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第九節 前に立つ 後編

 

「――では、内容の確認をします」


 夕飯後。食休みの時間を空け、各々用意を整えて来た闘技室で、俺たちは審判役兼進行役の郭からルールを聞いている。


「基本的に制限はないですが、重傷や命に関わるレベルの攻撃は寸止めで。先に相手チーム全員を行動不能にしたと見做された側が勝利です」


 向かい会う俺たちの左方に並び立っているのは、郭以下審判役となった四人。賢王、冥王、田中さん。怪我を負わせないという縛りはあるが、実戦に近い形式と言うことだ。この四人がいればまず万が一と言うことはないだろうが……。


「質問はないですか? ――では、それぞれコンディションの確認をしてください。三分間時間を取ります」


 意識しているのか――随分と事務的な、逆に珍しい郭の口調を聞きつつ、俺たちは互いの陣営と距離を取る。


「ひっさびさだなここ。郭と戦った時以来か?」

「……そうでしたね」


 どこか懐かしい内装を見回す。……特に変わってはいない。ここに来たばかりだった、あの時と同じだ。まだ右も左も分からなかった……。


「――んで、どう行くよ」


 話し出したリゲルが拳と手を打ち合わせる。景気づけのように。


「人数では勝ってても、流石にあの三人は手強いぜ。勝ちを狙うなら――」

「そう逸るな。今回の場合、勝てるかどうかは問題じゃない」


 答えたジェインが眼鏡を押し上げながら言う。レンズを光らせつつ。


「重要なのは僕たちの力量を示すことだ。ある程度良い戦いができたなら、向こうとしてもそれで問題はないはずだ」

「――」


 ――それは。


「んな気で戦ったら不味いだろ」


 俺の心情とシンクロした意見はリゲル。


「相手はあの先輩たちなんだぜ? 勝つ気で行かなきゃ、力を認めさせることだってできねえんじゃねえか?」

「……そう、ですね」

「――あー、お前ら」


 相談する中、俺たちの方にやって来たのは、小脇に杖を抱えた田中さん。


「どうしました?」

「今回、事前の話し合いは極力なしだってよ。土壇場でどう動くかを見たいんだと」

「……分かりました」


 ジェインが頷く。……そこも実戦に近くしてあるというわけか。確かに現実では、いつどういった形で戦いが始まるか分からない――。


「――あんたたち」


 そんなことを考えていた最中に掛けられた声。向ける視線の先にいるのは、立慧さん。


「言っとくけど、手は抜かないから。ちゃんと心構えしてきなさいよ。後悔のないように」

「……はい」

「わざと合格にするような真似はしない。不合格でも悪く思うなよ」

「うす。望むところっすよ」

「――時間です」


 郭の合図を受け、俺たちはそれぞれ部屋の端同士に並ぶ。……対峙する先輩たち三人。


「制限時間は無制限です。……用意は良いですか」


 促す問いに緊張感が高まってくる。……大丈夫だ。俺たちは確かに積み上げて来た。戦えるようになるための努力を。


「――」


 先輩たちと俺たちを交互に見遣る郭。互いに頷き、郭の前に浮かぶ光球が。


「試合――開始!」

「【時の】――」


 掛け声と共に弾けた瞬間、即座に【時の加速】に移るジェインと、円環を稼働させに掛かった俺。――まずは動体視力を始めとした身体能力の強化。補助の力を借りて先手を取ろうとした。


「――⁉」


 視界に映り込む影。――速い⁉ 一度の踏込みで距離を詰めた立慧さん。――身体強化? 真っ先に後衛を抜きに来たのか。支援の用意を整えていたジェインとフィアは共に射程圏内。次の踏込みで、確実に――‼


「――ウラッ‼」


 早くも冷や汗が出そうになった俺の前で。間に合わないと思ったその距離を、同じく一歩で詰め切っていたリゲル。注意を自らに引き付けるような猛速のラッシュ。だが立慧さんも反応している。目にも留まらぬように互いに数手を打ち合ったところで、弾き合うようにして距離を取る――。


「【――加速・二倍速】!」


 同時に完了するジェインの詠唱。見えるモノすべての流れが遅くなる独特のあの感覚。……よし。これで漸く、始めに思い描いた形に落とし込めた。


「――」


 加速を受けた身で迷わず前へ。――敵方で後衛なのは千景先輩ただ一人だけ。葵さんが水属性魔術のみならず、鉄扇術の名手でもあることは事前に説明を受けている。前衛の人数は互いに二人。一人でも抜かせれば後衛への攻撃が届く以上、一対一できっちり止めなければならない。


