……朝方の空気はやはり気持ちいい。


 此方は向こうと違って気温が低いが、その分着込めばいいだけのこと。風も強くはないので、動いていれば寒さは余り感じない。上着を着ているフィアも寒さ対策はちゃんとしている。歩くにつれて次第に、俺たちと同じような年齢層が増えて行き――。


 正門から思い思いに学園に足を踏み入れていく。……写真を撮ってる奴もいれば、携帯を見ながら進んでいく奴。欠伸を噛み殺している奴に、盛大に欠伸を放出してる奴。やはり全員が私服だと個性が出て来ているように思える。地味から派手まで。中にはちょっとそれはどうなんだみたいな格好の奴もいるが……。


 ちょっときょろきょろしてるフィアに歩幅を合わせて行くべき始めの教室に向かう。俺たちの最初の授業は、一時限目に設けられた例の『クラス』。確認していた建物に迷うことなく辿り着き、中へ。


「……」

「うわあ……」


 声を上げるフィア。この前の見学では中にまで入れなかった。ガラス戸から様子を窺うだけだったのだが。


 煉瓦と石造りという外観からの想像を裏切って。中は、やけに綺麗に仕上げられている。壁は白く、床は木造り。僅かに弾力のあるような踏む感触が心地良い。……これは良いな。


 地図を確認すると教室は二階なので階段を上る。初めての景色を見回しながら進み、扉の前に着いて時刻を確認すれば丁度十分前。大凡予定通りであることを確認して、手を掛けたドアを開いた。


「――」


 見渡す。一限目を終えて来ている学生もいるせいか、既に半数ほどの席が埋まっている様子だ。幸いまだ空席も多いが……。


「……どこにしましょうか」

「そうだな……」


 教壇からの距離を確認する為に軽く歩き回る。いいか? とフィアに確認して、後方から三列目、窓際の席に座った。ここなら黒板までの距離は丁度良い。今のところではあるが、前列が空いているので見晴らしも良く、後列も空いているお蔭で気楽だ。


 上着を脱ぎ、隣に腰掛けたフィアと共に筆記具を取り出しつつ、もう一度教室全体を軽く見渡す。……話をしている人間は多くない。


 新入生の授業一日目なら知り合いもまだ少なく、こんなものなのだろう。早速知り合いを作ろうとしているのか、近くの人間に話しかけている奴もいることはいる。


「ちょ、ちょっと緊張しますね……」

「そうだな……」


 他愛もない会話をしている間にも、ドアから断続的に学生が入ってくる。前列に人が入り、後列にも入り、残された空席が疎らになった頃――。


「――おはよう。学生諸君」


 講師――教授と思しき人物が現われた途端に、教室内の雑音がピタリと止んだ。


「今日もまた良い天気だ。初めての授業日に相応しい」


 外の景色を見るように真横を見て――その先のカーテンが閉まっていたので、そのまま何事もなかったように視線を戻す。


「初回だから簡単なオリエンテーションをしよう。このクラス授業では毎回違う講師が担当し、毎回適当な話をする。君たちはそれを聞いていてもいいし、仲間内で話したいのであればそれもいい。寝ていても良いし、もちろん勉強をしていても構わない」


 また随分と適当な――自由度の高い話だ。


「但し、基本的にはこの教室の中にいて欲しい。欠席する場合は通常の手続きに従って欠席届を出してくれれば、此方としても心労の手間が省けて有り難い」


 まあ、縛りの少ない方が俺としても有り難い。そこで講師は、後ろの黒板を振り向き。


「さて。幸か不幸か、私が担当する今日は記念すべき初回の授業であるわけだが――」


 授業が始まっていると気付いた時には、既に講師は何かを書き始め、滔々と適当な話とやらを語り始めていた。


「……」


 そのまま何分か話を聞き……ペンを置く。世界経済についてのかなり大枠の話のようだ。興味がないわけではなかったが、特別ノートを取るような話でもないか。


「……」


 眼を動かして見遣った隣では、フィアが話の中身を一字一句漏らさぬかのような勢いでノートに書きつけている。その態度は真剣そのもの。


 矢庭に自分が不真面目なように思えてきてもう一度ペンを持ち、耳を傾けるが、やはり書き留めておきたいと思えるような内容はなく、ペン先はのたくる走り書きのようななにかを描いただけに終わる。……ひとまず、今日のこの授業は退屈なのかもしれない。


 窓から射し込む陽光。入る色彩に引かれるように、自然と視線が外を向く。耳に入る語りとざわめき、忙しなく動かされる筆記具の音。木々のそよぎと相俟って、存外に心地よく――。


「――ッ!」


 扉の開け放たれる異音は、思いのほか強く脳裏に響いた。


 ――なんだ?