「――シッ‼」


 葵さんが出た。リゲルを挟み撃ちにする形だが、そうはさせまいと俺が立慧さんへ追い付く。【魔力解放】によるブースト。終月を構え、リゲルへの道筋を塞ぐ。


「ッ⁉」


 瞬間、右斜め上方で散る飛沫。――葵さんの魔術。理解する前に張られていたフィアの障壁に感謝しつつ、立慧さんを迎え撃った。


「【神行法――稼働】!」


 終月で受けた一撃が重さを増す。――【神行法】。父との戦いでも使っていたその技法。円環で筋力を強化してどうにか迎撃する。反撃は厳しい。だが――。


「――【上級結界】」


 手を出そうとしたところで瞬間に張り巡らされる透明の壁。――俺たちをはじき出すように立慧さんとフィアを閉じこめている。走り出す立慧さんの狙いは、既にフィアの方へ――‼


「ッ――!」


 ――行かせるか‼


 脚力を強化。掛かる三倍速の【時の加速】を受けて立ちはだかる魔力の壁を粉砕する。まだ遠い。だが追い付ける。踏み込んだ瞬間。


「――っ」


 左脚がなにかに滑る。……気運操作か⁉ 見越したように反転した立慧さんの拳が、狙い澄ましたが如く俺の脇腹へ向かい――。


「――ッ‼」


 咄嗟に腹部周辺を強化してその一撃に耐えた。――動ける。【魔力解放】で纏っている魔力のお蔭もあってか、噛み締めた奥歯と共に円環を稼働。宙に浮いた左脚を無理矢理に動かして床へ付ける。立慧さんはまだ拳を引き切っていない。――好機。痛みを堪えつつ、放つのは【一刀一閃】。体勢は崩れているが、この位置なら。


「――」


 当たる。その確信を乗せた刀身が、突如として現れた抵抗に止まる。……障壁? 手元と肩元。ピンポイントで出現したそれらが、技の挙動を阻んでいる。


「フッ‼」


 ――しまった。


 機を取られた刹那の反撃は立慧さんの左拳。先にどうにか耐えた一撃とは違う。勢いの乗せられた決め手となる一撃が、俺の身を守るように展開したフィアの障壁を一息に突き破り――っ。


「――」


 目と鼻の先で止められた。……まともに当てられていれば文字通り顔面を陥没させられていただろう威圧に、思わず震えが走る――。……負けた。呆気なく。


「――それまでです」


 呆然としているところに届く郭の声。……そうだ、リゲルは。


「……くそッ……!」


 移した視界に映り込んだ二人の姿。……葵さんの手にした扇は喉に。両脚は肩と足との付け根を踏み付け、完全にリゲルの身体を押さえ込んでいた。


「……素晴らしい動きでした」


 目元に掛かる髪を軽く払い。軽やかな所作でリゲルの上から退いた葵さんが、言う。


「単純な身体能力や攻防の動きは一級品です。あとは格上を相手にした際、もう少し意識を守りに振り向けることですね。単純な攻めでは読み切られる」

「……ああ」

「課題点は魔術の扱い。それと、もう少し視野を広く持った方がいいでしょう。優れた感覚だけに頼らず、自分を取り巻く戦場で今何が起きているのかを明確に把握することです。――彼のように」


 涼しげなその表情は汗一つかいていない。リゲルを相手取ってなお冷静そのものと言ったその瞳が、後方に立つジェインへと向く。


「支援役としての立ち回りは適切です。戦闘に巻き込まれず、前衛同士をぶつからせ、常に敵味方の動向を把握できる位置を保つこと。術の持続にも問題はありませんでした。しかし――」


 そこで少し目を細める。


「三倍速ですか? 加速を使った途中の判断、あれは誤りです」

「……はい」

「仲間の力を高く見積もり過ぎましたね。希望的な予想は捨てて、現実の彼我の能力差を正確に推し量るよう」

「――カタスト」


 フィアに声を掛けているのは、先輩。はい……と、どこか落ち込んだ様子で答えたフィアに近寄り。


「最後、障壁をどこに出そうとした?」

「……ええと、黄泉示さんの近くに……」

「――気持ちは分かる」


 表情や視線は、指導のムードだ。


「ただ、もっと効果的なやり方がある。肉体的な攻撃は大抵の場合、出されてから力が乗り切るまでに時間が掛かるからな」


 こう、と言ってパンチを繰り出して見せる。だから、と続けて。


「守る奴の近くじゃなくて、相手の攻撃の近くに障壁を出した方が効果的なんだ。――振り辛かったろ? 刀」

「――はい」


 二人の視線を受けて頷いた。……身体の根元にいきなり障害物を出されれば厄介だ。実際に受けた感触としては、相当な力を込めて振り切らなければ突破することはできないだろうという感じだった。対応できたとしても力を込めるその分だけ、攻撃のテンポを遅らせられていることになる……。