 振り向いた視界に映り込む、スーツ姿。オールバックに撫で付けた髪、革鞄を持つ手は同様に黒光りするグローブに覆われ、両目を覆うサングラスが完全に第一印象に止めを刺している。扉の向こうに立っている男は、どこからどう見ても学生という体ではなく。


「……」


 無言のまま。教室中の視線を受けてなお堂々と歩いた末、中央の空席に腰を下ろす。鞄を机の上に放り出し、背をもたれたまま眠るような姿勢を取った。


「……」


 当然の如く、隣りのフィアも困惑気味の表情を浮かべている。……あれも新入生なのか? とてもそうは思えない風体だが……。


「――ホントにいるよ」

「留年したんだって――」

「……どこまで話したかな。そうだ。つまり今、資本主義経済を採用する国家同士の情勢は――」


 眼を疑うほどあからさまに。文房具や身体を引き、男と距離を取る周囲の学生たち。聞き取れないような囁きがあちこちから発せられ、それらに一切構わない態度で講師が話を続ける。……なんだこれは。異様な光景に、一抹の疑問を覚えたとき。


「……チッ」


 空席に囲まれて。そこだけ見えない壁に鎖されているような中央の席から、微かな舌打ちが届いた気がした。





「――なんだったんでしょう。あれって……」


 そのあとは滞りなく授業が終わり。次の授業の為に、教室を移動した俺たち。


「皆さんも、教師の方も、あからさまに避けてたように見えましたし……」


 やはり気になっていたのか、席に着いたところでフィアが話しかけてくる。最初の授業でのあれは、中々に印象が強かった。


「……さあ。別に虐められてるわけじゃないと思うが」


 フィアの思っていそうなことを先取りしたつもりで言う。悪意で以て無視しているような感じではなかった。


 あれは逆に向こうから害を受けることを恐れて避けている、触らぬ神に祟りなしといったような雰囲気。


 あのあと男はなんのアクションを起こすでもなく、授業の間ただ席で寝ていて、終礼の鐘の音を合図に鞄を持って出ていった。通して寝ている態度は学生として決して良いものではないだろうが、それだけのこと。あそこまで避けられるような理由は見付からない。


「なにかしらあるんだろう。格好も大分浮いてたしな」


 スーツでキメた姿にこれみよがしなサングラス。服装で決め付けるのはあれとはいえ、単なるファッションとも言い切れないような、独特の雰囲気があの男にはあった。堅気の人間ではなさそうだし、なにか事件を起こしたことでもあるのかもしれない。俺たちが知らないだけで。そうなれば……。


「――よし」


 ――考えても仕方がない。そう言おうとしたところで扉が開き、講師と思しき人物が入って来る。……見事なまでに一面肌色の頭部。銀色真四角のフレームがどことなく厳しげな雰囲気を醸し出している。


「八割程度はいるようだな。初回の授業にすら遅れる人間は後々どうせいなくなるので、問題外とする」


 ――いや、印象に違わず厳しそうだ。


「早速始めよう。諸君らも知っての通り、この授業では数学を学んでいくことになる。各人によって得意不得意はあるだろうが、中学高校までの基本的な内容は一通り終えているものとして――」

「――っ」


 ……しまった。


 今頃になって。教師の言葉があるまで気が付かなかった問題に、思わず隣のフィアを一瞬見る。教師と黒板を一心に見つめているフィアの姿は、相変わらず真面目ではあるが。


「……」


 その表情にはどこか、隠し切れない不安が覗いているように思えた。



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