「放出系の魔術なんかも同じで、初速を殺した分時間を稼げる。破られても次の障壁を出せる余地があることになるし、軌道変更なんかでの対応もされ辛い」

「な、なるほど……」


 フィアは恐縮して……どこか浮かない顔で聞き入っている。立慧さんに障壁を破られたのを気にしているのかもしれないが――。


「――最後のは気にしなくていい」


 先輩もそう思ったらしく。フィアに向けて言ったのは、先ほどまでよりも少し柔らかい声。


「障壁の耐久力としては、櫻御門の魔術を防げた時点で合格だ。私が教えたときよりも更に良くなってる。足りないのは運用の方だな。経験を積んでテクニックが身に付けば、また随分変わるはずだ」

「あ、ありがとうございます」


 褒められて益々恐縮しているフィア。……葵さんもそうだったが、この感触は。


〝どうだった?〟


 予感を覚える俺の――俺たちの前に舞い落ちて来たのは、冥王の紙片。


〝戦ってみて、実際の感想は〟

「――問題ない」


 本題に、真っ先に答えたのは先輩だ。


「予想以上だ。確かにこれなら、実際の戦闘でも充分通用するだろうな」

「概ね同意見です。懸念に至る力量の不足はないかと」


 葵さんも続け様に賛同する。……気になるのは残る立慧さん。模擬戦が終わってから、ずっと無言だが……。


「――良いんじゃない?」


 緊張する俺たちの前で。耳に入ってきたのは、そんな肯定的な返事。


「これなら充分戦えるレベルには達してるし。当人たちが戦いたいって言うんなら、こっちから何も言うことはないわ」

「――」

「……ひとまず安心だな。負けはしたが」

「やっぱ負けちまってると、素直には喜べねえな」

「健闘したと思いますがね。葵さんの体術を見るのは初めてだったんでしょう?」


 俺たちの側からも安堵の声が漏れる。……良かった。ホッとして気が抜けた気分だ。負けはしたが、これで――。


「――さっきの」


 緩み掛けた意識の尾を、不意に掛けられた言葉が締める。


「途中で妙に動きが速くなったのは、例の呪具の力?」

「あ――はい。この、指輪の力で……」

「……そう」


 指に嵌まる黒金の指輪を迎えた、……微妙そうな面持ちを見るうちに思う。いつか賢王も言っていたように本来なら呪具は邪道。そんな物に頼って無理矢理に戦う力を得た俺は、真っ当な技能者である立慧さんからすれば決して褒められたものではないのかもしれない。だが――


「――ま、悪くはなかったわよ」


 何かを言おうとしたところで、真っ直ぐに立慧さんが俺と目を合わせた。


「あの技もしっかりと使いこなせてるみたいだし。ただ、もうちょっと敵の狙いに気を配りなさい。あんたたちは誰か一人でも斃れたら終わりなんだから、そこんとこを肝に銘じるようにすること」

「――はい」


 目を見てしっかりと頷く。……認めてくれた立慧さんに、恥じることのないように。


「ありがとうございます。立慧さ――」

「――中々に楽しませてもらいましたよ」


 言葉の途中で。わざとらしく視界の中央に入り込んできた賢王の姿が、否応でも俺の注意を引く。……なんだ? 辛口の賢王にしては――。


「特に――」


 やけに上機嫌そうだと。そう見えた賢王の眼が捉えたのは、前衛であった俺とリゲル。


「貴方たちの活躍は意外でした。まさかこの私が指導を担当しておいて、二分と持たずにやられるとは」

「――」


 声から覚える寒気。感じて身を引いた俺の背中を、覚えのある感触が捉える。……これは。


「――なぜ、二人掛かりで早々に一方を仕留めなかったのです?」


 あの糸だ。同じく即座に逃げようとしていたリゲルの肩にも、細い糸が貼り付いているのが見える。光の煌めきを受けて、微かに映る線……。


「この賢王には劣るといえ仮にも格上。一対一の構図を自分たちから作って、勝てる見込みがあるとでも?」

「……それは」

「……いや、つい気が乗っちまって。目の前の奴を倒すことで頭が一杯だったってか――」

「言い訳は要りません」


 賢王の宣告と共に全身を強く引っ張られる。……かなり強い。円環の力を借りて、辛うじて耐えるが……。


「おまけに教えたことを幾つか忘れているようですね。ですので、今から修行を始めることにします」


 その言葉を合図にしたかのように、纏う賢王の雰囲気が完全に切り変わった。


「頭で忘れても身体で動かせるように――たっぷりと、刻み付けてあげましょうか」



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